読者から  
「私」と「公」の間  永井 亨(編集・ライター)
 初めまして、関西に住んでいます。不景気は深刻で、公園には青テント在住のホームレスがいっぱい。アルミ缶を満載した自転車が走り回っています。私自身もきょう、あすをどうやって食いつないでいこうかと思い悩む日々です。

 そのせいか年々、世の中の大きな動きに興味が薄れてしまい、今や、新聞を開いてもまずスーパーのチラシに目が行きがちな始末。特売品を求めてあちこちのスーパーを奔走するのが、趣味と実益を兼ねた日課になりつつあります。

 まあ、大所高所からものを考えなくなったのは事実ですが、自分自身や日ごろ付き合いのある人たちを思い起こしてみると、結構、大衆って賢明なのじゃないかなと思います。

 大衆から市民になるのは、なかなか大変です。まず、まあまあ理性的でないといけないでしょうし、生活に直接役立たない知識も、そこそこは必要でしょう。だから、自分も含めて多くの人は、大所高所にはあまり縁のない大衆の要素が強いと思います。

 ですが、先日目にした、インターネットのあまり品の良くない掲示板に「自殺者が増えているのは、小泉改革が順調に進んでいる証拠」という意味の書き込みがありました。大所高所からでなくても、本質を突いた見方ではないでしょうか。

 自分自身も含めて、「大衆か?市民か?」と品定めをするつもりはありませんし、また、できないと思いますが、「私」と「公」が互いに行き来する回路はどうなっているのか、それを私は考えてみたいと思っています。一見、生活のことしか頭にないように見える大衆が、ドキリとさせるような本質的なことを口にする場面はいくらでもあります。何よりも、わが母親がそうなのであります。

 そうした私の大衆観からすれば、準備号の「抑圧なき自己規制の時代」という表現は当初、少々分かりづらかったです。理念としての「協働」が先行すれば、それが新たな自己規制になるのではないかという思いもあります。
  

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「声なき声」という言葉を日本からなくそう   稲垣一雄

 我が同盟軍の首領様はなんと品がないのだろう。捕らえられたサダム某元大統領も相当の品のなさだが、捕まえた側、つまり同盟軍盟主アメリカの首領様といえ、あの品のなさは耐えられないものがある。

 まだ日本の二世議員の方が品は優っていると思う。首領様も大統領の息子で「おぼちゃっま」なのにどうしてなのだろう。

 日本も同盟軍の一員として自衛隊を太平洋戦争敗戦後、はじめて戦地に海外派兵することになった。国軍の海外派兵は約60年ぶりのことだ。もちろん「派兵」ではなく「派遣」であり、「人道支援」のためが大義である。歴史上、国家が侵略や隷属を大義として戦争した例を私は知らない。いつも「美しい言葉」で戦争を始めている。

 今回の自衛隊派兵は、日本にとり、国政、国防の大転換であり、自衛隊の質的変化であることには間違いがない。にもかかわらず、日本をこれからどうするかについても、憲法ついても国民が深く議論した形跡もない。

 宮沢喜一さんは、憲法解釈論にしても憲法改正にしても議論すべきだ、その議論なしには派遣云々はできないと主張していた。さすが宮沢さんとテレビを見ていて思った。続けて宮沢さんは、サンフランシスコ講和条約直後に国内で憲法追認の国民投票等の手続きをしておくべきだった。さすがに卓見である。

 でも、ちょっとまって。宮沢さん、あなたは総理大臣を務めた人ではないか。あなたは、それをできる立場になった数少ない国民の一人ではないか。そのあなたに、そんなこを言ってほしくない。せめて「総理大臣在任中に憲法追認投票を挑んだができなかった」とぐらいは言ってほしい。

 宮沢さんが総理在任中に「憲法の追認」を口にしたら、一夜にして政権は転覆するだろうぐらいは私にも容易に想像はつく。でも昔から思っていたのならやってほしかった。

 「口に出す」ことすらできなかったのはなぜなのだろうか。単に政権が維持できないだけが理由とは思えない。日本人が持っている「何か」捕まえどころのないものがあるのでないか。

 日本人がつくる、あるいはつくっている集団(国家も含めて)は一体どのように意思決定しているのだろうかということを私は日頃から強い関心を寄せている。

 日本の歴史をひもといていくと、幕末の日本開国、明治維新、日中戦争、今度の太平洋戦争にしても、何時誰が何処で決定したのかがいつも曖昧なのである。そして成功したときの顕彰も、失敗したときの責任も誰もとる人がいない。過去のことについて整理もしない。

 いつも返ってくる回答は「その場の雰囲気におされて」「みんながそうだったから」「すでに決まったことだったから」と言うのが常套句である。これはすでにかの政治思想史の巨人丸山真男、山本七平たちをはじめ多くの人達が指摘している。

 にもかかわらず、その傾向は一向に衰えないし、改めようとの空気すら感じられない。

 なぜなのだろうか、どうもこれは日本人個々人の生活習慣や意思決定過程に起因しているように思える。もしかしたら日本語そのものの中に潜んでいるかも知れない。

 私たちの日常生活は、「小異を捨てて大同につく」ではなく「大同を捨てて小異につく」場合が多いように見える。それを反復継続しているといつの間にか「大同」はどこかに消えてしまい「小異」の連続で意思が決定されていく。

 「大同」つまり「大義」「ミッション」「正義」とかをいつも掘り返して検証する人は、「アオイ」とか「いつまでも青年だな」と揶揄される。「大人」と見なされないのである。

 それでもたまに「大義」「正義」とかいったものが問われる場合がある。そんな時、人々は右往左往する。リーダーに求めても日本のリーダーは調整役が多いのでリーダー自身も構成員の意思が決まらない間は決定もできない。それで、だらだらと引き延ばし、できればしない。状況を見計らい適当なことでお茶を濁す。あとは、事態が収まるまで首をすくめて待つ。この選択は、日本国内だけに限ってみれば正解なのである。少なくとも80%は正しいように思える。

 どうもこれは、稲作と関係が深いように思える。機械化される前の稲作は労働集約型の農業である。ムラ人が協力し、田を掻き、稲を植え、水管理さえおこたらければ、極端な冷害や自然災害に見舞われない限り、確かな収穫は約束される。自然災害に見舞われたときですら、じっと我慢して次の年を待てば元の収穫を得られた。

 だから、古代から明治まで国民の90%が農民であった日本では、忍耐と努力こそが美徳であった。それは、太平洋戦争後も工業化されても変わらなかった。工場で物を作ってもアメリカが買ってくれた。社員が協力し努力して物を作れば売れた。工業化されても構造的には稲作と何ら変わらなかった。

 経済力は上がり、貧しかった時代は去り世界第二位の経済大国にまでになった。生産組織はムラ的要素を色濃く残した組織であり、「稲作中心のムラ」の経営手法であった。これこそが日本が創り上げた社会システムであったが、しかし、日本人自身あまり、自覚することはなかったように思う。

 この手法は、外交にも当然無自覚に使用している。明治以降の外交を見ても外交の「大義・大同」というか「ミッション」というものを、日本人である私たちですら感じ取ることができない。常に「大義なき追随・現状追認」の姿勢であったように思える。例外的に明確な意思を感じ取られるのは日露戦争終結のポーツマス日露講和条約ぐらいだろうか。

 話が横道にそれすぎてしまった元に戻そう。

 今回の自衛隊派兵は、日本にとり、国政、国防の大転換であり、自衛隊の質的変化である。日本をこれからどうするか、憲法、特に九条についてもっと深く広く国民的議論する必要がある。ひそひそ話でなく一人ひとりが声を上げて議論する必要がある。

 これは、黙りこくって、黙々と働く日本人にとり苦手なことであり、大変難しいことである。そう一遍に変わるとも思えないが、飲み屋でも、職場でも、サークルでも少しは話題にする必要がある。

 先の大戦と同じように「反対だったが言える雰囲気でなかった」「すでに決まっていた、自分は反対だった」と国民の大半が反対だったのに戦争が始まってしまうことは二度と繰り返したくない。

 日本のような社会では「発言しない」こと自体が賛成になる。といっても誰も発言しないのだから、「発言しないことイコール賛成」といったことすら社会的コンセンサスとして形成されないであろうが。

 それでも言いたい。自分の意思を人に聞こえる言葉で「自衛隊派遣は反対だ」と。

 すでに、船会社やトラック業界の現場では防衛上必要になったとき国や自治体から協力要請があった場合どうするかが問題になっている。社員は、反対だけども社命で言われたとき断れるのか。多分、多くの社員は断れないだろう。また、会社自体も国、自治体に対して断ることができるのか。断ったときに不利な扱いをされない担保をどのようにするのか。

 今回、イラクで殉職したあの外交官の家族の泣き顔を二度と見たくない。そして、自衛官が戦死した姿、家族の泣き声を聞きたくない。

 自衛隊派遣をしなかったために、石油は輸入できなくなり自動車が走らず、電気がつかず、アメリカが日本製品をボイコットし経済が疲弊する事態になっても甘んじて受け入れよう。

 太平洋戦争直後よりましだろう。もう一度、新しい社会を作り直そう。少なくとも今の80、70才代の人はやってきたのだから、苦労を承知なら私たちにもできるだろ。

 今度こそ声を上げて自分の意見を言おう。もうそろそろ「声なき声」という言葉を日本からなくそうではないか。
  

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★あとがき★
元レバノン大使天木直人氏の「さらば外務省」を読んだ。すぐ読み終わり、週刊誌のワイド特集のような中身だ。これは、売ろうとする編集者の意図なのかなぁ。(PON)

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