東方見聞録に書かれていることを推理する…色々な本から

東方見聞録について
  序文に続く本文は、論理的に一貫性を持った旅行記ではない、地域的に順を追ってはいない、時間的にも混乱している。内容的には『移動しながら書いた中東の年代記という体裁をとっており、その他の産物、住民、信仰について描写している』(『マルコポーロは本当に中国へ行ったのか』フランシス・ウッド著 栗野真紀子訳 草思社1997年)。
 
  なかでも本文にポーロ一行自身の記述が少ない(三カ所)ことである。写本になるときに多くのことが加えられている疑いが昔から語られている。
 フランシス・ウッドの本を読むとマルコポーロは中国に行っていないと思われるが、空想で描かれたようには思えない部分が多い。中国に関する部分は正確なところも多い。マルコポーロの臨終の時にも「本当のことである」と言っている。この問題に決着が付くことはないであろう。。残念なことに、ルスティケロやマルコ自身のサインのある手稿は残されていない。


日本はどう紹介されているのか
 
  東方見聞録により、アジアの豊かな自然や宝物が紹介された。なかでも香辛料についての記述は冒険家の野心を刺激した。香辛料交易で儲けるためである。日本はジパング、あるいはチパングとして黄金の国として紹介されている。  日本についての記述より(174から176までが日本の記述) 174より

『 チパング(日本のこと)は、東の方、大陸から1500マイルの大洋中にある、とても大きな島である。住民は皮膚の色が白く礼節の正しい優雅な偶像教徒であって、独立国をなし、自己の国王をいただいている。 この国ではいたるところに黄金が見つかるものだから、国人は誰でも莫大な黄金を所有している。
(中略) この国王の宮殿は黄金で出来ている。屋根はすべて純金でふかれている。床も、全部が指二本幅の厚さをもつ純金で敷きつめられている。
(中略) またこの国には多量の真珠が産する。
(中略)この島に生えている木々は、いずれも強い芳香を放ちすこぶる貴重な香木であって、たとえば沈香その他に比べても決して劣らぬ高価なものである。黒胡椒はもとより、雪のような白胡椒も豊富なのである。黄金を初めとする様々な奇貨異物の産額も、これまた驚くばかりの巨額である。』 『東方見聞録 2』東洋文庫(株)平凡社刊

〈何故、日本は黄金の国として紹介されたのか〉

 一説によれば、陸奥の黄金が関係しているという。元代に書かれた『宋書』にも「東の奥州は黄金を産するという」とある。これらのことから、日宋貿易では日本の主な輸出商品は黄金であったという。
ひとつの例として、中尊寺(岩手県平泉町)の7000余巻の宋版『一切経』が砂金10万5000両(4410キログラム)と引き換えに宋から輸入されたという記載が、中尊寺経蔵文書の正和2年(1313年)の「大衆訴状」にあるという。 当時の常識では莫大な黄金であったために、日本は黄金の豊かな国として中国から世界に伝播していったのであろう。
       『ジパング伝説』宮崎正勝著 中公新書
 2000年刊

この見聞録には、次の特徴があるという……

 取り扱われている題材が豊富である。伝説、神話から政治的事件まである。また今まで知られなかった中国情報が、大半を占めるのも大きい。その質的特徴をあげれば、記述が東方の物質的豊かさに力を込めていることである。 マルコが商人のためか、取り上げる物が経済的活動の視点から述べられており、読んだものに自分たちの水準から照らし合わせることが出来ることである。中世ヨーロッパにはない品物にも細部まで書いている。つまり『東方見聞録』は経済のルポルタージュともいえる。そのために我々が考える以上に受けいられたのではないか。もちろんマルコポーロ以外にも多くの商人が旅をしている、しかし、旅行記を書いたのは彼だけである。    
                 『異境の発見』 樺山紘一著 東京大学出版会刊


〈『世界の記述』が最初に出たときの反響……〉

 
マルコ・ポーロがその著述を表したとき、同時代人は真面目に受け取らなかったという。 人々は無知であり、教会が作り上げた想像の地図を信じていた。まるで嘘を言っていると思われた、この態度は何年も続き、マルコは苦しめられたという。物語としてはおもしろく読まれたが、真実だと考えられるためには100年ちかい時間が必要だったのである。やがてヨーロッパの地図制作者達がマルコポーロの記述を正しいと認め始めたのである。
 1426年(または28年)、エンリケ航海王子の兄ペドロ王子はヴェネツィアを訪れた際に、政府からマルコの本と工程図(地図)を送られた。このように彼は次の時代に多大な貢献をしたのである。
『ヴェネツィアの冒険家―マルコ・ポーロ伝―』 ヘンリー・H・ハート著 幸田礼雅訳 (株)新評論 1994年  


本写真 本写真  

左、『マルコポーロは本当に中国へ行ったのか』フランシス・ウッド著 栗野真紀子訳 草思社1997年

右、『シルクロード 砂漠を越えた冒険者たち』ジャン・ピエール・ドレージュ著長澤和俊訳 創元社

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