トヨタの大英断 MR-S


 トヨタには以前、"MR-2"というクルマがあった。「ミドシップ・ランナバウトなんとか」の略だったと思うが、FFクーペ(初代はカローラレビン、2代目はセリカ)のエンジンとドライブトレーンを使って作られた、気軽に買えるスポーツクーペだった。その「後継」として出てきたのがこのMR-Sである。今回もドライブトレーンのベースはセリカであり(同時リリースだった)、従来のコンセプトを踏襲している。

 このMR-S、第一印象はあまりパッとしなかった。というのも、MR-2は初代も2代目もスーパーチャージャーあり、ターボあり、VVT-iあり、MRというレイアウトの持つトラクション性の良さを誇張するようなエンジンを搭載していた(尤も、その素のレビンやセリカにもそれらは採用されていたわけだが)。しかし、MR-Sは違う。VVT-i付き2ZZエンジンの搭載は一切考えず、まずは素の145馬力版2ZZを搭載しているのだ。高性能バージョンはなし。それに加えて、スペックが似通っていることから、マツダ・ロードスターの単なる対抗馬になってしまったかのように感じられた。また、ルックス的にはロードスターよりずっとオモチャっぽさがあり(尤も、後付のボルトオンドレスアップパーツなんかは逆にオモチャっぽいかっこよさを狙っているような感じもするが)、「ロードスターの方がいいんじゃないかなぁ」と思った。何か釈然としないものを感じたのである。

 しかしだ。このMR-S、よくよく見るとなかなかに気合いが入っている。初代MR-2は1.6Lで軽量だったが、2代目MR-2は2Lにターボを組み合わせて実に245psを発揮し、以前のRX-7やインプレッサなどと対等に渡り合えるまで実力を高めるに至った。しかし、重量はNAでも1200kgを軽く越えるまでに確実に重くなってしまった。その車重クラスになるとインプレッサSTiあり、ランエボあり、新RX-7あり、NSXありと、速さではMR-2を越える車種が数多く存在し、運転の楽しさという面からしてもMRならではの運転の難しさがあったから、「帯に短くたすきに長し」という中途半端なクルマになってしまった。その反省からMR-Sは非常に軽量でローパワー、誰でも運転を楽しめるクルマに仕上げられたのである。

 このMR-Sについては、トヨタは「運転する楽しさ」を追求した、とコメントしている。そのためにはまずクルマが軽量であること(動きの素直さを生み出す)、扱いやすいパワーであること、クルマのインフォメーションが伝わりやすいこと、といったことが挙げられる。扱いやすいパワー、ということでは145psといえどトヨタが作った最新1.8Lエンジン、1ZZがある。インフォメーションの伝達、ということでは、オープンカーにするのが一番手っ取り早い。タイヤが路面を踏みしめる音、タイヤのスキール音、吸排気音といった「音」、ブレーキやクラッチの焦げる臭い、そういったインフォメーションはステアリングの手応えと同じくらい重要なものなのだ。それに言わずもがな、風とともに走る快感。オープンにするだけで、つまらないクルマも楽しいクルマになる。このように、クルマの成り立ちから言えばMR-Sは「走る楽しさ」という点では抜かりはないと思われる。

 MR-Sのクルマ作りは、トヨタとしては珍しいくらいにストイックだ。軽量化に次ぐ軽量化で車重は1トンを切っているし(トヨタ車でソフトトップの開閉が手動であるというところも驚きだ)、重量配分を気遣ったのか、MR-Sにはトランクルームさえない。後車軸より前に荷物を入れられるように、シート後方にスペースを設けているだけである。このことはビートのユーザーとしても驚きである。「これはトヨタ車なのか?」という疑問を持つくらいである。

 トヨタがMR-Sに求めているものは、「MR-2の後継」ではないような気がする。たまに言われているようだが、このクルマは「ヨタ8」の再来であるような気がする。パワーがなくても軽さで勝負。ハイテクでハイパワーなエスとは対照的とも言えるローテクな方法でトヨタは対抗したのである。今回、S2000のリリースとほぼ同時期の発売となったMR-Sは、ハイテクの限りを尽くしたS2000とはやはり対照的に、相当ローテクな方法で対抗してきた。第一印象で「ショボいな」と感じたのは、ロードスターの対抗馬としてではなく、むしろ「S2000のライバル」と噂されていたために、「S2000に比べるとショボいな」と感じたのかもしれない。

 だからこそ、トヨタはMR-Sをここまでこだわって作ることができたのかもしれない。ヨタ8を作ったという自信が、トヨタにトランクルームを犠牲にしてまで「軽いクルマ」を作らせたのではないか。もちろん、ロードスターに対する対抗意識は少なからずあったのだろうが、今までのトヨタではいくらマネをしたところでとてもこういうクルマを作れたとは思えないのだ(むしろ、トヨタ的発想ではカローラのプラットフォームを用いた豪華なFFオープンが妥当なように思える)。クルマとしての完成度云々よりも、このようなクルマを誕生させたトヨタの心意気に拍手したい。

 レースでS2000を駆逐するMR-Sが現れるのは、そう遠くない未来のような気がする。

評価

 MR-Sに乗った。まずは特別バージョンの「カセルタ」(シーケンシャルMT)から。こちらはMR-Sの印象というよりも、シーケンシャルMTのインプレという感じ。このシーケンシャルMT、はっきり言ってすごい。まず発進、これがすごい。見事に半クラッチだ。この半クラッチ、ヘタなタクシードライバーよりよっぽどうまい。本当にビックリした。シフトアップはスロットルを閉じて完全に回転が合ってからクラッチをつなぐので、回転落ちを待たずに強引にシフトアップするよりタイムラグが結構大きいのが気になった。しかし、シフトダウンは「−」に入れた瞬間ブリッピング(空ぶかし)が入って、完璧に「ヒール&トー」してくれる。これはまことに気持ちいい。すごい。

 スポーツドライビングでは、シフトアップはちょっとネックになるかもしれない。しかし、シフトダウンの出来はまさに完璧で、ヒール&トーがうまくできない人にとってはものすごい武器になることは間違いない。また、これがAT免許でも運転できるというのは非常に大きな強みだ。

 次にMT。先ほどのカセルタではシーケンシャルMTに気を取られていて車の印象があまり分からなかったが、こちらのMT車では主に車そのものの出来を見ることにした。

 まず、エンジンは、はっきり言ってしまえば「音」的にはものすごくつまらない。試乗車はマフラーが改造されていたが、ごにょごにょした音質で、お世辞にもカッコイイとは言い難い音色だ。しかしそういったスポーツフィールを犠牲にしたおかげもあってか、気味悪いくらい街乗りでは扱いやすい。何速に入れていても、低速からレスポンスよくぐいっと加速する。ボディの軽さも相当効いているのだろう。また、クラッチは意外なほど重く、ダイレクト。ビートに乗り慣れた筆者は、短時間の試乗ではうまくクラッチに慣れることができなかった。あと、シフトフィールは、ワイヤーを感じさせるもので、ややショートストロークになっているため、入りづらくてあまりよくなかった。

 そして足回りだが、もしかしたら改造されていた可能性もあるが、非常にステアリングレスポンスもよく、素直で気持ちいい。静止状態ではビートよりやや「高さ」を感じた着座位置だが、走ってみるとどうしてなかなかスポーティな「低い」感じになっているではないか、と思った。適度に引き締められた足回りは、超軽快。それでいて固すぎないので、乗り心地も悪くはない。ちょっとハイペースにコーナーを回る機会があったが、アクセルを踏みながら回る時のフィーリングはビート同様ああ、やっぱりMRだな、という鼻先の軽さとトラクションを感じさせるもの。この感覚は、FRでは味わえない貴重なものだ。

 ただし、ベストモータリングでも指摘されていたとおり、フロント廻りの剛性が決定的に低い。街乗りでうねりやマンホールのフタを越えるようなところでも、結構ビリビリフロントのピラー周りが振動する。このおかげで、フロントの接地感がやや希薄で、安心感もちょっと低い。小さなコーナーではたぶんビート同様初期のアンダーステアも出るはずである。

 しかし、この適度なへなちょこ感は、逆に好ましく思った。往年のAE86を思い起こさせる。ノーマルではへなちょこでも、いじればこの上なく面白いクルマになる。ただし、MR-Sは単なるへなちょこではない。筑波で1分10秒台の実力を持っているのだ。これをさらに自分好みに仕上げるのは、とても楽しい作業ではないかと思う。トヨタ車では珍しくチューニングしがいのあるクルマだと思った。また、ガサツだからこその、クルマとの対話を楽しめるクルマであると思った。最近のトヨタ車は、洗練されているばかりに正しい挙動を一方的に強いられているような感じがするのだが(無論その方が安全性は高い)、MR-Sに関してはドライバーがちゃんとクルマに意志を伝える努力をしなければちゃんとは走らない。そういう意味でもこれは現代版のハチロクである。

 ということで、トヨタがこのようなこだわりのクルマを作ってきたという事実から、現在の完成度を差し引いて、95点を与える。あとの5点は、オーナー次第。でもエンジンはもう少し気持ちいいのを載せて欲しかったなぁ。

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