協働のデザイン  第17回 協働の先進モデル“コンパクト”に学ぶ  

世古一穂( (特非)NPO研修・情報センター 代表理事)

キーワード・・・ コンパクト、協働、ボランタリー・コミュニティ・セクター、 戦略的パートナーシップ

 行政とNPOの協働が大きな政策課題となり、各地で協働の模索が続いている。その中で、行政とNPOの協働の先進的なモデルとして英国の“コンパクト”が注目されている。3月末から4月の初めにかけて英国にでかけ、コンパクトの現状を視察してきた。
 本号から随時コンパクトについて報告していく。

1.コンパクトとは
 英国では、コミュニティ・ガバナンス (Community Governance)を行政とボランタリー・コミュニティ・セクターが協力して行うために締結する「協約」(あるいは「覚書」)として、コンパクトを締結している。

 「政府とボランタリー・コミュニティ・セクターの関係に関するコンパクト」は1998年に10月にスコットランドで、11月にイングランドで締結された。

 コンパクトは、「行政とNPO双方が協働する際に遵守すべきルールをあらかじめ定めた(法的拘束力をもたない)紳士協定」である。それは政府とボランタリー・コミュニティ・セクターが合意した一連の協約に基づいている。

 コンパクトの中で、政府はボランタリー・コミュニティ・セクターの独立性を尊重し、このセクターに影響を与える政策については早い段階でボランタリー・コミュニティ・セクターと相談すること、その代わりにボランタリー・コミュニティ・セクターは、多様な運営者からなる、透明かつ責任ある団体を通じて運営を行うことを定めている。

 コンパクトの重要な点は、これがボランタリー・コミュニティ・セクターと行政セクターの間でつくられた協働のルールだということである。また 、コンパクトは協働のプロセスに関してのものであり、政策決定を強要するものではないということ。地域レベルにおいては、それぞれのコンパクトは協議と交渉の結果として締結され、行政機関とボランタリー・コミュニティ・セクター間のよりよい関係作りのための手段として機能させようとしている性格のものだということだ。

 コンパクトは、地域の戦略的パートナーシップ、市民活動団体間の協働のレベルを反映し、何を合意したのかを文書として明示するものである。

  註:イギリスではいわゆるNPOをボランタリー組織と一般的に呼んでいる。

2. コンパクト成立の背景
 イギリスの ボランタリー・コミュニティ・セクター は1970年代までは市民からの寄附、行政セクターからの補助金をもとに独自に活動を展開していた。

 しかし、 1979年に誕生したサッチャー保守党政権は、新自由主義を政策理念として掲げ、規制緩和と市場原理に基づいた“小さな政府"の実現をめざした。

 例えば、従来の国民保険サービス法を改正し、在宅医療・福祉に転換すると同時に保健・医療関連の権限および財源を地方政府に移管し、ボランタリー組織が地方政府と委託契約を結びサービス提供を行う形に転換した。

 特に医療、福祉の分野でのボランタリー組織への委託が急速に進んだこと、保守党政権の過度な市場原理の導入によって、杜会的弱者に対するケアの不足、コミュニティの崩壌という地域杜会で大きな問題を生み出す結果となった。

 行政との委託契約方式の加速によって ボランタリー・コミュニティ・セクターは行政の下請け化することに対して、行政とのパートナーシップのあり方を見直す必要、自らの自発性、自立性に対する危機感を抱くようになり、行政との関係を文書化する必要性が提唱されはじめた。

 1997年にブレア労働党政権の誕生は、政府のボランタリー・コミュニティ・セクター施策の大きな転換となった。

 ブレア政権はサッチャー政権の行き過ぎた市場主義を批判し、「効率」と「社会的公正」を同時に達成しようとする、有名な「第三の道」を打ち出した。

 「第三の道」は、コミュニティの重視の政策でもある。ブレア政権は公共政策を行政セクターとボランタリー・セクターとのパートナーシップ型へと転換し、『コンパクト』の誕生に至っている。

 先に述べたように1998年には政府とボランタリー・セクターの代表者との間で、『コンパクト』が締結され、1999年には地方自治体と各地方のボランタリー・セクターとの間で『ローカル・コンパクト』が成立している。

  英国政府はその後すべての地方自治体が各地方のボランタリー・セクターとの間で「ローカル・コンパクト」を締結するという目標を掲げて進めているが、締結のスピードは遅れているのが現状だ。

3.コンパクトの特長
 コンパクトは次のような特長をもつ。

 @ パートナーシップという新しい理念を掲げていること。

 A ボランタリー・コミュニティ・セクターを 社会の本質的な構成要素とし、その独立性、自立性を認めていること。

 B 事業の計画段階から ボランタリー組織が関与する必要性を明示していること

 C 明確な基準による資金提供

  D 行政セクター、ボランタリー・コミュニティ・セクター双方のアカウンタビリティ(説明責任)、評価をもとめていること

 E 行政セクター、ボランタリー・コミュニティ・セクター間の継続的な協議、対話のプロセスを重視していること

4.コンパクトから何を学ぶか
 現在、日本では行政とNPOの協働、協働のガイドライン、マニュアル等協働のルールづくりがブームのようになり、協働のための協働という現象すらみられる状況のなかで、協働の先進事例として、イギリスのコンパクトがとりあげられることが多くなっている。

 協働を プロセスとして捉え、文書化していく方式は学ぶ必要がある。しかし、安易な模倣は協働の形骸化を生む。コンパクトが万能なわけではないのはいうまでもない。

 英国でも、コンパクトは期待されたような効果をあげていないと次のような批判もある。

  @ 行政セクター と ボランタリー・コミュニティ・セクター双方が、特に資金調達においてコンパクトの理念をうまく実現していない 。 政府は全コストの補填といった原則を実施しておらず、ボランタリー・コミュニティ・セクターも実際にかかるコストについての理解が弱い。

  A 行政セクターとボランタリー ・コミュニティ ・セクターが一度コンパクトにサインしてしまうと、 協働がうまく実施されているか、コンパクトを遵守していない行いがあるかなどをチェックするしくみがない 。 また、コンパクトを守らない人々に対する罰則規定がなく、時間を経るにつれ、コンパクト締結による元来の利益が著しく失われてしまう。

 2005年3月にはコンパクトの次のステップとして『コンパクトプラス』というパートナーシップの強化モデルが提唱され様々な試みが行われている。

  今後は英国でのコンパクトの進行状況と進行に伴ってでてきた課題とその解決にむけてのどのような取り組みがなされているのかをみる中で、コンパクトから何を学ぶか、を探っていきたい。

参考資料
・東京ボランティア・市民活動センター『イギリスのコンパクトから学ぶ協働のあり方―ボランティア・市民活動、NPOと行政の協働をめざして』

・ Strengthening Partnerships: Next Step for Compact
 The Relationship between the Government and the Voluntary and Community Sector

・Compact Quarterly 2005年冬号
▲ページトップへ

 

 



 

 

©2004 NPO Training and Resource Center All Right reserved