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キーワード・・・ 入札制度改革、競争性の向上、透明性の確保、業務の効率化、ユーザビリティ |
IT( 情報技術 ) は使い方しだいで薬にも毒にもなる技術である。 IT の特性を生かして業務を効率化したり、組織変革をしやすくしたりと利用技術が重要になっている。今回は、行政における制度改革を促進するための道具として IT を活用して、効果を挙げている横須賀市の事例を紹介する。横須賀市の前田氏を訪問したのは、2004年 8 月 2 日、まだ暑いころであった。 全国の行政担当者や情報関係の方々に注目され、横須賀が地元の小泉首相も見学したそうである。韓国でもデモンストレーションをされるなど、非常に注目を集めた事例である。インタビューに応えていただいた前田氏は、情報システムの専門家には珍しく、複雑なシステムの内容を平易な言葉で分かりやすく説明してくださった。 |
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1.横須賀市の電子入札とは
前田氏は開口一番「横須賀市の電子入札は、入札制度の改革を成功させるためのものです。入札制度の改革がベースなのです」
この言葉に電子入札の成功要因が凝縮されている。ともすると電子入札を導入することが目的になって、使い勝手が悪く、制度改革につながらない電子入札となる危険性も高い。
横須賀市は談合をしにくく、適正な価格で適正な品質の工事を実施できる透明性と公正性の高いしくみを作るための入札制度改革を実現することを目的に、独自の電子入札システムを開発してきた。 1998年 7 月に実施した入札制度改革とは、入札方法を指名競争入札から条件付き一般競争入札に切り替えることであった。 条件付き一般競争入札では、特定の業者を対象にしたやり取りですんでいた情報交換を登録した全事業者を対象とすることになる。業務量が大幅に増加することになるわけである。入札情報を公開する、申請を受け付け、本人であるかどうかを確認し、入札を実施し、その結果を公表する。このような業務を行ううえで、 IT とくにインターネットが必要不可欠であった。 たとえば、入札情報を数百にのぼる全工事業者への告知。以前ならコストと時間がかかって実現できないことが、ホームページで公開すればほとんど費用負担なく実現できてしまう。その後の膨大な事務を自動化する上で IT が大きく貢献している。
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2.電子入札のしくみ
横須賀市の電子入札の概要を理解してもらうために、業者の登録にはじまる細かい手順は省いて大きな流れを解説する。 ここから堅い話になるので、ですます調に切り替える。 |
図1の通り、事業者は横須賀市のホームページから入札案件情報を手に入れ、@事業所のパソコンから入札参加を申請します。事業所のパソコンで入札のためのホームページにアクセスするときに、 ID とよばれる個人の識別記号、パスワード、本人確認のためのフロッピーディスクを使います。別の事業者をいつわって入札することを防ぐためには本人確認が重要になります。そのため、 ID とパスワードだけでなく、事業者本人しか持っていないフロッピーディスクを使うことで本人確認を行うしくみになっています。
入札を受け付けるのは「公証局」とよばれるコンピュータである。このコンピュータは本人確認を行う「認証局」と呼ばれるコンピュータと協力して本人確認を行った上で、申請書を受け付けます。このとき、コンピュータは事業者が指名停止など問題がないか、適正な資格をもっているかどうか自動的に資格を審査します。 受け付けが完了したら、A事業者のパソコンに受け付けたことを知らせる認証受領の連絡を送信する。 入札の締め切りを過ぎて開札日がきたら、横須賀市の契約課の職員が入札アプリケーションを使って、公証局のコンピュータを使って開札の処理をします。その後落札が決定され、開札結果がホームページに公開されます。
公証局はどのような役割をするコンピュータなのでしょうか。参加申請書を受け付けるとき、改札するまで、事業者の入札価格がもれないように原本を保管し、締め切り時刻を厳正にまもる必要があります。その役割を行うのが公証局と名付けられたコンピュータです。
横須賀市では、電子入札に先立ち、郵便入札によって条件付き一般競争入札を行っていました。そのとき、参加申請書や入札書を郵便局の局留めで受け付け、締め切り時刻を限って郵便局で受け付けるしくみをとっていました。郵便局の局留めでは、市の職員が見ることも出来ませんし、業者にも中身がもれません。市の職員が受け取っていたら、締め切りを1分過ぎた業者から泣きがはいって厳しく締め切りにくくなります。
このように、業者にも属さず、行政にも属さない中立的な機能を他の機能から切り離しています。ちょうど公証局役場に近い機能なので、このような名称に名付けられています。
本人確認の認証や公証局の機能は入札を保管する機能ですが、どこかのシステムがこの機能を担ってくれるようになれば、横須賀市のシステムから切り離すことも可能になります。そのことによって外部化することが可能になり、必要最低限の機能だけを横須賀市に残すことが出来るようです。また、認証局と公証局の機能を他の自治体と共同利用することもできます。現在、6つの自治体が共同利用を進めているそうです。 |
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3.横須賀市の電子入札の特長
(ここから、である調にもどります。) 特長をひとことで言えばシンプル。横須賀市の工事業者の多くは中小零細事業者である。一般競争入札を実現するためには、全事業者にこのシステムを使ってもらうことが最重要課題である。そのため、誰でも使える、使い勝手がよいシステムでなければならない。 前田氏にデモをしてもらいながらうかがったが、年配の方でも迷わず使える操作できる画面設計を強調されていた。このような性質をユーザビリティと呼ぶが、これは前回の We Can !でもさかんに強調されていた点である。
確かに、1つのメニュー画面で操作するところは1カ所。それも、ボタンをクリックする、あるいは数字を入力するといった単純なもので、迷いようがないメニューになっていた。「キーボード操作をしなくてもよい画面設計」それを強調されていた。
電子入札システムの特長をまとめると次の4点に絞られる。
@誰でも簡単に操作でき、動きがよいこと
どんな素人でも間違いなく入札作業ができなければ普及しない。また、入札金額の間違いなど操作ミスが大きなトラブルにつながる危険性がある。簡単に操作でき、軽快に動くことが特長になっている。
A事業者がすでに使っているパソコンを使えること
古いパソコンやさまざまな種類のパソコンで入札作業ができることも重要である。とくに、事業者の中にはかなり古いパソコンを使っている方もいる。
B電子入札システムを利用するに当たって新たな費用が発生しないこと 情報システム業者はICカードやカードリーダーなどを提案してくるが、事業者の負担が大きくなり、普及を妨げる。フロッピーでも充分にその機能を果たすので、むやみに新しい技術に飛びつくのではなく最も普及しているしくみをうまく使うことも重要である。
C身近なサポート体制が用意されていること
入力に当たって困ったときに電話で気軽に問い合わせができることも大切である。とくに、初めて扱うときに不安になることも多い。
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4.
条件付き一般競争入札・電子入札の成果
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条件付き一般競争入札を導入することで平均落札率は、導入以前の1997年度の95.7 % からに01年1月末には84.6 % まで10ポイント下がった。1件あたりの入札参加業者も導入以前の指名競争入札時の9社が19社に拡大した。入札件数も368件から551件と競争が激しくなっている。
最も大きな成果は、零細企業であっても技術力があり、チャレンジ精神のある企業が入札に参加できるようになった点にある。元請けが入札して下請けに工事を委託していた構造が解体して、下請けであっても直接入札できるようになった。契約課の職員によると、これから伸びようとする企業が徐々に力をつけていることを実感しているとのことであった。 このように新規参入がしやすくなり、企業規模やこれまでの行政との関係にとらわれず、新しく事業意欲のある企業が活躍できることが活性化につながっている。適正な価格で適正な仕事をやるようになり業界の体質が変わってきたのではないだろうか。
前田氏によると、「三方一両得」。つまり、落札価格が下がったことで、市役所はその余った資金によって別の工事を発注することができる。そのため、事業者は工事量が増え、市民は同じ税金でよりよい都市基盤が整備される。
筆者の目から見ると、これまでの工事のあり方に問題があり、電子入札によってそれが是正されてきたといった段階と考えられる。組織内部の事務の効率化に終わらず、事業者に対する利益、市民に対する利益、行政の効率化がITによって実現できたことに大きな意味があると評価できる。 |
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5.
電子入札導入を成功させるポイント
条件付き一般競争入札は電子入札システムと表裏一体の関係にあるのであるが、このシステムを導入するに当たって、最も重要なのはリーダーシップであったと前田氏は語った。指名競争入札制度で有利な立場にあったゼネコン業者にとってはこのシステムは脅威であった。さまざまな抵抗もあったと推察されるが、そのような環境にあって電子入札システムを推進できたのは、市長のリーダーシップと各部署の要となる上司の強力なバックアップがあって職員が力を発揮できたことであろう。
市長の政治的支持基盤が建設業にあれば実現することはなかっただろう。建設業者は市の政治に対する強力なオピニオンリーダーであり、かなり風当たりが強かったのではなかろうか。そのような逆風の中で改革を実現するには、リーダーシップとともに改革を必要とする時代背景を抜きには語れない。入札改革の開始時に各地で摘発された不正な談合事件があり、不正を防ぎ地方財政を健全化するという大きな目標をコアメンバーが共有化することができた。このような目的の共有化に成功のための大きな条件だったのであろう。
電子入札は、個々の地方自治体によってその大きさ、工事の特性、事業者の特性、求められる基盤整備の違いなどがあり、必ずしも全国一律のシステムに適さないシステムである。他方、これからIT化されようとしている市民サービスは、均一サービスが必要な分野であろう。
このような観点から見ると、横須賀市の電子入札システムの成功要因を総括すると次の点にまとめられる。
・必要最低限のシステムに絞り込んだこと
・シンプルで使いやすいシステムに改良してきたこと
・新しい入札制度を支える強いリーダーシップがあったこと
・組織のコアメンバーが札制度改革という目的を共有化してきたこと
・目に見える具体的な成果をあげることができたこと
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6.
入札制度改革の今後
2004年度 ( 平成16年度 ) に入札制度を改正している。工事結果を点数化し、それを入札に活用することによって、優良な工事を適正価格で行う体制を確立しようとすることに目的がある。1998年度に導入した条件付き一般入札制度では、入札価格とくじにより落札が決まるというシステムであった。この制度は、従来の指名競争入札の制度を改革するという意味では大きな成果をあげたが、工事結果の品質を次の入札に活かすことができなかった。
事業者が安価で品質のよい工事を行うインセンティブを与えるために入札制度を改正しようとしている。工事検査要員を増員し、細かい項目で工事を点数化し、抜き打ち検査を実施、工事結果を現場確認して、工事結果を点数化している。3年間の実績を蓄積してきた成果を生かして、工事実績の平均点を入札条件に加える制度とした。
細かいデータをデータベース化することは電子入札システムを入れたことで初めて実現できたことである。前田氏のことばを借りれば、「電子入札システム自体が進化することはない。本当にやらなければならないのは制度の見直しである」ITは制度を変えるために強力な武器として活用できる。まさしく、しくみを作る人間によって武器にもなれば、金食い虫の大きなお荷物にもなる。ITを活用するためには、人間の知恵を必要とする。 |
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今回の取材でお世話になった前田さんには、とてもていねいにシステムや入札制度に関して説明をしていただきました。入札制度については全くの素人といってよい筆者でも、なんとか話についていました。一本筋が通ったフィロソフィーに沿ってシステム開発を進めてきたという矜持をうかがえました。改革を進めるということは、単に組織を変えるだけではなくそこで働く一人ひとりの人を育てるのだなという思いを強くしました。
忙しい中、取材に応じていただいた前田さんに感謝いたします。
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