土佐路局めぐりの旅  1998年11月20日(金)〜23日(月・祝)

 

【目的】

 大学時代の友人の墓参り.

 

【行程】

[11月20日(金)]:晴れ

   64768 久枝簡易 ,64093 南国前浜,64759 浜改田簡易,64169 南国十市,

   64818 種崎簡易,64091 三里,64794 十津簡易,64108 稲生,64206 南国里改田,

   64182 吉川,64022 赤岡,64068 夜須,64792 手結簡易,64800 長谷寄簡易,

   64020 奈半利,64095 羽根,64019 吉良川,64744 元簡易,64090 室戸,

   64005 室戸岬,64702 三津簡易,64136 室戸椎名 (:宝)

 

 5:40に起床,めちゃ眠い.羽田空港8:30発のANA561便に乗るためにシャワーを浴びた後6:25に出発.中川から横浜まで横浜地下鉄,横浜から蒲田乗り継ぎで羽田空港まで京急と乗り継ぎ,羽田空港には8:00頃到着した.期せずして開通3日目に京急空港線延伸部分(天空橋-羽田空港)に乗ることができたが,2社を使うモノレール乗り継ぎよりも\60ほど運賃が上がっていたことが納得いかなかった.

 今回,予約時にクレジットカードで決済し,航空券は当日空港で受け取るチケットレスサービスを使っており,ちゃんと航空券が取れているのかちょっと不安だったが,難なく羽田空港で受け取ることができた.予約はインターネットで行ったが,決済はネット上にカード番号を流したくなかったので,電話で行った.今後のセキュリティ強化が期待されるところである.

 今年16回目の飛行機となる,ANA561便は「ポケモンジェット」(B6-300)で,乗るときはわくわくしたが,機内はシートカバーとキャビンアテンダントのお姉さんのエプロン以外は普通の飛行機と変わらないものだった.機内で記念のポケモンジェット絵はがきをもらっておいた.

 強い逆風の影響で高知空港到着は10分ほど遅れ,10:00となった.有効時間帯に入っており10分でも惜しいのだが,やむを得ない.

 高知空港ではレンタカー会社が車で迎えに来てくれていた.天気は快晴,暖かく,絶好のドライブ日和である.営業所で手続きを終えて10:20頃からレンタカーで局めぐ開始.車は三菱ミラージュが用意されていた.南国市内,高知市内の海側をまわり,やまももの里南国十市局,(カッパの絵)稲生局の宝を含む9局をゲットした.時間はまだ午前中で,局密度がそれほど高い訳ではないが,かなりの効率でまわることができた.高知市の未訪局は10局を切り,7局となった.

 ここからまだ行ったことがない室戸を目指し再び高知空港方面へ戻り,さらに東へ進路を取った.途中,吉川局は地図(県別マップル高知県版)に載っておらずちょっと迷った.赤岡町に入ると,1990年の夏に局めぐで走ったことがあるR55へ出て,既訪局を避けてまわることになる.今回,貯金を扱っていない岸本簡易局(香美郡香我美町)にも立ち寄って,定額小為替の購入を行った.私の局数カウントのルールでは,あくまでも参考記録である.

 長谷寄簡易局(安芸郡芸西村)に立ち寄ったところで,1局前の手結簡易局でちょっと迷ったため時間は13時をまわり,ゆっくりしていると室戸市まで到達できない可能性もあると考え,安芸市内は通過することにした.室戸岬まではまだ50km以上ある.

 安芸市の未訪局を通過することにしたので,次の未訪局は25kmほど離れている奈半利局(安芸郡奈半利町)までない.有効時間帯の移動のため,とても長く感じた.車内のラジオはドラフト会議のことを伝えているのだが,西武1位指名の横浜高校の松坂投手の話題ではなく,阪神1位指名の藤川投手の話題を熱心に紹介していた.藤川投手は地元高知商業の投手である.

 奈半利局の次は,地図ではR55上にあると思っていた貯金非扱いの加領郷簡易局に寄るつもりだったのだが,実際は橋を渡るため登りにかかる左側の路地にあったため気づかず通過し,戻ることもしなかった.どうも貯金非扱いだと局めぐ時の扱いが….

 14時頃,予定の室戸市に入った.R55からあまりはずれない局をまわり,室戸市元簡易局の宝(これって宝ですよね??)を含む7局をゲットした.室戸岬局はR55から1本はずれた道にあり,岬まで行ってしまったところで気づいて戻った.三津簡易局では,局員さんの好意で地元のお客さんの処理を中断して(旅行者ということで)私の処理を先に行ってくれた.

 この日最後となった室戸椎名局は,R55と路地の両方に入口が設けられていてラッキーだった.処理を終えた時,時間は15:20.普段なら甲浦を目指してさらに進むところだが,19時までに高知駅まで戻らなければならず,室戸椎名局からまっすぐ戻っても2時間ちょっとはかかるので,先に進むことは断念した.

 19時に高知駅に戻らなければならない理由は,レンタカーを乗り換えることをしなければならなかったからである.この日使っていた車はニッポンレンタカー.翌日からは徳島で乗り捨てる時の乗り捨て料金が安いトヨタレンタカーを予約してあった.ニチレンは20時までなのだが,トヨタは19時までと1時間早いため,有効時間を40分も残して戻ることになってしまった.

 それでも,高知市内へ戻る途中に1局行けないか,と考え(R55沿いの局は根こそぎ寄ったので辛いのだが…),中川内簡易局(室戸市)をターゲットにして,山に入っていった.R55を離れた時,時間は既に15:45頃で,局までは6kmほどある.規格の悪い道路(地図では白い道)をかなり飛ばして15:55には地図上の局の近くには着いた.しかし,道沿いに局はなく,車を止めて学校の周囲を走って探してみたが,存在が確認できなかった.誰かに聞こうにも人は1人もおらず,たくさんの犬がいるだけだった.さらに,この犬たちに思い切り吠えられてしまった.

 疲労だけが残ってR55に戻り,高知市内を目指す.普通に走れば18時頃には高知駅に着ける見込みで,経路上にある高須城(酒のディスカウントストア)で翌日我々の燃料となるビールを買って行こうと考えていた.安芸市内に入り,若干の渋滞があったが,大したことなく通過したが,芸西村に入り極端に流れが悪くなった.最初は事故かと思っていたのだが,なかなか現場に着かなかったので,みんな高知市内に飲みにでも行き(帰りは飲酒運転??),高知市内までずーっと混んでいるのかと思うようになった.実際,渋滞は夜須町の手結まで続いていて,どのようにしたらあんな事故が起こせるのか,と思うような,道路工事のため設けられたフェンスに軽自動車が突っ込んでいて,レッカーが作業していた.約10kmを1時間近くかかった.こうなると19時までに高知駅に着けるか微妙になり,高知駅で合流予定だった友人A(柏市在住)とY(札幌市在住)に携帯で連絡を取り,レンタカー会社で待つように指示しておいた.

 赤岡町に入って4車線になったところからスパート,出せるところでは100km/hくらいは出ていたと思う.それでも捕まりたくなかったので,他車の流れには気をつけていた.当然高須城に寄ることはできず通過し,高須から知寄町の電車通りへの合流のところで予想通り渋滞していたので,知寄町から抜け道を使っても高知駅のトヨタレンタカー営業所到着は19:13となってしまった.

 連絡はついていたので待ってはいてくれた.これも予想通り,友人がレンタカーの借り出しの手続きをほとんどやってくれていたので,レンタカーの営業所では精算のみをやって出発.それにしても,営業所の女性は思いきり不機嫌だった.遅れたことはこちらが悪いのだが,心の中では怒っていても,顔は笑っているのが商売上大事だと思うのだが….

 ニチレンのレンタカーを返却し,ニチレンの営業所から祖母の家までは私の運転で向かった.ニチレンの走行距離235kmだった.

 翌日からは3連休で私はATM貯金はやっていないので,局めぐ記はここまで!!

 

[11月21日(土)]:晴れ

 朝,寒さで目を覚ます.祖母の家は暖かい地域のためか,防寒は全くなっていない.この日は墓参をする日で,高知駅に12時に友人K(小田原市在住),F(広島県在住),S(江戸川区在住)が来ることになっていた.前日祖母の家に泊まった私を含めて3人で,高知県に初進出の吉野家で朝食を済ませ,高須城でビールの買い出しも終えて,高知駅へ.KとSは(土讃線が不通のため)高松駅から高速バスに乗っていて,11:15到着と連絡があったので,それに間に合うように行った.

 高知駅で無事にK,Sと合流.前日松山に泊まったFは佐川町を走行中とのことだったので,直接墓地集合を指示し,トヨタカローラに5乗で花等買い出しした後,休止中の宗安寺簡易局の前を通ってみろく霊園へ.無事にFとも合流し,故人とも生前何か事ある毎に酌み交わしていたことにちなみ,墓前でビール,ボージョレーヌーボーで乾杯し,酔いが醒めるまで休んでから霊園を後にした.

 ここから6人が2台の車に分乗し,この日の宿のホテル祖谷温泉へ.喫煙者3人がレンタカーに,私を含む非喫煙者3人がFの車に分乗したので,私は運転をする必要がなくなり気楽なものである.今春開通した高知自動車道伊野I.C.から高速(と言っても対面通行だが…)に入り,大豊I.C.からR32,無料になっていた祖谷渓道路を通って,15:30頃宿に到着した.

 この宿は,露天風呂までケーブルカーで下ることで有名な温泉である.今までに見たことがないほど急傾斜のケーブルカーで5分ほど下り,38度程度のぬるめの湯に30分以上浸かっていたが,上がると湯冷めしそうなほど寒い.宿に戻ってすぐに若干沸かしている内湯にも浸かった.この後,こっそり持ち込んだビールを飲んだことは言うまでもない.

 

[11月22日(日)]:晴れ

 この日も快晴.チェックアウトタイムの10時ギリギリに出発する.広島に帰るか,大阪に行くかを迷っていたFが大阪まで行くことを決めたので,この日徳島から羽田乗り継ぎで三沢まで行くYを除き,Fの車で大阪まで行くことに決定.そこで,不要となった徳島〜大阪のバスの乗車券を払い戻すために阿波池田駅に立ち寄る.途中,四国交通のボンネットバスとすれ違い,ちょっと感動した.

 池田町からR192を東へ向かい,徳島市に向かう.R192沿いには〒(ほとんど未訪)がたくさんあり,日曜であることを残念に思った.順調に走り,徳島市に入ったところでFが四国限定のビールを買うと言って酒屋に寄り,ここで徳島で友人(私は知らない人)に会うというFは1人徳島の市街へ,私を含む残り5人は藍住町経由で徳島空港へ向かう.藍住町に寄ったのは,京都に住んでいたこともあり,学生時代によく行った「餃子の王将」藍住店に寄るためである.フライトの時刻が迫っておりあまり時間がなかったのだが,急いで食事を取って,藍住I.C.から徳島I.C.まで徳島自動車道を使って空港へは余裕で間に合わせた.

 ここでYと別れ,4人はレンタカー返却のため徳島市内へ.15時にレンタカー営業所でFと合流し,明石海峡大橋経由で大阪へ向かう予定になっていた.渋滞で10分ほど遅れたが,Fはもっと遅れレンタカーの返却手続き中にやって来た.

 ここから,パルサーに5乗と非常に窮屈な状態で大阪を目指す.途中,運転手Fの寛大な計らいで4人はビールを飲むことを許され,後部座席に座っていたこともあり,大鳴門橋を渡った頃からウトウト.気づいたら淡路S.A.だった.

 18時に大阪駅で車内にいる5人の共通の友人Hと待ち合わせしていたのだが,予想通り垂水から渋滞しており約束の時間に着くことはほとんど不可能な状態だった.さらに,連絡はHから私の携帯への一方通行で,こちらからは連絡がつかない.西宮北I.C.から西宮北有料道路と抜け道を使い,阪急甲陽園から電車で夙川乗り換えで梅田へと急いだが,結局大阪駅の待ち合わせ場所には1時間15分ほど遅れ,19:15頃になってしまった.Hはいなかった.後で確認すると,私の携帯の番号を間違えていたようである.それにしても,我々5人は4携帯1PHSと,全員電話を所持していたのだが….

 結局,その5人で梅田で夕食を取り,大阪・茨木の実家泊.

 

[11月23日(月・祝)]:晴れ

 この日は夜遅くならないうちに家に帰るだけである.前日,大阪市内のホテルに泊まった,A,Sとなぜか門真市駅で待ち合わせたので,宇野辺駅からモノレールで門真市へ行く.昼食を取って新大阪駅へ向かおうと考えていると,Sは京都市の先輩のところにパソコンの不調回復のために呼ばれ,京阪電車で京都に向かう.それにしても,我々が関西にいることを伝えてあったわけではないのに恐るべしである.

 残ったAと私は14時過ぎに新大阪駅に行くと,この日の新幹線は最終まで全列車満席.さすがに3連休の最終日である.取りあえず25番線自由席の列に並び,Sと連絡を取りながら,16:40まで2時間ほど待つと,列の先頭になっていた.新大阪始発かつ新横浜に停車する新幹線が少なかったし,Sが京都で乗り込むのに合わせたので,かなり待った.

 新大阪からひかり256号の3列のシートを押さえ,京都からSが乗り込むのを待った.新大阪から立っているお客さんもいて,少々気が引けたが,車内が落ち着いた頃には京都に着いており,無事に合流できた.Sが買ってきてくれた2本のビールのうち1本を飲んだのだが,京都からお手洗いにも行けないほどの混雑になったので,2本目を飲むことはしなかった.名古屋からさらに乗ってきて,ラッシュ並になった.その後は爆睡していた.

 新横浜では何とか脱出し,地下鉄に乗り継いで,中川駅前で買い物をしてから,20:20頃帰宅した.今回はずっと天気には恵まれてよかった.


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