Vol.37 2007年4月10日号
「メディアの読み方」講座 第16回  コミュニティFMの可能性
土田修(ジャーナリスト)

 キーワード・・・ 放送法「改正」、電波の公共性、「公私」の中間領域としての「公共性」、
          パブリック・アクセス・チャンネル(PAC)、
          国際コミュニティ・ラジオ放送者協会(AMARC)、批判的言論の

  関西テレビのデータ捏造問題は遂に放送法「改正」という国家権力の介入を招いた。公共放送の危機に立ち向かうにも、地域コミュニケーションを介して真の民主主義を再生できる「市民メディア」の運動に期待したい。

1. 「電波の公共性」への国家的介入
 フジテレビ系で放映された「発掘!あるある大事典U」(既に打ち切り)のデータ捏造問題を受けて、政府は4月6日、不祥事を起こした放送局に対し新たな行政処分を盛り込んだ放送法改正案を閣議決定した。改正案が国会を通過すれば、不祥事を起こした放送局に対し総務相が再発防止計画の提出を要求できるようになる。新たな行政処分の発動基準について菅総務相は「放送局自らが捏造の事実を認め、国民生活への影響がある場合に限る」と述べ、処分の発動に慎重を期す姿勢を示している。しかし、一度、法律が制度化されてしまえば個人の政治家の思惑など吹き飛んでしまうのが世の常であり、そうした例は、「国旗国歌法」(1999年)など枚挙にいとまがない。同法は「国旗は、日章旗」、「国家は、君が代」と定めただけだが、文部省が公立学校現場で日の丸掲揚と君が代斉唱を義務付ける法的根拠にされてしまった。審議段階で小渕首相は「義務付けは考えていない」と明言していたが、制度の運用は過去の政治家の発言などに影響されることはありえない。

 現在、放送局への処分は電波法に基づき一定期間電波を停止させる「停波命令」と、それに従わない場合の「免許取り消し」の規定があるが、いずれも過去に適用されたことはない。だが、テレビで何がどう放送されるか(されたか)について異常な神経を使い、さらにテレビ放送を使って支持者の点数を稼ごうとする政治家が増えている。NHK従軍慰安婦特番の番組改変やNHK国際放送ラジオの命令放送などで明らかになったことだが、政治家による放送への介入は深刻な問題になっている。

 事実、「政治的に公平な放送」や「事実をまげない放送」を定めた放送法3条に基づく「厳重注意」などの「行政指導」がここ数年、急増している。行政指導は昨年1年間で5件あったが、「関係のないニュースで安倍首相の写真を放送」(8月11日、TBS)、「宮里藍選手の順位誤放送」(12月8日、毎日放送)など枝葉末節な出来事に対して行政指導が乱発される傾向がある。この傾向は放送法改正によってさらに拍車がかかるのは間違いない。現に放送法改正の閣議決定が伝えられた同じ夕刊で、尾見財務大臣が米大リーグ・松坂投手の初勝利のニュースについて「この種の問題を毎朝取り上げるのは、ニュースのバランスから見て問題がある」とNHKに注文を付けたことが報道されている。

 安倍内閣の大臣たちは公共の電波を恣意的に独占し、自分の主張に合わない番組を抹殺するためスクラムを組み始めた。本来、「公」と「私」の中間領域であるはずの「公共性」が「公=国家」に乗っ取られようとしている。もし、そうなれば民主主義的な手続きによって独裁者を生み出したことのある人類史が指し示しているように、今後、民主主義は形骸化していくに違いない。

2.パブリック・アクセス・チャンネル(PAC)
 電波に対する国家介入に口実を与えた民放テレビの体たらくには目を見張るものがある。電波そのものは確かに公共物ではある。しかし、電波がお茶の間に届ける番組が公共性を担保しているかどうか別問題である。「面白ければ何でもOK」として視聴率至上主義を突っ走る民放に「放送の公共性」を求めること自体、無理なのかも知れない。もっとも、日本の放送業界が「放送の公共性」や「公共性」について真剣に議論した形跡はまったく見られないのだから、民放だけの問題とは言い難い。

 公共性についての議論がないということは、公共性の形成に自発的に関わることを本意とする「市民」についての議論もなかった。市民についての議論がないということは、公的領域(国や政府)と、私的領域(家族や友人など)の中間領域である「公共」についての議論もなかったということだ。マスコミは中間領域(公共)を形成するどころか、「電波の公共性」に甘え、視聴者を騙した民放テレビの失態によって電波への国の介入を許してしまった。

 確かに、菅総務相が言うとおり、テレビ局に自浄能力を期待するのには無理がある。お茶の間に電波を流すだけの一方通行メディアであるので、必然的に視聴者や読者との距離を埋めることができないからだ。

 これに対し、地域住民が自主的に番組を作り、住民のメディア・アクセスを可能にし、メディアそのものを民主化する可能性を持ったメディアは、CATVとコミュニティFMである。この2つのメディアは顔の見える地域の住民たちをネットワークし、意見や考え方を伝えるだけでなく、番組を制作し、電波を流すことによって、そこに参加した地域住民を私的領域から公的領域へと送り出す。地域住民といっても民族、言語、文化、慣習、宗教の違いがある人がいるかもしれない。地域コミュニケーションを介して、顔の知らない他人や異質な他者との間を調整し、個人的利害や関心事をその地域に共通した利害や関心事へと引き上げることができるのも地域に根ざしたメディアである。

 アメリカではCATVの発達を受け、1984年にケーブル通信政策法が制定され、CATV事業者にチャンネルの一部を市民に開放し、市民が自由に番組を制作・放送できるパブリック・アクセス・チャンネル(PAC)の提供が義務付けられている。日本でもCATVは80年代以降、全国的に増え、特に地上波テレビが受信できない離島や山間地域などで住民に歓迎されているが、PACについての意識はまだまだ低く法規制への動きも出ていない。43チャンネルのうち1つのチャンネルを市民に開放している「中海テレビ」(鳥取県米子市)などの例があるが、映像技術や機材の問題があるので、PAC利用者は限られているのが現状だ。
▲ページトップへ

3.住民の連帯を生み出すコミュニティFM
 その点、コミュニティ FM は市民がマイクの前で直接メッセージを伝えることで身近な情報を放送することができる。地域性を背景に、まちおこし、環境問題、在日外国人との共生、地域文化の発掘など社会的使命を持った番組を制作・放送し、地域住民の連帯意識や相互扶助を創出している例もある。

 コミュニティFMは4月5日現在、全国200局を数える。その9割以上は民間会社と第三セクターが運営している。NPO法人による開局は9局ある。

 旧郵政省(総務省)が コミュニティFMを 「地域活性化のツール」として最初に位置付けたのは「テレトピア構想」(1983年)である。その後、「ニューメディア時代における放送に関する懇談会」の報告書や「放送の公共性に関する調査研究会」の報告書(コミュニティFM導入を初めて明言)をへて1992年に放送法施行規則が改正され、市町村をエリアとする「コミュニティFM」の開局が可能になった。同年、北海道函館市に第一号コミュニティFMとして「FMいるか」が開局した。

 その後、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災で、電力供給がなくても聴取できるラジオが見直され、地域に密着したコミュニティFMの存在価値が一層高まった。それまでコミュニティFMの出力は1ワット以下に規制されていたが、同年2月、10ワットに、99年には20ワットに引き上げられ、放送対象エリアは半径数十キロに及び、市区町村境を超えて電波が届くようになった。

 放送免許の認可は当初、第三セクターを含む「株式会社」に限られていたが、1998年に特別非営利活動促進法(NPO法)が施行され、NPO法人が社会的に認められた結果、2003年に初めてNPO法人「京都コミュニティ放送」に放送免許が認可され、「京都三条ラジオカフェ」(京都市中京区)が誕生した。

 「ラジオカフェ」は市民誰でもが番組を制作し放送できる「開かれたラジオ」を実践している。僧侶の「京都三条ボンズカフェ」、看護師の「FM看護系ナイト2」、学生、留学生の制作番組、NPOなど市民グループの自主制作番組など100本前後を流している。一人の会社員が2005年に始めた、世界中の難民問題を伝える「難民ナウ!」はUNHCR(国際難民高等弁務官事務所)やアムネスティの協力を得ている。このほか、1分間500円で市民が自由に発信できる「ワンコインメッセージ放送」もある。

 阪神・淡路大震災直後、壊滅的な打撃を受けた神戸市長田区では、ベトナム人や韓国・朝鮮人、フィリピン人、日系ブラジル人ら外国人の被災者が多数いた。外国人と日本人被災者との間で些細な問題でのトラブルが絶えず、毎日のようにボランティアらが仲介のため走り回った。トラブルの多くは言葉の壁が引き金になっていた。このため支援グループとボランティアが中心になり、JR新長田駅近くに韓国・朝鮮語のミニFM「ヨボセヨ」を開局した。次いで、長田区のカトリック鷹取教会ボランティア救援基地内にベトナム語など5言語のミニFM「ユーメン」を開局した。ボランティアが日夜交代で余震情報、家族の安否情報、内外からの救援物資情報や、被災地の在日外国人の心を癒やすため故国の音楽・漫才などの番組を放送した。さらに日本人が外国人に対する理解を深めるための文化講座や外国語講座なども開始した。

 2局は同年7月に合体して「FMわぃわぃ 」となり、翌96年1月にはコミュニティFMの免許を取得した。現在は 「在日コリアンの歴史」「日本国憲法を読む」など「多言語・多文化共生」の理念に沿った番組を放送している。在日外国人や日系ブラジル人の児童生徒らが自主的に制作しているトーク番組、長田区に数千人いる徳之島出身者のための島唄番組もある。昨年4月からは北海道二風谷のミニFM「ピパウシ」のアイヌ語放送も加え、現在、計10カ国による放送を実現している。

 放送エリアは長田区を中心に兵庫区、須磨区、中央区の一部で、放送対象世帯は約11万世帯・24万5千人に及んでいる。ボランティアスタッフは150人を数え、地域団体や行政、NPOなどの支援の輪を広げている。

4.国際コミュニティ・ラジオ放送者協会(AMARC)
 コミュニティ・ラジオは、国際的には「非営利グループ、協同組合、学生、大学、自治体、教会、労働組合が所有し、地域文化の発展に寄与するもの」と位置づけられている。また、「表現と参加を奨励し、地域文化を評価し、声なき人々やグループに声を与えるもの」とか「民主主義的で参加的、地域に根ざし、アクセスしやすいもの」といった定義もある。

 世界にはコミュニティ放送のネットワークであるNGO 「国際コミュニティ・ラジオ放送者協会(AMARC)」がある。元々、ボリビアの鉱山労働者の民主化闘争のツールとして始まったといわれるコミュニティ・ラジオは中南米、アフリカ、アジア・太平洋地域を中心に、グローバルに広がった。AMARCは1983年、カナダのモントリオールに自然発生的に集まった人々によって設立された。

 2005年、「京都三条ラジオカフェ」はAMARCへの加盟を申請し、開かれたラジオ局として評価され加盟が認められた。アジアでは韓国、フィリピン、インドネシアなど多数のラジオ局が加盟しているが、日本からの加盟は初めてだった。「ラジオカフェ」は現在、アジア・太平洋地域の代表幹事を務め、コミュニティ・ラジオ運動の地域リーダーの役割を果たしている。

 AMARCには現在、 世界110カ国約3000局が加盟している。昨年11月、ヨルダンのアンマンで開かれた世界大会には日本から「ラジオカフェ」と「わぃわぃ」が参加した。「わぃわぃ」も加盟を申請しており、多文化共生という放送理念が評価され、加盟が認められた。AMARCは、「もうひとつの世界は可能か」をキーワードに、フランスのNGO「ATTAC」が推進する世界の市民運動の祭典「世界社会フォーラム」(WSF)にも毎年参加している。

5.民主主義を再生するツール
 冒頭、指摘したような「電波の公共性」のお先真っ暗な状況を変革できるアクターになりうるのは、「ラジオカフェ」や「わぃわぃ」のような地域社会を民主的に活性化することのできるメディアだけだ。

 「公」から「市民的公共性」を取り戻すこと、市民が主導する中で、政治システムや経済システムから自律した「公共の場」を形成することは、コミュニティFMを含む市民メディアの機能の一つである。コミュニティFMの社会的使命は、地域に根ざし、人と人、人と地域をつなぎ、異質な他者を排除せず、自律した市民による批判的な言論の場を切り開くことにある。

 教育基本法「改正」や、日本国憲法「改正」のような「公」が「公共」概念を支配し、市民の多様な在り方を否定し、すべてを一元化しようとする支配的な政治の流れをストップさせる必要がある。賢明な市民は国の進むべき方向を変えたいと思っている。同時に「美しい国」が実はそうではないことを知っており、そもそも「美しい」という“感性”の領域に属する抽象的な形容詞を使って“政治”を語ろうとする、無責任な政治家が「裸の王様」でしかないことも知っている。こうした市民の声を政治システムや社会システムに反映させるコミュニケーション・ツールが必要なのだ。

 マスメディアがほとんど市民からほど遠い存在になってしまっている以上、形骸化しつつある民主主義を本来の生き生きとした姿に戻すことができるのは、コミュニティFMを含む市民メディアしかない。市民メディアがNPO、NGO、市民グループ、企業、行政−をパートナーシップ(協働)へと媒介する社会的使命を持ったツールとして機能するならば、マスメディアを市民の視点へ転換する大きな要因になるだろう。その結果、マスメディアが市民のメディア参加を進める“開かれた言論”の場を形成するファクターになるとすれば、そのとき初めて日本にも国家(公)から自律した`市民社会aが誕生することになる。

【参考図書】  
 金山智子「コミュニティ・メディア」(慶応大学出版会)
 花田達朗「公共圏という名の社会空間」(木鐸社)
 津田正夫、平塚千尋「パブリック・アクセスを学ぶ人のために」(世界思想社)
 J.ハーバーマス「コミュニケーション的行為の理論」(未来社)
 同「近代の哲学的ディスクルス」U(岩波書店)

 

 

 



 

 

©2004 NPO Training and Resource Center All Right reserved