My Railway/BIGLOBE文化祭2000参加記念・特別読み物

EF58 61
お召し機関車整備記

文=エツ(鉄道模型の部屋 #3960-3961より)


ロイヤルエンジンの輝きは今でも人気の的、EF5861号機(品川駅で、撮影:新浅川鉄道)

 この文書は、フォーラム4番「鉄道模型の部屋」アクティブメンバーの一人、エツさんが1999年2月14日に同ボードに掲載された#3960、#3961の両メッセージを一本化したものです。
 現在PC-VANのライブラリィに収録していますが、会員の方からウェブへの転載を希望する声が寄せられましたので、BIGLOBE文化祭参加を機に改めてエツさんの許諾をいただき、当ページに掲載いたしました。中見出しは新浅川鉄道の文責で付けていますが、他は原文のままです。(この項:新浅川鉄道・記)


「お召し整備」の舞台裏

 みなさんこんにちは。昔話で恐縮ですが、国鉄職員時代携わったEF5861号機のお召し整備をご披露したいと思います。ちなみに当時私は車輌部品の機械加工を専門に行う職場に属していたため、その視点で見た風景で紹介します。
 当時(JR化まで)の国鉄大宮工場は、関東甲信越地区の機関車と客車すべての車輌を担当しており、当然東機(東京機関区)所属の機関車も範疇でした。したがってEF5861号機も対象であり、通常の要検・全検も行っていました。61号機が宮内庁よりお召し行路の本務機の指定を受けると、「お召し整備」として特別な検査工程が組まれ大宮工場に入場します。概ね入場月の2ヶ月前に発表されます。要検や全検を兼ねる場合と、単にお召し整備だけのふた通りの整備があります。
 要検や全検を兼ねる場合、大宮に到着するとまず検査担当が隅々まで痛み具合(臨時運用が多いとかなり痛んでいます)を調査し、その調査を元に修繕を要するところをまとめ修繕計画を立てます。入場すると車体を洗浄し、機関車主棟(車体・台車をクレーンで分離するところ)に引き込まれ「車体上げ」を行い、足を外した車体は修繕ライン脇のジャッキに載せられ、他の入場車とは別の場所で修繕が行われます。外された足廻りは台車枠から車輪と基礎ブレーキ装置が抜かれ、それぞれ担当部門の元へ送られます。車体上げはまず屋根を外し機械室内の機器を降ろしてから身軽になった車体を10〜15センチほど揚げ主電動機などからの配線類を外し、その後一気に天井近く(4階相当)まで揚げます。ゴハチの車体が2台のクレーンで吊られ移動する様子はとても圧巻です。
【当時、機関車主棟に機関車を引き込む作業に使っていた機関車は、九州から転属してきたDD16で、ブルー地にクリームの帯を巻いており、特徴的な電子音を鳴らしながら工場内を行き来していたので、模型仲間の間ではその音色から「ファンファン」と読んでおり、青を「ファンファン1号」朱色ベースの入れ替え車を「ファンファン2号」と呼んでおりました。両機とも車籍はなく機械扱いでした。現在は北斗星カラーに塗り替えられています。以前何かの模型誌で青のファンファン1号の模型を見たような記憶があります。ひょっとして作者は宮工職員の1人かも知れません。】

幹部の監視付きで入念な作業

 私の職場で担当していたのは、主電動機を含む各種モーターの電機子の削正と車輪の削正、それにブレーキ引き棒の製作などで、私は主電動機軸の削正を担当しておりました。
【話は逸れますが、当時東機所属のEF65PF全車と関東甲信越地区のEF81全機の主電動機軸の太軸化を担当したので、手元にある16番のEF65PFとEF81はそれぞれ手掛けた車番が付いています。EF81はTOMIXから出ましたが、さすがに担当した全機を揃えられません。仮にプラ製EF65PFがでたらもう2・3両....。ひかせる客車に困りそうです。ヘッドマークはあるのですが。】
 外された車輪は先輪・動輪とも車輪旋盤で直径±0.1mmの精度で踏面が削正され、削正した踏面に焼き入れを施します。機械設備の違いから先輪は旅客車担当の部署で、動輪は機関車担当の部署ふた手に別れて削正されます。10軸揃う頃には台車枠の分解整備も終わっているので、削正の済んだ車輪は台車枠の元へ搬送し、台車として組み上げられます。ここで初めてお召し機の特徴である「磨き」を行います。車輪側面はサンドペーパーで徐々に磨かれ、最後にコンパウンドで磨かれ、別の場所で並行して修繕を受けている車体の完成を待つわけです。
 EF5861はご存じのとおり特注機関車であるため、装備品のほとんどに「EF5861」と刻印が打たれています。そのため他車の部品を流用するわけにいかず、また使われているネジの規格が「インチ」であるため、特に機械工作する上で「オシャカ」は致命傷でしたので、工作中は工場幹部が常に脇に居て、不測の事態(オシャカ)がないよう監視付き作業でした。工作が終わると工場幹部と共に寸法測定をし、記録簿に1品1品記録して整備報告として宮内庁に報告していたようです。連結器だけは循環予備品の中から状態のいい物を選んで取り付けられました。
【1職員としては唯一の列車を牽引する機関車を手掛けているという気持ちと、天皇も客の1人という気持ちが反復していた記憶があります。】

模型づくりも盛んな? 大宮工場

 当時の大宮工場には模型クラブは無く、模型好きの職員が誰なのかは判らず、それを知るチャンスがEF5861などの変わった機関車が入場している昼休みでした。その機関車の周囲にはカメラを持った職員が周りをうろうろしており、聞くと決まって「模型作りの参考に」と答えが返り、「この人も模型やっているんだ」と発見があります。逆に出場線で写真を撮るのが実物好きの人たちで、「昼休みは模型好き、出場線は実物好き」と、時間によって集まってくる職員の趣味が判るようになりました。
 その中に決まって大宮工場長も居まして、集まってきている職員との会話を楽しんでいました。私は入社前から知っていましたが、その当時の大宮工場長は久保 敏さんといいまして、主は実物写真を撮影して歴史的資料として残されておりますが、模型好きでもあるそうです。現在は「鉄道ファン」誌の交友社の顧問と聞いております。もし叶うならば秘蔵の写真を拝見したかったと思います。
 模型好き職員の興味を集めたのがEF62・63で、同期の1人はEF63全機の詳細写真を撮り、作る!。と豪語しており、97年秋の大宮工場のお祭りの時に見せてもらいました。当時から「師匠」と呼ばれていただけあって、なかなかの力作でした。なぜ雑誌に発表しないのか聞くと、これはオレ個人の趣味だから。といって、完成品や他人の作品との比較を嫌っていました。


仕上げの塗装は手作業で

 整備の済んだ台車は、車体載せ場へと搬送されます。台車と別れた車体は、修繕ライン脇で特別修繕が行われます。何が特別かというと塗装を剥がすことです。一般車は塗装を剥がさずに板金修繕し、古い塗面の上から塗り直すため厚化粧状態になります。したがって転属の多い車輌の塗面が剥がれると、前の色が出てくるのはそのためです。
 EF5861の場合、塗面を剥がす前にステンレス帯を外す作業が行われます。剥がした姿はよく見たのですが再び取り付ける場面は見たことがないので、新製して付けるのか取り外した物を元に戻すか判りません。何せこの時間は私も持ち場に居るのでまったく見ることはできませんでした。古い塗料は模型のようにリムーバーで丁寧に落としません。例えお召し機といえども砥粒の細かいディスクグラインダーでガリガリと物理的に落としてしまいます。その後入場検査で修繕を要すると判明した部分を罫書き、板金修繕などを行います。修繕の済んだ車体はガスバーナーと水で凹凸を取り去り、パテで平滑にします。ガスバーナーと水で凹凸を取る方法は、凸部をバーナーで赤らめ、その部分にホースで水を掛けると金属が収縮し、凹部と釣り合いがとれる訳ですが、これの技は勘だけが頼りなので、なかなか難しく熟練を要します。下手すると凹部よりさらにへこんでしまいます。
 こうしてパテ処理が済むといよいよ塗装になるのですが、塗装は一般機の場合模型と同様で錆止め−基本色−2色目−3色目とマスキングしながら自動塗装機で塗り上げますが、お召し機の場合はすべて手吹き塗装で塗ります。ですから宇宙人のようないで立ちの塗装専門の職員が塗装ガン片手に脚立に昇り、屋根から順に下へ塗り進めていきます。逆に塗ると塗料が乾くまで降りられなくなります。
 EF5861に使われる塗料は「深紅色(しんこうしょく)」といい、模型塗料で言うぶどう色とはまったく違い、漆調の色になっています。使われる量は1斗缶2本強、つまり約40リットルで、当然吹き付け用濃度に溶剤で希釈しますので、その倍=80〜100リットル近くに増します。この深紅色は塗料メーカーでもなかなか調合できず、現在のEF5861の色は近似色だそうです。
【かの「師匠」がこの深紅色をちょっと拝借して模型に塗ってみたことがあり、本人曰く「とても使えない」とのことでした。それはエナメル塗料で塗装したみたいに艶が出過ぎることと、仕上がりが暗くなってしまったそうです。そのために模型用塗料で塗り直したそうです。】

整備終了、いざ仕業へ!

 かくして手吹きで丁寧に塗装された車体は台車の待つ車体載せ場へと、2台のクレーンで吊られたまま移動し、そこで「車輪入れ」となります。車体上げと逆の手順で台車に載せますが、クレーン運転手と地上合図者との息が合わないと、あちこちぶつけてしまいそれまでの修繕が台無しになってしまいます。慎重に降ろしあと10センチというところで一度降ろすのを中断し、車体と主電動機などを配線し、その後10センチを1分位かけてゆっくりと降ろし、車体を完全に台車に載せます。この後にお召し機特有の車体各部の磨き出しが行われます。傷など痛みのある部品は前述の修繕時に修復しておき、また銀塗装する部分は車輪入れ前に済ませてあります。したがってここではコンパウンドによる手仕上げだけが行われます。磨き上がった部分にはグリスで防錆しますが、入れ換え誘導用の握りだけはグリスを塗りません。
 こうしてようやく通電試験・ブレーキ試験などを行い、試運転線で機能チェックし、パンタを紐で留めて機関区(倉=くら)へ回送します。倉に帰ったEF5861はそのまま受け取り検査を受け、訓練運転に供されます。運転当日は錆止め用グリスが拭き取られ、各部を再びコンパウンドできれいに磨かれ、天皇を迎えに原宿へと向かいます。御料車などは大井工場でお召し整備を受けますが、宮内庁からの指示書では、例えば洗面台では「○○(商品名)で各部を磨き、その後○○石鹸で洗浄すること。なお蛇口等真鍮金物は指紋無きよう磨き上げること」などと事細かく指示が出されておりますので、その指示書にしたがって整備されます。御料車は通常大井工場内の御料車庫に厳重に格納されていますが、EF5861の場合はみなさんご存じのように臨時仕業に引っぱり出される事が多く、しかしそういった普段からの足慣らしをしているからこそ、お召し仕業時に頼りになる物なのです。
 このようにしてお召し機と御料客車は整備され、お召し仕業に出掛けるのですが、整備期間はEF5861で概ね10日程度を要し、入場中は何となくピリピリとした雰囲気が工場内に漂っております。
【大宮工場には6年勤務しましたが、好きで入った職場だけに手がけた車輌に関するいろいろな思い出があります。初めてEF5861の整備を手がけた後、宮内庁からもらった菊の御紋章入りのタバコのまずかったことや、旧サロンエクスプレスの完成時には報道陣に混じって伊藤麻衣子さんがモデルで来場したこと、EF5860の解体を見てショックを受けたことなどがあり、私にとって鉄道模型はそんな思い出を満載した分身の様な物です。みなさんの中にも旅先で出会った車輌や、彼女に会いに乗った車輌など様々なシーンでの車輌の思い出をまとわせている方もいらっしゃるのではないかと思います。そんな話のひとつでもこのフォーラムで紹介していただけたらと思います。】
 
長い駄文で失礼しました。

(了)


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