世界の潮流とNGOの動き 第7回
アテネ五輪は環境競争では失格 〜アテネ・オリンピックの環境評価〜

長坂寿久(正会員、拓殖大学国際開発学部教授)

本NPO協働 e-news(第4号、2004年2月号)で、2000年のシドニー・オリンピックの歴史的意味「『グリーンゲーム』を知っていますか」を掲載した。シドニー・オリンピックでは、最初からグリーンピース・オーストラリアなどのNGOが参加して「環境ガイドライン」を作成し、環境対応をシステムとして本格的に導入した初めてのオリンピックであったということを書いた。このため、シドニー・オリンピックは環境に対応したオリンピックということで、「グリーンゲーム」と国際的によばれてきた。

シドニー市が2000年のオリンピック開催都市に決定したのは1993年であった。「グリーンゲーム」の意味を認識した国連環境計画(UNEP)は、その翌1994年に「スポーツと環境プログラム」を発表し、世界規模でのスポーツイベントの際の環境配慮を促進し、スポーツを通じ環境への配慮を喚起するキャンペーンを開始した。その年に、UNEPと国際オリンピック委員会(IOC)は協力協定を締結し、95年にIOCに「スポーツと環境委員会」を設置し、その後各国のオリンピック委員会にも環境委員会が設置されていった。

こうした動きを背景に、1997年にアテネ市が2004年オリンピックの開催都市として決定された。さらにその後の1999年に、オリンピック委員会はシドニー・オリンピックでの「グリーンゲーム」方式を以後のオリンピックの誘致条件とすることを正式決定した。

その結果、2002年に決定した2008年の北京オリンピックはシドニーの「グリーンゲーム」方式に基づき申請し、「緑色五輪」というコンセプトを掲げて見事に誘致に成功したことについても、本NPO協働 e-news第4号で紹介している。〔本記事については、以下のページをご参照下さい。 http://www.jca.ax.apc.org/~ticn/mailmag/vol4/02.html 〕

なおその後、2003年のUNEP管理理事会において、「スポーツと環境に関する長期的戦略」が採択され、今やオリンピック開催地として選ばれるためには、環境は主要な要因の一つとなるに至っている。

では、今開催中のアテネ・オリンピックの環境対応はどうだったのか。残念ながら、最悪の評価を受けている。世界自然保護基金(WWF)は7月16日に、アテネ・オリンピックの環境への取り組みの悪さを厳しく批判する報告書(20ページ)を発表し、「アテネ・オリンピックに環境金メダルなし」「0から4ポイントまでの評価で、アテネ・オリンピックの環境保護のポイントは0.77しかなかった」と報告している。

グリーンピースも7月28日に「How green the games?」と題する評価報告書(14ページ)を発表し、「アネテは環境競争で失格」(ニューズリリース)と報告し、「シドニーから何も学ばなかった」「97年の誘致の際の公約はまったく守られていない」と厳しく告発している。さらに、国連環境計画(UNEP)も「97年の招致の際の公約を実現していない」と、アテネの取り組みに疑問を投げかけている。

以下にグリーンピースの報告を中心に、アテネ・オリンピックの環境対応の実態をご報告する。
  

1.シドニーでのスポンサー企業の約束はどうなったのか。

まず最初に、本e-協働第4号(2月号)をお読みの皆さんにとって最大の関心事であろうと思う、「グリーンフリーズ」(=サステイナブル冷蔵庫=環境にやさしい冷蔵庫)について報告しておこう。

シドニー・オリンピックでNGOたちが批判したテーマの一つがオゾン層を破壊するフロンガスや代替フロンを冷媒とした冷蔵庫の使用であった。コカコーラ、マクドナルド、ユニリーバ・アイスクリーム、それにフォスター(同社はオーストラリアのビール会社のため今回はスポンサーとはなっていない)などの飲食系会社は、シドニーではグリーンフリーズ(フロンガスや代替フロンを使わない冷蔵庫)は間に合わないので、次回のアテネではグリーンフリーズを全面的に使用すると約束した。また、同時によりエネルギー効率のよい冷蔵庫の開発・使用を約束した。

この約束から4年後のアテネでは、これらスポンサーは炭化水素など自然の冷媒を使用した冷蔵庫や熱効率の技術開発を行い、その約束をほぼ果たしたとグリーンピースは報告している。オリンピック会場の約1500箇所にこうした代替的冷媒を使用した冷蔵機器が設置されたということだ。これら多国籍企業のみならず、他にスポンサーとなったギリシャ企業(酪農企業のDELTAやFAGE)もこうした動きに追随して対応したようだ。この点では、シドニーでの教訓は学ばれた、と評価している。

今後は、世界中の冷蔵施設・機器(コカコーラ、ユニリーバ・アイスクリーム、マクドナルドの3社で1200万台の冷蔵・冷凍施設が世界中に配置されているという)が、こうした「サステイナブル冷蔵庫(sustainable refrigeration)」になっていくよう、さらなる技術革新と展開が期待されている。

なお、日本では、グリーンピース・ジャパンと松下電器などとの長年の交渉を経て、同社をはじめ、電器各社は一昨年から「ノンフロン冷蔵庫」の発売を開始している。家電小売店に聞くと、結構よく売れているようだ。皆さんも、次回に買い換える冷蔵庫はぜひ、このノンフロン冷蔵庫にして下さい。

このグリーンフリーズの成功は、シドニー・オリンピックの成果であり、アテネ自身の評価とはいえない。
  

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2.ギリシャ当局の誘致競争時やその後の発言

アテネがまだオリンピック誘致都市の一つであった頃には、ギリシャ当局は環境への対応について多くの極めて積極的な発言をしていた。

2000年2月に発表されたアテネ・オリンピック誘致委員会の「環境政策原則」には、環境への対応について実に野心的な取り組みが記されていた。新しいオリンピック関連建物や施設のエネルギー削減技術、エネルギー消費などの効率化、再生可能エネルギーの導入等々、さらに使用する建設資材への環境配慮、樹木など緑への配慮(植樹等)、オリンピック村の環境モデル化構想等々、実に環境対応にあふれる野心的な内容だった。

さらに関係者は次のような発言をしていた。「オリンピックは環境にやさしく、持続可能な開発の原則に則って計画と行動を実行する機会であると同時にチャレンジでもあります」。「プロジェクトは環境にやさしい技術や資材を使って実現され、すべての入札もそれが必須条件となるだろう」。さらに、数年前には、「自動車を減らし、より優れた公共交通機関を導入して一層清潔な都市にし、生物気候学的建築や再生可能エネルギーの使用を前提にしたオリンピックとし、2000年のシドニーよりもさらに環境にやさしいオリンピックにする」と約束していた。

さらに、「アテネ・オリンピックは風力発電や光起電力などの手段によってグリーンエネルギーを100%使用した初めてのオリンピック大会になるだろう」と、アテネ・オリンピック委員会のベイス技術部長(2001年10月)は述べている。

しかし、結果としては、次に述べる公共交通機関への取り組みを除き、ほとんどまったくと言っていいほど、何も実施されなかったと、WWFもグリーンピースも厳しく評価する結果となっている。
  

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3.結果はどうだったのか。何が行われなかったのか。

(1)公共交通機関と大気汚染
アテネは公害とラッシュアワー時の激しい交通混雑で知られている都市の一つだ。誘致競争の頃には、ギリシャ政府は2004年のオリンピックまでに、アテネの大気汚染を平均35%削減するとしていた。この点は公共交通機関の改善、地下鉄、市電、郊外電車などの新しい交通機関の導入、燃料品質の向上、効率的な車の開発(バスやトローリーなどの近代化)などの一連の措置によってかなり達成してきたようだ。

アテネ国際空港からアテネ中心部まで乗り入れる交通手段は、これまで車しかなかったが、郊外鉄道と地下鉄の線路をつなぐことによって、鉄道が旅客輸送の新しい大きな柱となった。ただし、新しい交通機関は、7月中旬には一般営業を開始したが、途中の人口密集地アギアパラスケビ駅の工事は止まったままで、駅の工事再開は来年になるということだ。

これら新しい地下鉄や郊外電車の建設・延長や天然ガス燃料使用の公共バスの導入は大きな意味があった。これら公共交通機関の改善に、当局は30億ユーロを投入してきたと語っている。この結果、2004年末には50%の人々がこうした公共交通機関を使用する見込みということだ。アテネ・オリンピックで最大の環境面での改善事項はこの点だとNGOも指摘している。

しかし、こうした公共交通機関の改善にもかかわらず、依然としてアテネは、オゾン、発癌性ベンゼンなどのVOC(揮発性有機化合物類)、主にディーゼル車から排出される有害微粒子類の水準に関しては非常に高く、厳しい状況にある。これは主に自動車の増加と、それにともなう適切な排出規制や非化石燃料などの代替燃料の導入の遅れによるものと指摘されている。

さらに、適切な駐車場の建設の遅れ(とくに駅周辺の駐車場の不足)、都市部での自動車台数の増加、ディーゼル燃料のタクシー(1万4000台)が多いことなどが、依然公害の元凶となリ続けている。

(2)オリンピック村
シドニー・オリンピックではオリンピック村は太陽光発電を中心とする環境のモデル村を造り上げたことで有名となったが、アテネも数年前までは、そうした環境モデル村構想をギリシャ当局は打ち出していた。しかし、全くそうはならなかった。

オリンピック委員会は、当初多くの関係機関から、オリンピック村を環境対応型にするため意見聴取を行っていた。エネルギー効率性技術、再生可能エネルギー(太陽光発電や太陽光温熱化)、毒性のない資材の使用、最良のゴミ処理技術、塩ビの使用削減、エアコンへのフロンの不使用、水の再利用等々、シドニーの時に採用されたこれらの基準が提示され、またこうした技術の採用を勧告する研究報告書も提出されていた。

しかし、こうした意見は一切無視され、代替案も検討されず、オリンピック村は建設されてしまった。ギリシャは世界でも有数の太陽光関連機器産業国であるにもかかわらず、とグリーンピースの報告書は嘆いている。

(3)使用エネルギー
オリンピックに必要とされる電力量のすべては再生可能エネルギーでまかなうと約束していたが、これもまったく果たせなかった。必要電力量は推定では60〜80GWhと見積もられており、そのうち例えば、250〜300MWを風力発電でまかなう計画などが検討されてきた。しかし、「これらすべての検討をギリシャの官僚機構はドブ゙に捨ててしまい、グリーンエネルギー供給の夢を捨て去ってしまった」と、グリーンピースは報告している。

オリンピック開催の1カ月前の7月12日に、アテネを含むギリシャの半分の地域が停電するという事態が起きたのは、まさにクリーンエネルギーの必要性を証明することになったと、同報告書は指摘している。

(4)都市計画と自然保護
多くのプロジェクトについて、自然保護の観点から、地域のNGOや環境NGOたちは強く反対し、提訴したものもある。しかし、裁判ではほとんどが政府側の計画案を承認する判決が下った。

例えば、歴史的地域であるマラソンの丘に隣接する地域でのボートとカヌー競技場の開発計画(2つの大きな池を造る)に対し、NGOたちは周辺の水質や森林の生態系に打撃を与える、ギリシャの大切な環境の破壊に繋がるとして反対し、進展がないため提訴したが、最高裁では政府案の承認を支持する判決が出された。ただし、その際、開発にあたっての規制や条件が付され、NGOのキャンペーンが影響を与えることができたケースともなったが、やはりこの計画の実施は生態系破壊を含め環境に悪い影響を与える結果になったとNGOはみている。

さらに、水質保全、廃棄物処理もとくに評価が低く、会場での廃棄物のリサイクル回収策なども遅れており、ゴミ収集車や職員を増員したりして対策を図ったようだが、付け焼き刃の印象はぬぐえない。

(5)緑化計画
植樹も当初は最低29万本の植樹を計画していた。しかし現実には、競技場整備の遅れが影響し、間に合わせ程度の植樹にとどまっている。オリンピック・スタジアム周辺やマラソンコース沿いには、日陰にもなりそうにないひょろひょろのオリーブの木が列をなしている程度で、マラソンコースわきの木々は散水が十分でなく、すでに枯れているものもあるようだ。「アテネは緑化の機会を失った」と地元メディアも酷評している。
  

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4.シドニーの教訓とは何だったのか。

アテネが開催国として決定した1997年時点では、シドニーのグリーンゲーム方式を誘致条件にするというIOCの決定(1999年)は、確かにまだ行われていなかった。しかし、アテネ当局は2004年のオリンピックを十分な環境対応型オリンピックにすると約束し、発言し続けてきたにもかかわらず、残念ながらシドニーの経験から何も学ぶことなく、シドニーで達成したものを引き継ぎ、前進させることなく、世界最大のスポーツイベントは終わってしまうことになった。

シドニーの教訓とは何であったのか。アテネ・オリンピックは何を学ばなかったのかを以下に記しておくことにする。

(1) デザイン計画の最終案の作成や建設の開始前に、開発計画について明確な環境コミットメントを行い、公表すること。
(2) 「環境ガイドライン」は交渉対象ではなく、法律によってバックアップされており、入札の際の条件とされ、公表されること。
(3) オリンピック関係者(組織委員会、開発業者等々)は環境的側面に関する情報を報告し、公表すること。
(4) 環境情報についてはすべて独立の監査機関が監視し、信頼性を認証していくようにすること。
(5) 運営方式の如何にかかわらず、最良かつ最もコスト効率のよい環境システムと資材がプロジェクト全体において採用されるよう、オリンピック組織委員会が確認すること。
(6) 世界にはあらゆるレベルで環境対応の建築やマネジメントに強い関心をもち、経験のある専門家がおり、これら環境対応への成功に関心のある革新的、創造的な専門家や企業を捜し、協働していくこと。
(7) プロジェクトの最初から、コミュニティや環境や社会などのグループ(NGOなど)と高いレベルでかつ継続的に話し合い・相談を行いつつすすめていくこと。設定された環境ガイドラインに沿って、紛争解決への明確なプロセスが確立されるべきこと。
(8) 一般大衆からアスリート、スポンサー、メディア等のあらゆるレベルで、環境イニシアチブに沿った教育が行われること。

アテネ・オリンピックでは、以上のシドニーからの教訓はどれも生かされず、前進もありせんでした。
  

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5.誰の責任か

このように、アテネはシドニーに比べると環境への対応ははるかに後退したものとなっている。誰が責められるべきなのか。

まず、ギリシャ政府に強い政治的意図がなかったこと、当局は各プロジェクトの完成に間に合わせるのに精一杯で、環境面への質的配慮を払おうとしなかったこと、ギリシャの市民やNGOからの圧力が十分でなかったこと、また、監視機関である国際オリンピック委員会(IOC)自身がこうした環境配慮への責任があるにもかかわらず何もしなかったこと、をNGOは告発している。
  

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