Wandering Mind


その1


「ティナはまだ愛を知らない。教えてやれるのはお前だけなんだ。」 私はマッシュにこう言った。これは、マッシュへの励ましであると同時に、自分の彼女への思いを断ち切るためのものだった。
ケフカとの戦いから2年・・・・。皆各々の故郷に帰っていく中、ティナはマッシュと共に過ごすことを選び、今はこのフィ ガロ城で生活している。この時ティナがマッシュを選んだのは、もしかすると恋愛感情であったのかも知れない。が、まだは っきりとしたことは言えない。ティナの感情はまだ完全には戻っていないのだ。私はマッシュに、彼女に恋愛感情を芽生えさ せてあげるのは、お前の使命だ、と言った。マッシュは「任せろ」と言い、実際ここ数ヶ月のティナの挙措動作には、恋愛感 情のようなものが見えるようになってきている。
だが、こういったティナの挙措動作は、私の中にもう一人の『私』を作り出した。その男は弟マッシュを妬み、ティナに恋 心を抱いている。最初の頃は、何か自分のなかにザワザワとしたものを感じるだけだったが、日が経つほどに私の自我までも 少しずつ侵食し始めた。私はコイツの暴走を抑えるために、何度も自分に言い聞かせようとした。ティナとマッシュの恋愛と 私は関係ないのだ、と。しかし今、この男は私の肉体を支配し、槍を持ってマッシュの部屋に向かっている。
(やめろ・・・・。何をしている・・・・。)
意識は妙にはっきりしている。しかし、そんなものとは無関係に肉体は少しずつ、少しずつマッシュの部屋へと近づいて行く。
「やめろ!!」
私は思い切りそう叫んだ。すると不意に、体に自由が戻った。周囲の部屋からは、一斉に臣下達が出てくる。
「エ、エドガー様。どうなされました!?」
「・・・・いや、何でもない。済まないが、今日はもうこれで休ませてもらう。」
私は自室へ戻り、ベッドに頭までもぐりこんだ。布団の中には、果てしなく続くような漆黒の闇が私を待ち受けていた。私の 心はこの闇と同じなのかな?と私は考えた。フィガロ王国の次期国王として育てられてきた私の心はどのようなものなのか、 と。他国の王家から、女たらしと揶揄されていたことも知っている。しかしそれでも、今までに何人もの女性と関係をもった。
どの女性も多かれ少なかれ私に恋愛感情をもち、その中で私は毎日を過ごしていた。ティナと出会ったのはちょうどそんな時 である。無論のこと、いつも通りに口説いてはみたものの、彼女は全くの無反応。今まで出会ったどの女性とも全く違う。 そんな彼女を見て、私の中にはある大きな欲望が生まれた。もしかするとこの欲望こそが、今の私の中にいる奴の原型なのか もしれない。その欲望は、例えるならば手の届かない程高い木の上にある木の実が食べたくてたまらないというようなもの。 彼女が欲しい、と純粋に思った。マッシュに任せると言った今でも、未練が無いと言えば嘘になる。しかし、それでも彼女を 諦めなくてはならないことは分かっている。だが、諦めようとすればするほど、『もう一人の私』の暴走は抑えがたいものと なって私に襲い掛かる。解決の糸口は見つからない。もう寝よう・・・・。しかし、朝起きても私がここにいるのか?と考え ると、まどろみに堕ちるのが、少し怖い。

 


その2


 ・・・・小鳥の声がうるさい。いつもならば心地よいと思うのに・・・・。でも、そんな私にも一つ幸運がある。まだ私は ここに存在している。私はベッドから跳ね起き、急ぎ食堂へ向かった。人間とは不思議なもので、見たくない・見てはいけな いものほど無性に見たくなる。今の私はまさにその状態である。マッシュとティナが何をしているか早く見たい一心で、食堂 への歩を早く進めた。
食堂では既に朝食が始まっていた。マッシュとティナは、パンを頬張りながら何やら話し込んでいる。
「よぅ、兄貴。」
私はマッシュの挨拶を受け流すように、自分の席に座った。マッシュと話すと、また奴が顔を出しそうで怖い。朝食が酷く不 味く感じる。流し込むようにして朝食を終え、退室しようとした私の耳に、不幸にもティナの話し声が飛び込んだ。これが、 奴を起こす引き金となったのだ。奴は昨夜のように私の体を乗っ取った。食堂の壁にはインテリアとして、父愛用のホーリー ランスが一本飾ってある。体は、これを握り締めてマッシュに襲い掛かろうとする。
「エ、エドガー様・・・。何を・・・。」
体は兵士の制止を振り切り、マッシュへ向かう。
「あ、兄貴・・・。何だよ・・・?」
奴の支配権は、マッシュと目を合わせて益々強くなる。昨夜のように声を発することもできない。今の私には見る・聞く・考 えるの三行動しか許されない。マッシュ、逃げろ!と心の中では叫んでみるが、同じこと。
「エドガー、やめて!!」
ティナの叫び声で奴の支配権はわずかに鈍り、私は発言を許された。
「早く私を取り押さえろ!!両手両足を封じて、牢に入れるんだ!!」
しかし、いきなりの場面に困惑しきっている兵士たちは誰一人動こうとしない。
「何をしているんだ!!早くしろ!!」
と、ここでマッシュが動いた。後ろから私を羽交い絞めにして両腕の動きを封じる。
「今だ!全員で取り押さえろ!!」

 


その3


 ・・・・どれくらい眠っただろうか?私は地下牢で目覚めた。腕が痛い。どうやらマッシュの締めで少し傷めたようだ。
「あ、エドガー様。お目覚めですか?」
「あぁ。あれからどれくらい経った?」
「丸一日近く経っております。今は真夜中です。」
私は牢を開けようとする番兵を制し、石畳の上へごろりと横になった。幸いにも、奴の気配は感じられない。番兵は番兵で、 私が中途半端なところで会話を一方的にやめてしまったので、所在無さげな表情でチラチラとこちらをうかがっている。私は その男に、故郷はどこだ、歳はいくつだ、ととりとめも無い事をいくつか尋ねた。無論、そんなことを尋ねても意味が無いこ とや、このように寝転がりながら話をすることが失礼極まりないことは重々承知なのだが、今の私にはそんなことを気にして いる精神的余裕は全く無い。しかし、そんな話題も程なく尽きてしまい、私は仕方なくその兵に質問を求めると、彼はこう聞 いた。
「失礼なことではありますが、お休みになっている間中ティナ様のお名前を繰り返し繰り返し言っておられたのは一体・・・。」
「何?そうか、私はそんなことを言っていたか・・・・。」
「も、申し訳ございません。」
「いや、いいんだ・・・・。むしろ、教えてくれてありがとう。」
私はそれきりその兵との会話をやめた。そしてこの時初めて、ティナに思いを打ち明けようとする気持ちが私の胸の中に浮か んできた。だが、その気持ちはまたすぐに奥へと顔を引っ込めてしまった。そしてまた、自分とティナとは無関係なんだ、と 必死で言い聞かせる。すると、不意に番兵が牢を覗いた。私が、何だ?と聞いても何も答えず、ジッとこちらを見ている。
そこでようやく、私はその男が先ほどの番兵とは違う事に気付いた。
「だ、誰だ!?貴様は。」
男はニコリと微笑み、
「オレはアンタだよ、エドガーさん。」
と答えて、牢の扉を開けて私の前に座り込んだ。
「お前が私だと?一体何を言っているんだ?」
「だから、オレはエドガーだって言ってるんだよ。」
「ふざけるな!エドガーは私だ。」
「それはそうだ。でも、オレもエドガーだ。2人で一つなんだよ。」
私は正直、何がなんだかさっぱり状況が飲み込めなかった。恥ずかしいことだが、かなり狼狽しているであろうことが分かる。

 


その4


 私は一度大きく深呼吸し、間を置いて心を落ち着け、こう切り出した。
「・・・・そうか。お前はアイツだな。何度も私の肉体を乗っ取り、マッシュを殺させようとした・・・・。」
「ご名答。分かってンじゃねェか。」
「ふざけるな!いますぐここから失せろ!」
「おいおい、つれねぇなぁ・・・・。さっきも言ったけどよ、オレとお前は2人で一つなんだぜ?」
「何が2人で一つだ!お前のような下賎な者と同じであるはずがないだろう。」
私は、無意識的に「下賎」という言葉を使った。今までに、自分が王家であることを鼻にかけて軽蔑的な言葉を使ったりした 事はなかったのに。しかし、私の心の奥底にはこういった汚い感情が潜んでいる事を、図らずも自分で知ってしまうことにな った。
「下賎か・・・・。下賎ねぇ・・・・。」
男は言葉の選択に迷っているようだったが、その眼から出る威圧感が私の発言を許そうとはしない。
「だが残念だけどな、この下賎な者を生み出したのはアンタなんだぜ。」
「!?」
「アンタは表面上はどうあれ、心の中ではティナを愛し、弟を妬んでいる。その心の闇がオレみたいな人格を作り出したのさ。」
「私がマッシュに嫉妬?その上ティナを愛しているだと?バカも休み休み言え。」
「バカはそっちだぜ!そんなこと言って、隠せるとでも思ったか?オレはここしばらくずっとアンタの中にいたんだぜ?全部 お見通しに決まってんだろ。そんな見え透いたウソ言いやがって・・・・。情け無ェヤツだな、おい!」
私はそれを聞いて、言葉を継げなくなった。それでも、その男は構わずに続けた。
「言っちまえばいいじゃねぇかよ、ティナに。何で言えねぇんだ?何が怖いんだよ?」
私はもはや何も言える状態には無かった。沈黙のみが、私の存在を微かに表している。
「まぁ、何が怖いかは大体分かるぜ。大方、受け入れられないかもしれないのが怖いんだろ?今までみたいに軽く口説いてで もみたらどうだ?他の女たちにはそうしてきたじゃねぇか。何故できないんだよ!?」
「他の・・・・女とは・・・・違う・・・・。」
途切れ途切れの声でこう言うのがやっとだ。男は呆れ顔で私にこう言った。
「オイオイ・・・・。ダメだ。アンタ本当に情け無ェわ。もうヤメだ。もう少し骨のある奴かと思ってこうやって話にきたの に、アンタ駄目だ。一生逃げ続けてな。」
男は立ち上がり、牢から出て行った。私にはそれを止める気力も無い。情けなさが全身を貫き、憤りと虚しさに支配されたま ま、その場に崩れた。

 


その5


「エドガー様、起きて下さい。エドガー様。」
何だ・・・・?起きる・・・・?寝ていたのか・・・・。
少しずつ目を開けると、側には秘書のルイ。大臣らが車座になって私の周りに立っている。
「おぉ、エドガー様。このような所で一晩お過ごしになられて・・・・。」
見ると、周りは牢だ。どうやらこの点は夢ではなさそうだ。更に、番兵も夜中に見たのと全く同じ。念のため、その兵に夜中 に話した事を確認すると間違いないと言う。加えて、朝までずっと見張っていたが、怪しい者は来なかったとも言う。
「それが何か?」
「いや、いいんだ。皆、迷惑をかけて済まなかった。」
私は大臣らが用意してくれた朝食を食べに自室へ向かった。途中、昨日私に代わって政務を務めてくれたマッシュに会った。
マッシュとティナが地下牢に迎えに来なかったのは、昨日の朝の食堂での私の状態があまりにおかしかったため、またその状 態を引き起こさないようにという2人の気遣いだったらしい。しかし、照れ屋のマッシュは私が礼を言うと顔を赤らめて、 「よせよ、兄貴。礼なんて・・・・。」
と言って足早に何処かへ行ってしまった。
 私は朝食を終え、昨日の牢の中でのあの男とのやりとりを何度か頭の中に蘇らせながら、タバコに火を付けた。輪になった 煙が部屋の中に舞い、少しずつ周りに淘汰されていくのを見ながら、あの男のことを思い出す。彼は私に「お前は怖がってい る。」と言っていた。そんな風に考えた事は無かったが、あながちそうであったのかもしれない。いや、きっとそうだ。私は 怖がっていたのだ。ティナが私の気持ちを受け入れてくれないかもしれないことに。私は今まで、こういった男女の色恋沙汰 に関しては私よりもマッシュの方がずっと臆病だと思っていた。だが、昨日あの男と一対一で話してみて、それが大きな間違 いであることに気付いた。私の方が、遥かに臆病だった。口説くことはできても、本当の恋というものには巡り逢えない。マ ッシュのように戸惑いながらも確実に前へ進む、ということができなかった。女性に軽口を叩いて口説いていくことによって、 自分の臆病をひた隠しにしようとしていた。しかし、今私は前へ進む決心がついた。ティナに思いを打ち明けよう。私は、秘 書のルイを呼んだ。

 


その6


「お呼びでしょうか。」
ルイはすぐに来た。私は、ティナを呼んできてくれと頼んだ。程なく、ティナを連れたルイが戻ってきた。
「済まない。それからルイ、人払いを頼む。」
「かしこまりました。」
ルイは優秀な秘書なので、おそらく私の心中は察しているだろうし、これから私が何をするのかも大方見抜かれているだろう。
でも、もう今の私はそんなことで臆したりはしない。
「ねぇ、エドガー。何?話って・・・・。」
「ティナ・・・・」
「?」
「私は、私は・・・・」
言えなくなった。あれほど決心したはずなのに。
(駄目だ・・・・。言えない・・・・。)
ティナは、何が何だか分からない表情で私の言葉の続きを待っているのだが、私の口は全くといっていいほど開かない。
(・・・・フザケんな!・・・・)
なにやら声が聞こえる。まさか・・・・
(フザケんなよ、オイ!ここまできたら言っちまうんだよ!)
あの男だ。また私の中に戻って来た。それに気付いたとき、私の口は再び生命を取り戻した。
「私は・・・・、私は君を愛している。」
遂に言った。これほどまでに真剣に「愛」という言葉を口にしたのは、これが人生で初めてだ。
「エドガー・・・・。」
ティナの表情は、とても形容しがたい。嬉しいとも悲しいとも違う。彼女は目を虚空に泳がせ、数分黙りこくっていた。しか し、その数分がまるで数時間のように感じられ、耐え切れなくなった私はつい、こう聞いてしまった。
「それとも、私よりマッシュが好きかい?」
「違うの、わたしまだ分からないの。でもね、マッシュを見てると何だか胸がドキドキするの。」
「そうか・・・・。」
覚悟は決めていたものの、実際こう言われるとやはり少しこたえる。だが、彼女は次にこう続けた。
「でもでも、エドガーを見てても同じくらいドキドキするわ。」

 


FINAL


 気が付くと、私の前に彼女はいなかった。実際あの瞬間から、私は何分か固まっていたのであろう。が、手応えはある。私 は彼女に思いを打ち明けたのだ、という手応えは。すると不意に部屋をノックする者がある、マッシュだ。
「何だよ兄貴、用って?」
私は、何のことだ?と思ったが、次のマッシュの言葉を聞いてその疑念はすぐ吹き飛んだ。
「ヨゼフィーがさ、エドガー様のお部屋に行ってあげて下さい、って言うもんだから・・・・。」
“ヨゼフィー”というのは、マッシュが秘書ルイに付けた愛称である。やはりルイには全て見透かされていたようだ。
「マッシュ、私は以前ティナに愛を教えてやれるのはお前だけだ、と言ったな。」
「え?あぁ・・・うん。」
「済まんが取り消しだ。忘れてくれ。」
「はぁ?」
「私も、彼女にそれを教えてあげたい。今日からお前とはライバルだな。」
「なるほど・・・・。分かったよ、兄貴。今日からライバルだ。」
マッシュはむしろ淡白ともとれるようなあっさりとした態度で、自分の拳と私の拳をつき合わせて部屋を出て行った。私は世 界中の人間に、自分の弟を自慢したくなった。私にはもったいないくらいの良い弟に巡り会えて、本当に幸せだ。
マッシュが去った後の部屋で、私は窓を開けて外に向かって思い切り叫んだ。何と叫んだのかは私にも分からないが、その 声は砂漠の砂嵐にもまれながら、ゆっくりと太陽へ吸い込まれていった。

 

THE END

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