水色の長い髪

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「晴天の霹靂」
スモルニーで習ったこの単語が、突然頭の中に浮かんだ。
 私の心の中は今、ふんわりと暖かかった。自分でも何て単純なんだろうと思う。でも・・・絶対的にお優しいリュミエール様以外のお方が、まさか自分の事をちゃんと気にかけていて下さるなんて・・・しかも、失礼な話、ランディー様の執務室には今まで一度も伺った事すら無かったのに。
学習机の前に座り、足をぶらぶらさせながらそんな事を考えている時に、ふと、チャイムが鳴った。
「アンジェリーク、居る?」
ロザリアだ!!私は慌てて椅子から転げるように降りるとドアに向かった。
「きゃあ、ロザリアどうしたの?はいってはいって!!!!!!」
私は突然の彼女の訪問が凄く、嬉しかった。今まで、ロザリアは何となく私によそよそしくしている様に感じられて・・・でも、それは引け目を感じていた私の目から、そう見えただけの事なのかもしれない。それが今日、ランディー様といいロザリアといい、一気に何もかもが自分に微笑みかけてくれたような、気になれた。
部屋の中央の丸テーブルまで彼女を引っ張って来ると、ロザリアと一緒に椅子に座る。
「・・・突然悪かったわね。いきなり試験なんか始まって、あんたが戸惑ってるだろうと思って来てあげたわ。」
ロザリアのすましたお喋りだって、今日は何だか嬉しい。
「嬉しい。ほんとに私、毎日不安で不安で・・・こうしてロザリアが来てくれて良かった!」
「何よ・・・ほんとに頼りない子なんだから。ま、いいわ。少しお喋りしてあげる。」
何だか、ロザリアが今までよりちょっぴり身近に感じる。
「ねえ、あんたの大陸にはどなたの建物が多いの?」
突然、私がイメージしていたロザリアの発言とは思えない問いかけ・・・
「え?あの、あの、あんまり建物無いんだけど・・・その、ロザリアは?」
私の大陸に唯一あるのは、水色の、噴水がある建物・・・その建物が目に浮かんだとたん、私の顔は火照っていた。
「私の建物はねーきらびやかで美しい夢のお城よ!いくつ建ったと思う?あんたの所には無いでしょう?ピンク色の夢のお城」
一瞬、何の事だか判らなかった。ああ、オリヴィエ様の建物?と気づいたのは一瞬の後だった。
ふ、と見るとロザリアは夢心地な顔で遠くを見ている。もしかしてロザリア?
「・・・!やだ、あんた。何、人の顔見てんのよ!羨ましいのね?でもだめよ。オリヴィエ様は美しさを司るお方なんだから。」
かなり得意げにロザリアは話している。間違いなさそう。ロザリアも私と同じ女の子なんだ。
「あんたはオリヴィエ様に相手をしてもらった事ないだろうから教えてあげる。オリヴィエ様ってすっごく素敵な方なのよ。お優しくって、お美しくって、とってもいい香りがするの。それでね、お話もとっても楽しいのよ。何でも、私達が仲良くしてるのを、オスカー様がやっかんでいらっしゃるんですって。うふふ」
「そうなんだー。全然知らなかった。私、一度もオリヴィエ様とお話した事ないんだもん。」
私がそう言うと、案の定ロザリアは満足そうに微笑んだ。
「そういう訳でね、あんた、オリヴィエ様は諦めてね。・・・それとももう、あんたにも好きな人が居るの?」
ロザリアは私の方に身を乗り出している。
「え?私は・・・」
私は、胸が一杯になってうつむいてしまった。あの方のお名前を心に浮かべただけで・・・
「ははーん、ゼフェル様でしょ?」
いきなりの思いがけない名前に、一瞬頭の中の時間が止まった。
「え?」
ぱっちり目を見開いてロザリアを見つめる。今の私にはそれしか出来なかった。
「ん、もう。しらばっくれてもだめよ。オリヴィエ様からちゃんと聞いてるんだから。ここに来て早々にデートしたんでしょ。あんたってば結構やるのね。」
「あ・・・」
私の脳裏に、飛空都市に来て初めての日の曜日の事がリアルに思い出された。
あの日・・・飛空都市に来たばっかりの、不安な中にもまだ気持ちが高揚していた頃に、ゼフェル様の執務室に行った。お話をした後、やおらゼフェル様はご自分の私邸で飼っているペットの事を話し出した。最後に、次の日の曜日に、私を私邸に誘って下さった。
思いがけないお誘いに、ドキドキしたのを覚えている。
そして、約束の日の曜日。朝一番に執務室に伺うと、ゼフェル様はもう待っててくれた。そしてその日一日を楽しく過ごした。
ゼフェル様は、公園や王立研究院等で会うたびに挨拶以外にも色々と話し掛けてくれた。私にとって、とってもお話ししやすい親しい存在だった。年齢も近いせいか話も良く合うし、何より口の悪いゼフェル様が自分には愛想よく接して下さることが嬉しかった。
私にとっては、守護聖様の中で一番、一緒に居て気が楽になれる存在だった。
だから・・・
そんな風に言われてしまうとちょっと意外だった。はたしてオリヴィエ様にはそう見えているのだろうか・・・
「・・・!!!」
そこまで考えてはっとした。オリヴィエ様にそう見えているという事は・・・
「もう!大丈夫よ。女王陛下にもディア様にも他の守護聖様方にも喋らないから。わたくしとオリヴィエ様、二人だけの秘密にしてあげるわ。」
ロザリアはにっこり笑う。
「じゃ、こんな遅くに悪かったわね。またね。アンジェリーク」
 ぱたぱたと手を振ると、ロザリアはやって来た時と同じ様に唐突に立ち去っていった。
「・・・え?」
部屋には、リュミエール様に誤解をされているかもしれない不安を抱えた自分だけが残された。
 
 
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