世界の潮流とNGOの動き 第20
新しい世界システムと憲法九条(その3) 開発協力と平和について

―― MDGsへの取り組みと憲法九条

長坂寿久(拓殖大学国際開発学部教授)

キーワード・・・ 憲法九条/ 9条、ミレニアム開発目標、MDGs、国連開発計画/UNDP、
         人間開発、 人間の安全保障、軍事的安全保障、平和学、直接的暴力、
         構造的暴力、貧困、G8サミット、援助/ODA、ホワイトバンド、GCAP、
         開発途上国、人権、武力紛争

はじめに
 本誌で 、‘ 日本国憲法九条問題について' <その1> では21世紀の新しい国家システムにおいて、九条はいかに適切かつ前進的なものであるかについて、国家システム形成史をレビューしつつ書いた。

 <その2>の 日本とアジアの安全保障と憲法九条」 では、現代のアジア情勢を分析しつつ、『九条 2項』の放棄はアジアと日本の安全保障をいかに脅威に陥れるかについて書いた。

 本稿では、 <その3> として、格差を広げる開発途上国がその貧困の厳しい実態から脱出するには、今や日本国憲法九条がいかに重要な意味をもってきているかについて、『ミレニアム開発目標』(MDGs)への取り組みを紹介しつつ述べる。「人間開発」という視点で開発途上国や格差の構造を捉える時、「新しい平和学」としての「人間の安全保障」の重要性を認識し、憲法九条の先駆的意味と役割が浮かび上がってくるのである。

 本稿では、第T部ではMDGsについて解説し、第U部で本論としてMDGsと平和の問題を論じることとする。

第T部 『ミレニアム開発目標』 (MDGs)と貧困の実態
1.「ミレニアム開発目標」(MDGs)とは
 2000年9月、国連ミレニアム・サミットにおいて、189の加盟国は、21世紀の国際社会の目標として「国連ミレニアム宣言」を採択した。その宣言には、2015年までに達成されるべき『ミレニアム開発目標』( Millennium Development Goals=MDGs)が明示された。

 世界中の指導者が、「人間開発」を推進するために、具体的な達成期限と数値目標に合意したことは、その10年前には想像できなかった出来事であり、まさに画期的なことであった。この時、 「悲惨で非人道的な極度の貧困状態から解放する」ための世界の誓いによって、経済のグローバリゼーションに新たな姿を与えることかできるはずだと人々は期待した。

 『ミレニアム開発目標』は、MDGs(エムディージーズ)と通称呼ばれており (以下はMDGsと記述)、目標(ゴール)は8項目で、各項目にターゲットが設定されていて、ターゲットは18項目ある。(1)〜(7)が具体的達成目標で、第8項目はそれを達成するために各国はいかに協力を進めていくかについての項目となっている。内容は以下のとおりである。

[ミレニアム開発目標(MDGs)]
(1)極度の貧困と飢餓の撲滅
ターゲット 1: 2015年までに1日1ドル未満で生活する人口比率を半減させる。
ターゲット 2: 2015年までに飢餓に苦しむ人口の割合を半減させる。

(2)普遍的初等教育の達成
ターゲット 3: 2015年までに、全ての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにする。

(3)ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上
ターゲット 4: 初等・中等教育における男女格差の解消を2005年までには達成し、2015年までに全ての教育レベルにおける男女格差を解消する。

(4)乳幼児死亡率の削減
ターゲット 5: 2015年までに5歳未満児の死亡率を3分の2減少させる。

(5)妊産婦の健康の改善
ターゲット 6: 2015年までに妊産婦の死亡率を4分の3減少させる。

(6)HIV /エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止
ターゲット 7: HIV/エイズの蔓延を2015年までに阻止し、その後減少させる。
ターゲット 8: マラリア及びその他の主要な疾病の発生を2015年までに阻止し、その後発生率を下げる。

(7)環境の持続可能性の確保
ターゲット 9: 持続可能な開発の原則を各国の政策や戦略に反映させ、環境資源の喪失を阻止し、回復を図る。
ターゲット 10: 2015年までに、安全な飲料水と基礎的な衛生施設を継続的に利用できない人々の割合を半減する。
ターゲット 11: 2020年までに最低1億人のスラム居住者の生活を大幅に改善する。

(8)開発のためのグローバル・パートナーシップの推進
ターゲット 12: 開放的で、ルールに基づいた、予測可能でかつ差別のない貿易及び金融システムのさらなる構築を推進する。 (良い統治《グッド・ガバナンス》、開発及び貧困削減に対する国内及び国際的な公約を含む。)
ターゲット 13: 後発開発途上国(LDC)の特別なニーズに取り組む。
( [1]LDCからの輸入品に対する無関税・無枠、[2]重債務貧困国(HIPC)に対する債務救済及び二国間債務の帳消しのための拡大プログラム、[3]貧困削減に取り組む諸国に対するより寛大なODAの提供を含む)
ターゲット 14: 内陸国及び小島嶼開発途上国の特別なニーズに取り組む。
(バルバドス・プログラム及び第 22下位国連総会の規定に基づき)
ターゲット 15: 国内及び国際的な措置を通じて、開発途上国の債務問題に包括的に取り組み、債務を長期的に持続可能なものとする。
ターゲット 16: 開発途上国と協力し適切で生産性のある仕事を若者に提供するための戦略を策定・実施する。
ターゲット 17: 製薬会社と協力し、開発途上国において、人々が安価で必須医薬品を入手・利用できるようにする。
ターゲット 18: 民間セクターと協力し、特に情報・通信分野の新技術による利益が得られるようにする。

2. 2005年G8サミットでの合意
 MDGsを実現するために、 2001年にモンテレー開発資金国際会議が開催され、この会議が援助回復のスタート地点と位置づけられた。MDGsの進捗状況はモニタリングしていくこととし、UNDP(国連開発計画)がそれを担当することになった。さらに、2005年9月に各国は今後10年の方向性を示す計画を立案することになった。

 こうして2005年7月6日、グレンイーグルス(スコットランド)においてG8サミットが本問題を中心的に議論するため開催され、その中で「最貧国の債務危機解決をめざす包括的合意」が成立した。

 @2010年までに援助額を2倍の年500億ドルに増やす

 A2010年までにアフリカ全域でエイズ治療薬を手に入れられるようにする

 B最貧国18カ国の債務を免除する

 が主な合意点で、この時小泉首相はODAを100億ドル増額すると明言した。

 9月のMDGsの国連総会特別首脳会合を前に、UNDP は2005年版の「人間開発報告書」を発表し、「今のままではアフリカを中心とした50ヶ国は1つの目標も達成できない」と警告、「世界の指導者がミレニアム開発目標について『単なる紙の上での約束ではない』ことを再確認し、先進国による政府開発援助(ODA)の増額など目標達成のための新たな措置に合意するよう」呼び掛けた。

  G8も国連特別総会についても、その総合的評価は「失望的」であった。MDGsの成果は、2005年の状況から見る限り重要な進展もなく、成果も上がっていないとUNDPをはじめNGOたちは厳しい評価を下している。 目標達成軌道からすでに外れてしまっているとさえ指摘している。

 NGOたちは、「約束は破られつつある」と、以下のような見解を表明している。

 @最貧国債務削減合意も本来目標には遠く及ばない。

 A最貧国18カ国のみを債務救済の対象にするのではなく、「困窮するすべての国」を対象にすべきである。

 B 先進国側の貿易障害となっている貿易問題 (農業補助金問題等々)の解決は先送りされてしまった。

 C 42005年を「人間開発のための10年」のスタートと位置づけるべきであり、「人間開発を優先する こと」「人権を尊重すること」「不平等に取り組むこと」「腐敗を根絶すること」に重点をおいて取り組むべきである。

3.ホワイトバンド・キャンペ−ン
 2005年9月の国連特別総会を一つのターゲットに、MDGsを推進するため、「ホワイトバンド」キャンペーンが、NGOによって世界的に行なわれたことは多くの人がご存知だろう。

 世界のセレブがこのキャンペーンに参加し、「3秒に一人、アフリカの飢えた子どもが死んでいく」ことを象徴して指をクリックさせた。

 キャンペーンを実施したのは、GCAP ジーキャップ: Global Call to Action against Poverty/貧困をなくすアクションを求める世界的呼びかけ) で、世界500団体以上が参加して行なわれた。 英国では「 Make poverty history」 (貧困を過去のものに)を標語とした。日本でもキャンペーン実行委員会ができ、「ほっとけない 世界の貧しさ」をロゴにして展開された。

 2005年夏には、世界の歌手たちによる『ライブ8』 (世界10都市同時開催)が「よりよい未来への希望」 をテーマに開催された。このキャンペーンを通して、ニューズウィーク誌によると、ホワイトバンドの売上数は、英国では600万個、日本では450万個という空前の売上数となった。日本での売上本数に1個300円を掛けると13億5000万円となり、利益は5億円に上ったと報じられている。

 このように「ホワイトバンド」は大成功を収めたが、次のような批判も寄せられた。

@寄付とアドボカシーの区別を明確にせず販売したこと。このキャンペーンはMDGsを広報し、世界の政府や国際機関に訴えていくためのアドボカシー(政策提言) キャンペーンとして企画された。しかし、アフリカの貧困対応への寄付と思ってバンドを買った人も多かったようであった。そういう人々からはアフリカの貧困対応にどう使われたのかという批判を受けることになった。

A労働者を低賃金で搾取する中国の工場で一部を作らせたことも批判を浴びた。アフリカの仕事を求めている人々に対して発注されるべきではないか、あるいはフェアトレード的理念で生産されるべきではないかと。

B生産委託先の児童労働、女性の強制労働などをチェックしたか。NGOたちは児童労働や女性の強制労働などに反対してい。こうした点が生産委託に当たって十分検討されたのか。

Cアフリカを飢えて無力で希望のない大陸、あるいはアフリカは救いようがないというイメージを定着させることになってしまったのではないか。

Dバンドはシリコン製であり、この廃棄は環境上問題となりうる。環境問題への配慮を欠いたのではないかという批判である。

4 . 開発途上国の 実態―― 90年代は「絶望の10年」
〔人間開発報告書〕

 読者には開発途上国の実態について理解をいただかねばならない。さもなくば、MDGsの意味、NGOの主張を含め、現代の世界を理解することはできないだろうからである。

 現代の開発途上国の実態を報告しているものとしてはUNDPの『人間開発報告書』がある。MDGsについてはUNDPが中心的にモニターすることになっており、以下の統計的報告はこの『人間開発報告書』によっている。

 とくに2003年版がMDGsについての基本解説報告書となっており、2005年版がMDGsのその後のモニター評価報告書となっている(注 1)。以下、途上国の実態について、UNDP『人間開発報告書』をベースに記述する。

 私たちにとって世界の格差構造を示す図として最も有名なのが、世界所得を人口の5分割で示した「シャンパングラス」の図である(1992年版)。この表は開発教育協会が作成した『世界がもし100人の村だったら』のワークショップなどでも使用されていてよく知られている。〔以下の図は開発教育協会から引用〕

 この図は、世界人口の20%の人々が世界の所得(富)の82.7%をとっていることを示す。次の20%の人々が11..7%と突然少なくなり、さらに次の20%は2.3%と小さくなる。その次の20%は1.9%、最後の20%の人々は1.4%とさらに小さくなる。つまり、世界人口の60%という多数の人々は世界所得の5.6%を得ているに過ぎず、世界人口80%の人々は世界所得の17.3%を取っているに過ぎない。この所得分配を左右対象の図にするとまさにシャンパングラスのように上部が膨らみ、突然細い軸になっている図となることから、「シャンパングラスの図」と呼ばれるようになった。

〔90年代の途上国の成果〕
 UNDP報告によれば、90年代は開発途上国にとっては「絶望の10年」であったが、しかしマクロ数字では途上国の成果として以下の点がみられた。

 @1990年以降、途上国の平均寿命は2年延びた。

 A年間の乳幼児死亡数は300万人減少した。

 B未就学児童数は3000万人減少した。

 C1億3000万人以上の人々が極度の貧困から脱却した。

 しかし、こうした一見したマクロ的改善は中国とインドでの経済発展によって達成されたものであって、他の開発途上国の実態は90年の頃より厳しいものに陥ってしまったのである。このことは3つのことを示している。

 一つは「経済発展」は貧困を削減するということである。これは経験的(日本やアジアでのケースでも明らか)にも、理論的にも立証されている。第二は貧困の現実は依然厳しいということである。それについては以下にいくつかのデータを示すことにする。第三は、しかも格差が大きく発生しているということである。10年前に比べ一人当たり所得が減少してしまった国、貧困が増大してしまった国が増えている。UNDPが発表したシャンパングラス図は、10年後は一層軸の部分が痩せ細っていることになる。貧困と不平等という双子の厄害が、現代の世界の問題なのである。

〔途上国の実態〕
 以下にUNDPの報告から少し整理して抜き出してみよう。

@貧困
・1日 1ドル未満で生活する極度の貧困状態(絶対的貧困)の人々は、10億人を超える。
・1日2ドル未満で生活する貧困層の人々は25億人を超える。これは世界人口の40%に相当する。

A乳幼児死亡率
・毎年1070万人の子どもたちが5歳の誕生日前に死亡する。
・サハラ以南アフリカは世界の出生数の20%を占めるが、乳幼児死亡数では44%を占める。

B子ども /初等教育
・推定では約1億人の子供が路上生活をしている。途上国では2億5000万人以上の児童が労働にかり出され、18歳未満の女子を含む 120万人にのぼる女性が毎年性的搾取の目的で人身売買されている。
・途上国では約10億の成人が読み書きができず、10億人が安全な水が利用できず、24億人以上が基本的な衛生設備を持たない。
・5歳未満児の約3分の1が栄養失調に苦しんでいる。毎年1800万人が伝染病で死亡していてる。9000万人近い児童が初等教育をうけられない。

CHIV/エイズ
・HIV/エイズ患者は、4000万人に上り、その95% が開発途上国に住んでおり、3000万人はサハラ以南アフリカに暮らしている。エイズは貧しい人々の病気になっている。この地域では平均寿命は1970年代には著しい伸びを示したが、それ以降はむしろ短縮しており、アフリカ9カ国では、2010年までに平均寿命が17年短くなることが予測されている。これは1960年代のレベルに逆戻りすることを意味する。
・2003年にはHIV /エイズで300万人が死亡、500万人が新たに感染、年100万もの子供が孤児になっている。
・ボツワナではHIV /エイズが原因で平均寿命が31歳も短くなった。
・エイズで親を失った孤児はアフリカ全体で1100万人。2010年には2000万人に達する。
・ジンバブエ、南アフリカ、レソトでは、15〜49歳の5人に1人以上がHIV /エイズに感染している。

D格差の拡大
・54カ国で90年代を通じて一人当たり所得が低下した。その内訳は、サハラ以南アフリカ20カ国/東欧・CIS17カ国/ラ米・カリブ6カ国/東アジア・太平洋6カ国/アラブ5カ国である。 
・世界の最富裕層 10%の人々が世界所得の54%を とっており、世界人口の40%を占め、1日2ドル未満で生活している25億人の人々の世界所得は5%を占めるに過ぎない。
・人類の5人に一人は1杯のコーヒーに1日2ドル使うことを何とも思わないが、5人に一人が1日1ドル未満で生活している
・世界の最も裕福な500人は、最も貧しい4億1600万人の所得を合わせたよりも多くの所得を得ている。
・所得不平等が拡大している国々には、世界人口の80%を超える人々が暮している。
・最も豊かな国々に住む世界人口の5分の1と、最も貧しい国々の5分の1の人々の所得格差は、1960年は30対1であったが、90年には60対1へ、1997年には74対1に増加している。
・1990年代末までに「世界人口の5分の1に当たる最も高所得の国々の人々」が:
○世界のGDPの86% を占める一方、最下層5分の1は1%を占めるに過ぎなくなっている。
○輸出市場の82% を占める一方、最下層5分の1はわずか1%を占めるに過ぎなくなっている。
○海外直接投資の68% を受ける一方、最下層の5分の1はわずか1%を占めるに過ぎなくなっている。
○基本的通信手段である電話回線の世界全体の74% を使用する一方、最下層の5分の1はわずか1 .5%を利用するに過ぎなくなってしまった。

Eサハラ以南アフリカの実態
・18カ国(4億6000万人)で2003年の人間開発指数(HDI)は1990年より低下した。これは歴史的にかつてなかった後退であった。
・世界の最貧国26か国中、24カ国がアフリカの国々である。90年代を通じてサハラ以南アフリカの貧困は悪化した。ちなみに、ザンビアの60年代の経済規模は韓国の2倍であったが、今は28分の1である。

F貿易
・世界貿易が2倍以上に増大している中で、世界人口の10% を占める後発開発途上国が世界輸出に占める割合は1980年の0.6%から、1990年0.5%、1998年0.4%へと縮小してしまっている。サハラ以南アフリカのシェアは1980年の2.3%、90年の1.6%、1998年1.4%へと減少している。

G海外直接投資
・1998年の世界の直接投資額は6000億ドル以上に達したが、48の後発開発途上国が誘致した直接投資額は30億ドル弱で、全体のわずか0.4%に過ぎない。

〔 MDGs失敗の場合の実態〕
 では、開発途上国がMDGsから取り残され、 現状のまま進展すると、2015年の損失はいかなるものになるのだろうか。

@乳幼児死亡率――2015年には死亡を避けられたはずの乳幼児440万人の命が失われる。貧困によって5歳の誕生日を迎えずに死亡する乳幼児数とターゲット値との乖離は4100万人以上に達する。

A貧困削減――2015年には1ドル未満で生活する絶対的貧困の人々はさらに3億8000万人増える。

B初等教育――2015年には4700万人の子どもが学校に行けない。

 かくして、UNDPは、「世界は明らかに人間開発の失敗に向かっている」(『人間開発報告書』2005年版)と報告している。そして、次のようにも書いている。

・最富裕層から最貧困層へほんのわずかの所得再配分だけでも、貧困削減に大きく貢献する

・ 1日1ドル未満で生活する10億の人々を極度の貧困線より上に押し上げるのに必要な費用は3000億ドル。これは世界の最富裕層10%の所得の1.6%に過ぎない

・10億人を助けるために必要な追加必要額は先進国のGNPの0.5%。100ドルにつき50セントほどである。

〔貧困のメカニズム〕
 途上国がますます貧困に陥ってしまった理由として、2点だけ指摘しておこう。一つは90年代には米ソ援助競争時代が終焉してしまったことである。東西冷戦時代には一つでも多くの国を自陣営に引き入れるため、アフリカなどの小国にも援助を提供してきた。また途上国側も米ソ対立を利用して援助を引き出すことができた。しかし、そうした冷戦の時代が終わってしまった。そのため、90年代に援助予算は大幅に削減され、サハラ以南アフリカの一人当たり援助額は3分の1へ減少してしまっている。

 もう一つは経済のグローバリゼーションの進展である。 現在のグローバリゼーションのメカニズムには富める国はますます富み、貧しい国はますます貧しくなるメカニズム (構造)が組み込まれている。WTO(世界貿易機関)によって導入されたメカニズムや、世銀・IMFによる融資条件(構造調整計画/SAP)というメカニズム、世界最大の貿易障壁である先進国の農業補助金や農業市場の防衛などが、格差構造を生み出す仕組みとなっている。これらの点のいくつかについては本メルマガですでに書いてきたと思う。

第U部 開発協力と新しい「平和学」
1. 人権剥奪装置としての戦争と貧困――直接的暴力と構造的暴力
 この地球上で、私たちの眼前に、1日1ドル以下の絶対的貧困の中で生活する人々(10億人)、あるいは2ドル以下で暮している貧困の人々(25億人)が存在する。5歳まで生きられない多くの子どもたちがいる。清潔な水を飲めない多くの人々がいる。人は飢餓で死ぬことは実は少ない。飢餓状態にある時に汚い水を飲むことによって感染症などにかかって死ぬのである。きれいな水が飲めれば、救援物資での対応によって死からは免れ得るのである。

 私たちが受け取るのはこうした膨大な人々が貧困の中にいるという統計的な団塊情報である。しかし、その一人一人には親のつけた名前があり、命があり希望があるはずだと、人間としての想像力を働かせると、一人一人の「人間」の損失として捉えねばならないことに気付く。

 こういう不平等の存在は、世界の10%の富める側にいる私たちにはどうでもいい話しとなるかもしれないが、その中にいる一人一人の「人間」にとって、それは「平和」な状態とはいえないであろう。不平等の不利益は生涯ついて回るであろうし、世代を超えて伝わり、半永久的に繰り返される。こうした人々が増えている状況は、私たちの世界は「人間開発」に失敗していることを意味する。

 貧困が奪うものが「人権」 である。不平等は不当であり、「人権」 が侵されるという暴力を受けていることを意味する。社会構造の被害者、社会構造が原因で生み出している暴力の真っ只中に、地球上の大部分の人々がいる。 不平等は経済的損失であり、社会的な不安定要因であると同時に、暴力が放置されたままであることを意味する。この格差が拡大する状況や暴力装置としてのメカニズム (仕組み)を放置しておくことは、「平和」な社会といえるのだろうか。そうは言えまい。

 戦争は人間に対して「直接的暴力」をふるい、社会を破壊し、人権を剥奪し、命を奪い身体に危害を与える。同様に、社会構造の故に人権が侵され、まっとうに生きることを許されない「貧困」に陥ってしまうという「構造的暴力」が放置されている。この武力では達成できない「平和」に、私たちはどのようにしたら立ち向かえるのだろうか。これらの貧困の中にいる人々の安全保障はどのようにしたら達成されるのだろうか。

 ヨハン・ガルトゥンクらによって開発されてきた新しい平和学(安全保障)は、二つの暴力が存在すると定義している。

 一つは「直接的暴力」としての「戦争/紛争」である。これに対する安全保障は軍事的安全保障であり、それは国家という領域的安全保障である。日本という領土で戦争が行なわれず、戦争が起こる可能性に対して対処するものである。つまり、求める平和は「国家間の平和」である。これまでの安全保障論はこの立場だけを中心に論じられてきた。

 他方、社会構造の被害者、 社会構造が原因で生み出されている暴力によって貧困に陥り、 あるいは人権を剥奪されている人々がいる。こうした「構造的暴力」としての「貧困」「人権剥奪」に対する安全保障は人間を重視した安全保障、つまり「人間の安全保障」である。求める平和は人間(人格)の平和である。新しい平和学では前者を「消極的平和」、後者を「積極的平和」と呼んでいる。

 戦争も貧困も人権を侵害し剥奪する「人権破壊」装置である。私たちは「平和」(安全保障)をこの二つの視点で捉えていく必要があるのだ。この二つの視点で捉えるということは、「平和」 観の基本的転換を意味する。体制論的アプローチからの脱却である。

2.人間の安全保障
 構造的暴力に直面している人々の安全を考えることは「人間の安全保障」として捉える考え方である。人間の安全保障において、平和とは「人間が人間らしく生きること」「誰もが生まれながらにもっている権利を侵されないこと」を意味する。

 極度の貧困や飢餓に苦しむ社会、多くの子どもが初等教育の全過程を終了できない社会、 教育レベルで男女差の大きい社会、乳幼児の死亡率の高い社会、5歳まで生きられない子どもが多い社会、妊産婦の死亡率が高い社会、人種差別や性差別が根強い社会、識字率が低く社会参加できない人が多くいる社会、HIV/エイズなどの病気の治療が受けられない社会、治療薬は存在するのにそれを手に入れられない社会、環境資源が喪失していく社会、安全な飲料水を利用できない人が多い社会、スラム居住者が多くいる社会・・・これらMDGsの目標となっている実態の中に生きる人々は、たとえ戦争はなくとも「平和」の中に生きているとはいえないであろう。

 こうした社会に住む人々は、直接的暴力である戦争の犠牲者と同様、構造的暴力の犠牲者であり、平和の中にいるとはいえない。戦争でなくとも貧困に陥っている人々は人権を阻害されている。

 戦争を終わらせるために様々な努力が必要であるように、こうした人々を平和な社会の中へ救出するために様々な取り組みが緊急的に必要である。こうした人々を救出するための取り組みを「人間開発」という。人間に健康、教育、食糧を行き渡らせることを主眼とする開発である。

 MDGsとは、こうした社会をなくしていくことを国際社会が誓った文書であり、具体的な期限と目標を明示したものである。

 MDGsの実現を求める運動は、つまり平和運動なのである。人間には平和に生きる権利としての「平和的生存権」がある。人間的な日常性の確保へ向けて行なうあらゆる活動が平和である。

 この平和運動は、市民の参加とそれによる影響力に大きく依存している。市民はNGOを形成し、国際的なネットワークを組んで、 国際交渉の場に影響力を発揮し (ホワイトバンド・キャンペーンもその一つだが)、開発途上国の市民・農民と協働してその国の政府に対して政策修正を迫り、そしてまさに貧困の池の中で溺れそうになっている人々を救済する草の根活動を行なっている。こうした運動は、新しい平和学の中では、まさに平和運動である。そうした市民の活動であるNGOがいかなる活動を行なっているかは別の機会に書くことにしよう。MDGsの実現に向けて関わる市民は、平和のための活動をしていることを意味する。その活動の一つ一つが、平和をつくりだそうとする努力の積み重ねとなっているのである。

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3.MDGsと武力紛争への取り組み
 UNDPの『人間開発報告書 2005年』版には、こうした新しい平和学を意識してか、新しい項目が加えられた。MDGsへの取り組みは、「援助」と「貿易」的側面での取り組みを主としてきた。2000年に合意された『MDGs』は、そうした視点で取りまとめられている。

 ところが、2005年版 『人間開発報告書』から 「援助」 「貿易」 に続いて、「武力紛争」 という章を提示した。 武力紛争によるMDGs達成への障害を取り除くという趣旨からである。これは明らかに新しい平和学に基づき MDGsを捉えようとしてのだといえよう。

 MDGsは、貧困と武力紛争の相互作用によって阻害されている。 紛争は栄養状態と公衆衛生を悪化させ、 教育制度を破壊し、暮らしを崩壊し、将来の経済成長を停滞させる。また、現代は小型武器による局地紛争・地域紛争が多く発生しており、今日の紛争の犠牲者は大多数が民間人となっている。死者の内、非戦闘員が占める割合が飛躍的に増大しているのが現代の紛争である。小型武器で年間50万人が死亡するが、その犠牲者の大半は貧困国の人々である。しかも、大部分が子どもと女性である。1990年代の10年間に200万の子どもが殺され、600万人の子どもが重傷か回復不能の障害を負った。

 貧困国で紛争の発生が増大している。UNDPが算出している「人間開発低位国」32カ国中22カ国が1990年以降紛争を経験している。乳幼児死亡率を削減する試みが後退している52国中30カ国は、90年に紛争経験をもっている。

 紛争が貧困をもたらし、貧困が紛争をもたらす相互作用となっている。貧困−社会崩壊−内戦など武力紛争−貧困という相互作用となって人間開発を阻害しているのである。

 『人間開発報告書』(05年版)は、MDGsの成功の基本的3要件として、@紛争予防、A紛争解決、B紛争後の復興をあげている。同時に、弱体化・脆弱・破綻しつつある政府の存在が人間開発を阻害しかねないことも指摘している。

4.憲法九条と日本の開発協力
  安全保障の前線において、平和を求める日本の役割は、武力紛争の前線にあるのではなく、武力紛争のフィールドよりもより広範な広がりをもっている貧困のフィールドの前線に存在している。その前線は経済・社会的前線であるが、まぎれもなく犠牲者を脱出させる装置であり、武力紛争を予防し、紛争後の復興に関わる装置となっている。

 日本国憲法九条は、そうした平和への闘いの前線で、先駆的な旗印となっており、このフィールドで闘う平和運動の理念的支柱となるものであると思う。日本国憲法九条は、「平和的生存権」を明示したものであり、紛争の構造的原因に焦点を当て、「構造的暴力」への取り組みを宣言したものである。それは「人間の安全保障」を追求することを宣言している条文となっているのである。

 MDGsは平和運動である。MDGs実現への理念は、まさに日本国憲法九条そのものであるといえるのである。

 日本は、GNI (国民総所得)の0.7%という援助の目標値からみると援助比率はとても低いが、絶対額では米国に伍す援助大国となっている。憲法九条の存在によって、軍事予算を規制し、援助に振り向けてきた側面も大きく貢献してきた。日本の経済力と援助力は、日本の外交力の一つであり、世界の平和に大きく貢献してきたといえる。

 UNDPは次のように書いている。 「全ての人が基礎教育を受けて識字率を高めるために必要な援助の追加支出額は年間50〜60億ドル」「5歳未満児の死亡率を大幅に下げるための追加支出額は年50〜70億ドル」「清潔な水を供給するのに必要な追加資金は70億ドル」。これに対して、2004年の世界の軍事支出は、約9500億ドルである。ほんの数%の拠出でこれを賄える。

 日本はこれまで援助大国たらんとしてきた。援助と貿易による途上国への支援は、新しい平和学においては、人間の安全保障への取り組みを意味する。憲法九条をベースに世界の安全保障に直接的に貢献していくことこそ、平和への積極的貢献となり、それが21世紀の日本の役割であることを、21世紀の平和学は日本に問いかけている。21世紀の安全保障にとって、憲法九条がいかに先駆的なものであるかということを問いかけているのである。

(注1)MDGsに関する報告書
 MDGsを中心に、開発途上国の実態を報告しているものとして、UNDPの『人間開発報告書』(とくに2003年版と05年版)の他には、MDGsに関する国連事務総長が5年に 1回報告書を作成することになっており、05年3月に『国連事務総長報告書――より大きな自由を求めて』が出ている(次回は2010年と15年)。また、MDGsの進捗状況に関する国別報告書(MDGRs=ミレニアム開発目標報告書)が05年3月に90カ国と地域計124の報告書が出されている。その他に世界銀行報告書、さらにOXFAMなどNGOの報告書がある。NGOの報告書では、例えばOXFAMの『支払うべき代償』(邦訳はOXFAMジャパンのホームページに掲載)など。

(注2)新しい「平和学」に関する資料:
 平和を「直接的暴力」と「構造的暴力」として捉える考え方は、60年代のヨハン・ガルトウンクに遡るが、日本でも最近こうした解説書が出てきている。
 ・ヨハン・ガルトゥング『構造的暴力と平和』高柳他訳、中央大学出版部、 1991年
 ・最上敏樹 『いま平和とは――人権と人道をめぐる 9話』岩波新書、2006年3月
 ・高畠・五十嵐・佐々木編『平和研究講義』岩波書店、 2005年
 ・岡本三夫・横山正樹編『平和学とアジェンダ』法律文化社、 2005年、等

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