1999年7月17日は暑い日でした。この日パートタイムシンガー・ガブさんは名古屋の電気文化会館 ザ・コンサートホールでシューベルトの歌曲集「冬の旅」を全曲演奏しました。暑い日の昼下がり、ガブさんの「冬の旅」を聴きに東京からわざわざ駆けつけた少数の友人たちの姿も会場にありました。もちろん東京のガブさんが名古屋で開いたリサイタルですから会場には空席が目立ちました。しかしガブさんが20世紀最後ということで取り組んだ「冬の旅」は喜んでもらえたようでした。

このコンサートを通じていろいろな人の気持ちがわかりました。家族には迷惑のかけっぱなし、演奏会の手配から一切を頼みっぱなしにした人もいます。友人、知人、会社関係に無理やりチケットを押し付けたりもしました。「金返せと言われるような演奏するなよ!!」とも言われました。好意に甘え、無理を言い、それに対するせめてもの恩返しは「金返せ!!」と言われない演奏をすることだけでした。お手伝いいただいた方、会場で聴いていただいた方、そして遠く名古屋までは来られなくて遠くで気にかけてくれていた数々の皆さんの応援を受けて歌うことが出来ました。

「冬の旅」は絶望と諦観のうたです。しかしその「冬の旅」を歌ってガブさんは人の温かい心を知り、そして感謝する気持ちを知りました。ありがとうございました。

この曲を歌う上で考えたことは数え切れませんしそれらはいわば企業秘密みたいなものですから明かせないものも多いですが大きなポイントだけお話します。ガブさん世代の「冬の旅」の定番はもちろんディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ。ガブさんももちろん子供の頃からDFDを聴いて育ちました。しかしフィッシャー=ディースカウ流の語りのリートから抜け出してもっと自然な「うた」をという気持ちが強くなったのはいつ頃からだったでしょうか?自分で「冬の旅」を歌うのに当然いろいろな演奏も聴きなおしてみました。フィッシャー=ディースカウだって何種類も録音があります。そしてもちろん他のいろいろな人、古くはゲルハルト・ヒュッシュのものから比較的新しいところではオラーフ・ベーアやトマス・クヴァストホフなどなど・・・いろいろ聴くごとに強くなった思いは「やっぱり『うた』だ!!」でした。ちょっと古い世代だとハンス・ホッターの「うた」がありました。最近の人たちもようやくフィッシャー=ディースカウの語りの呪縛から逃れてうたう人も増えてきたかなと思います。でもどうせやるなら他の誰もやらないような「うた」でやってみたい。そんな気持ちでやった「冬の旅」、自分で聴いてみてやっぱり誰も歌わなかったような「冬の旅」だわいと一人でほくそえんだりしています。
 

「冬の旅」の後日談

「冬の旅」は会場でデジタル録音していました。東京から名古屋まで行けなかった友人たちが CDを作ってくれました。マスター製作、ジャケットデザイン、ライナーノーツすべて友人たちの合作でした。当初予定の枚数はあっという間になくなり追加プレスしなければなくなりました。

しかし CDというのは時間の壁を超えていろいろな人の耳に届くのです。時間的、距離的な制約の中で名古屋まで行けなかった友人たちだけでなくまったく面識のない方、数々の先生たちの耳に触れることにもなりました。いろいろな方からお褒めの言葉、今後の課題、注意点についての手紙をいただきました。演奏家にとってこれほどの喜びはありません。

興味のある方は CDコーナー もちょっとのぞいてください。


冬の旅



パートタイムシンガー・ガブさんの「冬の旅」です。
第一曲「おやすみ」