薄紫色の華
妖しい色の大きな雲は 間近に迫って
窓の外を 瞬く間に暗くした
激しい雨が硝子を叩いている
頬づえをつきながら その光景を眺めていた
あの日 薄紫色の花を見つけた
あまりにも可憐で 繊細な花
それは 私の魂を吸いとっていきそうな……
けれど 今少しで届かない
こんなにも魅かれているのに 何故 触れられない?
妖しい色の大きな雲が 通り過ぎて
窓の外は 蒼い蒼い空が広がった
二羽の白い鳥が大空をはばたいている
微笑みながら 鳥たちを追いかけていた
あの日 薄紫色の花に魅かれた
あまりにも儚げで 今にも消えそうな花
そして 私の魂は吸い取られてしまった……
手をさしのべてみても届かない
その色は理想なのに 何故 触れられない?
やがて届く日を願って
また 一日が過ぎてゆく……
貴方は私の存在の全てだった…
貴方を…あいしていた……
'94.7.20「薄紫色の花」(Louis)より
それほど広大ではないが、フィガロ城の最上階には清楚な礼拝堂がある。決して煌びやかではないその部屋はいくつかの礼拝堂に見るように天井は高く、緩やかな円弧を形どる天には光の中の天使の絵がいくつも描かれている。
大きな窓から差し込む陽光が正面の偶像とエドガーの束ねていない腰までの髪を輝かせ、見る者の目を射抜く。
「こちらにお出ででしたか、機械室の方だとばかり思っておりましたので、随分とお探しました」
エドガー付きの近衛連隊長アラン・オートゥイユ・ド・キュウイ大尉は、主であるエドガーの姿を捉えて胸を撫で下ろしたようである。
「陛下がお呼びでございます」
「……」
エドガーは正面の像を見上げたまま立ち上がった。
エドガーの右手にルビーが埋め込まれている小さなロザリオを確かめたキュウイ大尉である。
王子の父、国王の実弟である枢機卿がおこした悪夢の陰謀の日以来、この王子はいつになく沈みがちであったのを、彼に忠誠を誓っていたキュウイ大尉の目には明らかであった。主は初恋であり、生涯の憧れの女(ひと)グウィネヴィアを成す術もなく死を目の当たりにしたのであるから。
例え硬化なダイヤですらその赤い光で焼き尽すがのごとく、情熱の石をソディアックに持っていた女(ひと)と同じ石を埋め込んだロザリオを握り締めているエドガーの姿は、この忠実な近衛兵からは堪えがたいものであった。
「いつも済まない、アラン」
エドガーは自身の胸の内は双子の弟、マッシュの前でしかあからさまに顕わす事はなかったが、7歳年上のこの近衛兵に兄のいない彼はマッシュとは違った兄弟に似たものを彼の中に見出していた。それ故に滅多に訪れる事のない礼拝堂で何かに祈りを捧げている姿を見られても、不快に思うことはない。何せエドガーが産声をあげた時から仕えているキュウイ大尉である。幼馴染として育てられたのは言うまでもない。
「僕の我侭だが、今宵、サウスフィガロの酒場へ行ってみたいと思うのだが」
エドガーの予期せぬ願いに言葉を亡くすアランである。
「もちろん、忍びでだ」
「しかしながら……」
「わかっている。万が一、僕の忍びが陛下のお耳に入っても大丈夫だ、僕が断っての願いをしたのだからね」
夜の砂漠は気温が低い。チョコボ小屋の出口から出てきたエドガーは黒いマントにフードを被って出てきた。
サウスフィガロへの洞窟を越えるとそこはまるでおとぎの国のように目に映るエドガーである。
夜も更けた刻だというのに、町は明るかった。陽気な男達が歌を歌いながら通りすぎる姿もみかける。
「お兄さん達、寄ってらして〜」
と、肌の露出の激しいドレスに身を纏い、濃い紅を引いた女性がアランの腕を掴む。
「あら、こっちのお兄さんもよく見ると綺麗な方ねぇ、もしかしてまだ経験したことないのかしら? 若いわねぇ」
女は高笑いしながらもう一方の手でエドガーの腕を掴んで、フードの中の顔を覗き込んだ。エドガーはフードで深く顔を覆い、アランに羞恥な目線を送る。
「今宵は先を急いでいるんだ、また来るよ」
「つれないのね!」
アランは慣れた手つきで女を振り払い、振り帰るエドガーの腕に力を入れてその場を立ち去った。
「アラン…」
エドガーが声をかけてもアランは沈黙を保ったまま夜の町を急ぐ。
「アラーン!」
エドガーは少し声を張り上げて近衛兵の名を呼ぶ。
その声に踵を返す彼に向かって「あれは…さっきのレディは娼婦と言われる人なのか?」と穏やかな表情で問うエドガー。それに対してアランはエドガーの澄んだ蒼い瞳を直視した。
「……仰せの通りです」
エドガーはその深く蒼い瞳をアランの灰色の瞳から離さずにこくりと頷いた。そしてその瞳は夜の明るい町へと向けられる。
「我が国では表上では規制されている…。しかし、世界各国からの出入りも激しい発展の国だ、ただ働くだけでは男も女もそれは本能的にむごいことであろう。人は本能に準ずる快楽というものは必要であろう? アラン」
「はっ!」
「父上も黙認なさっているようだ。……抑えつけるものではない…抑えようがないものだとも思っているよ……さっきこの腕を掴んだレディが僕の気を引くレディだったとしたら?……」
とエドガーはアランを上目遣いに微笑した。
「僕だって皆と同じさ。ただ僕はお金で女性を買ったりはしないけどね」
アランは角を曲がると、数メートル先から賑わいの声がしていたその扉を開けた。
戸口に立つ二人に酒場の者たちは一瞬振り帰ったが気にも留めない様子である。
「久し振りだなぁ、アラン」
最初に声を掛けてきたのは髭ヅラの強面の男であった。
「いろいろと忙しくて」
「国王暗殺未遂事件なんてあったもんだからなぁ。一応お前は末端とは言え、その息子の近衛兵の一員だと何かと大変だろうな?」
「ああ、雑用に追われる毎日さ」
とアランは微笑してみせると、その逞しい体の男も釣られて微笑した。
二人のやりとりに、エドガーはアランがこの店で身分を詐称している事に気付いたのである。
「おや? 今日は珍しいなぁ、お前にも高貴な旦那の連れがいたもんだ」
「そりゃー、いるさー。俺も一応貴族の端くれさ。貧乏で落ちぶれてはいるがなぁー、マスター。こちらは唯一の貴族の友人さ」
と語るアランの言動でエドガーは、その強面の男はこの店のマスターだと知る。同時にアランがこの店の常連であることも。
「久し振りだ、まぁ、ゆっくりしてってくれ。ここ数週間は異国の若造のおかげで賑わっているがな」
とマスターは奥にいる銀髪の男に目線をやった。
アランはマスターの目線を辿り、同時にエドガーもその矛先に向けた。そして、その男の隣に従順に腰を下ろしている栗毛の奇妙な女性に惹かれたのも事実だ。
「どうだい? この女は素晴らしいだろう?」と言う銀髪の若者。
その二人を酒場の男衆は囲んでいる。
栗毛の女は豊満な胸を強調するような桃色のシルクのドレスを纏っている。
歳は18、9であろうか……柔らかそうな波打つ栗毛の先を辿ってみると、何とも言い難い色気づいた腰から尻にかけて見事な線を描いていた。濃い茶色の瞳は何を思うでもなく、真正面をじっと見詰めている。
二人を囲んだ男どもはその女性を見て感嘆の声を顕わす。
「この女が欲しけりゃ、俺と勝負だ」
銀髪の男は腰から一枚のコインを出す。
「俺が負けたら、ダリル……この女の名前だ…コイツを好きにしていいぜ。でも俺が勝ったら、100ギル貰うぜ…どうだ? 勝負するヤツはいるか? なぁに、簡単さ、このコインで表が出れば、あんたたちの勝ちさ…。裏が出れば俺の勝ち…どうだい?」
銀髪の男は得意気に説明をした。
その男はたいそう洒落た身なりをしているが、よく見るとエドガーと同じくらいの歳に見える。
指や腕、そして胸にはなかなか高価な宝飾品をつけている。髪は銀色の絹の糸のようでエドガーと同じように、束ねることなく、無造作に腰のあたりまで伸びている。
「そこのフードを被っている旦那、ダリルに興味があるって顔してるぜ。どうだいこっちへ来て俺と勝負しないか?」
エドガーがあまりにも食い入るようにその男を眺めていたので、その男は興味を抱いたようである。いや、銀髪の男の気を引いたのはマントの下に隠れるエドガーの身なりであったのだが。
「せめてそのフードくらい取れよ」
男に促されてエドガーは言われるがままにフードを後ろへとやった。
「見事な黄金色の髪だな、隠すなんてもったいないぜ」
木偶の坊のように突っ立っているエドガーに銀髪の男は近付く。男はマントの下に隠れていて僅かに見える腰に下げた高価な石が埋め込まれた剣や耳元で輝く石に目をつけた。
「旦那…、いや、失礼。俺とそう年は変わらないようだな…。お前、たいそうな耳飾や剣を持っているな……。貴族だな」
エドガーは銀髪の男から物色されるのに嫌悪感は抱かなかった。むしろこの男に好奇心が芽生えたようである。
「まぁ、貴族だろうが何だろうが、俺には関係ないさ……。どうだい? 俺と勝負しないか?」
銀髪の男もエドガーに相当な興味を抱いたようである。
「貴族か? うん? どっかで見たことのあるような顔だなぁ…お主。まぁ、いい。貴族だろうが平民だろうが、身分の分け隔てがないこの国が俺は好きだからなぁー」
きっとこの男は国王一家の肖像画をどこかで目にしたことがあるのであろう。
「若造よ、こっちへ来て楽しめよ」
「ひゅひゅー」
等と言う者もいた。
「あいにく私は金を持っていない…」
エドガーは静かに答えた。
銀髪の男は紫がかった瞳をエドガーの頭部から足元までゆっくりと下ろし、もう一度上に戻すとエドガーの蒼い瞳を捉えた。そして微かに頷き左の腕を見やった。
「お前が負けたらその腕輪でいいぞ」
男は到底100ギルでは買えないような深く蒼いサファイアの石が埋め込まれている、腕輪を要望した。その腕輪から目線を外した淡い紫色の瞳は再びエドガーの蒼い色の瞳を捉える。
エドガーは瞳孔を微動だにせず、頭を軽く頷かせた。
「いいだろう」
銀髪の男は観客の目に刻み付けるように、コインの表裏をじっくりと見せた。異国のコインである。エドガーは見た事もないコインだ。
若者は馴れた手つきでコインを宙に投げる。
コインはコトンッという鈍い音をたてて、木のテーブルへと落下した。テーブルを囲んでいた者たちがざわめく。
「俺の勝ちだ! 残念だったな、君達」
落胆の声を発しながら、裏が出たコインを眺める男達。
「チッ! 若造、あんたにゃ、敵わないぜ!」
と負けの100ギルを払う男衆。
大量の金、3000ギル程はあろうか……テーブルの金をかき集めながら、銀髪の少年はエドガーから目線を離さなかった。
「残念だったな、約束のものは貰うぜ」と銀髪の若者。
エドガーは高価な腕輪を外し、彼に手渡す。
「私の負けだからな」
「ありがとよ。ふーん、素晴らしい腕輪だなぁ。これは売らずに俺の宝物として大事にするぜ」
若者は嬉しそうに自分の左の手首につけた腕輪を眺める。
「今後大切にしてもらえて、その腕輪も私も光栄だ。……記念に…というのは何だが…貴方の名を伺っても良いか?」
エドガーは誰に対しても優雅な王子たる気品を隠せない。
「俺は、旅先では名乗らないが…お前は気に入った! だからあえて言うよ、覚えておいてくれ、セッツァーだ」
セッツァーと名乗った少年はエドガーに手を差し伸べた。
「私は……」エドガーはアランの視線を感じる。
「………私は、ジェフリーだ」
「近頃はエドガーと夜の町を徘徊しているそうだな」
国王は静かに言った。
アランが思っていた以上に情報の早いフィガロ城である。こんなにも早く国王の耳に入るとは!
「はっ! 仰せの通りでございます」
アランは恐縮して平身低頭する。
「うむ、それは大いに結構なことだ。いずれこの国を継ぐ者として、この国のことをよく知ることはエドガーの知識になる」
国王は厳格でありながら驚くほどの寛大さを持ち合わせていることに、アランは常に尊敬の念を忘れない。
国王はややあって、片膝を付き深々と頭を下げているアランの目線に合わせる。
自分と同じ高さに腰を屈める国王にはっとしたアランは頭を上げ、国王の深く蒼い瞳を見つめた。
「……その……エドガーは…」国王は一旦ここで言葉を切った。
思慮深い国王の瞳を捉えたアランの灰色の瞳は言わんとする意味を把握する。彼の瞳の奥を見詰めた国王は暫くして小さく頷いた。
「……エドガーも早、16歳だな……」
そう言いながら国王はアランに耳を貸すよう求めた。
部屋にいる女官や近衛兵たちには聞かれたくないほど内容であろうと、アランは察する。
国王に耳打ちされたアランは「陛下のご意向、このアラン忠誠を誓って努力いたします!」と言い、丁重に下がった。
「キュウイ大尉」
ドアを閉めようとしたアランは陛下に呼び止められる。
「そなたは限りなくジェフリーに近いな」
ジェフリー。現国王に忠実で高潔の騎士にして国王の唯一の親友であった人。
王弟の国王暗殺なる陰謀にて惜しくも命を落とした騎士である。
「まぁ、まだ若さ故にジェフリーほどの色気は今はないがな…。エドガーにとってのジェフリーだな、そなたは」
「ありがたき光栄なお言葉、身に余ります」
アランは尊敬する国王に、これまた尊敬するジェフリーに似たところがあると言われて、有頂天になりそうであった。
だが王の間を退室したアランは小さな溜息をつく。
陛下の仰せとはあれ、今度の任務は肩の荷が重い…さて、どうしたものか……。
エドガーは一刻も早く亡き想い人を忘れようとするかのように、昼は狩り、夜はサウスフィガロの酒場へと忙しく繰り出す。
フィガロ城より北東のノースフィガロ地域の森で狩りをし、夜にはサウスフィガロの町へ向かうのが国王の補佐以外の自由な時間のエドガーの日課だった。そしてエドガーの行く先にアランは全て同行していた。
狩りの最中のある日、激しい雷雨と濃霧に遭遇したエドガーとアランはある小屋の明かりを見つける。
こんな無人な森にも人が住んでいたのだろうか?
冷たい雨に身体を震わせていたエドガーは疑念したが、常に思慮深いはずのアランが意外にも、その小屋へ向かおうと言うのである。
「殿下! 既に体が震えておられるではないですか?! このままでは肺を患う恐れがございます。ひとまず、あの明かりのついた小屋を訊ねましょう」
アランの促すままに後を追うエドガー。
その明かりのついた小屋はエドガーが見た事もないほどの質素なものである。以前にも何度かこの小屋の辺りを通りすぎた事があったかもしれないが、まさか人が住んでいるとは思えないほどの住処であった。
コンコン!
躊躇なく古びた木の扉をノックするアラン。その音は激しい雨音にすぐに消される。
そして返答のない扉を見詰める二人。
ややあって“カチリ”という錠を開ける音。木戸に細く白い手がかかる。
「不意にこのような濃霧と雷雨に遭遇して、この森を抜け出せなくなった。すまぬ、ほんの少しで良い、休ませてくれないか?」
アランの頼みに不安ながらも快く引き受けた住人は「どうぞ」と言ってドアを開けてくれた。
アランを先頭に小屋に入ったエドガーは、まずその住人である女性の姿を見た時に、まるで雷にでも打たれたように硬直したのである。
「グウィネヴィア…」エドガーの唇からは小さくその名前が出た。
「こんな粗末なところですが、暖かいスープをお持ちしますわ。ご遠慮なく座って下さいませ」
そう言って小屋の主は粗末な台所へと向かう。
再び彼女が簡素なテーブルの前に現われるまで、沈黙の二人であった。
「まぁ、御髪がひどく濡れてらっしゃいますわね! これでは肺を患う恐れが…」
小屋の女主はそう言うと再び姿を消し、戻ってきた時には手に布を持っていた躊躇なくその布でエドガーの濡れた長い髪の毛を拭く。
「さっ、これで大丈夫ですわ! こんなものしか用意できませんぬが、もし宜しければスープを召しあがって下さい。冷えたお体が温まりますわ」
「すまないね、何から何まで…遠慮なく頂きます」
アランはスープを食し始める。
だが、エドガーは無言のまま小屋の女主を直視していた。
「どうなさいました? 旦那様?」
「あ…いや、失礼しました。実は私の知った人に貴方は生き写しのようで……」
エドガーは我に帰る。
「“グゥエネヴィア”さん?」
「…! どうして知っているの?」エドガーはその名に驚きを隠せない。
「クスッ…貴方様は私を最初に見た時にそう呟やいてましたよ」
エドガーは一瞬躊躇したが、普段の優しい笑顔に戻る。
「すまないね、あまりにも似ていたから…。私はジェフリー、こちらはアラン」と手を差し伸べる。
「クローディアと申します。お二人はご貴族の方ですね。こんな質素な我が家にようこそ。この森にいらした時はいつでも遠慮なくお越し下さいませ。豪華なおもてなしはできませぬが」
これがエドガーとクローディアの出会いであった。
クローディアはあまりにもグウィネヴィアに似ていた。透き通るような白い肌、青い瞳、豊かな金色の巻き毛。容姿は生き写しである。だが、クローディアのグウィネヴィアと違ったのは心優しいその性格を隠さず表に出ていたことである。
あの狩りの日以来エドガーは、アランを同行せず、単独で狩りやセッツァーのいる酒場へと繰り出していた。
セッツァーは変わらず酒場の客相手にコインでの賭け事に興じていた。
エドガーはそんなセッツァーとダリルと話すのが楽しみであった。
一方、昼間はもっぱら狩りのエドガーである。目当ては、クローディアの小屋でもあった。クローディアはいつ訪れても変わらず優しくエドガーを迎えてくれた。
その日の夜の酒場ではいつもと変わりなくセッツァーと客との賭け事が行われていた。二人は何時もの如く3000ギル程の大金をかき集め酒場を後にする。
エドガーはその後を追った。
「セッツァー! 私のコイン…フィガロのコインで勝負してくれないか?」
ふいにエドガーに声をかけられたセッツァーは暗闇に立ち尽くす。
「これだよ。よく確かめてくれ。表はフィガロ国王、裏は国王の後姿。表が出れば私の勝ち! 裏が出れば君の勝ちだ。どうだ? 勝負しないか?」
エドガーの応戦に束の間躊躇するセッツァーであったが「いいだろう!」と勝負に応じた。
「やめろっ! セッツァー!」と側にいたダリル。
「俺は勝負をする事によって俺の生命が疼くんだ! ジェフリーとは一度勝負したいと思っていた!」
セッツァーの紫色の瞳は輝いていた。その瞳を見るとダリルは口を閉ざす。
「さぁ、一発勝負だ! お前に自分の思惑通り表が出せる技術があるかな?」
セッツァーは余裕である。
「まぁ、見てろ」
エドガーは金貨を空高く投げる。その金貨はくるくると舞って、エドガーの白い手に落ちた。
フィガロ国王の肖像…表であった。
「くっ! 貴様…いかさまだな?」とセッツァー。
「おや? 君もいつもいかさまだっただろう?」とエドガー。
「な、何!?」
「こっちは普通のフィガロのコインそしてこっちはトリックの表裏一体のコイン。普通のコインは表は国王、裏は国王の後姿。そしてこっちの表裏一体のコインは表も裏も国王だ。私は父上からこんなコインを幼い時に頂いた。賭け事に使うためではない。表と裏。私が落ち込んでいる時、父上が言った。コインを投げて表が出れば良い事があると勇気付けてくれたんだ。つまり父上がいかさまなコインを趣味で作ったのは私を元気付けてくれるためのものだった。このコインをもらって以来、私は常に後ろ向きに考えることはなくなった。前を見て、どんな困難に遭遇しても前につきすすむ事だと誓った。そんな意味のこもった大切なコインさ」
「……!」絶句するセッツァー。
「君は常に前向きな男だと思っているよ。何か君達に理由があるんだろう? こうやってイカサマをしてまでギルを稼ぐ必要が」
エドガーの穏やかな声で語る言葉はセッツァーとダリルの胸に響く。やがてセッツァーが語り始めた。
「俺や、ダリルは、君みたいなフィガロ国の由緒正しい貴族の出と違って、出生地も知らないような卑しい出なんだ。だが、そんな俺らにも夢はある。俺らの夢はあの青い大空を駆け巡る事。ある時、この男勝りなダリルと出会って、夢を語り合った。それで今は各国を渡り歩いて俺達の夢に一歩ずつ近付く為にイカサマであろうが何であろうが、ギルを稼ぐ為に協力しあっている訳さっ! もう少しで俺達は空を自由に飛べる艦を買えるのさ!」
夢を語るセッツァーの薄紫色の瞳は憂いを帯びて輝いていた。
「だが、このフィガロは良い国だっ。俺らみたいな素性もわからない怪しい者でも快く受け入れてくれたよ。ずっとココに滞在したいくらいだが、そろそろ、他の国へ旅立つ予定だ」
「……そうか……。何時の日か君達に再会するのを楽しみにしているよ、セッツァー、ダリル……あまり無茶をするなよ。いつか、どこかで会おう」
「ああ…。いつか、必ず会おうぜ! 必ずなっ!!」
セッツァーとエドガーは右手同士を強く握り合った。
この頃のエドガーは狩りの帰りにクローディアの小屋へ寄るのが楽しみであった。素朴な彼女との会話を楽しんだ。普通の女性であるクローディアと一緒にいる間の時間、エドガー自身も普通の少年になれたのだ。国王の息子でも何でもない、16歳のただの少年エドガーに。
しかし次第にここへ訪れ、この小屋を後にするたびに何か混沌としたものがエドガーの中に残されていった。
そしてそれがとうとうその日、器から溢れ出したのかもしれない。
その日もいつになく親切なクローディア。小雨に打たれたエドガーに温かいスープを差し出す。
エドガーは隣の椅子に腰掛けるまで一言も発せず、クローディアを追っていた。
クローディアが腰を落としても沈黙を保つエドガー。
「どうなさいました?」
エドガーの視線はクローディアの首筋にうっすらと浮かぶ血管から、鎖骨、そしてほんの少し露になった肩から胸元へと移る。
「御髪を乾かさないと、お風邪を召しますわね」
クローディははそう言って席を立とうとした。が、ふいに右手をエドガーに掴まれる。
「ジェフ…!?」
彼女が驚きと彼の名を呼ぼうとする前よりも素早く、その腰は立ちあがったエドガーの力強い腕に引き寄せられたのと同時にその口も塞がる。
エドガーの舌は荒々しくもクローディアを気遣って優しく唇を撫でる。
暫くそれに応じていたクローディアの舌先も次第に遠慮がちにエドガーの唇を撫でた。クローディアの腰を抱くエドガーの左手は更に強まる。
持て余した右手は優しく背中からクローディアの胸元へと向かう。
エドガーは自身の体をクローディアに押し当てて彼女をドアまで押しやる。
束の間二人は接吻を繰り返す。エドガーの右手はクローディアの胸元をドレスの上から弱々しく掴んでいた。
そしてクローディアの右手は後ろ手でドアのノブを回す。それと当時に勢い良くベッドへと雪崩れ込む二人。勢い余ってベッドに座ったクローディア。
二人は無言でお互いの瞳を見詰め合った。
エドガーの手は静かにクローディアの背中のボタンに手をかける。
ひとつ、そしてまた一つ、とボタンが外され、更にコルセットの紐を解く。
エドガーはそっと肩からその布を下ろした。瞬時動きの止まったエドガー。
「……綺麗だ……」
クローディアの露になった乳房や腰の丸みに感嘆する。
エドガーは力を入れずにクローディアの肩に手をあててゆっくりとその手を押した。それに応じるかのようにクローディアの体はゆっくりとベッドへと横たわる。
外はいつの間にか雨が止み、窓からさす蒼白い月明かりがエドガーの黄金色の髪とクローディアの金の巻き髪が重なり合い、また時折激しく二人の髪が流れるのを静かに照らしていた。
「…す…まない…」
エドガーは自身の隣に横たわっているクローディアの軟らかい巻き髪を指に絡ませ、視線はその指先を辿っていた。
「……」
そんなエドガーの姿を静寂を保ったまま見詰めるクローディア。
「僕は……僕は、きみの…中に…」
クローディアは弱々しく笑むとそっとエドガーの少し汗ばんだ髪に手を伸ばす。
「貴方は…優しいのね」
「…!?」
「グゥネヴィア……さん……は、素晴らしい女性だったのでしょうね?」
エドガーの蒼い瞳はクローディアの瞳をしっかりと捉える。
「……ご、めん、クローディア…。僕は………グウィネヴィアと言う名の女(ひと)を愛したが……結局は僕の手の届かない女(ひと)だった。そして、彼女は更に僕の手の届かない世界へと行ってしまった……。生前の彼女にはいろんな事を教わったよ。不思議だな、こんな事弟にしか話した事なかったのにな」
エドガーは自嘲する。
「……例えそれが、叶わぬ恋だったかもしれませんが、その女(ひと)に出会ったと言う事が、今の貴方だと思うわ」
「そうだね、あの女(ひと)に出会わなければ今の僕は僕でなかったかもしれないな」
「……わ、たしの方こそ……ご、めんな…さい」
「!?」
「…わたしは…きっと‘あなた’という人と今宵の事を………」
「クロー…」
「きっとジェフリーという名の…その人、その…あなたを……」
「? クローディア?」
クローディアの巻き毛を弄んでいたエドガーの指が止まる。
長い沈黙だったかもしれない。
クローディアは顔にかかっていた巻き毛をそっと払いのけ、ようやくジェフリーと名乗るエドガーの蒼い瞳を直視した。
暫くして弱々しく笑むクローディア。
「…僕がどんな名の人であろうと……それでも…それでも‘僕’を愛してくれるか?」
そう呟いたエドガーの声は既に静寂に飲み込まれそうな程の儚い声であった。
「ジェフリー様、お迎えに参りました」
まだ日も昇らぬ夜明けにアランが迎えにきた。
エドガーは眠っているクローディアに気を使いながら服を着る。シーツに顔を伏せていたので、寝顔を見ることは出来なかったが額にそっとキスをして部屋を後にした。
「ぬかりないな、アラン」
「神官長様に気付かれぬうちにご寝室にお戻りになられませんと」
「あぁ、朝帰りがばあやに知れたら大変な事になるな」
クローディアはシーツに包まったまま外の男達の会話に耳をすませていた。
やがて、静かになる。
「さようなら…」
クローディアは包まったシーツで涙を拭く。
再びエドガーがそこを訪れた時、最初から人など住んでいる形跡がなかったかのように簡素な佇まいであった。
礼拝堂は大きな窓から陽光が差し、朝の光を集めていた。その光の下でエドガーは椅子に深く腰を掛け、足を組んでゆったりと座っている。
右手に持つロザリオを時折光に翳したりしながら何をするでもなく、ただこの静寂と光に身を委ねていた。
エドガーは束ねていない長い髪が風に流されると礼拝堂の大きなドアが開いた事を知る。
「やはり、ここにおいででしたね」
「ありがとう、アラン……。僕に素晴らしい夢を見させてくれて」
エドガーの言葉にアランは怪訝な面持ちで近付く。
「彼女の姿が見えなくなって、一瞬にして気付いたよ。父上とお前が仕掛けたって事をね。そうだよ、気付かなかったのが可笑しいくらいさ。よくできたシナリオだったよ」
エドガーは自嘲する。
「エドガー様!」アランは恐縮を顕わしたように片膝をつき、頭を垂れる。
「しかしアラン、僕は決して忘れないよ、あの貴婦人(ひと)を。アラン、それを僕に想い出させてくれたんだ、いや、逆に深く胸に刻んでくれたのかもね。クローディアはあまりにもあの貴婦人(ひと)の面影に似ていた……」
エドガーはアランに背をむけたまま、正面の像を見上げた。
「お前が、僕に夢を見せてくれたのは、僕が忘れてはならない事を思い出させてくれたのかもしれない。僕は……叔父上を許さない! たとえ血の繋がりがあろうとも…僕にとって大切な人達の命を奪い、そのかけがえのない僕の大事な人を傷つけた叔父を、決して忘れてはならない事だと思う」
と激しいまでのエドガーの感情を垣間見るアランである。
「…………父上がご存命の間は叔父上の命は安泰だ」
エドガーは真正面の像から目線を外し、アランへと向ける。
その瞳はアランが想像を絶するような冷酷な瞳であった。
こんな瞳を曝け出した主を見たことがなかったのである。
そしてその深く蒼い瞳を捉えた瞬間、国王が崩御の時こそ、ド・ローラン枢機卿の最期だと知る。
アランは何者かが爪を立てて背筋を掻いたような感覚を覚えた。主の澄んだ蒼い瞳の中に嘗て(かつ)見た事のない渇いたものを見てしまったのだから。
「父上にとっては大切な弟だ。そして僕にも大切な弟がいる…。しかし、ローアン枢機卿は僕の叔父上だけど、僕の父や、弟や、そして僕自身…僕の大切な家族の心を傷つけたのは許し難い!」
エドガーの澄み渡った声は荘厳な礼拝堂に厳かに響き渡った。
そしてこの日から数ヶ月後、国王は帝国軍の新鋭魔導士によって暗殺される。帝国は枢機卿との陰謀が敗れ、軍はあっさりと国王を葬ったのであった。
エドガーは帝国、父を暗殺した魔導士、そして伯父へと憎悪を募らせた。
エドガーは愛する弟を自由にし、自身の自由と引き換えに慈悲深い前国王の後を継ぐことになる。
フィガロという国を背負うであろう重荷は幼少の頃から覚悟はしていた。
しかし、偉大な父である前国王の時代とは違い、更に威力を増した帝国軍の暗い陰謀が渦巻くその時代を背負はなければいけない若き王であった。
それゆえに冷酷にもならざるを得ないエドガーであった。
それぞれの可憐な華は飛び立った。
そしてフィガロ国王となったエドガーの青春は終わった。
Fin
●登場人物
エドガー・ロニ・フィガロ
私のどのSSでも登場する主人公の愛する陛下です。
セッツァー・ギャッビアーニ
今回登場少なかったけれど、次に繋げてということで…。
陛下とは少年時代に出会っていて欲しいなぁ…と私の願いで登場しました。
ダリル
セッツァーの親友。でもどういう人だったのか、あんまし想像つかないのです。
アラン・オートゥイユ・ド・キュウイ大尉
今回初登場? ん? 以前もちらっと出ていたと思います。エドガー付きの近衛連隊長。
ジェフリーのような忠誠心の強い騎士です。オリジナルな人物です。
クローディア
完全オリジナルな人物。グウィネヴィアに容貌がそっくりな人。性格は全然違いますが。
何せ、この物語では陛下の初めて(爆)の…ですからねぇ…(あははは…すみません、勝手に作ってしまって)素性は不明です。
スチュアート・レミー・フィガロ
エドガーとマッシュの偉大な父、現在(この物語上での)のフィガロの国王です。
●以下名前だけ登場した人
グウィネヴィア・ソフィー・ド・ヴェルダスク公爵夫人
もうお馴染みの登場ですね。この人は私の思い入れがありますので、必ず登場してます(笑)
エドガー達の父のいとこで、11歳年上の未亡人で、そしてエドガーの初恋の人です。
裏設定でしか登場していないのがもったいない人物ですよ。
フランシス・ラバーン・ド・ローラン枢機卿
国王(スチュアート)の弟で、エドガーとマッシュの叔父様です。
この方はねぇ……仕方ないですね。王家にはそういった権力の争いが兄弟ですらありましたでしょう。
何せ、どの国も国王一家と言えばお家騒動はつきもののようですよね。
ジェフリー・マクラウド
高潔な騎士と表現したいです、私てきには。そしてグウィネヴィアの愛した人。
エドガー達の尊敬する人ですね。崩壊後のエドガーがジェフと名乗っていたのはこの人の名前からきたとか。
神官長のフランセスカ(名前がステキ)→ばあや
ゲーム本編でも登場しているばあやですよね。何故かこの人の出番が私のSSでは少ないなぁ。マッシュとは最も親しい人なのに。
あとがき
とうとう、陛下の初…を書いちゃいました。
陛下のような身分の高い人はなかなか軽はずみな事が
出来ないので、こういうのは難しい。
意外と奥手な息子エドガーに父王も心配なご様子で。
でも国王になる前にちゃんと大人になっている筈でしょうからねぇ。
後腐れのないオリジナルで、しかも理由がグウィネヴィアに似ているから。
一応グウィネヴィア関連はこれで完結です(多分)。
陛下も思い残すことはないでしょう(苦笑)
2000.3.9 Louis
ブラウザを閉じて、お戻りください