Vol.34 2007年1月10日号

「世界の潮流とNGOの動き 第23回」
児童買春問題と日本企業の対応

長坂寿久(拓殖大学国際開発学部教授)

キーワード・・・ 児童買春、子ども買春、児童労働、子どもの性的搾取、 ECPAT 、
         ストップ子ども買春の会、コード・プロジェクト、コード・オブ・コンダクト、
          企業の行動基準、旅行業界、JATA(日本旅行業協会)、
         OTOA(日本海岸ツアーオペレーター協会)、ユネスコ、WTO(世界観光機関)

〔読者へのお願い〕
この報告を読んでいただいた読者は、以後各社の旅行パンフレットの最後のページに以下のロゴが掲載されている旅行会社を使おうと思っていただけるに違いないでしょう。私たち市民には単なる「消費者」ではなく「選択者」となることによって、世の中を変える力をもっているはずですから。

1.売春と買春
 「児童(子ども)買春」とは、大人が子どもをセックスの対象として買う行為である。セックスを目的とする身体の売り買いには通常「売春」と言う言葉が使われてきた。これには身体を売る側に問題があるという意識が込められた、一種の「言葉の言い換え」が行われている。「援助交際」もまぎれもなく売春・買春に違いないのだが、言葉の言い換えによって問題をすり替える効果を与えているのと同様である。

 しかし、子どもの場合は実態的に本人の意志によらず売春組織が強制的に行わせているため「買春」(かいしゅん)という言葉をNGO(ILOも)は使っている。子どもについてはそうした言い換えを許すべきではなく、買う大人の側にこそ問題があるからである。

2.子ども(児童)買春とは
 ILOは児童買春 (子ども買春)を 児童労働の中でも 「最悪の形態の児童労働」と定義している。 「最悪の形態の児童労働」 としては、他に、@児童の人身売買、武力紛争への強制的徴集を含む強制労働、債務奴隷などのあらゆる形態の奴隷労働またはそれに類似した行為、Aポルノ製造、わいせつな演技のための児童の使用、斡旋、提供、B薬物の生産・取引など、不正な活動に児童を使用、斡旋または提供すること、C児童の健康、安全、道徳を害し心身の健全な成長を妨げる危険で有害な労働がある。

3.児童買春増加の背景
 子ども買春問題は、とくに1960年代にベトナム戦争で米軍がタイやフィリピン、台湾などに米軍保養地を作り、それら周辺でゴー・ゴー・バーや売春などのセックス産業が発達した。当初は米軍の慰安として発達した売春宿だったが、米軍撤退後、政府は外貨収入源の確保に危機を感じ、外貨獲得のため米軍兵向け娯楽施設から外国人観光者向けの娯楽施設への転換を図った。

 その売春産業に目をつけたのが日本の観光産業である。日本の旅行会社が、団体客がとれる、売れる商品として違法買春ツアーを組織したことに始まる。日本からの組織的なセックス・ツアーがやってくるようになり、観光旅行者の数はタイへは1973年の100万人から1981年の200万人へ、1988年の400万人から1990年の500万人へと急上昇した。フィリピンへは、1972年に日本からフィリピンへの渡航者の数は6803人であったが、翌年には2万1728人、79年には17万5691人と増加し、8割が観光目的、さらにこのうち9割以上が男性であったという。

 しかし、1980年代後半にエイズが爆発的に流行し、売春婦のエイズ感染が広まったため、観光客が減少する恐れがあった。また、売春宿を訪れる観光客は 慎重に相手を選ぶようになり、子どもとの性交渉ならばエイズ感染のリスクが低いという間違った認識が広まり、 子どもの需要が高まり、子ども買春の低年齢化をもたらした。

 その他に、インドも子ども買春が多い国であるが、古代ヒンズー教の影響からきているといわれている。もちろん現在では児童買春は公式には違法であるが、インドへ子どもとのセックスを求めてやってくる旅行者の数が増加しているという。

4.ECPAT――児童買春阻止へ向けたNGOの活動
 子ども買春の阻止に取り組むため、国際的にNGO活動が展開され、 ECPAT というNGOの国際ネットワークが形成され、ILO、ユネスコ等と協力して撲滅に取り組んできている。

 1990年 5 月、タイ・チェンマイにおいてNGOを中心に、15カ国68名が参加した「観光と児童買春」に関する会議が開催された。アジアでも100万人という子どもたちが観光買春やぺドファイル ( 小児性愛者 ) のため性的虐待の被害にあっている状況が報告がされた。このチェンマイ会議決議を受けて、翌91年から96年まで、アジア観光における子ども買春根絶国際キャンペーン =ECPAT (エクパット: End Child Prostitution in Asian Tourism )がアジアと欧米諸国を中心として展開された。

 この活動を日本で担う団体として翌1992年に、「 ECPAT/ ストップ子ども買春の会」が設立された。

 ILOは「児童労働撤廃国際計画」( IPEC )を1992年に開始し、現在では世界88カ国の開発途上国で取り組んでいる。

 ECPAT はキャンペーンを通じて、1996年8月、スウェーデンのストックホルムで、NGOたちが中心となり、スウェーデン政府、国連児童基金(ユニセフ)等の主催で、第1回の「児童の商業的搾取に反対する世界会議」を開催した。先進国の大人によるアジア等での子ども買春が依然急増していること、児童ポルノの氾濫が起きていること、子どもポルノについては、写真、ビデオ、インターネット上での流布が世界的に行われており、被写体とされた子どもの著しい人権侵害が発生していること、それがアジア等での子ども買春を助長する効果をもたらしていること等、悲惨な状況が報告された。また、各国が児童買春を禁止し、国外で犯罪を起こした自国民を訴追できる法律を早急に導入するよう決議した。

 この会議を契機に、児童買春やポルノなど子どもの性的搾取に反対する世界のNGOたちは、国際NGOとして国際ECPAT( End Child Prostitution , Child Pornography And Trafficking in Children for Sexual Purposes  本部事務局:バンコク)を設立した。また、日本の「 ECPAT ストップ子ども買春の会」は、現在、この国際 ECPAT の公式関連団体として活動している。

5.日本への批判と対応
 日本は、この第1回会議に政府とNGOの代表者とが出席した。会議において、各国では積極的な取り組みが報告されているのに対し、日本ではその取り組みが不十分であることが指摘された。また、日本はアジア等で子どもの性を買う買春者の送り出し国として、さらに子どもポルノの製造・輸出国として国際的に強い批判を受けた。

 その反省を契機として、与党三党の子ども買春等問題プロジェクトチームが発足し、1997年6月に国会で新規立法に向け検討が重ねられ、1999年5月18日に国外犯でも罰せられる「子ども買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」が成立した。

 2001年12月、横浜で「第2回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」が開催された。ストックホルムでの第1回世界会議後3年間で法制化を果たした日本に対し、第1回世界会議開催国であるスウエーデン政府からの強い呼びかけもあり、日本政府は、「第2回世界会議」の日本での開催を決定したのである。

  第1回の会議が、政府と NGO が対等の立場で行われたことにならい、日本政府(外務省)、国際機関( UNICEF )、 NGO (国際 ECPAT )の三者が対等な関係で開催することを目指した。このことは、日本政府にとっても初の試みとなった。

6.日本の禁止法の問題点
 「子ども買春・子どもポルノ禁止法」は、18歳未満の子どもを保護対象とし、子ども買春やその斡旋など、子どもポルノの頒布及び性的目的での子どもの売買を処罰するとともに、被害者の保護のための措置なども定めている。国民の国外犯でも適用され、被害者の告訴も必要ないという前進をみた。

 しかし、同法についてNGOはいくつかの問題点をあげている。例えば、以前の適用法である刑法や児童福祉法の規定に比べ、新法の方が刑が軽くなる場合があること(お金を支払った場合)、また最近では児童買春に対してタイやフィリピンなどでも取組みが強化され、多くの国で児童買春は日本におけるよりも重罪になっている。しかし日本では、国内で罪を犯すよりも、国外で罪を犯して日本に逃げ帰れば、軽い刑ですむということになってしまっている。法律を制定しても、かえって国内で罪を犯すよりも国外で罪を犯す方が加害者にとって有利になりやすい状況をつくっており、加害者を国外に出させる力になってしまっている、とNGOは指摘している。

7.企業の取り組み――コードプロジェクト
 ECPAT は、ユニセフや世界観光機関(WTO) と協力して国際キャンペーン「コードプロジェクト」 を開始した。旅行業界の企業が遵守すべき行動基準(コード・オブ・コンダクト) 「旅行・観光における子どもの性的搾取からの保護に関する行動倫理規定」を設定し、各国の企業がこれに参加し、その行動基準に基づいて行動 (経営)するよう働きかけるキャンペーンである。これは1998年に ECPAT スウェーデンが WTO( 国際観光機関 ) との協力を得て立ち上げたもので、その後国際キャンペーンとして定着していった。

コード・オブ・コンダクトは 6 項目で、以下のとおりである。

「旅行・観光における子どもの性的搾取からの保護に関する行動倫理規定
コード・オブ・プロジェクト」の 6 つの倫理規定

1.子どもの商業的性的搾取に反対する企業倫理規定・方針を確立する。
 企業、会社の方針などの中で、商業的性的搾取に反対するという立場を明らかにする。

2.出発地および目的地の両国内の従業員を教育・訓練する。
 旅行者の送り出し国と受け入れ国の両方で行う。

3.供給業者と結ぶ契約の中に契約両者が子どもの性的搾取を拒否することを記した条項を導入する。
 海外の旅行先地で業務提携をしている業者と業務上の契約を結ぶ際に、契約書の中に、 子どもの商業的性的搾取に関わらないこと、関わった場合には契約を打ち切るということを明記する。

4.カタログ、パンフレット、ポスター、航空機内映像、航空券、ホームページなど適正な手段によって、旅行者に関連情報を提供する。
 旅行者に直接触れるツールの中で、商業的性的搾取に反対する姿勢を謳い、この問題に関する啓蒙を行う。

5.目的地の現地有力者に関連情報を提供する。
 組織内で決定権のある人に対し、この問題について日本の旅行業者がどのような対策をとっているか、また我われはどのようなアクションをとらなければならないのか、ということを伝える。

6.これらの基準の実施状況について年次報告を行う

これらの活動を毎年続け、どういうアクションをとったかということを各社でモニターし、報告書を提出する

出所:ユニセフ   http://www.unicef.or.jp/code-p/how.htm

 企業(観光旅行業者やホテル業者など)はこのコード・オブ・コンダクトに参加を表明(署名・契約)することによって、この規範の順守と実施の義務を負う。2005年初め時点では17ヵ国58団体が調印していた。

 これに2005年3月に日本の旅行業界が一挙に参加することになった。 ( 社 ) 日本旅行業協会( JATA )と ( 社 ) 日本海岸ツアーオペレーター協会( OTOA )の加盟主要企業がコードプロジェクトへの参加合意書に調印した。日本企業の参加数は、2006年12月初め時点では、 JATA 会員68社、 OTOA 会員13社、そして2団体、計83団体・社となっている。

 まさに日本企業の参加で、コードプロジェクトへの参加企業数は一挙に倍増した。世界の旅行業のマーケットに占めるシェアが世界一といわれる日本の旅行業界の参加で、キャンペーンに弾みがつくことになった。2005年12月時点での参加状況は、25カ国277企業および業界団体へと増えている。

 日本はそれまで、1996年のストックホルムでの「第1回世界会議」では名指し批判され、「日本は世界有数の子ども買春加害国」として国際的な非難を浴び続けてきた。米国務省が毎年公表している人身売買年次報告(2003年版)では、日本は「要警戒国」と位置付けられ、2004年版でも「依然、日本は児童買春や女性の人身売買が問題」と指摘されてきた。

 日本政府も99年に児童買春・児童ポルノ禁止法を制定したが、こうした政治・法律レベルの取り組みだけでは、児童買春の根を絶やすことはできない。「 “ 旅の恥はかき捨て ” とばかりに海外で子ども買春に手を染める日本人旅行者の多くは、その行為を明確に犯罪と意識していない」(日本ユネスコ協会)からだ。「法律以前の問題として、日本人旅行者の意識を変えることがまず必要」(同)である。そのために果たすべき企業の役割は大きい。

 この日本の多くの主要企業の参加によって、これまで児童買春国と批判されてきた日本への評価は一挙に変化し、世界で最も取り組んでいる国と評価されるようになった。この事例は、国際NGOのコード・オブ・コンダクトに参加することによって、いかに国際的イメージを変えうることができるか、まさにNGOの国際的影響力を知る事例となっている。

 日本では、本件を推進するため2005年5月にコードプロジェクト参加企業を中心に 「コードプロジェクト推進協議会」を立ち上げている。協議会では、プロジェクト推進と実行のため、ロゴマークの策定や研修キッドの製作などに取り組んでいる。 推進協議会のメンバーは、 ジェイティービー、ジャルパック、ジャパングレイス、(社)日本旅行業協会( JATA )、(社)日本海外ツアーオペレーター協会( OTOA ) 、 ECPAT/ ストップ子ども買春の会、(財)日本ユニセフ協会、である。

8.日本企業の具体的対応状況――格差ある取組み姿勢
 では、コードプロジェクトに署名はしたものの、日本企業の具体的な活動状況はどうだろうか。

 業界参加として多くの主要企業が署名したものの、各企業のコード・オブ・コンダクトへの具体的な取組みには企業によって大きな差があり、全体的に厳格性に欠ける感じがするのが残念である。

 ジェイティービー(以下JTB)は、グループ会社に対してグループ行動規範として明記したり、従業員教育としてグループ138社に対し、 ECPAT 作成のビデオやレクチャーの使用を指示したり、さらに目的地のツアーオペレーターに対しても、契約書更新時にプロジェクトの行動規範第3項を盛り込み、その上で契約を行う措置をとった。さらに、カタログやパンフレット、チケット、ホームページ等に、旅行者向け情報提供として、冒頭に示したロゴマークをパンフレッドの最終ページに付けている。

 店頭でピックアップする JTB のパンフレットの裏側 ( 最終ページ ) には確かにこのロゴマークがついている。しかし、他のほとんどの企業の旅行パンフレットにはまだこの記載があるものはむしろ少ない。記載が徹底しないこと自身が、日本企業の取組み姿勢の実態を示しているように感じられてならない。

 2006年7〜11月にコードプロジェクト推進協議会が実施した参加82団体・企業へのアンケート調査では、23社が回答したに過ぎず、しかも回答23社中「 ( 協議会が提供した ) 研修ツールを使ったことがある」企業は8社、「従業員教育を行ったことがある」と回答した企業は5社のみだった。

 また、企業の広報用の各種ツール ( パンフレット等 ) に「ロゴもしくは商業的性的搾取に反対する立場を明らかにする文言を掲載している」かどうかの質問で、「海外旅行社向けパンフレット」に掲載していると回答した企業は6社であった。さらに、自社サイトにコードプロジェクト特設サイトのリンクを貼っている企業は回答22社中6社であった。

 このアンケートからみる限り、企業81社中、コードプロジェクトにまじめに取り組んでいるのは6社程という感じである。ちなみに、最もまじめに取り組んでいるようにみえる JTB グループですら、そのホームページからコードプロジェクト特設サイトにリンクしている場所を捜すのは大変でなかなか見つからない。トップページに掲載して欲しいものである。

 企業の担当者の方にお聞きすると、こうしたロゴマークを付けることに社内でも反対があるのだという。付けることによって、日本のお客さまは、この会社は何かまずいことをやったために、反省からこれを付けているのではないかと思われてしまうのではないかというのである。このロゴを見て、この企業はすばらしい、こうした企業が企画する旅行に行こうなどとはお客さまは思わない、と考えられているのである。本当だろうか。本当なら、日本の消費者はある意味でバカにされているである。

 コードプロジェクトへの日本企業の参加の契機は、 JTB のトップが米国の合弁先の社長からこの話しを聞き、参加を勧められ、それを JATA にもってきことからだと伝えられている。日本企業自ら気づいたわけではない。しかし、契機が問題なのではない。

 また、日本の業界が参加するようになったのは、団体旅行ブームの時代は終り、現在では80%が個人旅行となっているため、団体旅行者への倫理規定となるようなものを導入しても企業にとっては影響はないとだろうという見込みから、業界内では強く渋る声が聞かれなかったのだともいわれている。

 ともあれ、行動基準への参加を誓約したのだから、それを厳格に実行していくのは当然のことである。その対応は業界団体レベルで行えばよく、個別企業レベルでは怠けているという状況が続けば、いずれ再び悪評を招きかねないのではないかと心配である。

 この報告を読んでいいただいた読者の皆さん、今度旅行代理店の前を通りがかったら、ぜひパンフレットの最終ページをチェックしてみて下さい。


 

 



 

 

©2004 NPO Training and Resource Center All Right reserved