沖縄離島めぐり&全マルチ訪問達成の旅  1999年3月7日(日)〜13日(土)

 

【目的】

 念願の大東島訪問&全マルチ訪問達成.

 

【行程】

[3月7日(日)]:所により曇り,晴れ,雨

 1998年末のある日,日本航空からのマイレージに関するダイレクトメールで,今年4月から国内線のマイルは2倍換算されていたボーナスマイルを廃止する,と情報が入った.全日空も同調することは想像に難くなかったので,ずっと前から行きたい,とは思っていたが,全然予定としてはなかった南北大東島への旅を繰り上げることにした.沖縄への旅は,前年5月以来10ヶ月ぶり3回目となる.

 羽田10:45発のANA83便で沖縄那覇へ向かった.席は2階席の窓側だったのだが,2階席は上部が絞られていている関係で窓までの距離が遠い.また,隣にいたカップルが窓の方に身を乗り出そうとするので,うっとうしかった.時期的にガラガラかと思っていたが,なぜか満席だった.

 前日の休出でかなり疲れていたので,2時間45分のフライトの半分くらいは眠っていた.定刻13:30よりも若干遅れて沖縄那覇空港に到着した.天気予報では,那覇は雨だったのだが,既に雨は上がっていて晴れていた.ちょっと暑い.

 沖縄那覇からは14:30発の琉球エアコミューター(RAC)で南大東島乗り継ぎで北大東島へ向かうことになっている.ANAを含む大手3社とANKは第1ターミナルに到着し,JTA,RACは第2ターミナルからの搭乗となる.沖縄那覇到着が遅れ,また第2ターミナル行きの連絡バスが来なくて,さらにまだチェックインも済んでいなかったこともあって,ちょっと焦った.羽田で預けた手荷物だけが北大東まで行ったらシャレにならない.まあ,国内線であったし,地上係員には乗り継ぎを伝えてあったので,遅れるとは思わなかったが….

 RAC867便はチェックインが遅くなってしまったので,足下が狭い2Aの席しか残っていなかった.ほぼ満席だった.

 DHC-8型機は初めてで,バスで随分遠いところまで運ばれて乗り込んでみると,39人乗りの飛行機は,1番の座席の所に入口がある関係で,1番のみ右側に後ろ向きに2席,2〜9番が左右2席,10番が観光バスの最後部のように通路の所にも席があって5席という座席配置で,思っていたよりも広く感じた.巡航速度等の性能はYS-11よりも優れている.

 今回のプランは,沖縄那覇(RAC867)南大東(RAC835)北大東(RAC836)南大東(RAC862)沖縄那覇となっている.大東島への運賃は,沖縄那覇−南(北)大東\39,830(往復),\22,130(片道),南大東−北大東\11,630(往復),\6,460(片道)となっており,上記の行程だと\51,460(=\39,830+\11,630)かかりそうである.しかし,RAC867/RAC835の当日乗り継ぎは直行便運賃適用なので,沖縄那覇−北大東−南大東−沖縄那覇の片道運賃の合計,\50.720と少し安くなるように見える.しかし,実際はこのような三角形に移動するプランのために1/2往復割引(HRT)運賃があり,これだと沖縄那覇−北大東−南大東−沖縄那覇の往復運賃の合計,\91.290の1/2,端数は切り上げられるが\45,650となる.でも,東京−沖縄那覇が早割28(週末)で\20,200だったことを考えると,高いことには変わりないが….

 話は戻って,たった39人なので全員座席に着くのに時間はかからず,すぐに離陸.有視界飛行の(?)DHC-6型機と違って随分高度を上げる.離陸後,まだ眠くてウトウトしていたら,半ドアの警告音が機内に響いた.ラーメンのCMじゃないんだからやめてくれ,と思っていると,高度を下げて程なく鳴りやんだ.

 だいぶ取り壊された旧南大東空港を見下ろしながら,ほぼ定刻,15:40に南大東空港に到着,北大東へ行く人はそのまま乗っていればよいのかと思っていたが,南大東で全員降ろされた,おまけに雨が降っている.わずか20分しか時間がなく,何かできるわけではないので,そのまま機内に留まらせて欲しい,と思った.

 南大東からはRAC835便と便名が変わって,北大東へ.南大東から北大東経由で沖縄那覇に向かう人も乗り込んできて,お客さんが入れ替わった.北大東空港には,離陸後僅か6分で到着した.これで\5,820(1/2往復割引)はちょっと高い.

 空港には,宿の車が迎えに来てくれていた.宿に着いてからは特にやることもなく,西港,燐鉱跡などを歩いて見に行った.1泊3食\4,500(税別)と値段も安く,御主人もとってもいい人のようだった.

 

[3月8日(月)]:曇り時々晴れ

   70066 北大東

 

 この日は,週3便しかない(沖縄那覇行きは週4便の直行便と週3便の南大東経由便合わせて毎日1便運行している)16:00発の飛行機で南大東へ行くことになっているので,昼間は思いっきり暇である.

 宿で自転車を借り,歩いて行っても近い北大東郵便局で貯金,定額小為替,和文印を依頼した.残念ながら,風景印はなかった.

 局にはパソコンがおいてあったが電源は入ってなく,特にやることがないので,自転車で島を反時計回りに1周してみた.借りた自転車は21段変速のマウンテンバイクで,快適である.途中,江崎港からかすかに南大東島の島影が見えた.北大東空港でちょっと休憩ををして,昼食時には宿に戻った.

 ちょっと疲れたので,食後は昼寝.宿の部屋を使わせてもらえるのでありがたい.15時になって,宿の車で空港に送ってもらい,16:00発のRAC836便で北大東島を後にし,南大東島へと向かった.昨日乗った区間で,僅か6分ほどで南大東空港到着.

 ここでも空港には,宿の車が迎えに来てくれていた.この宿の御主人は宅急便の宅配の委託を受けているらしく,ちょっと配達のために島内をまわってから宿に入った.まだ明るかったので,荷物を置いた後,〒の下見がてら町内を散歩をした. 

 この日の成果は当然のことだが1局しか行けなかった.

 北大東の宿では部屋にTVがなく,映っていた民放をちらっと見て(なぜ民放が映っているのか)疑問に感じていたが,南大東の宿では部屋にTVがあったため確認すると,東京と全く同じ番組が放映されていた.天気予報もCMも全く同じだったので,自分がどこにいるのかわからなくなった.

 

[3月9日(火)]:晴れのち一時雨

   70055 南大東,70145 小禄金城,70104 小禄鏡原,70132 小禄泉原,70005 小禄前原,

   70119 小禄宇栄原,70079 小禄,70117 座安,70006 豊見城,70064 豊見城団地内,

   70007 兼城,70126 糸満西崎,70008 糸満,70096 糸満新島,70060 高嶺,70011 三和,

   70085 喜屋武,70712 米須簡易

 

 この日は10:30の飛行機で沖縄那覇に戻る予定になっていて,南大東島の滞在は僅か18時間15分と慌ただしい.朝食後,真っ先に南大東郵便局に行き,昨日同様,貯金,定額小為替,和文印を依頼をした.

 宿に戻り,車で空港まで送ってもらい,10:30発のRAC862便で沖縄那覇に戻る.飛行機は10分ほど遅れ,11:50頃沖縄那覇空港に着いた.有効時間が過ぎていくことは残念だったが,致し方ない.飛行機を降りてまず感じたことは,「やっと携帯電話が使えるエリアに復帰した」,だった.

 沖縄那覇空港第2ターミナルには,この日から11日の夜まで2.5日借りることになっているレンタカー会社が迎えに来てくれていた.レンタカーの手続きを終え,那覇市内1局目の小禄金城局へ向かったが,調べてあった所在地(金城1丁目2)には局はなく,20分くらいロスしてしまった.実際は工事中のモノレール,ジャスコのそば(金城5丁目2-8)にあった.

 その後,小禄局までずっと頭に「小禄」が付く局をまわり,以前は普通集配局だったため,そこそこ大きい局舎の小禄局では,500円硬貨の両替も兼ねて,局の入口にあった自動販売機で缶コーヒーを買ったのだが,\100の表示にもかかわらず釣り銭は\390しか出てこなかった.沖縄県では缶ジュースは\110と他地域より\10安いのだが,表示の違いに妙に腹が立った.

 続いて豊見城村(とみぐすくそん)に入り,2局訪問.経路的な都合で,那覇市との境に近い真玉橋局が残ってしまい,豊見城村完訪はならなかった.

 順調に糸満市に入ったところで,雨が降り出した.また,糸満ロータリーが渋滞していたので,糸満局から糸満新島局までの移動に際し裏道に入ったが,使おうとした北行きの道がことごとく工事のため通行止めになっていて,ちょっと時間をロスしてしまった.

 喜屋武局から米須簡易局の移動途中,姫百合の塔の前に丸ポストがあったが,15時40分をまわって焦っていたこともあり,撮影はできなかった.

 米須簡易局で処理を終えると,時間は15:52.具志頭村(ぐしかみそん)の具志頭局に間に合わせようと頑張ったが,あまりにも工事による交互通行が多く.どうにもならなかった.米須簡易局で,8局ある糸満市完訪.

 5分過ぎたところで完全に諦めて,具志頭局直前のAコープで宿の予約を試みた.しかし,那覇市内は混んでいるようで,4件目でようやくOKだった.

 今回,玉城村(たまぐすくそん)にある名水百選の「垣花樋川(かきのはなひーじゃー)」にはぜひ行っておきたかった.宿が取れたところで,安心して車を走らせた.垣花樋川は海が見える丘の上にあり,景色はよかったが,雨の影響で足下が滑り,また,飲んだ水はちょっとぬるかった.また,今回は飛行機での訪問だった(まあ当然かな??)ので,手荷物として預けても爆発物(ストーブ)を積むことができず,珈琲を飲むことはできなかった.

 本島と橋でつながっている奥武島に行けなかったのは残念だったが,満足して那覇市内に戻った.那覇市内のビジネスホテル泊.

 

[3月10日(水)]:雨時々曇り

   70045 宜野座,70070 久辺,70044 久志,70043 東,70713 安田簡易,70042 奥,

   70041 国頭,70040 大宜味,70039 屋我地,70724 済井出簡易,70038 羽地,

   70037 今帰仁,70036 上本部,70035 本部,70047 伊江

 

 前日の段階で2,496局の訪問を終えていた.と言うことは,この日の4局目が2,500局目となる.前日,どこで2,500局目を迎えるかを考え,最初は奥局を考えた.しかし,奥局で2,500局目にするには,この日は久志局から始めなければならず,久辺局を残すのは効率的とは言えない.そこで,風景印がある局で2,500局となるよう東局を選び,逆算してこの日は宜野座局から始めることにした.できれば,ちょっと那覇寄りの金武局から始めたかったのだが,これくらいのロスはいい,と割り切った.

 沖縄県の郵便局は,郵便は8:30開始である.若干のフライングを期待して,8:30に宜野座村(ぎのざそん)の宜野座局に着けるよう,7時過ぎに那覇を出発した.R330はまだ順調に流れていたので,下道を若干引っ張って,途中朝食を取った.沖縄南I.C.から宜野座I.C.まで沖縄自動車道を使い,宜野座局には8:20頃到着した.

 期待通り,8:45頃には貯金の処理が終わった.ここから1枚の実逓に風景印を押して差し出すよう依頼したのだが,これが思わぬハプニングを起こすことになるとは,このときは考えもしなかった.1局しかない宜野座村完訪.

 名護市に入り,次に訪問した久辺局も9:00より前に処理が終了.なかなかいいペースである.ここから段々局密度が低くなってきて,次は約13km(距離は地図からの目測,以下同じ)離れた久志局だが,ここで予期せぬ電話が入っていた.それは宜野座局の局長さんからで,風景印を押印して差し出すよう依頼した実逓に普通の消印を押したようで,局長さんはいたく恐縮している.「え〜!!」,とは思ったが,ごちゃごちゃ言っても仕方ない.局長さんは恐縮しているので,当方の次善策の提案は通ると思い,裏面に切手を貼って風景印を押してもらうよう依頼した.局長さんも\50の負担で済んでよかったようであった.

 ここからさらに局密度が低くなり,次は東村(ひがしそん)の東局まで局はなく,約25km離れている.道路もあまり良くなく,また前を走る遅い車がいなくなったと思ったら,すぐに遅い車に追いつき,なかなかペースが上がらない.結局,東局には10時頃到着した.ここで2,500局の訪問を達成した.\^o^/

 貯金を済ませ,記念に定額小為替を頼むと「緑の小為替」(まっさんさんの局めぐ用語集はこちら)が出てきた.また,風景印を依頼し,数人の方々に実逓を差し出した.また,北から南(私とは逆向き)に向かってバイクで走っている同業者に出会った.丸ポストがあった局舎の撮影をしていると,また雨が降ってきた.1局しかない東村完訪.

 次の安田簡易局(国頭村:くにがみそん)はさらに遠く,約40km離れている.局は県道70号線から海側に数キロ入ったところにある.集落内の派出所で場所を訊いて訪問.ちょっとわかりにくい場所にあった.

 次は沖縄本島最北端の奥局で,安田簡易局からは約22km離れている.横浜の自宅を出発する前から奥局には行きたいと思っていたので,ほんのちょっと感動だった.

 次は国頭村最後の国頭局までは約27km離れている.国道に入って,段違いに規格が良くなったが,雨は強くなってきた.辺戸岬に寄ろうか,と思ったが,天気が悪くてパス.毎日雨に降られているような気がする.集落に入って,国頭局は難なく発見し,国頭村3局を完訪した.

 少しずつ局密度は高くなってきたが,それでも次の大宜味村(おおぎみそん)の大宜味局までは約8km離れている.ここはR58沿いにあって,難なく訪問できた.1局しかない大宜味村完訪.この6日後に,あんな事件が起こるとは思いもしなかった場所は,この村である.

 次は本島と橋でつながっている屋我地島(名護市)に渡り,島内2局訪問.ここら辺から局密度が高くなってきた.屋我地局も丸ポストがあったが,強い雨が降っていて撮影は車の中から行った.また,済井出簡易局は,国立療養所沖縄愛育園の奥にあった.

 本島に戻り,羽地局に寄った後,これからどうしようかちょっとだけ考え,当初の予定どおり本部半島に入ることにした.時間は13時をまわっている.本部半島の内部には局はないので,比較的まわりやすい.

 まず,今帰仁村(なきじんそん)の今帰仁局で今帰仁村完訪.と言っても今帰仁村には局は1局しかないが….ここらへんの国道は505号線で,以前住んでいた寮の部屋番号と同じなので,妙に親近感がある.

 次は本部町に入り,上本部局,本部局と立ち寄った後,名護市内方面に車を走らせていると,本部港の看板が目に入った.15時の船で伊江島に渡れば,確かその日のうちに戻って来られるはず,と頭をよぎった.時間は14:30である.

 取りあえず本部港に車を入れて,ターミナルの時刻表で確認すると,確かに伊江島では30分の時間が取れることがわかった.また,すでに200km以上走っていて,ちょっと疲れている.と言うことで,伊江島まで15:00発の船で往復することにした.

 船内では,翌日の予定を立て,沖縄市あたりに泊まろうと決定.そうしているうちに,伊江港には15:30到着.伊江局は港から10分弱かかった.最終の船は16:00発で,あまり時間が取れない.貯金と定額小為替,風景印をお願いし,ちょっと小走りに港に戻った.伊江島滞在僅か30分だった.帰りの船では,携帯でこの日の晩と翌日の晩の宿の予約をした.が,翌日の晩に起こることは,このときには予想はできなかった.

 この日の成果は,長い局間距離,島への移動,と時間を取られることが色々あり,15局とあまり伸びなかった.

 16:30に本部港に戻り,R449〜R58で北谷町を目指す.途中,万座ビーチで渋滞していてちょっと時間を取られたが,18時過ぎには279 CoCo壱沖縄北谷国体道路店に到着.朝,昼とまともな食事もしていなかったので,ちょっと多めに食べた.

 夕食後,沖縄市のホテルには20時到着を告げてあったので時間があり,開店予定とあったCoCo壱北谷ハンビータウン店に行ってみたが,ハンビータウンのなかにはカレー工房しかなかった.後でハローページで調べたら,北谷ハンビータウン店はあるとのことだったが,その時の情報として,タウンページに掲載されていない,だったので,まわりは真剣には探さなかった.

 沖縄市内のビジネスホテルに戻り,翌日のプランを練った.

 

[3月11日(木)]:雨のち曇り

   70722 上原簡易,70714 浜比嘉簡易,70030 平安座,70704 津堅簡易,70142 与那城,

   70068 勝連,70029 与勝,70089 東具志川,70723 具志川豊原簡易,70083 赤道,

   70028 具志川,70136 安慶名,70726 具志川川崎簡易,70715 天願簡易,70115 石川東恩納,

   70144 石川城前,70031 沖縄石川,70046 金武,70033 名護,70102 名護大中,

   70121 名護宮里,70034 屋部,70032 恩納 (:宝)

 

 沖縄県最後の訪問となるこの日は,与勝半島から海中道路,橋で渡れる宮城島から始めることにした.昨日同様フライングを期待して,8:30に着けるように7時過ぎにホテルを出発し,R330〜県道75〜県道16〜県道10で平安座(へんざ)島に入る.天気が良ければ海中道路も素晴らしいと思うのだが,天気にはずっと悩まされている.

 沖縄石油基地のおかげか,平安座島の基地の入口までは高規格の道路が続いたが,橋で宮城島に渡るとガタガタになった.あまりにも早く着きすぎたため,ちょっとだけさらにその向こうの伊計島(局はなし)に渡ってみた.しかし,特にやることもなく宮城島に折り返し,上原簡易局を探した.人に聞きながらも8:30頃には局に着いた.

 しかし,まだ受託者は見えておらず,8:45頃に見えても結局は9:00まで貯金の処理はしてもらえなかった.まあ,これが正規の取り扱いだから仕方ない.ここも丸ポストが座っていた.

 次の浜比嘉簡易局は,平安座島に戻って,別の橋で渡り,集落の中に入ったところにある.ここもわかりにくく,人に聞きながらの訪問となった.なお,ここのゴム印は赤色だった.

 平安座島に戻り,朝一で下見しておいた平安座局で陸続きの離島3局の訪問を終えた.ここにも丸ポストが座っていた.

 処理を終え,次は平敷屋(へしきや)港10:00発の船で津堅島へ行きたかったので,かなり飛ばした.ちょっと道を間違えて時間をロスしたが,何とか5分ほど前に港に着き,船に乗ることができた.ここの船は1日5往復を「ニューつけん」と「第七つけん」の2隻の船で運行されているが,両者でスピードも違えば,運賃も違う.私が往きに乗った船は,安くて遅い「ニューつけん」だったが,船内の時刻表で確認すると,帰りは「第七つけん」となっている.有効時間に早く戻ってくれるのはありがたいが,往復で割引になっている乗船券が使えるかどうかわからない.できれば差額くらいで済めばいいが,と思いながらも,この後のプランを練った.25分ほどで津堅港到着.

 局は港の真ん前の路地を登った所にあり,人に聞いて難なく発見できた.前日の伊江局に引き続き,離島では定額小為替,風景印 or 和文印を求めている.ここでも,同じく和文印を押してもらおうと思ったのだが,郵便局で初めてハガキの売り切れに当たった.仕方がないので,今帰仁局で買いだめてしてあったエコーハガキに押してもらった.

 11:00発の船に乗るために港に戻ると,「ニューつけん」に変更されていた.積荷があったためだと思うが,15分の時間の差が惜しく感じた.まあ,往復乗船券は,船の変更のおかげで何の問題もなく使えたのだが….

 平敷屋港に戻って,与勝半島の3局を訪問し,与那城町3局,勝連町4局完訪した.

 前日,ホテルではここから南に走り,奥武島に向かおうと考えていたのだが,津堅島への船内でプランを変更し,北に向かうことにした.

 具志川市7局,石川市3局を完訪後,前日に行き残した金武町(きんちょう)の金武局で1局しかない金武町完訪.次は名護市内だが,前日走った宜野座村で少しペースが落ちたため,できるだけ早く着くよう,宜野座I.C.から沖縄自動車道の終点許田まで高速を使った.1区間で\250だった.

 名護市内に入り,名護局に立ち寄った.名護局は,今回4日目にして初の宝の局で,2種類の宝(桜 or いるか)から選べるようになっていて,私はいるかの絵を選んだ.しかし,この局でたまたま更新となったのだが,新しい通帳の繰越高に桜の宝を押してもらえばよかった,と後で思った.ここでも実逓を差し出した.

 後は,名護市内,恩納村内の完訪を目指して,車を走らせた.次の名護大中局も馬の絵の宝だった.

 前日伊江島に渡ったため行き損なった屋部局で名護市を完訪したかと思った.しかし,後で調べてみると,名護大北局に行き忘れていることが判明した.残念だが,伊平屋島 or 伊是名島に行くときにでも訪問しなければ!! いつになるかはわからないが….

 次は何とか恩納村の完訪を目指して車を走らせる.恩納村を完訪すると,国頭郡が完訪となる.時間は15時を過ぎているが,何とか間に合うと思われた.しかし,前日同様,万座ビーチで渋滞し,恩納局で15:50となってしまった.次の仲泊局までは10kmほどあり,間に合うわけはなく,局内のに置いてあったタッチパネル式のパソコンで掲示板のチェックを行った.年度末とはいえ,やたらと工事が多く,かなり迷惑を被った.ここで,沖縄最後の実逓を差し出した.

 この日の成果は23局で,今回の旅行では最初で最後の宝は2局あった.

 渋滞の中,車を戻そうと那覇市内を目指したが,途中ガス欠にならないか,とすごく不安だった.読谷,嘉手納,北谷では那覇方面に向かって左側に全然スタンドがなかったからである.結局,宜野湾市に入ってから給油した.米軍基地のそばの割にはリッター\96と高かった.いつもの癖でハイオク(自分の車はハイオクなので)と言ったのかと思ったが,違った.

 R58は混んでいたので,裏道を使って那覇のダイエーの前のレンタカー営業所で車を返却した.走行距離は,2.5日で620kmと,かなり走った.

 お腹は空いていたが,荷物をホテルに置いてからどこかに食べに出ようと考え,牧志からバスに乗った.明日の朝が早いので,那覇港に近いホテルを前日の伊江島の船の中から予約済みのはずだった.しかし,ホテルに行ってみるとなぜか予約が通っておらず,そのホテルの人が近くのホテルを探してくれたがどこも満室だった.結局,そのホテルの人の親戚の,お世辞にもきれいとは言えない民宿で泊まることになった.今回の旅でもっとも安かった.

 

[3月12日(金)]:曇り時々雨

   79729 那間簡易,79058 与論,79059 朝戸

 

 この日は,8:00発の鹿児島行きのフェリーで与論島に行くことになっている.昨日までに乗った2島へ渡る船とは違い,乗船手続きもあるので,宿の御主人に送ってもらって,7時頃には港に行った.

 船室は下船する港によって分かれていて,与論の船室は定員の3割程度しか乗っておらず,空いていた.4時間40分の間,特にやることもなく読書,持ち出した仕事の片づけ等をして過ごした.船はかなり揺れ,高くても飛行機にすればよかった,と思ったが,あとの祭りである.また,飛行機にしておけば,朝は那覇市内の局を訪問できたことになる.

 それでも,ほぼ定刻の12:40に与論港到着.まだ少し雨が降っている.港には民宿の息子さんが迎えに来てくれて,まっすぐ宿に向かった.

 雨は傘が必要なほどではなかったので,局めぐりに出発する.「自転車かバイクを借りたい」,と宿の女将さんに訊ねると,坂がきついからバイクの方がよい,とアドバイスを受け,レンタバイクを斡旋してくれた.

 10分ほどで原チャリが届き,局めぐりに出発.原チャリに乗るのは8年ぶりのことで,最初はハンドルがふらつく.最初に,もし終了時間が早ければ困るので,那間簡易局から行くことにして,反時計回りに1周した.那間簡易局で,日本の全てのマルチの訪問を達成した.\^o^/

 与論島には3局しかないので,すぐに完訪できる.与論局訪問後,最後の朝戸局に向かう途中,崖が崩れているところがあり,「(太陽マーク)片側交互通行,(月マーク,傘マーク)通行止め」の看板が立っていた.この時は曇っていたのでどうしようか迷い,車も走っていたので突っ込んだ.が,交互通行のための信号を通過したところでエンジンがストップし,ガス欠かと焦った.対向車はこちらが見えているので,止まっている.きつい上り坂を押して広い場所に出て,エンジンをかけるとちゃんとかかった.おそらく整備不良だったのだが,お金を取って貸すものだからちゃんと整備しておいてくれよ,と思った.

 やっとのことで朝戸局に到着.与論島の3局では,貯金の他に定額小為替と押印も求めているので,同じ依頼をした.

 与論町を完訪して喜んだのもつかの間,雨が強くなり,急いで宿に戻った.天気が良ければ海を見に行こうと考えていたのだが,お天気には逆らえない.バイクの料金体系が1日単位しかなかったことが悔しかった.

 この日はお客さんは私だけで,食事時は宿のおじいちゃん,おばあちゃんが入れ替わりで黒糖焼酎を振る舞っていく.焼酎はアレルギーのそばを原料にしたものがあるので敬遠しがちだが,薦められるのでせっかくだから飲んだ.飲めないものではなかったが,積極的に飲みたい味でもなかった.

 食後は部屋に戻りTVを見たが,与論は鹿児島と沖縄の両方のTVが映り,妙にチャンネル数が多かった.でも,同じ番組を放送していることが多いのだが….

 

[3月13日(土)]:雨のち晴れ

 明け方,強い雨の音で何回か目が覚めた.朝食後も雨が降っている.天気が良ければ海を見に行こうと思っていたが,どうにもならない.でも,宿の息子さんが車で島内を案内してくれ,海も見に行った.沿岸は波が高いのだが浜は穏やかなので,理由を尋ねると,リーフ(珊瑚礁)が天然の防波堤の役割を果たしているとのことだった.宿でちょっと休憩して,12:30頃与論空港まで送ってもらった.

 長かった旅行もいよいよ終わりで,与論から沖縄那覇乗り継ぎで東京まで戻る.与論13:25発のRAC816便に乗りこむと,7日に北大東に行ったときのキャビンアテンダントの方が乗っていて驚いた.向こうも覚えていてくれたようだ.この頃には晴れてきておりちょっと悔しかったが,機内から見下ろす沖縄は素晴らしかった.定刻よりちょっと早く,14:00頃沖縄那覇空港に到着した.

 沖縄那覇からは14:50発のJAL904便の方が接続がよいが,JALはマイレージが最低限の目標に達しているので,沖縄那覇15:50発のJAS554便で帰途についた.往きのANAはお茶菓子が出たが,JASではなかった.今回の搭乗でマイレージは,ANAはもう1度沖縄に行ける20,884マイル,JASは9,331マイルとなった.

 

 最後に,今回の局めぐで,沖縄の未訪局は,離島は北から伊平屋島,伊是名島,粟国島,久米島,渡名喜島,座間味島,渡嘉敷島,阿嘉島,奥武島の9島11局(久米島のみ3局あり,あとは各島1局),あと沖縄本島を合わせても100局程度になった.すぐにでも完訪できるかと考えたが,9つの離島をまわるだけでも5日間はかかりそうである.


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