ルイス・キャロルに影響を与えた画家……
 ナンセンスは文学やデッサンに大きな影響を与えた。この影響をうけたなかに同時代のルイス・キャロルがいる。若いときにこの本に感化された彼は、アリス・リデルのための『不思議の国のアリス物語』を創る時、挿絵にはこんな画が欲しいと考えた。


日本でオウム類の鳥類画家(代表作「IIIustrations of the Family of Psittacidae,or Parrots 1830年刊)として知られた。
 
  イギリスの画家エドワード・リア(Edward Lear 1812〜1888年)、ヴィクトリア女王の絵の個人教授をしたことはあまり知られていない。 彼は鳥だけでなく風景画も良く描き、その風景画が女王に認められたのである。しかし、彼が『ナンセンスの絵本』(Book of Nonsense 1846刊)の作者であることは、鳥の画しか知らない人には信じられないであろう。彼のナンセンス本はヴィクトリア時代の大流行になった、これ以後、ナンセンスものが大流行するのである。
  他のナンセンス本として、Book of Nonsense and More Nonsense (1862)、More Nonsense Songs, Pictures, etc. (1872)、Nonsense Botany (1888)、Facsimile of a Nonsense Alphabet (1849年、しかし、1926年まで出版されていない)がある。

エドワード・リアイラスト
イラスト

彼の経歴
 1812年にエドワード・リアは、イギリス・ロンドンのホロウエーで24人兄弟の20番目として誕生した。ほとんどの兄弟は彼の幼い頃に死亡した。子供の頃は裕福であったが、父親が破産したために15歳から画を学ぶために徒弟奉公をした。
 彼に才能があったのであろう、オウムの画(『鸚鵡類図鑑』1830年刊)42枚を描いたところで、貴族ダービー伯(エドワード・スミス・スタンリー)の目にとまり、彼の別邸(ノーズリー・ホールの別邸)で世界中からコレクションした珍しい鳥のスケッチをすることになった。

1832年から1836年まで、昼は鳥を描き、夜は自分好きなイメージで、子供を楽しますために動物や人を描いた。そのそばに、ちょっとしたセリフを添えて描いた。この戯画は子供だけでなく大人にもおおいに受けた。彼は自分の姿を卵に例えるのが大好きだったという。アイルランド旅行をきっかけに水彩の風景画を描き始める。1845年から外国にも出かけて画を描いた。

彼は、シュールレアリズムの先覚者であった。彼の鳥を描くスタイルは、後の鳥類画家に少なくない影響を与え、有名なオーデュボンもそのひとりである。 次のページにつづく

 
自画像 拡大表示
イラスト
イギリス エドワードリアのホームページ
ボタンボタンボタン

トップに戻る 第2章 第3章