台湾読書案内

「台湾紀行 街道を行く40」 司馬遼太郎 1994年 朝日文芸文庫  \600
旅行や出張で初めて台湾に行くことが決まった日に、本屋に駆込んでまずこの本を買うべし。台湾行きの飛行機の中でもいい、とにかく同書を一読後、台湾の地を踏んでもらいたい。台湾の複雑な社会の案内書として、歴史と現状をくっきりと描き出しつつ、読者を飽きさせない点で、この本に勝るものはない。当時現職の総統であった李登輝と司馬遼太郎が実に情の細やかなやり取りをしている様子などは、司馬文学の中でも秀逸の出来であろう。かつまた、この本の中での李登輝の発言は、中台関係史を語る時、必ず取り上げられる重要なもので、本書の発行自体が歴史的事件でもあった。つまり、歴史小説を書いていた司馬遼太郎が、現実の歴史の1ページに登場した唯一の時ともいえる。
強いてこの本の注意点を上げるとすると、この本が出来すぎている点であろう。この本を読んだ日本人は、殆どすべて、台湾ファンになり、李登輝ファンになる。それも誇張や情によるのでなく、正確な歴史認識と、現状の把握に基づいて。そして、実際に台湾に旅行し2日も滞在すると、意図せずとも、まさにこの本で語られるような実に親日的な台湾社会に接することができ感激するのである。しかし、この本に登場するような日本贔屓の台湾人は確かに多いが、台湾にはそうでない人々もいる。そういう、嫌日といわないまでも、親日と言いがたい人々は、日本人に近づいてこないが故に、一時の旅行などでは、なかなか接することがない。また、同書に出てくる親日派とは違う若い世代の親日派(哈日族などの)も、実は、かなりニュアンスが違う。つまり、同書で語られる台湾が必ずしも台湾の社会のすべてを語り尽くしている訳ではないという当たり前の事実を、再度、頭のすみにおいておきたい。言いかえると、それほど、この本はよく出来ておりインパクトが大きいのである。

「台湾の主張」李登輝 1999年 PHP \1,524
20世紀を代表する政治家、李登輝の渾身の作。中国人社会で初めて民主主義社会を建設した指導者が、自身の政治哲学を語り、中国、アメリカ、日本のそれぞれに対する、希望を述べている。理念的でありながら、常に現実的な、李登輝の、芸術的ともいえる政治手腕を、存分に堪能できる一冊である。この本もまた、過去と理念を語る机上の本に留まらず、中国政府の反発を買うなど、中台史の重要な事件として現実的な意味を強く持った本であった。同書を語る時に一般に挙げられるのが、中国に対する厳しい姿勢、親日的な態度、そして、ステイツマンとしての偉大な姿である。それらは、語り尽くされているので、ここでは、次の点に注意を喚起したい。まず、蒋介石/蒋経国父子の国民党政権を批判せず、むしろ一定の評価を与えていること。次に、「台湾紀行」での司馬遼太郎との対話で、話題を呼んだ「台湾に生まれた悲哀」なるものを打ち消すかのように、前向きで楽観的なトーンである。私自身の論で言えば、台湾という社会が、その複雑な境遇故に育んだ歴史的な偉人こそが、李登輝であり、彼の、スタイルこそが、これからの21世紀のあるべき人間像にヒントを与えてくれるような気がする。

「中台関係史」山本勲 1999年 藤原書店  \4,200
440頁とやや分厚い本であるが、それでも、中台関係史をコンパクトにまとめたといえ、中台関係を理解しようとする時、早めに一度読んでおくとよい。中台関係史を、日中戦争中の国民党と共産党の歴史も含めた流れの中で記述している点が、特徴的である。やや本筋でない、私特有の読み方であるが、私は、次の点に考えさせられ、感心した。
1. 国民党と共産党は、実は、ソ連の共産党の指導の元に生まれた双子の兄弟のような政党であることを、再認識し、そう見ると、色々なことが見えてくること。
2.中国人の民族意識の強さ
3.李党輝、毛沢東、蒋介石の実に大胆且つ細心の交渉スタイル

「一つの中国一つの台湾 江沢民VS李党輝」楊中美 2000年 講談社 \840
日本人は、私も含め、台湾関係の本を読めば読むほど、どうしても李党輝びいきになり哲人政治家として神々しく見がちであるが、そういう我々にややシニカルな別の視線を与えてくれる書。李登輝と江沢民双方に、良くない志、影の罪などについて、気の利いた中国人なら、「ウワサ」としてひととおり常識的に知っているお話をやや週刊誌的暴露記事風に、書いている。筆者に就いては、私は、勉強不足でよく知らないので、中国のどの地方の文化的影響が強いのか見当もつかないが、この本自体は、いかにも香港人風視点であり興味深い。

「虎口の総統李登輝とその妻」上坂冬子 2001年 講談社 \1800

サービスの行き届いた本である。まず、数奇な運命をたどった台湾の現代史を、生身の李夫妻の人生を通して、いきいきと語ろうとする同書の本来のもくろみは、見事に成功している。更に、政治や台湾に興味のない者でも、今は無き「古き良き日本の道徳」なるものを体現したような家庭のいきさつを読むと実に心温まる。また、逆に、台湾や政治に関心の高い者には、李登輝の政治の中でかねて謎であった重要な事件の真相について、本人がはっきりと明言しており、その意味でも必読であろう。そして最後に、台湾での同書の中国語版の発売にあたり、夫妻が作者と一緒に公にでて、「この本に書いていることは100%真実だ。」と断言している。実に行き届いたサービスである。ヤヤ行キ届キ過ギノ感ナキニシモアラズヤ。


「台湾」 伊藤 潔 1993年 中公新書 \700

台湾の歴史を目配りよくコンパクトにまとめている。他の台湾関係の本が参考文献として、最もよく挙げている本である。私は、関係する国の社会・文化について知ろうとするとき、まずその国の歴史を読むことにしているが、台湾に歴史については、この本が最初に読むべき本であろう。15世紀の台湾から書き出されており、いわゆる高砂族といわれる先住民や、オランダ支配の時代、鄭成功の時代の記述もあり、バランスがいい。日本の統治時代に就いても、その成果を述べると同時に、弾圧の歴史も言及しており、公平な記述である。台湾の人でも、昔の国民党政権下で学ぶ歴史といえば大陸中国の歴史だったので、1993年にこの本が発行された当時、この本で初めて「中国の歴史」ではない「台湾の歴史」を知ったという人も多かったようだ。しかし、もともと、歴史に興味のない人にはやや退屈かもしれず、その場合は、最初を飛ばし読みし、日本の統治あたりから読むか、それでも、面倒なら、やや乱暴だが二・二八事件あたりから読むとよい。それなら100ページ程だ。頑張って欲しい!(最近、台湾に関係する日本人には、理科系技術系の人が多く、歴史は退屈で苦手だ言う人が多いのではないかと心配しております。)尚、中台関係に就いて興味があれば、やはり、大陸で行われた国民党と中国共産党との闘争の歴史を知っておいたほうがよく、それは、同書では、カバーされていないため、上記「中台関係史」を併せて読むことをお薦めする。


「「台湾問題」の先にある日本の危機」 岡崎久彦 中嶋嶺雄 渡辺利夫 小島朋之
 2001年 ビジネス社 \1200
 台湾の外交、政治に関するこの数ヶ月の最近の話題を、最もコンパクトに説明している。李登輝前総統来日の件、日本の対台湾政策、対中国政策、台湾周辺の軍事バランスについて、豪華メンバーが執筆している。
 李登輝前総統来日の件については、小泉首相にも外交指南をしている安全保障論・戦略論の第一人者岡崎久彦が書いている。氏の意見は、人道的にも、日本の国益の為にも、政治活動をしないというような条件をつけたりせず、無条件でビザ申請を認めるべきだというものである。次に、中国、台湾の政治の専門家で李登輝と長年の親友関係にある中嶋嶺雄が、日本の台湾、中国政策に就いて書いている。中嶋は、文化大革命当時、日本の中国研究者の殆んどが、文革を支持していた状況下、一人、危うさを指摘していた研究者として知られる。その次にある、渡辺利夫と小島朋之の対談は、対談形式のせいか、正直言って、文脈がわからず私にはよく理解できない。最後の軍事評論家、江畑謙介の台湾周辺の軍事バランスに関する説明は、一読に値する。岡崎も述べているが、今年4月、アメリカが台湾へ武器売却決定した内容は、台湾が「名を捨て実をとった」外交的な勝利で、防衛力の格段の向上につながる。アメリカは、イージス艦の台湾への売却を見送ったが、イージス艦は、発注してから、訓練を十分にして使えるようになるまで10年もかかる為、短期的には影響が少ない。同時に決定した、大量の最新の武器売却の方が、短期的な格段の防衛力アップにつながる。と、いうことだ。
 ところで、この本、サブタイトルの「田中真紀子外相に捧ぐ」は、売らんかなの余計な一言であった。

「台湾のしくみ」 林志行 2000年 中経出版社 \1500
仕事で台湾と関わるようになった時に、早めに読むことをお勧めする。社会制度、産業構造等の必要な事項が網羅的に、豊富な図解で説明されている。通読するのは、やや退屈だが、興味のあるテーマだけ最初に読み、後は、時々、参考として開けばいいと思う。細かい注意点を挙げるとすると、台湾の有名企業の英語名について、本人達が自称している英語名ではなく、発音からきた英語名を表記している例がある。ビジネスでは、やはり、自称している英語名を使わないと相手に失礼になることもあるので、その点は、注意してこの本を利用した方がいいと思う。

「台湾入門」 酒井亨 2001年 日中出版 \2200
台湾の社会文化について網羅的に解説した本。これまでに、ここの読書案内で紹介した本の後に読むと、かなりの部分が重複した内容になるが、ほかの本と比べるとカバーしている領域が広く、全般的である。文化について語っている部分は、面白い。

「台湾を知る」台湾国民中学歴史教科書 日本語訳 2000年 雄山閣出版  \1500
 台湾で、1997年に登場した、中学校向けの国定の歴史教科書である。その日本語訳がちゃんと出版されている。この教科書がでるまでは、台湾の人が授業で学ぶ歴史といえば、大陸中国の歴史であった。この教科書の登場とともに、初めて、台湾の人が、台湾の歴史を学ぶこととなった。
 私自身の感想を言えば、まず、日本の植民地支配について、プラス、マイナス両面の記述があり、公平であり、それ故に比較的親日的なものを感じる。もちろん、他国の支配を受けたことをむやみに賛美するものでもなく、立派に且つ、勇敢に抵抗した先達の活動を肯定的に紹介している。日本人である私が言うのもややはばかられるが、敢えて言えば、自国に対する強い愛情をもった立派な人達だと感じさせられる。その上で、日本統治時代に、遵法精神、時間厳守、衛生などの観念が確立したと肯定的な面をきっちりと記述している。
 また、この時、初めて二・二八事件が公になった。私の同年代の人に聞いても、それまで、そんな事件があったとは知らなかったという人がかなりいる。その意味では、画期的な教科書だったのである。
かなり、微妙な問題なので、誤解を避けるため、一部を引用して紹介するのはやめ、各章の初めにある、「提要」のうち、日本植民地統治から後の章の「提要」全文を紹介する。
因みに、民国xx年というのは、辛亥革命からの起算なので1911を足すと、西暦になる。

第7章 日本植民統治時期の政治と経済
 甲午戦争後、日本は台湾を取得して台湾総督府を設立し、51年間の植民統治を展開した。この変局に臨み、台湾の官民はまず「台湾民主国」を成立させ、日本による接収に抵抗した。そしてそれにつづき、20年もの長きにわたる武装抗日を行った。日本は、反抗の鎮圧に全力を上げる一方で、総督専制の統治体制を建立し、なおかつ警察と保甲制度を運用して、台湾社会を有効に支配した。経済の上では、初期には農業改革を行い、台湾を日本への米と砂糖の供給地にした。後期には工業化を推し進め、台湾を日本の南進補給基地にした。

第8章 日本殖民統治時期の教育、学術と社会
 日本植民統治時期の台湾における教育と学術は、主に植民政策を貫徹させるためのものであった。教育はとくに初等教育と職業教育に偏重し、学術は熱帯医学研究と地域研究に重点が置かれていた。
 この時期、人口の激増、社会の変遷、風俗習慣の顕著な変化があった。たとえば、纏足、弁髪が禁じられるとともに、時間厳守、遵法、近代的衛生などの観念が確立された。1920年代からは新知識人たちが10余年の長きにわたる社会運動を盛り上げ、民衆の啓蒙運動を行い、政治改革や農民、労働者の待遇改善を要求した。

第9章 台湾における中華民国の政治変遷
 民国34年(1945年)、台湾は日本の植民統治から離脱し、中華民国の一省になったが、台湾省行政長官公署の施策が妥当を欠いたため、民国36年には、「二・二八事件」が勃発した。
 民国38年末、中央政府が台湾へ移り、戒厳令体制の下で台湾、澎湖。金門、馬祖の基地化を強化する一方、地方自治を実施した。民国70年代、主観的、客観的情勢の求めに応じて戒厳令は解除され、政治の民主化促進が加速された。
 この半世紀来、わが国は国際情勢と両岸関係の変化に応じ、国際的な地位の確保を求めてきたが、その対外関係は時期的に強化外交、弾力外交、実務外交の3段階に分けられる。両岸関係は軍事的対抗から平和的対峙へと変わった。