「メディアの読み方」講座 第4回  ブッシュU
土田修(ジャーナリスト)

 キーワード・・・   圧政の終焉、単独行動主義、米欧協調、もう一方のアメリカ

 1月20日、ブッシュ米大統領の2期目の就任式が行われた。日本の新聞はブッシュが就任演説で語った内容について論評したが、フランスの新聞はブッシュが演説で語らなかった‘言葉'を問題にした。

1.語られたこと・語られなかったこと
 1月21日夕刊の各紙1面の見だしは次の通りだ。「世界の圧政に終止符 必要なら武力行使」(毎日新聞)、「安全へ自由拡大 同盟修復も訴え」(朝日新聞)、「目標は圧政の終焉 必要なら先制攻撃も」(東京新聞)。「大統領は演説で『自由』の重要性を繰り返し強調し、それを世界に広げることが米国の安全にもつながると主張、北朝鮮やイランなどの国々を念頭に『(自由と対立する)圧政に終止符を打つのが最終目的』と表明した」(朝日新聞)というのが共通した報道姿勢だった。

 さらに朝日新聞は同日夕刊4面のサイド記事で「1期目の課題だった『テロとの戦い』を発展させ、『自由と対立する圧政に終止符を打つ』と唱え、これを『神からの召命』と位置づけた」と解説し、「『圧政への終止符』も実現に向けた取り組みは示されておらず、独り相撲になりかねない危うさをはらんでいる」と締めくくった。毎日新聞は同日夕刊5面で「各国での民主化運動を支援するのが米国の政策だと宣言したことは、外交の常識を超える大胆な姿勢だ」と指摘、「公言した以上は打ち出すであろう具体策が摩擦激化を招くという懸念も出ている」とアメリカの外交政策に重大な危惧を表明している。

 ブッシュが語った、終止符を打つべき「圧政」とは、ライスの上院外交委員会での証言から判断すると、どうやらキューバ、ミャンマー、北朝鮮、イラン、ベラルーシ、ジンバブエのことらしい。アメリカはキューバ危機以来、カストロが大嫌いだ。ミャンマーは軍事政権がアウン・サン・スー・チーを軟禁している。金正日の北朝鮮、核開発疑惑のイランはもとより、独裁色の強いベラルーシ、ムガベ大統領のジンバブエも「圧政」と決めつけた。

 そもそも「圧政」とは一体何のことだろう。ジーニアス大辞典によると、ブッシュが口にしたtyrannyはギリシャ語のtyranniaが語源で、暴君、専制君主、暴政を意味する。2期目のブッシュは、これまで口にした「ならず者国家」や「悪の枢軸」という下品な言葉をやめて、「圧政」というより上品な言葉を「世界への自由拡大」のキーワードにするつもりらしい。

2.マニ教の世界
 それにしてもなぜブッシュは具体的な国名を名指ししなかったのだろう。それを解くカギはル・モンド紙の記事の中にあった。ル・モンドは「ブッシュは世界の解放をアメリカの使命と決める」(1月21日)という記事で、ブッシュの就任演説を取り上げている。「ブッシュはアメリカの民主主義にとって、最も暗い世界の隅々にまで圧政との戦いを続けることが必要だ、と演説した」と前置きした上、「20分間に『リベルテ(自由)』という言葉を27回も使った演説で、ただの一度も『大量破壊兵器』『イラク』『テロリズム』『人権』という言葉を使わなかった」と指摘。「ブッシュの世界は依然としてマ二教の世界のままだ。テロリズムに対する戦争とイラクにおける混乱は、圧政に対する自由の永続的戦いの一部をなしている。ライスも上院外交委員会で既にブッシュの外交方針が変わっていないことを認めている」と書いている。

 ル・モンドがマ二教を引き合いにしているのは、マニ教が善を光、悪を暗黒とする二元論を教理の根本としているからだ。ブッシュの語る「自由の拡大」と「圧政の終焉」は単純な「善悪二元論」でしかない。二期目のブッシュはさらにそれを鮮明にした。ル・モンドは「アメリカの多くのオブザーバーはブッシュが再選されたことで‘賢くなった'ことを期待したが、ブッシュは相変わらずブッシュのままだった。大風呂敷を広げる一方、疑いを持たない点で」とまで言い切っている。

 イラク一つとっても、泥沼から底なし沼に変わりつつあるのに、どうして世界中の圧政と戦い続けることが出来るのか? 演説でイラクに言及できない以上、他の「圧政国家」について明言できないのも無理はない。テロリズムとの戦いを標榜し、大量破壊兵器の存在を根拠に開始したイラク戦争が失政に終わりつつある現状を忘れるため、ブッシュは「自由の宣教師」や、「世界の大統領」を演じてみせたのだろう。ブッシュは03年11月、アメリカ商工会議所の集会で「イスラム世界の民主化」をテーマに演説したとき、大恥じをかいている。イラクの民主化が中東全体の民主化につながるというネオコン説を述べた後、モロッコ、バーレーン、イエメン、クウェート、ヨルダン、サウジアラビアといった多数の‘アラブ専制国家'を賞賛、「民主化を阻害する要因」としてパレスチナ指導部を非難した。ブッシュの頭の中では「民主国家=親米国家」のことなのだ。03年2月のフォーリン・アフェアーズ紙で、カーネギー国際平和財団研究員のトマス・キャロサースはブッシュを「二重人格」と書いた。「現実主義のブッシュは世界中で独裁者と親交を深め、新レーガン主義者のブッシュは中東で新たな民主主義を協力に進めようとしている」

3.米欧関係への期待
 現在、欧州には新たな米欧関係への期待が芽生えている。事実、2月にはブッシュ大統領の訪欧が予定されており、それに先立ちライス国務長官も欧州と中東を歴訪する。イラク戦争をめぐって冷却した米欧関係を修復することと、中東和平のロードマップ(行程表)を進めることが目的だ。

 ブッシュは昨年6月の主要国首脳会議(G8)で「拡大中東圏構想」を打ち出した。これに対するヨーロッパの反応は冷ややかだった。欧州問題専門紙「ヨーロピアン・ボイス」は「米国はEUのショーを盗みに来た」と書き、「国際社会とくにヨーロッパ諸国の支持を取り付けるための、実体を欠いた『構想』とみなされた」(05年2月世界・三浦元博氏「イラク後の米欧協調は可能か」)というのだ。

 ブッシュの構想は、まず、アラブ諸国で貧困と失業が広がった結果、国際テロや非合法移民が増加し、G8共通の利益が脅威にさらされている、と警鐘を鳴らす。次いで、G8によるアラブ諸国での選挙支援、NGO育成センター設置、教員の養成などを提案。経済面では中東欧で実施されたような大規模な経済改革を提唱している。しかし、この構想はアラブ社会経済開発基金(AFSED)と国連開発計画(UNDP)の主導で作成された報告書「アラブ人間開発報告」の「盗用」だったと指摘されている(04年4月ル・モンド・ディプロマティク紙)。同紙によれば、盗用された報告書の作成者がアル・ハヤト紙に寄稿し「他の世界に対し、その国家や運命を思いのままにできるかのような行動に走るブッシュ政権の傲慢な精神構造を示している」と批判していた。

 さらに、構想は95年からEUが進めてきた北アフリカ・中東圏を含む「バルセロナ・プロセス」を同一のアプローチの一環と位置づけている。アメリカはイラクの民主化をテコに中東全体を民主化するというネオコン理論からの脱却を図っているかのようだ。昨年3月、スペインが有志連合から離脱し、単独行動主義が行き詰りを見せた。その結果、アメリカは欧州との協調を模索し始めたようだ。

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4.異なるアメリカ
 そう考えると「政権内の基本的な権力構造を見ても『単独行動主義による対テロ戦争の遂行』という、これまでのブッシュ政権の路線の変更につながる要素はほとんどない」(1月20日毎日新聞)といった日本の報道は紋切り型で一面的だ。米欧協調の歩みもブッシュ政権下では前途多難なのは事実だ。しかし、故エドワード・W・サイードが「アル・アフラム・ウイークリー紙」(03年3月)に書いた「The other America(もう一方のアメリカ)」を読むと、一抹の希望を感じ取ることができる。

 この論文でサイードはイスラム急進主義そっくりなキリスト教右派の存在と、その巨大で決定的な影響力について述べた後、「アメリカは明らかに世界で最も宗教的な国だ」と書いた。ブッシュの政治基盤は「自らイエスを見たと信じ、自分は神の国で神の仕事をするためにここにいる、と信じている6、7000万人のキリスト教原理主義者」である。彼らにおいて特徴的なのは「予言者の啓示による宗教、黙示録の使命感に対する揺るぎない信念、小規模な事実や複雑な問題を軽視する思慮のなさ」であり、彼らの精神構造には「アメリカの正義、善良さ、自由、経済的な見込み、社会の進歩」「アメリカ=善=完全な忠誠と愛」「建国の父に対する無条件の敬意」といったイデオロギーが組み込まれている、というのだ。この論文はブッシュの就任演説と、それに拍手を送る人々の精神構造をみごとに描き出している。

 その上で、サイードはキリスト教原理主義とは異なる精神構造の存在に言及している。「イラク戦争に対する抵抗運動をみれば、流動性の高いアメリカの違った姿が現れる。国際協調や対話、意味のある行動を受け入れるアメリカだ」。サイードのいう「アメリカ」こそが米欧協調のカギを握っているに違いない。

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