夜―――それは昼の賑やかさと違い、温かみを帯びた騒がしさを作り出す時間だ。
俺が酒場のドアを開けて鈴の音が切なく鳴ると、そこにはいつも酒を飲みながら夜を楽しむ野郎共が待っていた。
「お!来た来た。」
「ロック待ってたぜ。今日は遅かったな。」
「わりぃ、遅くなっちまった。秘宝の売買で骨董品の親父が値切ってくるもんで、いなすのに苦労してな。」
―――俺の名はロック・コール。
世界をまたにかけるトレジャーハンターだ。
「いつもの頼むよ。」
俺はカウンターバーの常連席に座りながらマスターに頼んだ。
「OK。ところでロック、今日はお前さんに客がいるのだが、そいつには挨拶してやらないのか?」
「客?」
マスターがあごでしゃくると、そこには常連客とは違って際立った服装をした男が座っていた。
俺はその男をよく知っていた。
思わず名を叫ぶ。
「エドガー!」
「寂しいなロック。俺のことを忘れるなよ。」
長い金髪をお下げにしている貴族の服を纏ったこの男はエドガー。
俺の子供の頃からの幼馴染で、フィガロ王国国家元首だ。
風来坊の俺とは対極の位置にいる奴だが、それでも俺とエドガーは唯一無二の親友だ。
「悪いなエドガー。おごるよ。マスター、こいつにも俺と同じのを頼むわ。」
「OK…ほらよ。」
俺とエドガーはマスターから同時に酒を差し出された。
「んじゃ…乾杯。」
俺とエドガーのグラスがバーのライトを乱反射させながらお互いのグラスを鳴らす。
それを口火に始まるクラシックギターの調べ。
この一時が、俺にとって疲れを取り除く唯一の至福の時だった。
「―――旨ぇな。」
酒を再び口に入れて、心地よい溜息を吐いた後、エドガーが突然切り出した。
「…なあロック。」
「ん、何だ?エドガー。」
少しいいにくそうな顔でエドガーは口を開いた。
「…そろそろさ、お前もまっとうな仕事についたらどうだ?」
「あん?」
「…殆ど後ろ盾のない世界で一匹狼で世界の遺跡を渡り歩いては
秘宝を取ってくるお前の姿勢は評価するが、
とてもじゃないがこれからの世界はそれでは生きていく事なんかできないぞ。」
「なんだ…またその話か。」
俺は溜息交じりに呟き、グラスを口につける。
俺はエドガーからこういう話をされるのは初めてじゃない。
確かに遺跡に潜っては宝が全く無かったり、単なる魔物の巣窟だったり…そんなケースはある。
よって収穫も殆ど一攫千金に近いことは重々承知している。
でも俺は正直、これが俺に定められた職業だと思っていたので、辞める気はしなかった。
「お前の気持ちは嬉しいけどよ、けど生憎、これが俺に与えられた天職だと思うんだ。」
いつもはこの言葉で折れるエドガーだったが、今日のエドガーは違った。
「わかってるさ…別に俺は今のお前の気持ちを踏みにじりたいわけじゃない。ただ…」
「『お前のためを思って…』だろ?もう耳タコで覚えたよ。」
俺はグラスを再び口に運ぶ。
酒は相変わらずの旨さだった。
「でもそれじゃ…いつまでたってもレイチェルを娶ることなんかできないぞ。」
俺は思わずグラスを落としそうになった。
エドガーのほうを振り向くと、少しきまり悪そうな表情をしていた。
「…本当はこんなことは言いたくなかったがな。
お前が仕事をすることに何ら異を唱えるつもりはない。
しかし、もうすこしレイチェルのことを考えてあげたらどうだ?」
「…」
俺は何も言えなかった。
だが、俺はエドガーの言い方に何か引っかかりを覚えた。
…そうか、もしかして!
「…レイチェルから何か言われたのか?」
「っ!」
エドガーが詰まった。
どうやら図星のようだ。
俺の勘は相変わらず冴えている。
「…どうして分かった?」
エドガーが恐る恐る訊いてきた。
「お前がそういうふうに言うのは、何かを隠している時だけだからな。
そうでなかったら、いきなりまっとうな仕事のことなど言ってくるはずないしな。
いつもはちゃんとした理由を言ってからそういうことを言うのに…」
俺は少し笑いながら言った。なぜか可笑しくなった。
「…流石はトレジャーハンター…」
「お前とダチになって久しいからな。それに即位してから随分実務口調になったし、俺にでさえこういうこと話すときはいつも大事なことから単刀直入だっただろ?」
エドガーはグラスの中の酒を一気に飲み干した。
そして重い口を開く。
「実はな、ちょっと前にレイチェルから連絡があったんだ。」
「連絡?なんだ?」
俺は身を乗り出してエドガーに迫って訊いた。
ちなみに俺は大概トレジャーハントのため世界を飛び回るため、これと言った個人の連絡先を持たない。
だからエドガーがその連絡係になっていた。
一国の王様を連絡係にするところは、流石の俺も少し気が引けたが、もっとも言い出したのが当のエドガーだったから俺はそうさせてもらった。
とはいえ、連絡の内容と言うのは専らレイチェル関係のみだった。
しかしそれでも充分だった。
俺にとって、レイチェルの情報は秘宝の情報より価値が高い。
「…なんでも、レイチェルの両親が、彼女に見合いの話を持ち込んだらしい。」
「み、見合い?」
俺は思わず声をあげた。
対照的にエドガーは静かに、そして気遣うように続ける。
「…レイチェルだってもう23になる。結婚するのに充分な歳だ。彼女自身あまり婚期と言うのは考えてないみたいだが、親の方はそうではないらしい。
多分、本音は放浪者とみなしているお前を譲りたくないんだろうな。幸せな生活をレイチェルに願う両親からすれば当然だと思う。
恋愛結婚は建前で、結局は階級を重視する差別感―――
そんなとこを、彼女は本能的にひしひしと感じていたんだろう。連絡を彼女から貰った時、辛そうな気分だったことは俺にも分かったぜ。」
見合いのことは初めてだったが、エドガーに言われなくとも、レイチェルのそういう気持ちは実はとっくにわかっていた。
けれど、俺は何もする事ができなかった。
理由はコンプレックスを持っていたからだ。
確かにレイチェルの両親が言う通り、放浪者である俺が上流階級のお嬢様と一緒になるというのは俺自身不釣合いという想いがあった。
けれど、いつしかその想いは本気のものとなり、いつの日かまっとうな仕事についてレイチェルを娶る―――そんな夢を俺は自然に描いていた。
だが、一度染み付いたものはなかなか消せないのが人間の性。
俺は放浪癖だけはどうしても抜け出せなかった。
それが俺の夢の邪魔をしていた。
俺はグラスに注がれた酒を覗く。
「俺自身もさ、連絡を受けても受けなくとも、彼女やお前のために何かしてやりたいとは思うんだ。…なのにお前はいつも返事を先送りにして…」
エドガーはいつもと違い、怒りに言葉を含ませていた。
酒のせいで本音が出たのかもしれない。
「悪かったよ…でも正直言って難しいんだよ。頭では分かっててもやっぱり…ってやつだ。」
俺はマスターに酒ビンを出してもらった。
それを並々と注いで口に入れた時、エドガーが切り出す。
「本気なんだろ?レイチェルに対しては。だったら迷うことないだろ?
それに、迷えば迷うほど彼女の気持ちを傷つけることになることも知ってるだろ? …お前は彼女を傷つけたいのか?」
エドガーの言葉が俺の心に刺さった。
「そんなことあるはずがないだろ!」
俺は立ち上がって声をあげた。
思わず酒場の皆は竦み、クラシックギターの演奏も止まった。
エドガーは俺の顔を見上げて、さっきまでの怒りの混じった表情を柔らかくし、笑った。
「…分かってるじゃないか。」
その言葉で俺は再び椅子に座った。
柔らかいクラシックギターの調べが再開される。
お互いの張り詰めた気持ちはもう無くなっていた。
「それにな、俺としても、レイチェルのこと抜きにしても、友達としてお前にまっとうな職について欲しいんだ。そうすれば彼女の両親だって納得するし、彼女自身の幸せにもつながる。
それに俺なら、彼女の両親を納得させるだけのような大きな職を今すぐにでも用意できる。」
その言葉を聞いて俺はエドガーを少し訝った。
レイチェルの両親を納得させるだけの大きな職なんて、どういうものか見当もつかない。
俺はとりあえず思いついたものを口にした。
「…俺は目利きはできるけど商才は無いぜ。加えて国家機構の堅苦しい役人護衛とかなんかも俺には向かないよ。」
俺がそう言うと、一呼吸おいてエドガーは口を押さえて爆笑した。
俺は笑いの真意がわからなかった。
「な、なんだよ。」
「そりゃこっちのセリフだよ。誰がビジネスマンとかガードマンになれといった? ハハハ、お前、想像力乏しいな。お前にとってそれが大きな職かよ…」
エドガーが笑いながら言う。
まるで子供を馬鹿にしているかのようだった。
「…じゃ、なんだよ。」
笑い声が収まったところで、エドガーは嬉しそうに言った。
「俺がなれといってるのはな、大学のプロフェッサー(教授)だ。」
「プ、プロフェッサー?」
俺は思わず声をあげた。
まさか教授など言い出すとは思ってもいなかった。
それ以前に俺には無縁なものと思っていたからだ。
「…嘘だろ?」
「いや、本当さ。ちょうどフィガロ国立大学の考古学の教授の席が一つ空いているんだ。
お前はトレジャーハンターだろ。だからいろんな遺跡に行ってはいろんなものを知っている。
ま、狙いは考古学資料の収集とかじゃなくて秘宝だけどな。その違いはあっても遺跡発掘と言う点では大差ない。ちょっと興味の対象を変えるだけでいいんだ。
どうだ?お前にぴったりだろ。」
俺はまだ信じられなかった。
酒に酔ったエドガーが冗談を言っているように聞こえたが、どうやらそれは冗談じゃないらしい。
「…俺にそんな大それた職につけるのか? 第一就いたところですぐに追い出されそうな気がするし…それに結構堅苦しそうな感じだな、教授ってのは。」
俺の呟きにエドガーはすかさず答えた。
まるで俺が次に言おうとしているのかを、とっくに読んでいたようだった。
「その点は大丈夫だ。確かに今よりかはそういう意味で自由はなくなるかもしれないが、遺跡の探索ならプロジェクトを立ち上げるだけですぐにできる。
加えて考古学教授が現地の遺跡を飛び回るのを信条としていたら、考古学教授会内での評価はかなり高くなる。
ただでさえ教授室のデスクに座って偉そうにふんぞり返っているだけの堕落教授は多いからな。
それに古代遺跡を相手に秘宝を探すには古代知識が必要だろ? お前にはそれがある。まさにうってつけのポストじゃないか。」
「…うーん…」
俺が渋るのをお構い無しに、エドガーは続ける。
「加えてフィガロ国立大学の教授といえば、コーリンゲンの方にも影響力は大きい。それなら彼女の両親も納得するだろう。絶大な権力があるんだから。
収入も研究論文の量や質にもよるが、お前なら日記感覚に書くだけでも充分だ。
それにお前は結構勘に優れている。考古学の研究ってのは一番大事にされるのは勘だからな。
だからおまえがちょっと努力すれば考古学の権威にのし上がる事ができると俺は信じている。」
エドガーは自身たっぷりに言った。
けれど俺には少し気味悪く思えた。
俺がそんなに偉くなれるとはこれっぽっちも思っちゃいない。
「…買いかぶりすぎだよ。俺に教授だなんて…」
自嘲気味に笑いながら俺はそう答えた。
それを聞いたエドガーは薄く笑って席を立った。
「まぁ…すぐに結論を出せとは言わないさ。トレジャーハンターから足を洗うのもお前にとって見れば大変なことだろうしな。
また来るよ。その時まで何か意見をまとめておいてくれ。」
「エドガー…」
酒場のドアを開けようとしたとき、俺は呼び止めた。
エドガーは足を止めて僅かに振り向く。
「…最後に、もう一回言っておくけど、お前が迷えば迷うほど、レイチェルを苦しませることは忘れないでくれ。」
そう言い残してエドガーは出て行った。
耳に入ってくるクラシックギターの演奏は、切なく悲愴的に聞こえた。
俺はそれから数十分ほど酒を飲んだ後、酒場を後にした
酒場を後にした俺が立ち寄ったのは、少し離れた所にあったカジノだった。
俺は奥に入り、待機していた昔からの知り合いのディーラーに声をかける。
「おい。セッツァーいるか?」
「ロック・コール様ですね。マスターなら“ブラック”におります。こちらへ。」
俺はディーラーに案内されてセッツァーのいる“ブラック”へ案内された。
ブラック―――それはカジノマスターであるセッツァーと一騎打ちの勝負をするための
特別に用意されたセッツァーのゲストルームの呼称だった。
通常ブラックに入る事が許されるのは、カジノでの凄腕ギャンブラーしか許されない。
つまりセッツァーに認められた一部のギャンブラーに与えられるVIPルームでもある。
ちなみにセッツァーとは俺がトレジャーハンターの駆け出しの頃からの付き合いだった。
きっかけは、何気なく知り合いとやっていたゲームに飽き飽きして、
本場のゲームを楽しみたい、という気持ちからだった。
そのゲームはブラックジャック―――手持ちカードの合計を21に近づけるゲームだった。
俺はこのとき、たったの500ギルを元手にして挑んだ。
トレジャーハントをしている俺にとって見れば小遣い銭でしかない金額だった。
俺は勝ちつづけ、気がついたら30分もしないうちにディーラーと一騎打ちとなった。
3分おきに入れ替わるディーラーを次々に負かしていき、
気がつくと手元の金は元手の金の1000倍以上の金になっていた。
痺れを切らしたのか、最後に現れたディーラーはカジノマスターのセッツァーだった。
流石に3時間以上も勝負を続けていたため、俺は一回きりの勝負に全てを賭けるためセッツァーとの一騎打ちに全額を賭け、そして勝利した。
一回きりの勝負だったとはいえ、それがきっかけとなり“ブラック”へ入ることを許されることになった。
以来俺はセッツァーとは最大のゲーム好敵手として付き合っている。
ブラックに入るとセッツァーが待っていた。
傷だらけの顔に腰まで伸びる白髪と対照的な黒い貴族趣味のコート。
相変わらずのポーカーフェイスを緩ませてセッツァーは軽く笑った。
「よ!久しぶりだなロック。何をする?」
「…ポーカーでいい。」
俺は少し声が暗くなっていた。
陰鬱な気分がそのまま出てしまった。
「何だ?随分暗いじゃないか…気晴らしに来たのか?余裕だな。」
「実はな…」
俺はセッツァーから封を切ったばかりのトランプを配られる間、酒場でのエドガーとのやりとりを話した。
話が一段落して、俺とセッツァーは配られたカードを手に取る。
「…そりゃ確かに難しいな、お前にとっちゃよ。」
セッツァーはカードを眺めながら言った。
何気ない言葉だが、セッツァーも俺のことはよく分かってくれる一人だ。
トレジャーハンターは秘宝が既になくなっていたりすることも少なくない。
だからある意味で博打とも言える職業だ。
そういう意味で俺はギャンブラーでもあった。
だから、ギャンブラーとしてセッツァーと心が通じるのかもしれない。
「もし俺だったら…強引に奪ったりするだろうな。勿論ゲームでな。けど、お前の場合はそうでもないからな…
お前は俺と違っていつかはまっとうな仕事に就きたいって思ってるんだし…ま、俺の場合はギャンブルから抜け出したくないしよ。」
セッツァーはカードを入れ替えて二枚捨てたあと、二枚山札からカードを引く。
おれは心なしか、セッツァーの言葉が妙に他人事に思えた。
俺はまだ配られたカードを眺めてボーっとしていた。
「…おい!」
「…ん?」
「“ん?”じゃねぇよ。」
早く引け!そう暗に言っているのがわかった。
「…ああ。」
やっと俺はまともな答えを言えたかもしれなかった。
じれったく思ったのか、セッツァーは顔をしかめる。
「…迷うことねえんじゃねぇの? まっとうな仕事につけて収入も以前と比べてかなり安定。
それにちょっと何か書けば権威としての座も用意される。おまけに女もつく特典つき!言う事無しじゃねぇか。」
「…確かにな。」
俺はやっと手を動かしてカードを入れ替える。
「だったらそうすればいいじゃねぇか。迷う理由なんてあるのか?」
セッツァーは無造作に左手にあったダーツを的を見ずに投げる。
見事なまでに中心を射抜いていた。
こいつにとって見ればこんな神業は朝飯前なのだろう。
俺は何も言わずカードを一枚捨て、カードをドローする。
焦っていたのか俺がカードを除いた瞬間、いきなりコールしてきた。
「…ったく。ほらよ!エースのスリーカードだ。お前は?」
俺はドローしたカードを覗く。
そして俺は溜息混じりに言った。
「…わりぃ、パスするわ。」
俺はカードをリバースにしてデスクに置き、席を立った。
「おいおい!まだはじめたばっかりなのにもう帰るのか?」
俺はセッツァーの叫びに耳を貸さず、そのままブラックを出ようとした。
力がないように思えるのは気のせいじゃなかった。
それはセッツァーも知っていた。
呆れる心を吐き出すかのようにセッツァーは俺の背中に向かって叫んだ。
「おい!てめぇはなんでそんなことで女々しくなるんだ? そんな迷う必要なんてねえじゃねえか。
確かにてめぇの言いたい事はわかるぜ。けどな、そんな迷ってうだうだするのはてめえらしくねえよ!単細胞のくせに!
思いたったら即行動!それがてめぇじゃなかったのか?
…ったく、どんなゲームにおいても他の馬の骨とは違って、てめぇは度胸があったくせによ。ことこういうことになるとすぐ脅えやがる。そんな腰抜けじゃ、どんなお人よしの女でさえ抱くことを拒まれるぜ。」
「…そうかもな。」
ボロクソに言われた俺は自嘲気味に笑った。
セッツァーは気が晴れない表情で俺のカードを覗いた。
「…ったくてめぇも人が悪いな。俺には全てにおいて嫌味に見えるぜ。今日は許すが、次こんなことしやがったらぶっ殺すからな。」
セッツァーはダーツを俺に向かって投げた。
ダーツは俺の右頬を掠め、その先の悪魔の顔をした塑像の口に刺さる。
あたらしいオブジェを眺め、俺はセッツァーに言い残して去った。
「…カードは俺のせいじゃない。そういう山札にした神のせいだ。」
俺のカードはクイーンとエースのフルハウス―――最後にドローしたカードは、ジョーカーだった。
俺はカジノを出て夜風に揺られながら自問自答していた。
確かに理屈から言えば迷うものなどなかった。
ただエドガーに一言、『OK』と言うだけでレイチェルを迎える事ができる。
それは俺にとっても嬉しいことだったが、それでも抵抗感があった。
恐らく生来備わっていた放浪癖のせいだろう。
長い旅をしている鳥は休むために枝に止まることはあっても、
だからと言っていつまでもその場にいることは決してしない。
まるで野性の中で自由を満喫していた動物に、
いきなり檻の中へ入れと言われたような気分だった。
ふと俺は街のガス灯に寄りかかった。
上を見れば光に反応して寄ってくる蛾が燐分をこぼしながら飛んでいる。
溜息をついて視線を下ろしたその時だった。
「……!……」
遠くで女性の高い声が何かを叫ぶのを耳にした。
「何だ?」
俺は声のしたほうへ走っていった。