6. オランダの政策措置
2人の殺害に対するテロリズム対策として、オランダ政府はどのような政策をこれまでとってきたのであろうか。以下に気づいたものについて列挙してみよう。記述は、2004年12月から過去に遡った時系列によった。
○〔04年12月〕難民資格認定者のオランダ仮居住許可期間を現行の3年から5年に延長(外国人法改正案を下院で可決)。難 民が無期限の居住許可を得るのに仮許可後これまでは3年だったが、5年に延長。仮許可期間中に本国の情勢が安全になる と、難民は帰国を要求されることになる。ただし、オランダはEUの中でもこれまで短く、他の国に合わせることにしたための措 置。ちなみにドイツにおいては仮許可期間は7年と厳しい。
○〔04年12月〕2004年下半期はオランダがEU議長国を務め、そのもとでトルコとのEU加盟交渉の開始が決定された。オラ ンダ政府は議長国として、トルコの加盟交渉の条件をより厳しくする提案を行った。イスラム原理主義と民主主義の対立構造 が深刻化する中で、それを根拠にトルコの加盟を敬遠する人々がいる。一方、トルコは政教分離を踏まえた穏やかなイスラム 教徒コミュニティを構成するだろうという期待から、対立先鋭化の緩衝地帯としてトルコ人社会の存在を必要と考え、早期加盟 を歓迎する人々も多い。
○〔04年11月〕オランダでは児童の学校を親が自由に選択できる。そのため、基礎教育学校では、オランダ人はオランダ人が 多く入学している学校に入リ、外国出身児童の比率が高い学校にはさらに外国出身児童が集中する傾向となっている。前者 はホワイトスクール、後者はブラックスクールと呼ばれている。この両極化を改善するため、ロッテルダム市は、ブラックスクー ルにはオランダ人児童を優先的に外国出身児童の比率が高い基礎教育学校(ブラックスクール)にはオランダ人児童を優先的 に受入れさせ、逆も同様にして学校をオランダ人児童と外国出身児童の混在する場としていく方針を発表。但し、教育選択の 平等待遇規定に反するとして批判もあるため実行できるかは未定。
○〔04年11月〕政府は警察と保安局の権限を拡大し、重犯罪の賛美や言い逃れ行為は違法であるとする等のテロリズム取締 り強化対策を提示した。下院はこれを支持。オランダの総合情報・治安局(AIVD)からムスリム・テロリズムに関する情報が漏 洩した件について、ファン・ゴッホ氏殺害容疑者が漏洩された情報を入手した可能性も否定できないと調査中。政府(内相・法 相)はファン・ゴッホ氏に対する脅迫は以前からあったが、氏個人の身辺警護についての失敗はなかった、また容疑者の監視 についてAIVDには失策はなかったとの見解固持。
○〔04年11月〕ベアトリックス女王は、アムステルダムでモロッコ人青少年と懇談。オランダに住む人すべての平等の重要性を 強調。
○〔04年11月〕政府は、イラク派遣のオランダ軍部隊(約1350人)は05年3月に撤退することを決定。04年6月に最長8カ月 間の延長を決定していたが、予定通りそれに従ったもの。下院の大多数が政府の決定を支持。
○〔04年11月〕「国家に対する犯罪で有罪となった人物が二重国籍である場合、オランダ国籍を剥奪する」ことを閣議決定。オ ランダ国籍の剥奪によって当該人物は外国人となり、国外退去処分とすることができる。但し、その人物がオランダ国籍しか 持っていない場合は、剥奪によって無国籍者となることが国際条約違反となるため、対象外とする。
オランダ国籍を取得した人のうち68%は二重国籍者だという。また、在蘭外国人一世の47%、二世では80%が二重国籍と いう。ちなみにトルコやモロッコ出身者は3人中2人が二重国籍である。これはモロッコ人は一生モロッコ人であると国内法で 定められており、国籍放棄ができないため、トルコ人は男性は兵役義務を終えるまで(最長38歳)国籍放棄できないためとい われる。
○〔04年11月〕スキポール空港(アムステルダム)は安全性向上のため、新たなシステムの導入を決定。旅券検査窓口、プラ ットホーム、ハンガー、荷物集配所などの保護領域内への従業員の出入りを、瞳孔スキャン・システムでチェックする。通行証 に本人の瞳孔データを埋め込む。体重も記録し、本人が別の人物を連れ込むことを阻止する(05年1月から漸次導入予定)。 現在は写真貼り付けの通行証と通行カードによって本人確認を行っている。
○〔04年11月〕総合検査局(AVID)は急進ムスリム150人の行動を追跡中。追跡対象の拡大を下院支持。
○〔04年11月10日〕検察当局は各地で大規模な立ち入り捜査を実施し、10人程を逮捕した。ハーグでは警官3人が手榴弾 で負傷、2人重傷。捜査当局はファン・ゴッホ氏殺害とは別件の殺人テロ計画を阻止できたと発表。
○〔04年11月〕マキシマ妃は11月5日下院の社会欧州連合総会で「この殺人は、オランダと欧州が誇りとするすべてのものに 反している。誰もが自分の意見を述べる権利をもっていることに反している」と演説。マキシマ妃は、政府が7月に「外国人女性 の社会統合の促進を目指す委員会」(委員長は元グリーンレフト党党首)を設置した際に、同委員に就任。
○〔04年11月2日〕テオ・ファン・ゴッホ氏殺害される。遺体に残された脅迫状にリストされた人物に対して非常警護対策が直ち にとられる一方、批判的な作家・芸術家などにも護衛を付けるなど警護対象の拡大措置をとられた。
○〔04年9月〕オランダ政府はオランダ国籍の取得時に、本国の国籍放棄義務の免除枠を制限し、放棄義務制度を強化するこ とにした。
○〔04年9月〕政府は、法務当局、警察、情報・治安局に対して、テロの脅威に備えた早期の観察、捜査、妨害追跡などができ る権限を付与した。また未然防止のため、身体検査の実施、身柄拘束期間の延長、入国拒否などの措置を可能にした。
○ [04年8月]イラクのオランダ兵はすでに3人死亡。またイラクのテロ組織は、オランダに対して、イラクから撤退しないとテロ攻 撃をしかけると、アラブ系インターネットのウェッブサイトで脅迫。
○〔04年7月〕政府はテロ警戒令を発令。下院、国防省、総合情報・治安局、ボルセレ原子力発電所、スキポ―ル空港の襲撃 計画が発覚。
○〔04年7月〕テロ襲撃容疑者4人を逮捕。
○〔04年5月〕アレキサンダー皇太子とマキシマ妃は結婚を機に、オランダで暮らす外国人の社会統合の促進に努力する団体 に対して送られる、「オラニェのリンゴ賞」を創設、その後援者となった。第1回受賞式は04年5月に行われ、外国人師弟の保 護援助プロジェクト「コンタクトピアレント」を行っているセリッセンワン学校(ボクステル)、マルチ文化リビングルームの「デ・ブル フ」(アムステルダム)、ライデンのタイタムフェスティバルが受賞した。
○〔04年4月〕オランダ国籍取得希望者に対して新たに「帰化試験制度」を導入。この試験によって、国籍取得にはオランダ語と オランダ社会に関する知識が十分であると認められることが条件となる。これまではオランダに合法的に最低5年居住、あるい はオランダ人と3年間婚姻関係にあることのみが条件だった。そのため、2003年のオランダ国籍取得数は02年の4万1879 人から2万4581人に半減した。
○〔付記〕オランダ政府の移民に対する現在の政策は「社会融合プログラム」が中心となっている。移民に対してオランダ語の習 得(1〜1年半にわたり600時間の履修)と、オランダ社会で生活していく上で必要な知識を習得させるため、政府と自治体が 金銭的支援を行っている。但し、政府と自治体による金銭的負担(授業料支払)は2005年末までで終了予定で、以降は移民 の本人負担となる。
*『オキシデンタリズム』:『Occidentalism ? A Short History of Anti-Westernism』,Ian Buruma & Avishai Margalit, Atlantic Books,London,2004
**ジョナサン・イスラエル:『Bayle,Enlightment,Toleration and Modern Wester Society』,Jonathan I. Israel, Pierre Bayle-Lezing 2004。イスラエルの『The Dutch Republic ? Its Rise,Greatness,and Fall 1477-1806』Oxford,1995.はオランダ史の本格的な標準歴史書として知られている。
***ピエール・ベール:「ピエール・ベールの生涯と著作」『ピエール・ベヒル著作集』法政大学出版局、 www.furugosho.com
****政策に関するニュースは、『THE WEEK』(Japan Press Network)などの資料を主に参考にしてまとめた。