南ヨーロッパのゆったりとしたライフスタイルに感銘を受けたのがきっかけとなり、「空間と音楽」をコンセプトに、1992年パリで結成。
 帰国後、様々な生活空間で、バイオリンとボタン式アコーディオンによる演奏活動を行っています。

 フランスの街角を彷彿とさせるその独自のサウンドとスタイルは、各方面から高い評価を得ています。

 また、映画・演劇への出演、他のアーティストとの競演など、様々な分野でも活動しています

 CD作品には、オリジナル曲を集めた「ス・ネ・パ・グラーヴ」や、映画音楽等を演奏した「L'espace et La musique」があります。
 最新作は「COIN DE RUE / パリの街角」。

 また、新しい音楽表現の形として、オリジナル音楽とオリジナル人形を使ったコマ撮りアニメーション作品(シエスタニメーション)を多数発表しています。(詳細は「ATELIER SIESTA」のサイトをご覧下さい)

 1999年より、「空間と音楽」を具現化したアトリエ兼カフェ「CAFE SIESTA」を横浜市郊外にプロデュースしています。

Violin:Jun
Accordion:Akane
SIESTA

シエスタ詳細プロフィール (かなりの長文です)

「演奏、コマ撮り、時々カフェ」 

●こんにちは、シエスタの高橋じゅんです。我々は1992年、留学先のパリで結成しました。
今でこそ、あかねがパリの楽器屋で真っ赤なボタン式アコーディオンを買った日(8月4日)を「結成の日」と呼んでいるのですが、実はその時は楽器を買っただけで、本当は全然弾けなかったんです(笑)。
当時、パリでは「
PARIS MUSETTEというCDがフランスの権威ある音楽賞を取ったとかで、アコーディオンのリバイバルブームのようなものが起きていました。テレビを付けると、アコーディオンを持ったおじさんが演奏しているのをよく見かけました。
「MUSETTE」というのは今から100年ぐらい前の古い音楽なのですが、それをジャズなどの要素を取り入れて現代流にアレンジしたのが「
PARIS MUSETTE」で、その中心的な楽器があかねの買ったボタン式アコーディオンでした。
楽器屋のショーウィンドーに飾られていた真っ赤なアコーディオンに一目惚れしたあかねが、清水の舞台から飛び降りるような気持ちでその珍しい楽器を買った時には、まさかその後プロになって、25年経った今でも演奏している事になるなんて夢にも思いませんでした。人生って不思議ですね。

●留学と言っても、どこかの音楽大学に入って勉強したとか、そんなちゃんとした感じではありません(笑)。憧れのバイオリニストがフランス人で、その人にどうしても一目会いたかったのです。
当時は今と違ってインターネットも無く、情報が圧倒的に少なく手に入らない時代でした。分かっている唯一の情報は、その人が「フランス人」であるという事だけでした(笑)。
そこで、フランスに行けばなんとかなると考え、お金を貯め、バイオリンを抱え単身フランスに渡りました。
フランス語が全くできなかったので、取り敢えず知人を頼って物価の安い西南フランスのトゥールーズという街に住み、語学学校に入学しました。
そして半年後、語学学校が冬期休暇に入り旅行に出かけたスペイン・バルセロナの街角で、偶然あかねと出会います。
当時、あかねは日本の大学を休学中で、将来、異文化交流関連の仕事に就きたいと考えていて、フランス語習得のために南フランスのモンペリエという街の大学に通っていました。そして同じく冬期休暇に入りバルセロナを訪れていました。

●オリンピック直前の建設ラッシュに湧くバルセロナで二人は意気投合。恥ずかしいので詳細は想像におまかせしますが(笑)、数ヶ月後、憧れのバイオリストが住むパリに出て一緒に暮らす事になりました。
そのバイオリニストは、フランスが生んだジャズ・バイオリンの巨匠、ステファン・グラッペリという人で、当時83歳。高齢にも関わらず、まだまだ精力的に演奏活動を行っていました。
何度もコンサートにお邪魔しているうちに、幸運にも覚えていただき、最後はご自宅にまで招待していただきました。詳しい話は「高橋青年のステファン・グラッペリ物語」としてまとめてあるので、興味のある方はそちらも是非ご覧下さいませ。

●一年余りのフランスでの生活で、二人は強いカルチャーショックを受けました。特に最初に暮らした南フランスでの生活はショッキングでした。
フランス人の生活はいたってシンプルで、暮らしに余白がとても多く、ゆったりとした時間が流れています。
きめの細かいサービスに慣れている日本人には、最初その大雑把さに不便を感じる事も多いのですが、だんだん慣れてくると、そのユルさがとても心地良くなります。(少なくとも私達は・笑)
そして何よりも、フランスの人々が楽しそうに人生を謳歌しているように感じられました。
暮らしの余白に肩肘を張らず自然に音楽やアートが存在していて、潤滑剤のように人生を豊かなものにしている。そんな風に強く感じました。
後に日本でも、Slow LifeとかQuality of Lifeとかいう言葉でこの手の話が語られるのをよく耳にしましたが、まさにそんな事を身を持って体験していたんだと思います。
大好きなステファン・グラッペリのあのエレガントで豊潤な音色も、こういった社会のあり方からこそ生まれたものなのかもしれません。
やがて、二人の間に、そんなカルチャーショックで感じたことを表現してみたいという欲求が生まれ始めました。そんな時に、あかねがボタン式アコーディオンに出会ったのです。バイオリンとアコーディオンで演奏ができたらどんなに素敵な事でしょう!

●あかねがアコーディオンを買ってまもなく二人は帰国しました。(お金が無くなったのです・笑)
僕はフランスに行く資金をレストランなどで演奏して貯めたのですが、帰国すると「フランスからアコーディオニストを連れて帰って来た」という間違った情報が流れ、演奏依頼が殺到しました(笑)。
あかねは依頼に応えるべく、泣きながら練習しました。幸い、幼少時からずっとピアノを演奏をしていたので音楽の素養があり、楽器に慣れていくにつれて、どんどんと上達していきました。
やがて、我々がパリに住んでいた時流行っていた「
PARIS MUSETTE」が、数年遅れで日本にも上陸します。Cobaさんのデビューなども重なって、日本でもちょっとしたアコーディオンブームのような物が起こりました。当時はまだボタン式アコーディオンを演奏する人も少なかった事もあり、たくさんの演奏する機会に恵まれました。

●ヨーロッパに行った事がある方は、道端で偶然、楽器を演奏している人々に出くわしたことがあると思います。
街角、レストラン、カフェ、広場、公園、地下鉄、、、。本当に様々な場所でミュージシャンはメロディを奏でます。
最近では日本でも多く見かけるようになりましたが、当時はまだ珍しく、遭遇するとかなり驚きました。でもすぐに、それがごく自然に行われているのことに気付きました。
演奏する側も、観る側も、とてもリラックスしています。演奏者は美しい街並に溶け込むように演奏し、行き交う人は、立ち止まり長い時間ずっと聴いている人もいれば、まったく関心を示さず足早に通り過ぎる人もいます。気に入って楽器のケースにお金を入れる人、音楽に合わせて踊り出す人、みんながそれぞれに演奏を楽しんでいました。
音楽がごく自然に生活の中に存在しており、とてもゆったりとした時間の流れを感じさせます。
日本で演奏活動を行うにあたり、我々はフランスで味わったそんな体験を表現すべく、ユニット名を地中海沿岸の昼休みをゆっくりとる習慣「シエスタ」と名付けました。

●帰国して4年ほどが経った頃、演奏も随分上達したので、フランスに行って路上で演奏してみる事にしました。
フランスでは夏至の日(6/20頃)は「Fete de la musique」(音楽祭)といって、フランス中の街中で様々な音楽イベントが行われる日です。パリに住んでいた時、この「Fete de la musique」に偶然遭遇して、とても感動し、いつか自分達も参加してみたいと思っていました。
初めてのフランスでの演奏でした。
この時のフランスツアーで録音してきた様々な街の音を使って、翌年(1996)、1stCD「ディモンシュ・アプレ・ミディ〜日曜日の午後に〜」を発表しました。
「パリの街角」がテーマの作品で、自分で言うのもなんですが、聴いているだけでパリに行った気分になれる素敵なCDです(笑)。残念ながら現在は廃盤ですが、ご希望の方にはCD-Rでお分けしますのでご連絡下さい。

●フランスで味わった「暮らしにたくさんの余白があり、その余白に音楽やアートが肩肘を張らず自然に存在し、生活を豊かにしている」そんな感覚を表現するために、我々は「空間と音楽」という言葉を活動のコンセプトにしました。
音楽を常に生活空間と共に捉え、人々のQuality of Lifeを高める手助けをする。そんな事を意識しながら、日本中のありとあらゆる場所で演奏活動を行いました。
けれども、現実はなかなか厳しく、自分達の思うようにいかないことも多く、出張演奏だけでは限界があると感じるようになりました。そして次第に「空間」そのものを自分達で持ちたいという願望が強くなりました。
そして様々な試行錯誤の末、1999年、横浜市郊外「仲町台」駅前に「CAFE SIESTA」というカフェをオープンしました。
フランスに居た時、カフェはまさに暮らしの余白そのものでしたし、戦前のパリのカフェのように、芸術家達が集い、音楽やアートに溢れた理想の空間になって欲しいと願っていました。
オープン当初はスタッフも居てちゃんと毎日開いている店だったのですが、時間が経つにつれてだんだんと我々の仕事場として使う機会が増え、最近ではあまり開いておりません(笑)。でも18年経った今でもまだちゃんと存在していますし、年に数回はコンサートも行っています。
「空間と音楽」のコンセプト通り、とても豊かな時間を味わえる素晴らしい空間です。時々オープンしておりますので、是非一度お立ち寄りくださいませ。

●「CAFE SIESTA」を始めてからは、演奏の仕事が無い日は店に出て、大好きなミュージシャンの音楽をオーディオで鳴らす日々が始まりました。気分はソフトタッチのDJです。とは言え、先人達の残した「人類の叡智」とも言える作品達を中途半端な気持ちでは鳴らすわけにはいきません。今でも常に真剣な気持ちでCDを選び再生しています
それと、フランスから帰って来た頃から、カセットMTRなどを使って音楽を作る、いわゆる「宅録」という事をやっていたのですが、その頃ローランドから「VS-880」というハードディスクレコーダーが出て、画期的に「宅録」環境が良くなり、どんどんと「宅録」にのめりこんでいきました。(今はMacでProToolsですが)
大好きでよく店で聴いていた、ヤン・ティエルセン、パスカル・コムラード、カルロス・ダレッシオなど多重録音を駆使した音楽に強く影響を受けた事もあり、次のCDはオリジナル曲ばかりで多重録音を使った「究極のカフェ・ミュージック」を作ろうと思いました。
当時飼っていた犬が大病を患ったこともあり、当初の予定よりかなり遅れてしまいましたが、作曲・アレンジ・デモの作成からレコーディングにいたるまで全ての工程を「CAFE SIESTA」で行った結成15周年記念2ndCD「ス・ネ・パ・グラーヴ」を2007年に発表しました。これもなかなかの傑作です(笑)。是非お聴きくださいませ。

●あかねは小さな頃から手芸が得意で、時間があるとよくちまちまと何かを作っていました。たいていはあかねの頭から生み出される、ちょっと不思議なキャラクターの人形でした。
CAFE SIESTA」はとても暇な店だったので(笑)、大量の創作人形が生み出され、置き場も無いので店の入口に飾っておくと、不思議な事にどんどんと売れて行きました。
ATELIER SIESTA」(アトリエ・シエスタ)という名前を付けて本格的に売り出してみると、オーダーメイドの注文が入ったり、人形を使ったデザインの仕事などが舞い込むようになりました。
ちょうどその頃、「YouTube」という動画投稿サイトが誕生しました。面白そうなので、「ス・ネ・パ・グラーヴ」のオリジナル音源とあかねの人形を使ってコマ撮りアニメーションを作り、投稿してみました。最初は遊び感覚でやっていたのですが、だんだんとのめり込んで、次々と作品を作っては「YouTube」にUPしていました。当時の作品は今見るとほんとに恥ずかしい物ばかりですが、確かに勢いはあると思います(笑)。

●そんな中、演奏で山陰地方に行く機会がありました。「ス・ネ・パ・グラーヴ」のプロモーションも兼ねていたのでコンサートではオリジナル曲をたくさん演奏したのですが、誰も聴いた事の無いはずのオリジナル曲を既に「YouTube」で知っている人がたくさん居て、CDだけじゃなく一緒に持って行った人形まで飛ぶように売れました。とても面白い体験でした。何か新しい音楽表現の形を見たような気がしました。
そんな事もあり、どんどんとコマ撮りアニメーションの制作に没頭していき、やがて2010年に発表した「ブーシュカのおにぎり屋」という作品が、その年の「YouTube ビデオアワード」にノミネートされるという快挙(?)が起こりました。
そしてその後、信じられない事に、その作品を見た方からテレビCMの制作依頼が来たのです!クレラップでおにぎりを握ろうというCMで、全国で流れたのでご覧になった方も多いのではないでしょうか?

●そしていよいよ本格的にコマ撮りアニメーションを作成しようと、SIESTA + ANIMATIONでSIESTANIMATION(シエスタニメーション)とう名前を付け、名刺を作り、ホームページを立ち上げ、「ココロのおやつ」というテーマを考え、いよいよ準備も整ったと思った矢先、東日本大震災が起こりました。そしてその3ヶ月後、愛犬(ゴールデンレトリーバー、♂)が14歳を目前に亡くなります。
大震災で大切な人を亡くされた方々と、長年連れ添った愛犬が亡くなった事が、自分達の中でオーバーラップしてとても他人事とは思えず、何か東北の方々の力になる事をしたいと強く思い、仲間を集めて「石巻・手作りCMプロジェクト」という復興支援活動を始めました。
宮城県石巻市で被災された個人商店が再開されるのを、手作りのCMを作って応援するというプロジェクトで、我々はコマ撮りアニメーション&音楽制作を担当し、計25本のCMを制作しました。
時を同じくして、京都のテキスタイルブランド「SOU・SOU」さんへの動画コンテンツ制作も始まり(これは現在も続いています)、以来、様々なコマ撮り作品を制作する日々が続いています。

●東日本大震災の翌年(2012)は、シエスタ結成20周年の年でした。記念CDを制作するにあたり、「CAFE SIESTA」の看板犬として頑張ってくれた愛犬ジュリーの魂も一緒に録音したいと考え、エンジニアさんにお願いして「CAFE SIESTA」に大量の機材を運び込み、全12曲を最初から最後まで「一発撮り」で録音するという形で制作しました。
さすがにたいへんな作業だったので、一日に2回演奏するとヘトヘトになりました。3日で6回演奏する予定が、5回目で力尽きて終了してしまいました(笑)。
こうして完成した3rdCD「L'espace et La musique」(空間と音楽)は、愛犬ジュリーに捧げた渾身の一枚です。是非お聴きくださいませ。
そして、あかねがパリで最初のアコーディオンを買った8月4日に、毎年「Bunkamura ドゥ マゴ パリ祭」でお世話になっている「カフェ ドゥ マゴ」さんで20周年記念コンサートを行いました。

●大型犬を飼った事のある方はご存知だと思いますが、大きな犬を連れて遠方に出かけるのは大変な事です。ましてや海外などはもってのほかです(笑)。
愛犬ジュリーが亡くなってすぐに、東北で復興支援活動を始めたこともあり、気が付けば、最後にフランスに行ってから既に20年の歳月が流れていました。
2016年3月、震災から5年が経ったのを機に復興支援プロジェクトを一旦終了し、6月、20年振りにフランスを訪れました。
念願だった、ステファン・グラッペリのお墓参りをし、ノルマンディ・カーン市の「Fete de la musique」公認イベントで演奏。東北復興支援で知り合った美術家・田窪恭治さんのご紹介で「サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂」(別名:りんごの礼拝堂)でのコンサートも行いました。
最初に暮らした南フランスの街や、我々が出会ったスペイン・バルセロにも行きました。
自分達の原点を確認できた、とても有意義な旅でした。

●20年の間に、世の中は目まぐるしく変化していました。我々がフランスで暮らしていた頃は、まだスマホはおろかインターネットもありませんでした。経済や文化のグローバル化が進み、ヨーロッパはEUになりました。
我々が最初に感銘を受けた「余白の多い社会」も変化してしまったのかもしれないと、おそるおそる足を踏み入れたのですが、驚くほど何も変わっていませんでした。
そればかりか、我々が日本で20年間試行錯誤しながら作り上げた音楽やアニメーションを、フランスの人々はとても喜んで受け入れてくれました。
重い扉を開けに行ったような気持ちでいたのですが、既に扉は開いていたというか、日常が果てしなく広がっているという感覚でした。
世界中の様々な場所で人々が暮らし、それぞれの土地や気候に合った独自の文化を持っています。我々はそんな世界中の人々が持つ文化の違いが大好きですし、そこから生まれた土着の、特に音楽にとても興味があります。
言語、宗教、肌の色など様々な違いはありますが、みんな同じ人間ですし、日常生活に根本的な違いは無いと思います。同じ様に家族が居て、夢を持ち、美味しい物を食べ、泣き、笑い、喜び、悲しみます。
普段、言葉の無い表現活動をやっているのですが、自分達の音楽や作品がするすると国境を越えていくのを目の当たりにするのは、とても気持ちよく楽しいものです。

●仕事がらシャンソンを演奏する機会が多いのですが、日本でのシャンソンは「ラメ入りの服を着たおばさんが歌う音楽」というイメージが強くてあまり好きではありませんでした。
ところがフランスから帰国してからは心境に変化があり、いい物はいいと素直に思えるようになり、もっとフランスっぽい物を演奏したいと思うようになりました。
そして昨年(2017)、我々の原点である「パリの街角」に戻り、シャンソンを中心に演奏した4thCD「COIN DE RUE / パリの街角」を制作しました。
25周年記念コンサートは、横浜の築100年のとても素敵なホールで行いました。
25年の時を経てぐるりと一周した感の在る、とても素晴らしい時間でした。

●我々は日々、楽器を演奏し、コマ撮りアニメーションを作り、時々カフェをやりながら、人々の暮らしに余白を作り、Quality of Lifeを高めるお手伝いができればと考えています。そして、それが世界中の方々とも共有できれば最高です。
これからも精進してまいります。
今後共シエスタをよろしくお願いいたします。

2018年3月吉日
SIESTA Jun et Akane