世界の潮流とNGOの動き 第9回
「持続的開発のための教育」の本質 (コア) 〜 「気遣い」こそ地球文化である〜

長坂寿久(正会員、拓殖大学国際開発学部教授)

 来年2005年から、 「国連持続可能な開発のための教育の10年」(略称、 UNDESD)が始まる。2002年に南アフリカで開催された国連持続可能な開発サミットへ向けて、日本のNGO連絡会が提言フォーラムを形成し、その提言を踏まえて日本のNGO と日本政府が提案したのが発端となり、国連で採択されたものである。  
 これを受けて日本では「持続可能な開発のための教育の10年推進会議」( ESD-J)が2004年6月に設立された。同会議は10月20日に新たなホームページを立ち上げている(注)。同会議は地域での会議等を開催するなど取組みを始めてきているが、他方、日本政府(外務省)のホームページには、日本政府の取組みに関する報告はまだ何もない。開発教育協会など開発教育のNPOなどが積極的な取組み姿勢を見せているが、2005年を迎えつつある今もまだ、提案国の日本の取組みプログラムは明らかになっていない。

1. 「持続可能な開発」教育とは何か
 UNDESDの「持続可能な開発のための教育」という言葉は、15年程前までは「開発教育」という言葉で表現されていたが、10年前頃から欧米では、開発問題のみならず地球環境教育、人権教育、平和教育、異文化理解教育なども含める意味で「グローバル教育」と呼ばれるようになり、2002年以降の現在では、環境も社会問題も含める意味で「持続可能な開発のための教育」と呼ばれるようになったといっていいだろう。
 日本では近年やっと「開発教育」という言葉が定着し始めたので、依然「開発教育」という言葉が中心的に使われている傾向がある。
 「開発教育」(持続可能な開発のための教育)について欧米での基本的認識は次のようなものである。〔日本の開発教育協会の定義は後に掲示した。〕

(1)先進国の人々への教育
 「北(先進国)の人々の態度や行動を変えることが、南(開発途上国)の問題解決には必須である」という考え方がその前提にある。しかし、現在では先進国の人々への教育ということにとどまらず、開発途上国の人々との連携によって行っていく先進国と途上国の共通理解をうるための教育という視点をもつようになっている。そのために先進国の人々にとっては開発途上国の経済・社会の実態や人々の生活・文化を知ることがまず重要であることはいうまでもない。

(2)子どもへの教育 (学校教育) を重視
 欧米ではとくに子ども・学生への教育が重視されている。もちろん一般の人々も対象であるが、子どもへの教育プロジェクトや教材開発が活発である。一般向けには、異文化教育、開発教育コースの設定など、ビジネスマン(企業向け)、女性、活動家、自治体職員、議員向け講座、大人向けの教育も多くある。

(3)数多くのNGO・NPOが熱心に取り組んでいる
 開発協力問題、地球環境問題、人種差別問題、移民問題、女性(ジェンダー)問題、国際理解、異文化交流、平和・人権問題、等々のすべてのNGO・NPOが、持続的開発のための教育について取り組んでいる。

(4)「参加型」教育による取組みが中心である
  90年代に「参加型開発」や「参加型教育」という言葉がよく聞かれるようになった。参加型教育とは、これまでのように教育者が上からものを教えるのではなく、教えられるものが一緒に参加して学習していくもので、自らの「気づき」を探る教育である。以下に述べる参加型開発もそうだが、「参加型」という言葉には、90年代における教育や開発手法の革命的な改革がその意味には含まれている。

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2. 「持続可能な開発のための教育」の本質は何か ――教育コンセプト――
 「気遣い」の文化が地球文化である
 「持続可能な開発のための教育」へ向けて、さまざまな目的のNGOたちが、さまざまな教材を開発している。NGOは平和、自然環境、開発協力、保健・衛生、交通、移民、人種差別、平和、戦争等々、さまざまな問題に取り組んでいる。これらを統一するコンセプトはないのだろうか。
学校の先生にしてみると、いろいろなNGOから教材が送られてきても、そんなに教える時間はない。そこでこれらの理念を総括した、持続可能な開発(サステイナブル・デベロプメント)のための教育理念のコンセプトとそれに沿った教材の開発が求められることになる。

 そこでオランダの開発教育教材の開発機関であるLSO(全国グローバル教育サービス・ビューロー)が開発した教育ダイアグラムを紹介しよう。
LSOは、環境、平和、開発協力、異文化教育といったグローバルな側面をもつ教育分野(グローバル教育)で活動している19団体が参加しおり、学校の先生等専門家が集まってこの教育ダイアグラムを作成した。
LSOは教師が教材や教育の仕方などについての情報・アドバイス・援助を行っており、教師に提供する教材、ビデオ、音楽テープ、演劇シナリオ等々を提供し、講師の紹介も行っている。また、グローバル教育の教材の質の評価を行っており、合格したものには「LSOマーク」の品質保証マークを提供している。

 このダイアグラムは6層からなり、一番外側はグロールな問題が指摘してある。次いで第2層はどのような教育が必要となるか、そして第3層は中心的に取り組むべき課題は何か、第4層は追求すべき目標、第5層は追求すべきターゲット、そして最後に、すべての問題・課題に共通する最終の教育目標のコアは「人と世界を気づかう」ということとなっている。移民(異文化教育)、抑圧(人権教育)、軍縮(平和教育)、貧困(開発教育)、生態系の破壊・公害汚染(自然・環境教育)、疾病(保健衛生教育)、過剰消費(消費者教育)、危険不安全(安全教育)といったグローバルな課題への教育の本質は「気遣い」であることをこのダイアグラムは示している。
 人と世の中への「気遣い」は日本文化の原点であるという解説をなにかの本で読んだことがあるが、「気遣い」は日本文化の価値観の独占ではなく、世界の価値観なのである。気遣いが地球文化となるべきことをこのダイアグラムは示している。   

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3. 欧米・日本における開発教育の進展
 欧米と日本において「開発教育」(持続的開発教育)がいかに定着してきたか、年代別に簡単に整理しておこう。

(1)欧米における開発教育
・1960年代に「新しい教育概念」として使われ始める――オランダ、カナダなどのNGOが開発途上国での活動から帰国し、 草の根活動として始める。 
ユニセフ (国連児童基金)、FAO(国連食糧農業機関)、WHO(世界保健機関)などの国際機関も、世論喚起の観点から開発教育の支援を始める。ユネスコ(国連教育科学文化機関)は1974年に「国際理解教育」を発行。
・オランダ:最も早く開始。1960年代前半から。全国20カ所に開発教育センター設置
・英国:1970年代に「ワールド・スタディーズ」として開始。NGOを中心に展開/チャリティとしての海外協力活動から活発化(OXFAM、クリスチャン・エイド、CAFOD等)、国内40カ所に開発教育センター(DEC)を設置
・米国:1970年代に「グローバル教育」として開始
・欧米での開発教育は、@キリスト教系団体・有力NGOによる戦後早くからの開発途上国での活動を支援するための本国での活動として(募金広報の一環としても)始まった。A欧米諸国は、その植民地化政策の結果からも、早くから多民族社会であり、国内問題としても、そうした教育が重要となった。 

(2)日本における開発教育
 1977年:青年海外協力隊の報告書で「開発教育」の概念紹介
 1979年:日本で最初の「開発教育シンポジウム」開催(ユニセフ、国連大学、国連広報センター主催)
 1982年:「開発教育協議会」設立(会員制度)
 1986年:外務省内(経済協力局)に「開発教育を考える会」設置。報告書をもとに開発教育振興予算を計上。
 2002年:外務大臣諮問機関・第2次ODA改革懇談会で「開発人材の発掘・育成」の一環として開発教育の充実を提言(義務教育における開発教育の充実を提言)。
 2004年: 「持続可能な開発のための教育の10年推進会議」(ESD−J)設立

(3)日本の開発教育関係機関
 日本の開発教育推進機関としては国際協力プラザがある。また促進団体として「開発教育協会」(NPO)などがある。
 開発教育の具体的事例としては、@教材の開発・普及、A学校でのカリキュラム、Bスタディツアーの実施、C学習会・報告会、講師派遣、Dフェアトレード、E全国キャンペーンの実施、Fインシデンタルな学習(活動を通じた教育)、Gメディア・リテラシー、H 地域通貨、Iサスティナブルコンシューマー運動(従来のグリーンコンシューマーが環境のみならず、社会問題も入れるという意味でこう呼ばれるようになっている)、J開発途上国との姉妹都市提携(自治体の開発協力)、K市民が行う途上国等の展覧会、ワン・ワールド・ウィーク等々のコミュニティでの催しもの、等々。

(4)日本の開発教育協会の定義
 日本で「持続的開発のための教育」にもっとも取り組んできた団体が「開発教育協会」である。同協会の「開発教育」の定義は以下のとおりである。
〇地球市民としての意識を身につける。
〇開発教育は一人ひとりが変わることで社会が変わることを目指す。
○開発教育は、私たち一人ひとりが、開発をめぐるさまざまな問題を理解し、望ましい開発のあり方を考え、公正な地球社会づくりに参加することをねらいとした教育活動です。そのために、開発教育は次のようなことを目指しています。
 @多様性の尊重:開発を考えるうえで、人間の尊厳性の尊重を前提とし、世界の文化の多様性を理解すること
 A開発問題の現状と原因:地球社会の各地にみられる貧困や南北格差の現状を知り、その原因を理解すること
 B地球的諸課題の関連性:開発をめぐる問題と環境破壊などの地球的諸課題との密接な関連を理解すること
 C世界と私たちのつながり:世界のつながりの構造を理解し、開発をめぐる問題と私たち自身との深い関わりに気づくこと
 D私たちのとりくみ:開発をめぐる問題を克服するための努力や試みを知り、参加できる能力と態度を養うこと

(5)日本政府の定義
  ちなみに政府の定義としては以下のものがある。
○ 21世紀に向けてのODA改革懇談会(1998年)
 「開発教育とは、貧困・飢餓、環境破壊など国際社会、地球社会の現状を知り、開発・環境・人権・平和をはじめ、さまざまな問題について理解を深め、国際協力、開発援助の重要性についての認識を深めるための教育、また開発途上国と先進国との関係を含め、国際社会の問題の解決に向け、何らかの形で参加する態度や能力を養うことを目的した教育である」

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