第一章はルイス・キャロルとドードーの物語、ドードーの基本データーがあります。

ドードーは『不思議の国のアリス』によって知られました。著者はルイス・キャロル(33才)です、1865年イギリスで出版されました、その頃、日本は幕末の動乱に揺れていた明治維新の3年前、慶応1年(1865)ことです。それ以後、この本は世界中で翻訳され読まれ続けています。

また、本の挿絵も大変有名になり、皆さんも何処かで見たはずです。描いたのはフランス人の J・テニエルです、彼に影響を与えたのはグランヴィル(フランス)とリア(イギリス)など昔の画家達です。ドードーはヨーロッパで見せ物になり、パプスブルク家の皇帝ルドルフ二世の動物園でも飼育されたと言われています。

最後のドードー剥製標本は、イギリスのアシュモール博物館に展示されました。ルイス・キャロルはこの標本を見ていました。1851年、ロンドン万国博覧会の水晶宮に展示された『ドードー標本の復元模型』は沢山の人に見られました。このドードー標本が人々のドードーイメージを創ったと思もっています。

ドードーの故郷は、インド洋上のマダガスカル島から800キロほど離れたマスカリン諸島(モーリシャス島、レユニオン島、ロドリゲス島の三島)で、それ以外、地球上のどこにも住んでいませんでした。ドードーは氷河時代以前から分岐した大変古い「ハト」の先祖だったのです。いまドードー先祖の探求と復元が始まっています。

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第二章ではインド洋上の孤島に住んでいたドードーが、何故発見されたのか。

そのルーツは、人間が地理的な興味を持ち始めた古代(ギリシャ時代頃)から始まります。モーリシャス島が発見(1598年)されるまでの長い歴史物語。

プトレマイオスから始まり、マルコポーロの『東方見聞録』に描かれた黄金の国日本、中世教会の非科学的な世界観、香辛料と黄金を求めた大航海時代などを紹介します。その先駆けとなったのがポルトガルのエンリケ航海王子でした。その後、香料諸島の独占でポルトガル海洋帝国が誕生したのです。

海洋(航海)の近代地図が広まり、ポルトガルの優位が崩れ没落が始まりました。スペイン、オランダ、イギリス、フランスなどが争って東方世界にやってきました。富を求める欲望が人を支配して、神と国益のため植民地をつくり、それまで宗教上の争いのであったのが、東方世界と交易していたイスラム世界と富を奪い合う抗争として激化していきました。

武力が全てを支配する帝国主義時代の始まりです。ドードーの生息するモーリシャス諸島は、大航海時代の初期頃に発見され、帆船航海ではインドへ向かう重要な寄港地として利用されたのです。ドードーは水夫達の食料や見せ物として故国に送られました。
モーリシャス 島も砂糖プランテーションの建設、森林の伐採などで環境が破壊され、住処を奪われたドードーはわずか100年ほどで絶滅しました。あとからドードーは、地球上どこにも住んでいない孤立種だと判明しましたが、すでにドードーはわずかな骨だけを残して絶滅していました。

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第三章は、神話(ノアの箱船)の中のドードー、現実にあった洪水伝説、ボスポラス海峡の話。
今まで描かれたドードーの油絵やイラスト、孤高の画家アロイス・
ツェトルのドードー画、 画家・榎本香菜子さんが描くドードーや絶滅したアメリカの旅行ハトの油絵。
ドードーの洋書紹介。ドードー切手の話、ニュースになったドードー、ホームページ製作裏話、参考図書、リンクページ、などの話題が盛りだくさんです
2008年より動画サイトなどのリンクもあります。
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第三章目次へ
第四章ドードーは日本にやって来たか、江戸時代輸入された鳥たち
第四集目次へ
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