「ティナはまだ愛を知らない。教えてやれるのはお前だけなんだ。」
私はマッシュにこう言った。これは、マッシュへの励ましであると同時に、自分の彼女への思いを断ち切るためのものだった。
ケフカとの戦いから2年・・・・。皆各々の故郷に帰っていく中、ティナはマッシュと共に過ごすことを選び、今はこのフィ
ガロ城で生活している。この時ティナがマッシュを選んだのは、もしかすると恋愛感情であったのかも知れない。が、まだは
っきりとしたことは言えない。ティナの感情はまだ完全には戻っていないのだ。私はマッシュに、彼女に恋愛感情を芽生えさ
せてあげるのは、お前の使命だ、と言った。マッシュは「任せろ」と言い、実際ここ数ヶ月のティナの挙措動作には、恋愛感
情のようなものが見えるようになってきている。
だが、こういったティナの挙措動作は、私の中にもう一人の『私』を作り出した。その男は弟マッシュを妬み、ティナに恋
心を抱いている。最初の頃は、何か自分のなかにザワザワとしたものを感じるだけだったが、日が経つほどに私の自我までも
少しずつ侵食し始めた。私はコイツの暴走を抑えるために、何度も自分に言い聞かせようとした。ティナとマッシュの恋愛と
私は関係ないのだ、と。しかし今、この男は私の肉体を支配し、槍を持ってマッシュの部屋に向かっている。
(やめろ・・・・。何をしている・・・・。)
意識は妙にはっきりしている。しかし、そんなものとは無関係に肉体は少しずつ、少しずつマッシュの部屋へと近づいて行く。
「やめろ!!」
私は思い切りそう叫んだ。すると不意に、体に自由が戻った。周囲の部屋からは、一斉に臣下達が出てくる。
「エ、エドガー様。どうなされました!?」
「・・・・いや、何でもない。済まないが、今日はもうこれで休ませてもらう。」
私は自室へ戻り、ベッドに頭までもぐりこんだ。布団の中には、果てしなく続くような漆黒の闇が私を待ち受けていた。私の
心はこの闇と同じなのかな?と私は考えた。フィガロ王国の次期国王として育てられてきた私の心はどのようなものなのか、
と。他国の王家から、女たらしと揶揄されていたことも知っている。しかしそれでも、今までに何人もの女性と関係をもった。
どの女性も多かれ少なかれ私に恋愛感情をもち、その中で私は毎日を過ごしていた。ティナと出会ったのはちょうどそんな時
である。無論のこと、いつも通りに口説いてはみたものの、彼女は全くの無反応。今まで出会ったどの女性とも全く違う。
そんな彼女を見て、私の中にはある大きな欲望が生まれた。もしかするとこの欲望こそが、今の私の中にいる奴の原型なのか
もしれない。その欲望は、例えるならば手の届かない程高い木の上にある木の実が食べたくてたまらないというようなもの。
彼女が欲しい、と純粋に思った。マッシュに任せると言った今でも、未練が無いと言えば嘘になる。しかし、それでも彼女を
諦めなくてはならないことは分かっている。だが、諦めようとすればするほど、『もう一人の私』の暴走は抑えがたいものと
なって私に襲い掛かる。解決の糸口は見つからない。もう寝よう・・・・。しかし、朝起きても私がここにいるのか?と考え
ると、まどろみに堕ちるのが、少し怖い。