世界の潮流とNGOの動き 第14回
CSR(企業の社会的責任)とNGO ―企業はNGOとどう付き合ったらいいのか(1)

長坂寿久(拓殖大学国際開発学部教授)

キーワード・・・ CSR、NGO、NPO、企業の社会的責任、企業とNGOの協働、
             トリプルボトムライン、グリーンピース、アムネスティ・インターナショナル

1.企業とNGOの協働によって造り上げられたCSR
 CSR(企業の社会的責任)は企業とNGOの協働関係を通じてつくられてきた新しい企業システム論であることについては、すでに本誌2004年5月号で紹介した( http://www.jca.apc.org/~ticn/mailmag/vol7/02.html )。これから数回にわたって、とくに企業とNGOとの関係のあり方を中心に、企業へのガイドラインとして紹介していきたい。

 CSR的企業行動は昔からあり、多くのCSRに関する著書は、そうした歴史的経過について触れている。しかし、CSRは何故90年代末になって急遽顕在化し、急速に広がってきたのかについて、その理由や背景を論述したものは多くない。

 CSRは、NGOと企業との相剋と協働関係によってのみ形成されてきたわけではもちろんない。しかし、90年代のNGOの活動実態がなければ、90年代後半頃から、CSRが急速に顕在化することもなかったであろう。

 かつては企業とNGOは対抗関係にあったといえよう。NGOは企業に対し『攻撃戦略』をとることが多かった。しかし、90年代後半になると、次第にかつ急速に、企業とNGOの間で『協働関係』(パートナーシップ)が構築されていき、その結果CSR経営が形づくられてきたのである。

 もちろん、CSR問題の急速な顕在化は、NGOや消費者からのプレッシャーだけではなく、エンロン、シェル、アホールド等々の大企業によるスキャンダルや、1989年のエクソン社の石油タンカー、バルディーズ号がアラスカ沖で座礁し、沿岸に甚大な被害を与えた事件をはじめ、多国籍企業による環境破壊が90年代に顕在化したことによる、企業側の危機感によるものもある。

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 企業とNGOが『協働戦略』をとっていく契機となった象徴的事件として知られるのが、ロイヤル・ダッチ・シェル社(以下シェル)とNGOのグリーンピースとの間で起こったブレントスパー事件である。この事件はNGOが、特定の企業の存亡に関わる影響力をもち、さらに国際条約をも変更しうる政治力を持つようになったことを象徴する事件となった。

 この事件を契機に、シェルは1年半にわたり新たな企業理念の構築に取り組み、1997年に同社の新しい企業理念を報告書 (シェル・レポート)で発表し、現在のCSRの基本となる考え方を提示した。

 一方、シェルに対して紛争を起こしたグリーンピースも、“やらせ”があったのではないか、という批判を受けて会員が減少した。このことから批判攻撃をするだけの戦略では市民の支持が得られないと認識し、『協働戦略』へ転換する契機となった。

 シェルが1997年に提示した新しい企業理念は、その後、英国のサステイナビリティ社のジョン・エルキントンが、『トリプルボトムライン』という考え方で提示した。エルキントンはブレントスパー事件以後のシェルの新しい企業理念構築のコンサルタントを通じてこの考え方を自ら構築したのである。

 トリプルボトムラインは企業が『経済性(収益)』だけでなく、『環境適合性』、『社会適合性』の3点をすべての経営プロセスの中に組み入れていくという考え方である。この概念提示以後、CSRは急速に理論化され、完成されていった。例えば、マルチ・ステークホルダー、グーローバル・サプライチェーンなどの考え方が導入されてきた。そして、それを評価(SRI)する評価機関も、その評価手法を本格的に開発していき、評価基準を整備していった。

 90年代は、貧富の拡大、医療の格差、多国籍企業による環境破壊など 『グローバリゼーション』 が大きな問題点を露顕する10年であった。それが国際的な市民活動としてのNGO活動の興隆をもたらし、国際的なNGOネットワークの形成が、世界システムに大きく影響を与えるようになった。ブレントスパー事件は、それを企業との関係で顕在化させる契機をつくったに過ぎない。

 NGOは時には不買運動や訴訟などを通じてメッセージを企業に届けようとするため、企業経営の大きなリスク要因の一つとなっていた。しかし、現在はNGOとの協働によって、企業改革や企業価値の向上につながるなど、企業とNGOの協働は企業にとって大きな成果を上げるケースが登場するようになった。現在、欧米の多国籍企業にとっては、NGOとの協働関係の構築は非常に重要な経営戦略として捉えられており、それがCSRの重要な部分となっている。

 日本企業にとって、日本のNGOセクターは欧米のように確立されておらず、非常に未発達であるため、NGOセクターが企業と対峙できる緊張感をつくりあげることができていない。そのため、日本ではCSRは欧米から強要されている企業経営の新しいコストとして考えられる傾向に陥りがちとなる。欧米やアジアの企業は、NGOセクターからのプレッシャーと協働によって、CSRに磨きをかけ、今後一層国際競争力を向上させていくであろう。日本企業はCSRへの対応を欠くと、10年後には、競争力格差はさらに一段と拡大してしまっていることに気付くことになりかねない。

 では、企業はNGOとどのように付き合ったらいいのか、そのガイドラインとなるものをいくつか紹介していくことにしたい。今回はオランダ企業のロイヤル・ヌミコ社のNGOとの付き合い状況について紹介する。

2. ロイヤル・ヌミコ社の対応事例
 ロイヤル・ヌミコ社( Royal Numico、以下ヌミコ)は1895年設立のオランダ企業である。主力商品は、ベビパウダー(日本では森永乳業と提携)、臨床チューブフィーディング、ベビーフード等である。売上は25億ドル、40%が欧州域内、残りは中国、ロシア等に販売する多国籍企業である。

 同社はNGOとの協働関係の中から大きくメリットを受けている典型的な企業の一つである。同社のCSR担当筆頭副社長 (デヨング氏)は、NGOとのつきあいについて次のように述べている。

 「NGOはいろいろと指摘してくる。現在NGOは“世界の良心”として活動している。オランダには多くのNGOが存在して企業にとって厄介そうであるが、実は企業にメリットがある。オランダのNGOとは対話がしやすく、建設的な会話が展開しやすい。そうすることでNGOが寄付提供者から反感を買うこともない。動物保護団体にしても、英国等と比べてオランダの団体は対話がしやすい。オランダは企業にとっても非常によいトレーニングの場所になるのではないか。」

 同社とNGOとの付き合い方には、例えば以下のようなものがある。ヌミコは、とくにNGOのグリーンピースやアムネスティ・インターナショナルなどときわめて緊密な関係を築いている。

 (1)グリーンピースとは同社のバイオテクノロジー開発に当たって、開発に関する情報を逐次交換することで一定の関係(開発についての合意形成のパートナーシップ関係)を築き上げており、グリーンピースからも信頼が厚い。

 1996 年、遺伝子組み換え作物(GMO)が欧州市場に参入してきた時、同社としても、GMOをフードチェーンに入れないわけにはいかず、グリーンピースと徹底して話し合い、1%を最大の許容範囲という合意に至った。その後、海外での製品販売においてGMOが争点となった場合、オランダのグリーンピースが直接各国のグリーンピースと話し合ってくれることとなった。そのため、イタリアや中国で問題が起こった場合でも、オランダのグリーンピースは逆に守ってくれた。グリーンピースは国際的であり、グリーンピース同士が話し合ってくれることで解決してくれることもある。

 (2)ミャンマー進出問題では、アムネスティ・インターナショナルなど人権NGOからの非難で、1998年にハイネケンは撤退を余儀なくされた。IHCカーラント(造船会社)は、そこでの造船事業が生み出す利益が軍事政権を支援していることになるとして非難された。同社は今後は新しい契約を結ばないという決定をすることで決着した。しかし、ヌミコはアムネスティと緊密な関係にあり、事前の対話の場を持っていたため、その時は事なきを得た。 (注:但し、ヌミコは、現在はミャンマーから撤退している。これはNGOからの圧力ではなく、株主の意向により撤退した)

 (3)オーストラリアでもオランダの動物保護協会との事前の話し合いにより、オランダの動物保護協会がオーストラリアの動物保護協会と話し合ってくれた。

 (4)オランダには食品関連企業のCSR推進団体として、2000年に設立された。「DUVO」がある。2000年のダイオキシン事件をきっかけに設立された。アホールド、ハイネケン、RBB、カンピーナ、ユニリーバ、ヌミコ、マクドナルド、ハインツ、CSM、DSMなどの企業が参加している。その主たる目的は、業界グループ全体として、サステイナビリティ(CSR)の立場をNGOに対して開示し、NGOとの関係を強めていこうとするものである。

 (5)「アムネスティ円卓会議」に参加している。これはNGOとの関係を調整・強化するために設立した機関で、アクゾー、ABMアムロ銀行、シェル、ING 銀行、IHC、NUMICO、ユニリーバ、ソラディの主要企業がメンバーとなっている。人権問題に関する円卓会議で、アムネスティから3名が招待される。参加企業が世界のどこかで人権問題があると報道される前に、アムネスティと事前に話し合いを持つことができるという取り決めがされている。但し、ユニリーバのインドでの児童労働の事例のように、事前回避出来ない場合もある。通常の会合では夕食会等を通して、世界での経験を情報交換しあっている。

 (6)ヌミコではインドや中国に駐在員を送る前に、アムステルダムの主要NGOであるアムネスティやグリーンピースを訪問させている。これが駐在員にとって非常にいい勉強の機会となっており、さまざまな問題を学ぶ場となっている。また、ヌミコの駐在員は、アムネスティ等に有益な現地情報を提供したりもしており、双方にメリットがある。

 (7)同社は倫理・社会問題に関して助言する諮問委員会を設立しているが、そのメンバーの推薦をNGOに依頼している。NGO側に諮問委員会に適した人物のリストを提出してもらい、その中からヌミコが選ぶという形をとっている。

 NGOが要求する基準は法律より厳しい。NGOの意見を反映させるためにこうした措置をとっており、この独立した諮問委員会の承認を得たという事実を重視している。社会的にも企業への信頼の元となっている。ちなみに、この倫理・社会問題諮問委員会には、動物愛護NGOに倫理面での問題に精通した哲学者を推薦してもらった。

 (8)NGOの動きについて把握することは、企業にとって競争相手の状況を知るのと同様に、重要な情報収集課題となってい る。その際、つきあいのあるNGOと対話するだけでなく、NGOの会議への出席や、さらには現地大使館も、同社はNGO情報入手のコンタクトポイントとして重視している。オランダの大使館は、その国のNGOの取り組みを把握しているからである。

註: ブレントスパー事件は、北海の天然ガス・リグに耐用年数がきたため、深海への投棄を決定したが、グリーンピースなど欧州各国のNGO・市民による不買運動を含む反対運動で、同社は大打撃を受け、ついに深海投棄を止め、陸上廃棄をせざるを得なくなった。

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