世界の潮流とNGOの動き 第10回
世界のスポーツウェア企業への NGO・労組の労働条件改善キャンペーン
〜 アテネ・オリンピックで起こった Play Fair at the Olympicキャンペーン  北京へ向けて本格化〜

長坂寿久(正会員、拓殖大学国際開発学部教授)

 今年(2004年)の暑い夏、アテネでオリンピックが開催された。そのアテネ・オリンピックを目指して、3つの国際NGOが合同で一つのキャンペーンを開始した。それは、世界のスポーツウェアメーカー7社とIOC(国際オリンピック委員会)に対し、開発途上国でのサプライヤーにおける女性への強制労働の禁止など、労働条件の改善を求めるキャンペーンだ。7社の中には、日本のミズノ、アシックスも含まれている。
  経過を辿ると、2004年2月末にOXFAM、CCC(クリーン・クロス・キャンペーン)、それにグローバル・ユニオンの3つの国際NGO・労組の連名により、 "Play Fair at the Olympic" という名称で、アテネ・オリンピックに向けてのキャンペーン開始が発表された。この時同時に、アジアにおける強制労働の実態報告書が公表され、欧米のメディアではかなり大きく報道され、強い影響を与えました。NGO・労組たちは、「スポーツウェアメーカーとIOCは供給元(サプライヤー)における労働条件を改善すべき」と要求したのである。
  その後、日本でもキャンペーンチームと日本企業との協議が行われ、5月25日にはイタリアのジェノバのILO(国際労働機関)で、関係NGO・労働組合・メーカー、IOC等が集まって合同の話し合いの場を設定し、お互いの主張をし合った。
 世界のスポーツウェアメーカーは、これまで児童労働問題でNGOから強い批判を受けてきた。90年代後半には、とくにナイキがターゲットにされ、同社はそれを機にNGOとの協働関係を進める企業として知られることになった。今回は児童労働だけではなく、女性への強制労働など、開発途上国の労働条件の改善である。
 世界のスポーツウェア・シューズ企業は、中国を含む東南アジアの安い労働力を使って生産し、厳しい国際競争にしのぎを削って競争している。その競争の犠牲となって、アジアの人々が加重な抑圧労働を強いられているというのが、実態調査を踏まえたNGOたちの主張である。
 2000年のシドニー・オリンピックでは、NGOが最初からオリンピック委員会と協働して参画し、環境問題に取り組み、「グリーンゲーム」(環境にやさしいオリンピック)と呼ばれる新しいオリンピック開催のシステムを造り上げ、大きな成果をあげた。
  これに対し、アテネ・オリンピックは環境面での対応は大変後退しましたが(本メルマガ8月9月合併号参照)、この「プレイ・フェア・キャンペーン」に対して、メディアの報道も大きく(残念ながら日本ではほとんど報道されなかったが)、NGO側からは期待がかかった。しかし、結果としては、このキャンペーンには大きな進展がまったくみられないまま、オリンピックは終わってしまった。そこで、NGOたちは次の北京オリンピックへ向けて本格的にキャンペーンを進めていくことを決めており、アテネ・オリンピックは前哨戦に過ぎないとしている。スポーツウェアメーカーをめぐるアジアでの労働環境改善運動はこれから本格化することになる。
 そこで今回は、このキャンペーンの内容について報告していく。

1. キャンペーンを実施している団体はどこか?
  3つの団体が連合してキャンペーンを組んでいる。一つはOXFAM。英国に本部のある、貧困・不公平・開発協力・人権等を対象とする英国発祥の国際NGOで、100カ国で活動しており、国際的にも最も知られている開発協力NGOだ。
  もう一つはクリーン・クロス・キャンペーン(CCC= Clean Clothes Campaign)で、世界の被服産業の児童労働を含む労働条件改善を目的とするヨーロッパで起こった国際ネットワーク活動だ。消費者団体、労働組合、研究者、人権グループ、「連帯」活動家、移民、在宅勤労者、女性労働団体、フェアトレード・ショップ等が参加している一種の国際連合体がCCC。ヨーロッパ11カ国を拠点とし、加盟団体は250である。
  第三がグローバル・ユニオン( Global Union)。この集合体は、国際自由労働組合連合(ICFTU=Int ' l. Conf ' d. of Free Trade Union)で152カ国233団体が参加している。日本の労組も参加している。さらに、国際繊維・縫製・皮革工場労働連合(IFGLWF=Int ' l. Textile, Garment and Leather Workers Federation)や、10の産業別国際組織、グローバル・ユニオン連盟 (Global Union Federations=GUF)が参加している。繊維以外には、教育、建築木工、科学エネルギー鉱山一般労連、食品関連、公務員等を含む。
 また、OECD労働組合諮問委員会( Trade Union Advisory Committee=TUAC) も今回の進展に強い関心をもっている。
  これら団体は、いずれも世界で最も信頼感のあるNGOと労働組合で、それ故に世界の市民から強い支持を受けているだろうということが想像できる。

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2. 誰が調査報告書を作成したか?
 2004年2月に発表された調査報告書は、以下のようなものであった。
 (1)調査対象国:6カ国(ブルガリア、カンボジア、中国・台湾、インドネシア、タイ、トルコ)/(工場労働者186人にインタビュー)
 (2)報告書作成者:オランダのNOVIB(ノビブ)―――オランダのNGOノビブは、OXFAMと連携している国際的にも有名なオランダ最大の開発協力NGO。オランダでは最も市民から信頼され、「オランダの財産」とも言われているNGOである。つまり、ノビブが調査しているものであればオランダ人は皆信じるといっていいほどだ。
 (3)調査対象企業:スポーツウェアの国際企業である、ナイキ、アディダス、リーボック、プーマ、フィラ、ロット、カッパ、アンブロ、 アシックス、ミズノ の現地生産会社(日本企業2社も対象となっている)。

3. 誰が調査報告書を作成したか?
  キャンペーン側は、キャンペーン対象企業として以下の企業をターゲットに指定した。
  (1)責任を十分に果たしていない企業:アシックス(日)、ミズノ(日)、フィラ(米)、カッパ(伊)、ロット(伊)、プーマ(独)、アンブロ(英)等。
  ―――ナイキ、リーボック、アディダスは例示からはずされている。
  ナイキ、アディダス、リーボックの3社は、これまでNGOからの攻撃にあって、すでにNGOとの協働関係の構築に成功してきた。そこで、これら3社はこうしたNGOの活動に協力する姿勢をみせ、実際にNGOたちの要請に対して取り組んでいる。そのため、これら3社については、今回のキャンペーン対象企業から外している。ただし、調査対象から外してはいない。
  (2)OXFAMのキャンペーン・レターの送信先企業(eメール攻撃対象企業):ロット/フィラ/カッパ/IOC
  これら企業やIOCに対してインターネント上で、抗議レターを送付するという、メール攻撃方式をとった。OXFAMジャパンのホームページには、抗議レター送信対象企業として、ミズノとアシックスの有力企業は含まれていなかった。
  しかし、両社にも毎日相当数のメールが世界中から送られてきたとのこと。

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4. キャンペーンの目的は何か?
 キャンペーンの目的は、アジアにおける女性労働問題の改善に主眼がおかれている。世界の有力なスポーツウェアメーカーのためにそれらを生産するアジアの工場では、強制労働、週48時間以上の労働、強制残業(著しい超過勤務)、性的嫌がらせ、1日16時間・週6日労働(週 1日の休日も与えていないケースもある)、最低賃金以下の賃金が日常的に行われていることを調査報告書では告発している。また、不良品が出た時に工場の労働者にペナルティーを課す経営方式も行われている。
 そこでキャンペーン側は次のような改善要求を行っている。
 イ)労務管理については、
   1)以下を含む労務管理方針の策定
      @労働時間は48時間/週以内
      A強制的残業の廃止    
      B差別のない安全で健康的な職場
   2)適正納期、適正価格についての工場との協議
   3)労働実務行動基準の策定
      @労働条件改善促進の行動基準(コード・オブ・コンダクト)の導入
      A労働組織加入権及び団体交渉権の尊重
      B労働者の知識習得・意見表明を支援する査察システムの導入
   4)責任ある関与 ―― 自社の事業活動の影響を考慮し、取引工場への適切な関与を行う
   5)NGOが推薦する公平な監査機関による監査
   6)枠組み協定(Frame Work Agreement)の締結
 ロ)グローバル・サプライチェーンへの責任ある取組み
 スポーツウェア産業のビジネスモデルには大きな問題点がある。企業はアジアの工場で生産されたものを自社ブランドで世界中に売るが、商社などの企業に現地生産を委託したりする。そのため、アジアの工場での労働問題は自社は関与していないと主張してきたのだ。 しかし、CSR (企業の社会的責任) の立場からすると、これは委託先の企業の問題であると同時に、これら委託企業にとってもグローバル・サプライチェーンの一環であり、当然ながら委託先に影響力をもち、その労務管理に責任がある、というのがキャンペーン側の主張だ。
 また、これら国際企業は自社に倫理規定をもち、労働慣行規約を制定していますが、それら倫理規定と矛盾する企業行動をとっており、労働慣行規約を制定しても実行していないとキャンペーン側は主張している。
 さらに、キャンペーン側はこうして生産されたスポーツウェアを着てオリンピックを開催し、参加することは、そもそもオリンピック憲章の精神・文言に違反すると主張しているのだ。
  ちなみにシドニー・オリンピックでは、前述の「グリーンゲーム」の他にも大きな成果があった。シドニー・オリンピックでは、オリンピック商品のライセンス生産に関して労働慣行規約を採用した。しかし、時間的にこれが具体的に適用されたのは1件だけであった。オーストラリアとフィジーの2つのオリンピック用シャツ製造工場で労組が入り、組合結成と賃上げに成功し、他の建設、輸送、公共部門関連の組合でも合意へ向かった。しかし、アテネ・オリンピックではこうした成果はまったく前進せず、無視されてしまったのだ。
  そこで、シドニー・オリンピックで芽を出した新しい方式を、アテネで前進させたいとしたのだが、今回はキャンペーン開始が遅れたため、2008年の北京オリンピックで本格的に定着させたいとキャンペーン委員会は、次回のオリンピックを重視している。

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5. 各企業はどのように対応しているか?
  先に上げた今回のキャンペーン対象(ターゲット)から外された企業3社は、具体的な取組みを誓約している。プーマは、本キャンペーンを支持している公正労働協会(FLO)に加盟することを決定した。ナイキは、「バランス評価アプローチ」という労働基準の順守も義務づける仕組みの導入を計画中と発表した。アディダスは、自社の購入慣行が現地での労働時間に与える影響を数値化するプロジェクトに取組み中と発表した。

6. 日本企業はどのように対応しているか?
  (1)アシックスについて ――インドネシアD工場1工場で問題が発覚したと報告されている。
   :(ナイキ、フィラ、プーマ、ロット、アディダス、アシックスと共同受注)
   ○超過勤務の強制、家事の時間ない、性的嫌がらせ、浮遊繊維片の吸入による健康障害、出荷時期の 24時間労働、     強制労働――納期守らないと何100万ルピアの罰金コストを労働者に負担させる改革/競争価格の値下げで給与引     き上げなし/生産目標を倍増、生産目標未達成の場合は罰金、等があると指摘されている。
   OXFAMのHPによると、「アシックスは本レポートの報告を検討しているところ」と掲示している。

 (2)ミズノについて ――中国N工場の 1工場で問題ありと報告されている。
   ○過剰な時間外労働(超過勤務が8時間)、社会保険未加入、労働組合の未結成、監査の拡大――基本給が保障され    ず。不良品発生に罰金、給与は出来高払い/退職を希望すると0 .5〜2か月分の給与不払い、超過勤務手当の不払い    /3時間以上の超過勤務は常態/高い生産目標を達成するよう製品1個当たりの賃金引き下げ

 各社はこうした調査結果の指摘を踏まえ、その実状を企業として調査している。そして、企業側としても、調査したがそのそのようなことは無かったと報告している。
 しかし、日本の2社も今後真剣に対応して行こうと、本格的な取組みへの準備をしているようだ。本NPO協働 e-newsの読者におかれては、今後、時々、OXFAMなどのホームページを見て、ことの成り行きをフォローしていただきたい。
 OXFAMのホームページ  http://www.oxfam.jp/

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