IT技術を生かした社会参加
第1回 障害者が主体になって開拓する障害者の雇用機会(1)
We Can!首都圏テレワークセンター(WMTC) 上條一男氏(特定非営利活動法人 We Can! 理事長)
池内健治(理事、産能短大教授)

ITを活用して個人、企業、行政、そしてNPOなどが、これまでの関係を転換する事例が増えてきた。携帯電話、モバイル、パソコン、インターネットなどの情報技術(以下 IT)や機器がわれわれの生活に深く浸透しているからだ。このような情報環境を活用することによって、個人と社会、企業と行政、NPOと行政や企業などにおける新しい関係のあり方の先駆けとなるユニークな活動事例をメールマガジンで報告していきたい。

今回は、'We Can!首都圏テレワークセンター'を紹介する。首都圏テレワークセンターはNPO法人We Can!と埼玉県が協働で2004年6月11日に開設した障害者の在宅就労支援の拠点である。障害者のIT技能訓練を行い、同時に在宅でもできる仕事の掘り起こしと在宅就労を支援する事業を行っている。
  

障害者が主体になって開拓する障害者の雇用機会(1)
We Can!首都圏テレワークセンター(WMTC) 上條一男氏
(特定非営利活動法人 We Can! 理事長)


ホームページ:http://www.wecan.or.jp/

キーワード・・・ 障害者の自立、在宅就労、テレワーク、コミュニティビジネス、マイクロビジネス、
ITの活用、ビジネス基本能力、メンタルサポート        

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1.We Can!とは

We Can!とはどのような団体か、簡単に紹介しよう。この団体のことを耳にしたのは、日本テレワーク協会の主席研究員 堤氏との雑談である。自分自身がかなり重い障害をかかえて自宅の一室でITを活用した仕事をしていて、日本のいろいろなところに住む障害者と協働している「すごい人」がいる、と聞いたのは数年前のことである。今回のメルマガのために8月2日その上條一男氏をWe Can!首都圏テレワークセンターに訪問して取材をした。

We Can!は誰もがあたりまえに参画し自立できる社会を目指して、地域・障害・年齢・性別を超えた緩やかな連携の場=プラットフォームを提供する、全国規模のNPOである。全国規模に活動を広げ、新しい社会への制度改革を目指している。

上條氏は頸椎損傷という障害を負っていて、車椅子で移動、長時間同じ姿勢を保持できず、体温コントロールもできない。介助が必要で、自分の必要のためテレワークという働き方を選択し情報システムの仕事を行ってきたとのこと。障害者がパソコンを通じて社会参加をしようという活動を続けていたグループがいくつかあったので、そこに呼びかけて社会にインパクトを与えて変えていくという方向性をもって進めてきた。

ITを活用して仕事を協働プロジェクトで全国組織が必要だねということになり、社会のしくみを変えて障害者が安心して働けるしくみをつくりたいという理念をもって新しい社会づくりを目指してWe Can!はスタートした。

これまでは'健常者がつくった施設で健常者の補助を受けて障害者が活動をする'という発想の社会参加であった。この発想を大きく変え、障害者が主体となって事業を起こし活動に必要な健常者スタッフを募って活動の場を拡大していく拠点を目指している。

そのためには、社会的な制度に変えていかなければならない。We Can!は、企業や行政と連携をもってコミュニティビジネスを拡大し、マイクロビジネスのネットワークを築いていくことを目指している。


上條一男氏(特定非営利活動法人 We Can! 理事長)
   

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2.We Can!首都圏テレワークセンターの事業

首都圏テレワークセンターの主要な業務は、「教育研修業務」「情報提供・相談、在宅雇用マッチング」「障害者在宅就労支援モデル構築検討委員会」の3本柱である。ただし、教育研修はその後の雇用あるいは請負業務をにらんで実施している。つまり、単なる教育ではなく仕事につながる教育訓練であり、すでに受注した仕事に不足した能力を補うための研修を実施する。

■教育研修業務
センターの極めて実務を意識した内容になっている。ビジネスパートナーとして企業や行政機関の信頼を得るための基本技能のトレーニングを基礎においている。このような基礎教育の上に立って、個々の業務に必要な実務研修を提供する。教室での研修のみならず、オフィスでのOJT(On the Job Training)も重視している。
 実務研修では、障害者の特性を生かした業務としてWebアクセシビリティ、障害者向けの放送番組制作などの特長的なものもある。Webアクセシビリティの例として、通信放送機構(現在 独立行政法人情報通信研究機構)が中心になって日本のユニバーサルデザインを推進してきたが、ユニバーサル化をすすめるページをWeCan!でつくった実績がある。

■情報提供・相談、在宅雇用マッチング
障害者が主体となった企業と障害者のマッチング事業が第2の柱である。実際に就労機会を開拓することが最も重要な事業である。そのために、さまざまな人的ネットワークを活用し、提携する団体と連携して実績をつくろうとしている。そのために、行政機関との連携も重要なファクターであり、埼玉県、経済産業省、厚生労働省などとの関係強化も積極的に推進している。
 仕事を獲得すること、障害者や企業への情報提供・相談に応じること、在宅雇用マッチング、在宅雇用のサポートがWe Can!首都圏テレワークセンターの中核の業務である。孤立しがちな在宅就労者に対するメンタルサポートや業務上の相談など、支援内容もきめ細かい。

■障害者在宅就労支援モデル構築検討委員会
もう一つの柱は、障害者在宅就労支援モデル構築検討委員会の事業である。NPO法人、企業、行政機関と連携して、障害者の就労支援を行うための教育方法研究、雇用管理研究、提携方法研究を行っている。モデル事業として、他の地域や団体にも応用できる形で事業を行い、情報発信していく使命を負っている。

■We Can!首都圏テレワークセンターの事業規模
現在、公的助成/委託による事業:約2180万円が決定している。申請中の事業も入れると約3620万円を予定している。主な事業として次の事業があげられる。
 就労支援型障害者団体と企業の新たなマッチングコーディネート
 障害者向けWebアクセシビリティデザイナー養成講座
 障害者向け放送番組制作研修
 障害者在宅就労支援モデル事業
 障害者就労人材研修助成事業
   

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3.障害者の在宅就労の機会と人材を開拓する首都圏テレワークセンター

2004年6月からスタートしたWe Can!が運営する首都圏テレワークセンターは、さいたま市にある埼玉県合同庁舎に家賃を払って間借りをして活動をしている。教室とオフィスを備えたスペースを確保しており、9月に事業がスタートする。単なる教育研修や雇用の斡旋を行うのではなく、働くための意識・ビジネスの基本能力の研修に始まり、実務研修、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)、メンタルサポートなど多岐にわたるサービスを提供する。基礎教育において、障害者が初めて働くときに直面するビジネスの常識を重視している点がユニークである。

We Can!が仲介をして企業や行政の発注した仕事と障害者のマッチングを行い、一定水準以上の仕事を納期までに完成させるために、サポーターが支援をしている。その機能にWe Can!のこれまでの仕事の実績が活かされているようだ。メンタルサポートや首都圏テレワークセンターでの業務研修(OJT研修)など細かな配慮をしている。健常者では、なかなか思い至らない部分である。

■首都圏テレワークセンターの特長1
 雇用ニーズやアウトソーシングニーズに合わせた実務研修やOJTを行うことが特長。教育のための教育を行わず、先に受注した仕事があってその仕事に必要な教育訓練を行うこともモットーとしたい。仕事の発注先や雇用先が最も問題。コーディネーターが必要でそこに予算をとっている。セールスができる人材が欲しい。プロデューサー能力も必要。

■首都圏テレワークセンターの特長2
 障害者が仕事を続ける上で一番大事なのは、障害者のメンタルな部分のサポートである。障害者は雇用されても3分の2以上が3年以内にやめている。モチベーションも、肉体的にももたない。
 いきなり在宅雇用といっても、一人でやっている限り孤立してしまう。福利厚生を含めて仲間意識の中で。勤めている先は違っていても同じ働く仲間として組織化し、テレビ会議システムを使ってコミュニケーションをとれるようにしていく。首都圏テレワークセンターは働く障害者のコミュニティとしての機能を果たしていきたい。東京湾クルーズで花火を見ようかといったことも考えている。

■首都圏テレワークセンターの特長3
 仕事を覚えた人がいきなり在宅で業務を開始してもなかなかうまくいかない。企業も業務の成果に関する不安をもつ。首都圏テレワークセンターをサテライトオフィスとして活用し、テレビ会議システムを駆使しながら、企業と障害者とテレワークセンターのコーディネーターの3者で連携をとって業務を進めていく。働く人間がモチベーションを維持できるように。
 企業が仕事を出すときに、We Can!が窓口になって、仕事の品質や完成を保証することで、安心して仕事を発注できる体制をつくることを目指している。

■首都圏テレワークセンターの特長4
 障害者の気持ちには健常者に分からない部分があり、障害者でなければ分からないことがある。障害者が主体となって事業をやる意味がそこにある。障害者だからこそ、障害者に厳しいことも言える。その意味からも障害者が障害者をサポートできるしくみが必要である。
 かわいそう、気の毒にという思いの中では、障害者は本来の力を発揮できない。われわれは厳しいことも言う、しかし真剣に応援もする。そのような中で本当の力が育ってくると思っている。これがNPOの力だと思う。本音を出せる仲間による協働を目指している。
 We Can!首都圏テレワークセンターにとって、どのくらいの障害者の雇用をつくり出せるか、業務の成果を出せるかどうか勝負どころである。この事業は埼玉県のモデル事業なので、モデル事業として分かりやすい成功例を示すことができる事例を創りたい。標準化できるモデルを創りたい。
 障害者のスターをつくっていきたい。年収500万円,請負で1000万円。アピールして障害者が注目し、夢を抱けるスターをつくりたい。少しずつその可能性のある人が出てきている。
 テレワークはあくまでも手段だが、テレワークが潜在労働力を顕在化する可能性を秘めている。しかし、それはSOHOでは実現できない。最初から起業できるほど障害者は力がないので、支援するしくみ中間支援が必要である。その機能を担うためには、民間だけや行政だけでは実現できない。さまざまなセクターを結びつける機能が求められる。
    

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4.社会制度改革への動機;上條さんが疑問に思ったこと

障害者の雇用を促進するための制度として雇用納付金制度があり、障害者を雇用しないことによって企業が国に多額の資金を収めている(250〜260億円)。国の予算も含め、約400億円が障害者の雇用を奨励し、職場環境を改善する資金が投入されている。

国のやり方では事業所に通勤できる1割〜2割の障害者しか対象にならない。本当に、障害者を働かせたかったら働ける障害者を育成しなければならないし、その障害者が働ける制度をつくらなければならない。企業からペナルティを徴収するのではなく、そのお金が仕事をしたい障害者に流れるしくみをつくるべきであり、在宅就業やテレワークによる業務の請負などを障害者の雇用として評価する制度が必要になる。現在、在宅というカテゴリーならば障害者の4割〜5割の雇用機会を提供できる可能性がある。

福祉という名目で温室に囲い込んできたが、障害者はその状態を本当によしとしているわけではない。本当は自分の力で生きたし、結婚生活もしたい。人並みに働きたい。障害者ができるだけ自立して生きるようにしたい。昔は夢でしかなかったものが、ITを活用することによって可能性が見えてきた。それを社会的に認知させ、実現するかが一番の使命だと思っている。

福祉予算を使って、短期的な視点で施設をつくり、年金や手当で保護をする時代は終わった。障害者が自立できる支援を本気でするには、民間事業者やNPO法人を活用し、在宅も含めて職域を開拓することが求められている。企業が仕事を出しやすくなるように法の改正も必要である。

上條さんからは、「根本的なしくみを変えたい。これがわたしたちの思いである」「コミュニティビジネスで新しい産業形態を目指したい」といった非常に意欲的なことばが度々発せられた。まさに、コミュニティビジネスをやっている感覚でモデル事業を成功させようという意気込みが感じられた。

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5.取材を終えて

上條さんは高校時代学生運動の洗礼を受けた団塊世代の最後の年代、社会を変えていきたいという熱意を感じました。障害者となって国立リハビリセンターで情報処理を身につけ、情報関係の仕事で活躍をしてきた人。We Can!をスタートしたきっかけは周りの人にパソコンを教えたこと。

パソコンを習うだけではなくてパソコンを使って仕事をしたいとの声が出たので、ロータリークラブの会報作成の仕事を獲得し、高価なアプリケーションソフトを買いそろえたそうです。ところが、仕事をしたいと言っていた人たちが自信がないのでやめると言い出し、上條さんが仕事を完成して納品。次第に活動が発展して、いろいろなネットワークを活用して仕事を拡大しWe Can!をつくり上げてきました。偶然からスタートした活動だが、このように活動が拡大した最も大きな要因は上條さんのビジネスセンスだろう。まさしく、コミュニティビジネスの分野で新しいビジネス領域を創り出したいという意欲を感じました。

ここ10年、情報通信技術を中心にITは急激に進歩し、身近になってきました。確かに、ITは障害者が社会参加をする上で非常に強力な武器になります。しかし、実際にビジネスパートナーとして障害者が企業からの仕事を拡大するためには、ITの専門スキルとともにビジネスの基本能力や常識、仕事に対する責任感が重要だという原点を改めて認識できました。

一人ひとりが独立して仕事をするテレワークにおいて、仲間同士が相談し相談される関係を築くことに注目している点も参考になりました。仲間が同じ場を共有する機会を提供すること、障害者をサポートするメンター機能の重視している点、それをWe Can!が担おうとしていることに、健常者には思い至らない障害者として仕事の積み重ねからくる目配りを感じました。

首都圏テレワークセンターはNPO法人We Can!と地方公共団体がパートナーシップを組んで実施している事業です。このモデル事業は3年が限度であり、期限が切れたあとは比較的安い家賃で場所を借りている埼玉県合同庁舎を出る必要があります。そのような緊張感のある関係の中から、上條さんのことばをかりるならば福祉行政の温室の中から自立する場としての可能性があることを感じます。

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