月明かりのマジック
Present for ayarinsama♪
身体は疲れてくたくたなのに、眼だけがやけに冴えちまう。
暗い天井をじっと眺める。描かれた模様が人間の顔に見える。
俺の部屋にはマルセルとあのバカ元気なランディ野郎も一緒に寝てるから、旅の途中でせっかく拾って来た
機械の破片をいじって気を紛らわすこともできねえ。
戦いのメンバーに加わることもあんまりねーし、俺がここにいる意味ってやつが少しわからなくなって来てた。
ベッドを降り、ゼフェルはマントを引っ掛けてドアを開ける。
外は少し肌寒かった。夜風が肌に冷たく染み渡る。
月明かりは明るかった。地面を踏みしめ、大股で歩き出す。
宿から少し行った所に、ゼフェルのお気に入りの場所があった。
ここの地に最初に来た日、今日と同じように夜の散歩をしている時に見つけた場所だ。
小さな岩場。切り立った岩が所狭しと並んでいる間に、人が3人くらい座って満員になるくらいの狭い隙間がある。
その隙間に小さな花が咲いていて、それを見ていると何だか心が和むような気がした。
そこに座って足を組み、ぼんやりと空を見上げていると少し救われたような気持ちになるのだ。
自分はどうしてここにいるのだろう。
そんな思いが、ここの所ずっとゼフェルの頭に浮かんでいた。
別に戦闘に貢献してるわけじゃない。他に何か特別にできることがあるわけでもない。
ただ、黙って皆の後をついて行くだけ。
イヤなわけじゃない。仲の悪かったランディとわずかながらも歩み寄れたことはゼフェルにとっても嬉しい出来事
だったし、久し振りにアンジェリークの元気な姿を見られたのも良かったと思う。
他の守護聖だってそれなりに皆がんばり、宇宙のためにと必死になっているのだ。
でも、とゼフェルは思う。
自分がいなくても、困ることは別にないんじゃないかと。
女王試験の時とは違う。サクリアを送る必要だってないし、敵を倒すのはオスカーやヴィクトールがいれば済むこと
だ。
そしてふと、ゼフェルは1人の人物を思い出した。
アリオス。
なぜか自分たちが救出された時、当たり前のようにそこにいた人間。
力が強く魔法も使えて、はっきり言って最初の内は彼しか頼れなかった。
まるで昔からの仲間のように皆に溶け込み、笑い合い軽口を叩く。
そんな様子を見ると、ますます自分の必要性を考えてしまう。
何だかひどく悔しかった。自分がアリオスよりも価値のない人間に思えて仕方なかった。
ずっと前から一緒にいた守護聖たちが、なぜかとても遠く感じた。
「…っと」
岩場に到着し、さっそく寝転んで星を眺めようとした時。
「あ?」
ゼフェルは眼を丸くした。誰かが自分のお気に入りの場所にいるのが見えたからだ。
…もしかして、敵か?
少し緊張してゼフェルはそこに近付く。注意深く足音を立てないように覗いてみると、そこにいたのは―――
「…何でこいつがここにいんだよ」
舌打ちしてゼフェルは呟く。そこにいたのは、たった今ゼフェルが心の中で妬んだ相手―――アリオスだった。
仰向けに寝転がり、両腕を頭の下に置いて寝息を立てていた。
こいつも、ここを知ってたってことか。…これじゃしょーがねーな…。
仕方なく立ち去ろうとしたゼフェルの背中に、声がかかる。
「何だ、お前も星座見物に来たのかよ」
ゼフェルが振り返る。アリオスは起き上がり、こっちを見て笑っていた。
「…別に、星なんか見に来たわけじゃねー。お前こそこんなトコで何やってんだよ」
髪を手でくしゃっとかき上げ、アリオスが眼を伏せ笑った。
「ま、たまには外で寝るってのもいいかと思ってな」
こんな寒い日に、外で寝ようと思う神経がわからない。
何も言わず、ゼフェルは再びくるりと背を向けた。
「俺はもう帰るから、ここにいればいいじゃねぇか。お気に入りの場所なんだろ?」
その言葉に、ゼフェルがまた振り返りアリオスを見る。
「…何で知ってんだ、んなこと」
「こんな見つけにくい所に偶然来るとは思えねぇからな。それにお前、さっき何で俺がここにいるんだって言ったろ。
前々から来てんだなってピンと来ただけさ。悪かったな、『お気に入りの場所』占拠しちまってて」
からかい混じりにアリオスが言う。
「別に俺のもんじゃねーんだから、謝んなくたって構わねーよ!」
バカにしたような口調に、少しむっとしてゼフェルは叫んだ。
アリオスがくっくっと笑う。
「そうすぐむきになるのがお子様だって言ってんだよ。…じゃあな、どうぞごゆっくり」
ぽんぽんとなだめるようにゼフェルの肩を叩き、口笛を吹きながらアリオスは歩いて行った。
「あの野郎…」
憤りをぶつける相手もいなくなってしまい、ゼフェルは側の岩を思い切り蹴り飛ばした。
翌朝。
ゼフェルの目覚めはひどいものだった。あれから怒りが収まらず、すぐ部屋に帰ったもののやはり眠れなかったの
だ。
「ゼフェル、どうしたの?くまできてるよ、眼の下に」
マルセルが顔を見つめてそう呟く。
「あ、ホントだ…大丈夫ですか、ゼフェル様」
隣にいたティムカも心配そうに言う。
顔を触ろうとするマルセルの手をうるさそうに振り払い、ゼフェルは苦々しく言った。
「…ちょっと眠れなかったんだよ。大したモンじゃねーよ、こんなの…」
そう言って顔を上げた瞬間、階段の上にプラチナブロンドの頭を見つけた。
今の会話を聞いていたのだろうか。おかしそうに笑いながらこっちを見ている。
「…っ」
悔しさに自分を睨みつけるゼフェルの視線を軽く受け流し、アリオスは廊下の向こうに消えて行った。
「…ゼフェル、おかしいね、今日…」
「何かあったのでしょうか…」
小さく言葉を交わすマルセルとティムカの声も聞こえず、ゼフェルはどすどすと部屋に戻って行った。
枕を壁に何度もぶつけ、ゼフェルは肩で息をしていた。
くそっ、くそっ!!
何なんだよ、あの人をいつもバカにしたような眼は!!
自分は大人ですって顔しやがって、いきなり入って来て大きな態度とりやがって…!!
ゼフェルはふと投げつける手を止めた。
…結局は、こうなんだ。
あいつが羨ましいだけなんだ、俺は。
つい何日か前に、ここに来ただけなのに。あっという間に皆の信頼を得て、すんなり入って来たあいつが。
何も取り柄のない自分とは違う。
俺よりずっと大人で、物事を冷静に判断できて、強くて―――
こんなことを考える自分が嫌だった。
マルセルやティムカやランディのように、何事に対しても前向きでいられたら。
『アンジェのため、宇宙のため』だと割り切って、素直に他人を賞賛できるような心があれば。
ゼフェルはベッドに横になった。昨夜どうしても訪れてくれなかった眠気が、ようやく全身を覆い尽くして行く。
何も考えないで眠りてー………。
欲求に従い、ゼフェルは静かに眼を閉じた。
そんな風に昼間に寝てしまうと、結局はまた悪循環を繰り返すだけなのだ。
皆が寝静まった後、やはり眼が冴えてしまう。
ゼフェルはまた外に出た。昨日の今日だし、まさかいないだろう。
そう思いつつ、例の場所に行ってみると―――
「よう、また会ったな」
ゼフェルはため息をついた。
昨日言ったようにここは自分のものではないのだから、誰がいたって別に構わないのだ。
でも、ここだけが1人でいられる場所だったから。
諦めを感じつつゼフェルが岩の上に腰を下ろす。
「なんであんた、こんなトコに1人でいるんだ?」
そうゼフェルが尋ねると、アリオスはふと真顔になった。
「…大した理由なんかねぇよ。ただ、たまには1人になりたい時もあるってことさ」
いつもアリオスらしくない淋しげな響きに、ゼフェルが振り向く。
「あんたでも、そんな時があんのか」
「そんなに驚くことか?そもそも俺はもともと仲間をつくんのは好きじゃねぇんだ。1人でいる方が、俺の性には
合ってる」
「じゃあ何で、今俺たちと一緒にいるんだよ」
当然の疑問をぶつけただけだった。なのに、アリオスはひどく動揺したように、ゼフェルには見えた。
「…アリオス?」
不審そうに自分を見るゼフェルに気づいたのか、アリオスはいつもの笑みを取り戻し言った。
「……ま、いいじゃねぇかそんなことは。面白そうだから一緒にいてやってんだよ。お前らを見てると、退屈しねぇし
な」
「………」
何も言わないゼフェルの顔を、アリオスが覗き込む。
「なんだよチビ、何か言いたそうな顔だな」
ゼフェルは黙って、立ち上がり空を見つめた。
「おい?」
さすがにアリオスの口調も怪訝なものになっている。
「………俺、守護聖なんかになりたくなかった」
「あん?」
突然の言葉にアリオスがぽかんとする。
「フツー、守護聖ってのは少しずつ少しずつ力が衰え出して行くもんなんだ。そして、時期が来たって知って、世界
のどこかから後任の人間を探し出し一緒に生活して、守護聖になるべく教育して行く。…皆、そうやって交代して
行くもんなんだ」
「…」
ゼフェルは続ける。
「そんな風に、皆余裕があるもんなんだ。ただ、俺は違った。いきなり前の奴の力が消えちまったんだ。何の前触れ
もなく」
アリオスは何も言わない。ゼフェルは口を開いた。
「いきなりあなたは時期守護聖ですって言われて、全て捨てろって言われた。家族も、友達も、思い出も全部。俺は
イヤだった。守護聖なんかになりたくないって何回も叫んだ。無理矢理聖地に連れて来られて、誰が何を言っても聞
きたくなかった。俺の前の鋼の守護聖だった奴は、いきなり自分の力が消えたことがショックで、少し頭がおかしくな
ってた。いつもひどい言葉を浴びせられて、お前のせいで俺の力がなくなったんだって言われて…どうしようもなく故
郷に帰りたくて、1回抜け出したことがあるんだよ。誰にも見つからないように、帰ってやろうと思ってな」
ゼフェルの口調は穏やかなものだった。
アリオスが、静かに口を挟む。
「……で?」
「でもすぐに見つかって、ジュリアスにこっぴどく叱られちまった。でも、ぜってー帰ってやるって思ってた」
途切れた言葉に、アリオスが呟く。
「…何で、俺にそんな話すんだよ」
再びゼフェルが岩に腰を下ろす。
「……別に。ただ、あんたも似たようなモン…そん時の俺と同じような孤独ってやつを、持ってるみてーな気がした
だけだよ」
「………」
「ここに来てからもずっとそんなコトばっか考えてた。俺がここにいる意味なんかあるのかって。あんたみたいに強い
奴もいるし、俺は別にいなくても大丈夫なんじゃないかって…自分でも情けなくなっちまうけどよ」
アリオスが、ごろりと寝転がり、ふと言った。
「俺の周りは敵だらけだった。俺はひねくれたガキだったから、友達なんて高尚なものは1人もいなかったし、親だっ
て俺にとっては蔑みの対象でしかなかった。誰も信用できなくて、自分だけが頼りの生活だった」
「アリオス」
「そんな俺にも、その内たった1人だけ、心から信頼できる人物が現れた。恋人だった。愛してた…誰よりも。あいつ
のためだったら、何だってしてやれると思ったよ。なのに…あいつは自殺しちまった」
ゼフェルが眼を見開く。
「責任の半分は俺にもあったと思う。あいつの苦しみをわかってやれなくて、後で死ぬほど自分を責めたよ。…でも、
それ以上に、俺は俺の家族を憎んで、怨んだ。詳しくは教えらんねぇが、あいつがそこまで苦しむほどの原因を作っ
たのは間違いなく俺の家族だったからだ。なのに、あいつらは責任を逃れることばかりに必死で、自分たちのことし
か考えてなんかいなかったんだ。……その時から、俺は本当に1人になったと確信した」
アリオスが、ぽんとゼフェルの頭に手を置いた。
「これだけは覚えとけ。本当に孤独を知っている人間は、どこまでも強くなれる。俺だけじゃねぇ。お前にだって、必
ず何かできることがあるはずだ。…後ろばっかり向いて、ぐちぐち言ってるだけじゃ、成長しないぜ?背もな」
ゼフェルがばっと手を退ける。
「背はどーでもいいだろ!!」
アリオスが愉快そうに笑う。
「悪ぃ悪ぃ。お前見てると、ついからかってやりたくなるんだよ」
「…どうせ、俺はあんたから見たらガキだよ。…俺こそ悪かったな。変な話しちまって」
アリオスはふっと笑い、そしてゼフェルを見た。
「……お前、ガキなんかじゃねぇよ。それだけ自分のことをしっかり見つめ直すことができりゃ、上出来だ」
ゼフェルがへっと笑った。
「…ま、褒め言葉だと受け取っとくぜ」
笑い、アリオスが空を見上げる。
いつか、自分が誇れる大人になれるように。
過去ばっかり振り返るんじゃなく、しっかりと前を見つめて進んで行こう。
「明日も、また歩くのか…めんどくせぇな」
アリオスがため息をつき、ゼフェルは心の中で「ざまーみろ」と呟いた。
End.
森野さまが、ayarinにうふふなアリオスとゼフェルのお話を書いて下さいました(#^.^#)
この二人って、意外に気が合いそうですよね、似てるし。