「メディアの読み方」講座 第6回  寛容性をめぐる試練(上)
土田修(ジャーナリスト)

 キーワード・・・EU憲法、多様性の中の結合、立憲的多元主義、異文化との共存

  欧州連合(EU)の憲法条約についての国民投票を2カ月後に控えたフランスで、条約に反対する意見が勢いを増している。「多様性の中の結合寛容性」というEUのモットーが揺らぎ始めているのだろうか?

1.EU憲法制定
 3月29日の朝日新聞は「『ノン』に勢い 仏政界困惑」という見出しで、EU憲法をめぐる国民投票を前に、フランス政界が危機感を強めているというニュースを報じた。EU憲法とはもちろん25カ国に拡大したEUの基本法のことだ。元々、EUは加盟国の主権を尊重しながら、主として経済分野に限って国家を超えた機関へと主権を委譲するという方法論を採ってきた。だからEUはユーロを導入し、独立した中央銀行を設置するに当たり、国内法規に優越した何千ページにわたるEU法規をつくってきた。

 EU加盟希望国は安定した民主制、持続性のある市場経済、EU加盟国としての義務遂行能力といった基準をクリアしていることが求められる。そのため政策や法制度がアキ・コミュノテール(EU法集大成)に見合っているかどうか入念なチェックを受ける。1国家にとってこれほどの内政干渉はないだろう。国家が国家主権を共有し合うことによって成り立つEUは、統合という理念に則り経済面での連邦国家を完成させたといえる。

 その流れの中でドイツのシュレーダー首相やフランスのシラク大統領らが提唱してきたEU憲法は、イラク戦争への対応についての反省などから、EU外交と安全保障政策の強化を目指している。このため「EU大統領」という存在になりうる「欧州理事会常任議長」と「EU外務大臣」の設置を規定した。外交上、アメリカと渡り合う力を持つ準備をしていることになる。発効には全加盟国の批准が必要で、既にスペインが国民投票で批准を決めたほか、リトアニアなど3国が議会で批准している。フランスでは5月29日に国民投票を予定している。

 EU憲法は1国家の法律を超越するものであり、「欧州諸国民間の緊密な連合」つまり「立憲的多元主義」「立憲的寛容」に基づいているといわれる(註1)。ただ、EU憲法制定については「欧州憲法を起草しようということは、EUを国家に変身させようということに他ならない。憲法の制定は、欧州人民主権と『共生の意思』の明確化を前提とする意味で、今後のEUのあり方を根本的に変える」(註2)という批判的見解もあった。

2.条約反対の世論
 そうした中で、ドイツとともにEUの牽引車であるフランスで最近、EU憲法に対する反対世論が勢いを増しているという。3月18日のパリジャン紙の調査では、条約反対が初めて過半数(51%)を記録した。直後のフィガロ紙の調査では52%、マリアンヌ紙の調査では55%にまで達した。訪日中のシラク大統領もその動向を気にしており、27日の東京での記者会見では、外国にいながら内政問題に触れ、「国民投票の結果はEUでの発言力に響く」「憲法条約はフランスと欧州の利益と平和、社会モデルを守る」などと力説している(3月29日朝日新聞)。

 一方、お膝元のル・モンド紙はシラク大統領に対して冷めた見方を展開していた。3月7日の「ウイを勝ち取るためにジャック・シラクに与えられた85日間」という記事では、国民投票を国家元首が身を投じている長距離走に譬えている。その上で「大統領にとって賭け金は膨大だ。国民投票に負ければ、政治家としての経歴のすべてをその一点で判断されるであろう」と指摘した。

 では、なぜフランス国内で反対論が勢いを増しているのだろう? 今、フランス国内では失業問題のほか、週35時間労働の延長や電力公社の民営化など幾つかの内政問題が持ち上がっている。労働時間延長はEU内の競争力に対抗するための措置であり、いずれもEU内の経済自由化の中で位置づけられる問題だといえる。それだけに内政問題への反発が政権への批判へとすり替わっている面もあるのだろう。

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3.異文化との共存
 もう一つ見落としてはならないのがトルコのEU加盟反対論だ。

 EU加盟を希望しているトルコはアキ・コミュノテールに見合うように、法律・政策上の改革を行ってきた。死刑制度の廃止(死刑制度を維持する日本はこの一点だけでもEUには加盟できない)もその一つ。EUの理念が「多様性の中の結合」である以上、宗教や文化の違いが加盟を認めない理由になるはずはない。だが、現実には欧州諮問会議前議長のジスカール・デスタン氏はアイデンティティの違いを理由にトルコのEU加盟に反対している。

 トルコは人口7000万人を超すが、国民1人当たりのGDPはEU平均の3割以下。それにトルコは国内に貧困地区を多数抱えており、経済的にEUの負担が増加することが予想されている。もっと大きな問題はトルコ人労働者がEU圏内に向かうことで引き起こされる「異文化との共存」の問題だ。長坂寿久氏が本誌3月号で「21世紀の課題」として提起したオランダの寛容性の文化が、EUが直面している問題として認識され始めていると言っても過言ではない。それを裏付ける記事がル・モンド・ディプロマティク3月号に掲載された。リール第3大学のマリクレール・セシル氏の「イスラムに耐えるオランダの寛容性」がそれだ。次号では、この記事を取り上げ、イスラムと寛容性の問題を取り上げる。(次号に続く)

註1)庄司克宏「欧州憲法条約とEU」(月刊「世界」2月号)
註2)アンヌ=セシル・ロベール氏「欧州連合の再構築のために」(ル・モンド・ディプロマティク日本語版2001年9月号)

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