| 《香辛料の歴史 古代からマルコポーロまで……》 | |||
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●古代から中世まで歴史 香辛料は古代から貴重品として知られていた。12世紀頃には、すでにスパイス(espice) と言う言葉が使われていた。しかし、その原産地は未知のベールに包まれており、遙かに遠くのオリエントから来ることは知られていたが、詳細は不明で神秘的な伝説の域を出なかったのである。 ●交易ルートは2つ、海上と陸上の道である。 中国と西方世界の交易は、紅海を経由して行われた。アデン(アラビア半島最南端の港湾都市(現在はイエメン民主人民共和国)から来た船は、オリエント産の品物を積み込んで、紅海をへてアレクサンドリアに運ばれた。ヴェネツア人はここから品物をヨーロッパへ持ち込んだのである。 陸路ではインドからカーファ、タナ、アジャゾをへて運び込まれた。この商品はラクダなどの隊商でアララト山を経てエルズルム(トルコ東部)からアジャゾに運ばれた。もう一つのルートは、インドの都市カムベイからインダス河を経てカスピ海を渡り、アストラカンからコーカサスの麓を経てアフゾ(ロシア南部)に着いたのである。 ●シルクロードに始まる香料交易 シルクロードとは、地中海やイラン諸国と中国と結ぶ陸路の路であった。この路は5000キロ以上もあり、ほとんどが険しい山岳地帯や寂しい砂漠地帯の道であった。 しかし、現在考られるような貨物 輸送としての重要性はなかったと言われている。シルクロードは、細々とした交易とアレキサンダー大王の後継者(キリストの宣教師)や仏教伝導師が通う「巡礼の道」であった。むしろ伝説的な輝きが人々に強烈なイメージを残したのである。 |
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| 《中世 香辛料の道……十字軍がヨーロッパに香辛料をもたらした》 | |||
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●香辛料は極めて重要なものであつた。しかし、蛮族の侵入やアラブによる征服のために、手に入りにくい珍奇なものになってしまった。十字軍遠征の最後には、香辛料の原産地がどこかということさえ忘れさられてしまった。 コショウ(胡椒)はヴェネツア人に「天国の種子」と呼ばれるほど価値の高いものとなった。中世ヨーロッパでは香辛料の中でコショウがもっとも高かった。香辛料は祝祭日、結婚、新年の贈り物などに用いられた。貢ぎ物はしばしば香辛料として徴収された。 (「香辛料の世界史」リュシアン・ギュイヨ著 白水社) ■何故、中世の社会は香辛料を狂気のごとく求めたのか? その答えは『香料を求めた中世ヨーロッパの食生活』にあります。 |
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