コミュニティ・レストラン(R)実践報告
「コミュニティ・レストラン」プロジェクトとの出会いと実践(第2回)
       
伊藤規久子 (北海道コミュニティ・レストラン研究会代表/いこいの店「野の花」代表)

 北海道コミュニティ・レストラン研究会を立ち上げ、道内でのコミレス普及に尽力してきた伊藤規久子さんの、研究会での活動と実際に多くの仲間共にコミレスを立ち上げて運営している実践の報告をしていただきます。 2 月 25 日には、東京都内でコミュニティ・レストランフォーラムを開催します。詳細はコミレスホームページをご覧ください。

キーワード : 地域社会の再構築、地域の人材、コミレスの「コミュニティセンター機能」「生活支援センター機能」
        「自立生活支援機能」「人材養成機能」、実践、生きた教室

1.「野の花」に集う地域の人たち
 「野の花」には毎日、いろいろな人たちがやって来る。ほとんどが近所の人たちで女性の割合が多い。夫が定年退職し2人で家にいる時間が長くなったので気分転換にとコーヒーを飲みに来る女性。病気がちで遠くへは外出できないので買い物を兼ねて毎日のように店に寄ってくれる女性。自営業の合間に息抜きと食事を兼ねて来店する女性。忙しい時に重宝と、帰りには夕食用に手作り総菜を買って行く。通院帰りにお茶を飲みに寄る高齢の男性。子どものおやつ用のケーキや有機野菜を買いに来る若いお母さん。子育て真最中のお母さんが一息つきにやって来ることもある。メンバーや他のお客さんとのおしゃべりがストレス解消になるそうだ。時々「トイレ貸して下さい!」と小学生や集金の人が立ち寄る。大家さんのNさんが飼っている猫に会いにやって来る子供もいる。

 「野の花」ができたことで地域の会話量・コミュニケーション量は確実に増えた。スタッフとお客さんの間はもちろんのこと、お客さん同士、スタッフ同士でも会話を楽しんでいる。天気の話、近所の出来事、料理の話、昔話、時には悩みごと相談の場になることもある。ここで知り合いになる人達も多い。札幌市のように高度成長と共に拡大してきた大都市では地域の人間関係は大変希薄になっている。近所でも限られた人としか顔見知りでない、近くで何が起きているかよくわからないというのが実情である。買い物に関しても、郊外型の大型店舗に押され地域にあった小さなお店は次から次へ姿を消してしまった。そこにあった地域の人々の出会いと会話も失われてしまった。

 「野の花」にやって来て楽しそうにおしゃべりしているお客さんの姿を見ると、今の時代、地域社会を再構築するために 「野の花」のような場所は必要であると、コミレスの持つ「コミュニティセンター機能」を実感している。

「野の花」ではスタッフもお客さんも会話を楽しんでいる            地域で支え、助け合うためのお知らせコーナー

2.地域でイベント・講座を企画する
 より多くの人に「野の花」に来てもらうため、またメンバー自身も楽しむため、時々イベント・講座を企画する。「野の花」最大のイベントは、年 2 回、春と秋に開く「野の花市」である。

 この日はメンバー全員が勢ぞろいし、山菜おこわ、散らし寿司、お惣菜、漬物、パン、ケーキ、餅、手芸品などを大量に作って販売する。リサイクル品もたくさん集めて安価で売る。「野の花」の利用者や地域の人たちに日頃の感謝の気持ちを表すため、コーヒーは無料でサービスする。

 また、料理上手なメンバーに講師になってもらい 「料理教室」も時々開催する。手作りを楽しんでもらおうと「豆腐作り」「味噌作り」などの講座も開いた。講座で小さな子どもを連れた人がいる時はメンバーが託児をする。今年は「野の花」のメンバーが中心となり、地域の健康づくりの会を結成した。札幌市の助成を受け、ウオーキング・軽登山・精進料理講習会・フラワーセラピー講習会など健康づくり事業をスタートさせた。

 「野の花」では、メンバーやメンバー以外の地域の人が作った陶芸品や手芸品もインテリアを兼ねて売り場に並ぶ。自分の描いた絵を貸してくれる人もいる。地域の中にはいろいろな特技をもった人たちが大勢いる。地域の人達の特技を発表する場として、あるいはそういった特技を持っている人たちに講師になってもらい「野の花」をサークル活動の場として活用してもらいたいと考えている。

3.地域で助け合い、支え合う仕組みづくり
 「野の花」がある豊平区西岡は札幌市の中でも高齢化率が高い地域である。老夫婦だけの世帯、一人暮らしの高齢者の世帯も多い。急速に進む高齢社会。これからは、地域で互いに助け合い、支え合うしくみづくりがますます必要になっていくだろう。そんなしくみづくりに自分達も関わっていきたいと思い、「野の花」では家事援助サービスを行なっている。まだ、件数は少ないが、犬の散歩、雪下ろしなどの依頼が入って来るようになった。また、夫婦二人暮らしだが奥さんが病気になり、ご主人だけでは食事の支度が十分にできないという理由で夕食づくりの依頼も入って来た。現在、お弁当づくりは注文があった時だけ行なっているが、そろそろ定期的な配食サービスに取り組む必要性を感じている。

 西岡はその名が示すように坂道の多い地域である。坂道は高齢者にとって不便な場所であり、特に冬場は道路がツルツルになり危険な場所である。昨年の冬、靴の滑り止めのピンを販売したが大好評だった。遠くまで行かなくても近所で用が足りると多くの人に感謝され、私たちメンバーも重宝した。高齢者の毎日の生活に役立つ商品を販売することも生活支援につながることがわかったので、そんな商品も増やして行きたいと思っている。また、「野の花」では、自分達が信用できる地元の大工さんや塗装屋さんを紹介しているが、なかなか評判が良い。毎日の生活に役立つ情報を流す場でもありたいと思っている。

 コミレスの持つ「生活支援センター機能」「自立生活支援機能」は、今後ますます重要になっていくと感じている。

4.メンバーにとっての「野の花」
 現在、「野の花」の時間給は 300 円である。最低賃金にも満たない謝礼程度の金額ではあるが、何もないところから自分たちの力で金銭的報酬を生み出した喜びは大きい。特に、料理やお菓子づくりが得意なメンバーにとっては、これまで自分の家族や友人にしか披露できなかった腕前を商品として多くの人に喜んでもらうことができるようになったという大きな意味を持つ。わずかでもお金をもらう事で「いい加減なものは出せない」という気持ちになり、腕も上がった。今後、自分たちの努力次第で金銭的報酬は増えていく可能性もある。

 しかし、もう一方で、「野の花」はメンバーに対し、金銭では換算できない報酬ももたらしている。まず第一に、店の経営者の一人として、店をどう運営していくか考えなければならない事、しなければならない事がたくさん出て来て、それが生きがいに結びついたことである。特に、当番で店に立つメンバーは、人前に立つことで適度の緊張感を持つようになり毎日の生活にはりが出て来た。前よりおしゃれになった。「ここの料理はおいしい」「ここがあってよかった」「こういう場所は必要だね」という利用者の声を聞き、「自分たちのしていることが地域に役立っている」という充足感も得ている。また、各メンバーは「野の花」のサービス提供者であると同時に、「野の花」の利用者でもある。自分たちもコーヒーを飲んだり、食事をしたりしながら、メンバーやお客さんとおしゃべりを楽しみ、忙しい日々の生活の中でほっと一息ついている。時には、ちょっと愚痴をこぼし、悩みごとを聞いてもらい気分転換をはかっている。メンバーの中には精神的な病気をもっている人もいるが、「野の花」は安心して出入りすることができる場所になっている。調子が良いときは店を手伝ってくれる。連れ合いの親の介護をしている人は、店に出ることが気分転換になるそうだ。自分たちの欲しいものを買うことができるし、いろいろな情報も得ることができる。「野の花」は、それぞれのメンバーにとって必要かつ居心地の良い居場所になっている。

 「野の花」のメンバーの平均年齢は 59 才。みんな、自分達の老後に不安を抱えている。しかし、仲間と共に一歩踏み出したことで、もし何かあった場合でもお互いに助け合っていける、そんな安心感も出てきた。

5.コミレスの「人材養成機能」
 正直なところ、当初、「野の花」をオープンさせると決めたものの不安は大きかった。 15 人が共同でひとつの店を運営していくことなど本当にできるのだろうか・・・。共同経営の大変さは十分過ぎるくらい耳にしていた。実際にオープン直後はメンバー間に意見の食い違いがしばしば起こり、どうしたらよいのか悩む日々が続いた。途中で、やっぱり無理かもしれないというあきらめの気持ちになったことも幾度かあった。私だけではなく、他のメンバーも同じように感じていたと思う。多様な意見をどう調整していくかは本当に難しい。だが、率直に意見を出し合い、真摯に話し合えば何とか解決できるということを私もメンバーも学んだ。また、意見が対立した時でも、自分たちの原点−「楽しみながら地域の人に必要とされる店を作っていきたい」という思い、そして「野の花」は複数のメンバーが関わっているからこそ運営が可能であることを再確認することで解決できることも学んだ。店の運営に関しては、毎月一回運営会議を開き、時間をかけてじっくり話し合っている。必要があれば臨時会議も開く。メンバー間の連絡をこまめにとり、みんなが同じ情報を共有できるように心がけている。また、誰が当番に当たってもできるだけ同じ味、同じサービスができるよう統一レシピ・作業手順をつくるなどの工夫をしている。

 「野の花」はメンバーと私にとって「生きた教室」だと思っている。各メンバーの思いをどうまとめていくかということに加え、実務的なことも店を運営しながら学んできた。ほとんどのメンバーが商売に関しては素人同然だったが、実際に店を運営しながら、メニューづくり、原価計算、商品の仕入れ方、値段のつけ方、売り方、会計処理などを覚えて来た。実践から学ぶ事は多い。コミレスは、NPOのリーダーあるいはスタッフの重要な研修の場であると実感している。

6.地道に実践を重ねる
 「野の花」は亀さんみたいなゆっくりペースで進んできた。始めは、そのゆっくりペースに焦りを感じたこともあったが、次第に自分達には自分達に合ったペースがあるのだからと納得するようになった。ゆっくりだが日々の活動を地道に継続していくことで、地域と時代のニーズを感じ取れるようになって来たし、「非営利」ということも実感として理解できるようになって来た。店をオープンしてから 2 年半の間、メンバーの病気、けが、子供の突然の死などといった出来事で運営に支障が出そうな時もあった。お客さんとの間にトラブルが発生したこともある。しかし、そのつど、どう解決したらよいのかみんなで考え、知恵を出し合い、協力し合いながら乗り越えて来た。その結果、「問題は常に起こるもの。でもみんなで知恵を出し合えば何とか解決できる」そんな前向きな思考形態も身についた。納得して次のステップに進む準備ができたと思っている。

 物事は必ずしも自分の思い通りに進むとは限らないし、人も自分が思うようにはなかなか動かない。しかし、様々な困難を克服して自分が思い描いていたことが実現した時の喜びは大きい。理論を実践化するむずかしさと楽しさを体感しつつ、思いを形にしていくプロセスを学ぶ場、それがコミレスであると感じている。財政的基盤の強化、組織づくりなど「野の花」が取り組むべき課題は多いが、これからもひとつひとつ地道に取り組み、コミレスの可能性を探っていきたいと思っている。


 



 

 

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