Vol.37 2007年4月10日号

「世界の潮流とNGOの動き 第25回」
新しい世界システムと憲法九条(6)   緊急事態の『国民投票法』案

長坂寿久(拓殖大学国際学部教授)

キーワード・・・ 憲法9条、九条、国民投票法

1.強行採決へ向かう『国民投票法』案
 安倍政権の支持率が低下している。その対応策として強行路線をとると支持率が上がることに、どうも気付いたようで、『国民投票法案』がその生贄となっています。

 米国では支持率が下がると外国への軍事的攻撃を行う。ブッシュだけでなく、どの政権もそういう手法をとってきている。強行路線方式は小泉手法だが、安倍政権も小泉政権から学ぶべきことは、そこにありと気付いたらしい。長期の景気後退を経て、日本の国民は強いリーダーの出現を待望するようになりました。強引な政府をあたかもリーダーシップがあると読み間違えてしまうほどにリーダーシップ不足の時代を経過してきたことも確かです。10年後には、日本も政権の支持率低下のたびに海外派兵によって国民の関心をそらすような国になってしまうのでしょうか。

 日本国憲法の改正手続きを定める「国民投票法」案は、昨年( 2006 年)5月に自民・公明の与党案が国会に提出されています。同法案は憲法特別委員会で揉んできて、それが最終局面に来ています。審議を踏まえた修正案を提出するという「演技」をするのが最終段階の常套ですが、それも3月29日に行なわれました。

 自民党は民主党案に十分配慮した修正案だといって提出しました。他方、民主党も近く民主党修正案を提出する予定とのことです。そして、この修正案を前提に、公聴会を形式的に短時間行ない、国民の審議を尽くしたという「証拠」を作って、4月12日に憲法特別委員会で強行採択、翌4月13日の衆議院で強行採決というのが、現在の自民党スケジュールのようです。

 但し、各地で「実質的」な公聴会開催への要望が強まっています。8日の統一地方選挙の動向によっては、22日(日)の地方選挙(後半)の終了後に延ばしたりする可能性もあるでしょう。

2.自民党案の内容――NPO(市民社会セクター)を無視
 今日現在、国民投票法案は、強行採決に向かって緊急的状況にあります。現在の自民党修正案の内容を見てみましょう。まず致命的欠点があります。憲法とは何かという基本を認識していないことです。憲法は為政者が勝手なことをしないように、市民/国民の側から規制をかける規範法です。しかし、現在の『国民投票法案』は、憲法の主旨である、「市民/国民」が主体となって決定するのだという視点がまったく欠如したものとなっています。国民投票法案の主体は市民・国民ではなく、政党主体になってしまっているのです。

 自民党案には、憲法を遮二無二改定してしまうための装置がいくつも埋め込まれています。

(1)最低投票率が設定されていないこと。有効投票数の過半数で可決です(第98条2項)。

 他の国で設定されているような最低投票率を設定すると、それに達しなかった場合は否決になってしまいますので、設定していないのです。ともかく議論が盛り上がらず、国民が目覚めないうちに投票を行ない、投票率が低くても可決できるようにという意図が見えます。国民投票は通常の議会選挙とは一緒にせず、本件だけで投票日を設定することになっていますが、これも関心が盛り上がらない内に投票を終えてしまおうという「作戦」だという解釈が可能です。

(2)憲法改正案が国会の3分の2で発議されてから、国民投票の日までの期間は最短で60日、最長で80日となっています(発議後60日〜80日に投票を行なう)(第105条)。

 国会で発議されてからわずか2カ月か2カ月半で投票です。憲法の内容を勉強している時間も、運動している時間も限定されてしまっています。しっかり議論し、考える時間もなく、その時の「空気」のまま、あっという間に投票日がきてしまいます。憲法という国の根幹にかかわる投票ですから、その時の景気や空気に流されないよう、将来的な展望も含めて、しっかりした議論ができる十分な時間が必要です。

(3)公務員や教育者(教職員)は、改憲・護憲について国民投票に関わる運動をしてはいけないことになっています(第103条第1項、第2項)。

 刑事罰規定はもうけないとしています。しかし、日の丸掲揚や君が代問題も同様に法律的には刑事罰はないものの、組織内でのしめつけや処分がますます厳しく行なわれるようになってきています。同様に、この規定は、人々を萎縮させる効果が十分にあります。そして、萎縮した空気の中で、健全な議論が行えないことは明らかです。

(4)テレビなどでのCM(意見広告)の放送は、国民投票日の14日前までは自由、それ以降は、政党のみ可能となります。

 14日前以降は禁止になります。当初案は7日前からでしたが、修正案で14日前になりました。投票日の14日前までは賛成・反対のCMを自由に流せます。

 また、テレビCMは禁止されても、新聞広告、電車内の中づり、駅張りポスターの掲示は自由です。政党の機関紙を含め、報道に対する特別の法規制はありません。つまり、まさに資金量が情報量に比例することになるでしょう。14日前までのテレビCM量もそうですが、全てのメディアにおいて、資金量の少ない市民運動は決定的な不利を蒙ることが予想されます。あるいは、もし日本経団連が各企業向けに出資金を割りあてる「経団連方式」の集金方法をとって、大量に広告を流すことになったら、情報は完全に企業論理に支配されることになります。日本終末の構図になってしまうといえるでしょう。

 市民運動の人々の中には、このテレビの意見広告は全期間禁止にすべしと言っている人も多くいます(メルマガ『マガジン9条』で齋藤駿氏等)

(5)広報のために「国民投票広報協議会」が設立されます(第11〜19条)。その委員は政党・会派の議席数に比例して割当てられます(第12条第3項)。委員数は衆参両議員から各10名ずつ、計20名の議員によります。

 現状では、協議会は、改憲派の委員が圧倒的多数を占めることになります。この協議会がNHKや一般放送局を通じて憲法改正案の内容や国民投票の広報を行ないます。どのような内容の情報が多くなるか、一目瞭然です。

(6)広報協議会は、政党等による無料広告を行なわせます(第106条・107条)。その際、政党だけにこれらの放送枠が配分されます。他の団体が放送をする場合は、政党の指名によって、その持ち分の一部を使うことができるとしています。

 つまり、運動の主体は政党であって、NPOなどの市民団体は全く配慮されていません。ここに国民投票法案の重大な欠陥があります。前述したとおり、憲法は国民が政府に対して歯止めを行なう規範法です。にも関わらず、政党中心の改憲運動としてのみ位置づけられていることは、大変な問題です。

 また、広報時間の長さなどは、賛成・反対の政党双方に、「同一時間数および同等の時間帯を与える等、同等の利便を提供」すると規定されていますが(第106条第6項、第107条第5項)、改憲派の議員が多い現状では、実質的には「改憲案」支持の広報が圧倒的に押し寄せてくることになります。

(7)「組織により、多数の投票人に対し」投票の買収や利益誘導を行なうと処罰の対象になります(第109条)。3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金。

 金銭や物品や饗応による買収・利益誘導は当然やってはいけません。しかし、「投票への影響を与えるに足る申し込みもしくは約束をしたとき」「影響を与えるに足る誘導をしたとき」という規定を読むと、これは見過ごすわけにはいかなくなります。政党だけでなく、労働組合や市民団体の意志決定に対しても適用される恐れがあるでしょう。NPOが組織として「改正」反対を主張する会議を開くと、これが法に触れて摘発のターゲットとなってしまう恐れがこの規定によって存在しうることになります。

(8)修正案は全体的にメディア規制色が濃くなっています。放送法の自主規制規定に放送局が留意する条文も盛り込まれています。

 資金が豊富なところには規制がゆるく、市民団体の広報やメディアの自主的報道には枠をはめていく。テレビなどに改憲反対番組を製作されたら困るという自民党の心配から規制色を強めることになりました。情報をいかにコントロールするかについて自民党案は腐心しています。  

(9)憲法改正案の発議は「内容において関連する事項ごとに行なう」ことになっており、そのために条文ごとではなく、部分(まとまり)ごとに投票する方式となります。

 これは民主党の主張をいれたものです。9条の改訂案については恐らく巧妙に目眩ましを盛り込み、国民を欺く内容に設定されるでしょう。例えば次のようなことが想定されます。

 @「自衛軍を保持する」という規定を入れて、自衛隊は存在してもいいと思っている人々を賛成に回します。

 A「集団的自衛権」をもつと規定して、米軍と一緒に海外での武力行使を行なえる規定を盛り込みます。多くの人々は、「集団的自衛権」という言葉の中味、つまり「国の自衛」だけでなく、米軍の要請に従って海外派兵でき、海外で武力を使えること。ついに人を殺す道を開かせてしまうということには思いいたらないかもしれません。政府は米軍の管轄下(指揮下)で行なうのだから、日本の軍隊が勝手に武力行使をしてしまうということはありえないから大丈夫だと説明するでしょう。しかし、現実に「米軍の管轄下」で何が起きているかは、極力、国民に知らせないようにしています。また、「米軍」の指令によって交戦をさせられることにもなります。

 そして最後にB「国際貢献」という言葉を入れてきます。これは何とも甘い言葉です。日本も一国の平和に安住するのではなく、国際貢献しなければならないと言われれば、善意の人はそのとおりだと思うでしょう。しかしその「貢献」の中身が、外国に行って人を殺すことだという実態は一切言わないでしょう。地震や津波などの災害や復興支援に派遣するのだと説明するでしょう。この言葉の甘さにつられて、Aでどうしょうかと疑義を感じていた人たちも〇(賛成)を付けてしまうかもしれません。

 「国を守る」ということと「国際貢献をする」ということ。どちらも大多数の人が賛成しやすい内容です。しかし、その言葉によって大きく括られて賛否を問われるのはどうでしょう。問題の本質に気づかないままに賛否を迫られる可能性もあり、またさまざまな意見や疑問が無視されてしまう危険性もあります。「国を守る」ことが、「人を守る」ことになるのか、「国際貢献」の中身はどのようなものであるべきなのか、まだまだ知るべきこと、考えるべきことがたくさんあるのに、それらが意図的に置き去りにされています。

(10)国民投票法は、交付の日から3年を経過した日から施行されることになっています。つまり、この法律が通ってから3年後に国民投票が行なわれるということになります。

 その3年の間に、改正案の審議は国会の憲法特別委員会の舞台裏で静かに行なわれることになるでしょう。そして、3年後のある日、突然憲法「改正」案が発議され、2カ月後には投票へと、国民は追い立てられるように「決断」を迫られることになります。新聞の論説は、いつも「もっと議論を」といいかげんに書いていますが、そんな余裕はなく、反対・賛成の勉強をする時間もなく、自分が何に「賛成」しているのか吟味することもなく、強行姿勢の「空気」に流されていってしまいかねません。あるいは「よく分からないから」と棄権した結果、極端に低い投票率のまま、「国民の総意」が決定されることも考えられます。

(11)その他

 @投票できる年齢は18歳以上です。

 A国民投票法案は、憲法「改正」問題について規定しています。それ以外の国民投票については規定していません。

3.現在のキャンペーンと情報入手
 『公聴会』は3月末に新潟と大阪で開催されました。東京でも4月5日に開催されました。自民党にとっては、『公聴会』は「十分議論済み」の証拠作りとして大切なものですが、徹底して広く意見を聴こうというつもりはありません。従って開催予定地も少なく、開催時間も2時間ときわめて限定されたものとなっています。

 現在、この公聴会をもっと各地で開催するよう求め、かつ公述人として申請するキャンペーンが行なわれています。また、慎重審議を求めるための街頭アンケート(改憲国民投票法案情報センター)を実施し、その結果を発表しています。この街頭アンケートでは、「審議が尽くされていない」とする人が、「尽くされた」とする人の11倍以上となっています。

 また、3月末時点で、10の地方議会が国民投票法案に反対の決議を採択していることのことです(改憲国民投票法案情報センター)。「国民の理解や指示が十分に得られていない今、改正を前提にした国民投票法の制定は性急であり、今通常国会での審議について反対する(北海道占冠村議会)」などとして、国民投票法に反対の決議を挙げています。決議を行なった自治体は、北海道音威子府村議会・北海道占冠村議会・岡山県久米南町議会・高知県土佐市議会・高知県黒潮町議会・高知県大豊町議会・高知県南国市議会・高知県須崎市議会・岡山県吉備中央町議会・高知県本山町議会、等です。

 これら国民投票法案の動向やキャンペーンなどを知るには、以下のアドレスをご覧になるようお勧めします。

( 1 )改憲国民投票法案情報センター
http://web.mac.com/volksabstimmung/iWeb/Welcome/E627A129-F133-48C1-A616-F100DA89AB59/2BFB1515-7E5D-4ACB-BE28-4911610F2B23.html

( 2 )マガジン9条NEWS
http://www.magazine9.jp/

( 3 )GPPAC(武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ)
http://www.peaceboat.org/info/gppac/index.html

(4)ピースボート(GPPACの日本における事務局)メルマガ
http://www.peaceboat.org/info/p_mail/index.html


 

 



 

 

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