遠吠 コスモキャニオン。人間と人間ならざる者たちが共存する村。険しい山に囲まれたその場所は、「宇宙に最も近き場所」と称される。集落では、星と人間について考える「星命学」の研究が進められており、その道に興味のある者たちにとっては、正に聖地である。 fin
この集落は、かつてギ族という民族に襲撃を受けたことがある。集落の者たちは自らの命を賭して、ここを死守した。その中に、最も多くの敵を倒しながら、全く歴史の表舞台に出てこぬ男がいる。名は、セト。この里において、この名とその功績を知るものは少ない。が、この男を知る数少ない者は、異口同音にこう語る。
「我々の知る限りでは、最高の戦士だったよ・・・・。」と。
ハイ、いらっしゃい。何だ、人間か。ここの里の者ではないな?匂いで分かるさ。何をしに来たか知らんが、何しろ見ての通りワシは四ツ足じゃ。人間のもてなしはできんぞ。それでも構わんのなら、ゆっくりしていきな。
何?話を聞きたい、じゃと?・・・・なになに、『神羅日報改めミットガルマガジン』編集部か。人間の読むものを作っている輩が、一体何の話を聞くと言うのじゃ?・・・・ほぉ、この里の歴史か。よし、どうせ暇じゃ。心行くまで喋ってやろうじゃないか。どうせもう客も来んじゃろ。ちょっと待ってろ。看板下げて来るから。
・・・・ふぅ、かれこれ1時間か。いや、我ながら良う喋ったもんだ。何じゃ?まだ聞きたいことがあるのか?
ギ族?あの事か・・・・。あれだけは勘弁してくれい。170年近くも生きてきた老いぼれじゃが、あれほど辛いことはなかった。・・・・妻も娘も失のうてしもうた。さぁ、もう充分だろう。帰ってくれ。思い出したかない。・・・・お前さん、粘るね。あの事なら有名な話だ、わざわざワシの話を聞かなくとも、なんなりと調べられるはずじゃないか。
何?セト?・・・・ハッハッハッハ、不思議な男じゃな。まさかあれから半世紀も経って、人間の口からその名前が聞けるとはな。そうか、そんな事まで知っておるか。しかし、語ることはできんぞ。ワシは、アイツを・・・・っと、いかん。自分から言うところじゃったわ。・・・・帰らんか。よかろう、そんなに聞きたいのなら、冥土へ旅立つ前の置き土産にしてやるとしよう。酒の飲みすぎでな、医者は30年以上もつなどと言うておるが、どうせ10年も持つまい。この長寿の一族にあって、200歳足らずで死ぬのも、まあワシらしいと言えばワシらしいがな。どうせあと10年じゃあ、こんな物好きは来ないじゃろ。最後に土産を残すのが、まさかあのミッドガルの人間とはいささか不満じゃが、とくと聞くがいいさ。さぁ、行くぞ・・・・。
セトという男とワシは、幼馴染みじゃった。ワシとは正反対の男じゃったよ。ワシは元々病弱でな、子供の頃はしょっちゅうイジメられておった。
「病気のゾラ公!」
と呼ばれては、いっつも泣いておったよ。そんな時、いつもワシをかばってくれたのがセトじゃった。そりゃあ強かったさ。子供の頃から大人顔負けじゃったから、同年代のヤツらなど、屁でもなかった。
「ゾラ、大丈夫か?今は無理だろうけど、大きくなったら、きっと一緒に見返してやろう。」
いつもそう言ってワシを慰めてくれた。そんな風で、病弱と健康、引っ込み思案と活発とワシとアイツは本当に正反対ながら、妙に気だけは合った。微妙に自分に似ている者よりも正反対の者の方が気が合うと聞いたことがあるが、ワシらは正にそれを体現しておったな。
同年代のヤツの中には、我らの種族の本分を忘れて里を出ていく者も多くいたが、ワシらは出なかった。
「オレは、里を守って死にたい。」
アイツの口癖じゃ。
ワシらは、この里で互いに嫁をもらった。結婚はワシの方が2年早く、子供が生まれたのはアイツが1年早かった。・・・・何じゃ?計算が追いつかんか。さっきも言うたが、我々の種族は450年乃し500年は生きる。1年2年と言うところで、オマエら人間にとっては大体数か月くらいの感覚さ。それで、生き物の脳とは便利なものでな、自分に都合の悪い、辛いことは記憶から消そうとするのじゃ。だからワシは、妻の名前も娘の名前もとんと覚えておらん。・・・・はて?じゃあ何故、セトの事は覚えとるのじゃろうか?ワシにとってあれは、良い思い出と言うことか。
・・・・済まんな。どうも年を食うと、話が横道に逸れてしまいよる。え〜と、あ〜、ええい、本題が出てこんわい!・・・・そうそう、ギ族の話じゃったな。
余談ついでにもう一つ。ワシの娘とアイツの息子は、本当に仲が良かった。まだ年端もいかぬというのに、いつも2人でじゃれておったな。セトの息子の名前じゃと?それも不思議と覚えておる。ナナキと言ったな。
さあて、本題じゃ。ギ族が来たのは、今から65年も前の話じゃ。今でも原因は分からんが、とにかくヤツらは来た。異民族の侵攻など、とかく滅多にないことじゃったから、そりゃもう大騒ぎじゃったよ。戦闘の矢面に立ったのは、まだ75〜120歳くらいの若い男たちじゃった。・・・・分かりにくいか?オマエ達で言うと、大体25〜40歳くらいか。
指揮していたのはワシとセトじゃった。何度かの突撃があったあと、敵の攻めが下火になった
「セト、追い討ちをかけよう。」
こう提案したのはワシだけではなかった。しかし、アイツは頑なに拒んだよ。
「深追いは絶対駄目だ。いつどこから攻めて来るか分からんからな。」
今考えると、本当に頭が良かったよ。ただ強いだけじゃなかった。
二日経ったが、ヤツらの第二波は来なかった。皆の顔には安堵の色が浮かんでおったが、アイツは違った。何か悲愴な顔つきで、この里周辺の地図をじっと眺めていた。なんだかんだと言うても長い付き合いじゃったからな、何かをしようとしているのは、その顔ですぐに分かったよ。
案の定、アイツは夜中にワシらの寝泊まりする小屋を抜け出した。相当興奮していたのじゃろうな、ワシの尾行にすら気付かんかった。
アイツが向かったのは里の裏へ続く洞窟じゃった。そこと里を結ぶ鉄の扉の前には、ブーゲンハーゲン様がいた。
「本当に良いのか、セト。多分もう戻れはせんぞ。」
「構いません。妻は、了承済みです。ナナキには逃げたと伝えるように頼んでおきました。」
アイツがそこまで言うと、ブーゲンハーゲン様は黙って扉を開けなさった。そこへ消えていくアイツの背中を見ているうちに、たまらなくなって思わず飛び出してしもうた。
「セト!」
「ゾラ・・・・。」
「オマエ、オレにも黙って行くつもりだったのか!?」
ワシは前足で思い切りアイツを張り飛ばした。初めてじゃったよ、アイツを殴ったのは。
「そうか、オマエには言っておくべきだったな・・・・。」
アイツが言ったことには正直驚いたな。一人で里の裏から来るギ族を食い止めようと言うのじゃから。
「オ、オレも行くぞ、セト。」
「いや、駄目だ。里の護衛を任せられるのはオマエしかいない。いいな、絶対来るなよ!・・・・じゃあな。」
アイツは一目散に駆け出した。それでボーッと立ちすくんでいるとな、妻が起き出してきた。
「あなた、行っておあげなさい。里の方は私たちに任せて。」
本当に良妻じゃったよ。名前すら思い出せんのが、口惜しゅうてしゃあないわい。
「ゾラよ、行ってやりなさい。なあに、ワシらだってそう簡単にはやられんさ。ホーウホウホウ。」
ブーゲンハーゲン様もそう言ってくれた。ワシは急いで追いかけた。
アイツの速い足にはなかなか追いつけんかった。途中ギ族の死骸がゴロゴロ転がっておるのが、妙に目についたな。
漸く追いついた時には、ヤツの体はギ族特有の緑色の血にまみれておった。
「来るなと言っただろ!」
最初はいきなりそう怒鳴られた。
「オマエ1人で行かせられるか!」
暫く言い争っておったが、最後にアイツが折れた。
「分かったよ、ゾラ。ありがとう。」
まあそうは言っても、アイツに助けなんざ、全く必要なかった。里の天才戦士は、ワシの目の前でばったばったとギ族を殺していった。
里の裏側に出られる出口に着くと、ひしめき合うギ族の連中にアイツはこう言い放った。
「我こそはコスモキャニオンの誇り高き戦士、セト!さぁ、命のいらないヤツからかかってこい!」
ギ族のヤツらもワシですらも、沈黙してもうたな。
最初は優勢だったよ。出てくるヤツは次々に死んでいった。しかし、数が多すぎた。多勢に無勢というヤツじゃな。洞窟でも大暴れしたあとじゃったから、スタミナがなくなってきた。
「ゾラ、オマエ逃げろ。オレの身勝手にこれ以上付き合わせられん。」
アイツは藪から棒にそう言った。
「バ、バカ言うなよ、セト。まだ戦えるさ。」
「その体力が残ってるうちに里へ戻れ。あの抜け道からだ。」
抜け道って言うのは、子供の頃に2人で見つけたものでな、そこから洞窟に入り込んで遊んでいて、よく親から叱られた。
「いや、でも・・・・。」
「ゾラ!!」
アイツは一直線にオレの目を見ていた。口答えも出来なかった。
「オレはもう逃げたことになっているが、オマエはまだそうはなっていない。オレの代わりにナナキを頼む。さぁ、行け!」
グウの音も出なかったよ。ワシは振り返りもせず、駆け出した。途中何度かアイツの叫びが聞こえたりもしたが、絶対に振り返らなかった。
無我夢中で里まで戻ってきたとき、遠吠が聞こえた。恐らくアイツの断末魔の叫びだったんじゃろうが、ワシにはそんな風には聞こえなかった。我々種族の誇りが、込もっておる様じゃったな。
あれ?お客さん、今日はもうしまいだよ。今はこの兄ちゃんに話を・・・・。おおっ、そうじゃ。オマエさん、この男にあの戦いの話をしてやってくれんか?何でも人間が読むものを作ってるそうじゃ。
おい、ワシの話は一旦中断じゃ。次はこっちに聞け。
・・・・何だ?アンタミッドガルの人間かい。こんな所まで話を聞きに来ようなんざ、正気の沙汰とは思えんな。 オレか?名前なんざ、忘れちまったよ。ここじゃあ、ギ族の生き残りで通ってる。・・・・警戒すんなって、何もしやしねえよ。
ゾラの爺さんから、大方の話は聞いたみてえだな。となると、オレに話せっていうのは、爺さんが里に帰ってからのことだな。
先に断っとくがな、オレァ戦いのこと以外はこれっぽっちも覚えちゃいねぇからな。大体、オレは若い志願兵だったからな。作戦のこととかはもともと何も知らされてねぇ。ただ上からの命令でこの里の裏側から洞窟へ周り込んで、戦いに参加しただけだ。
戦いが始まる前から、オレたちギ族の陣営は自信たっぷりだった。何てたって、里の裏側から周り込めるルートを知ってたんだからな。作戦だって順調に進んでたさ。あの男が出てくるまではな。
洞窟の入り口、まあ里から見りゃ出口なんだが、にさしかかった時だよ、血まみれの戦士2人がオレたちの前に立ちはだかったのは。その血から、先発隊が全員殺られたということはすぐに分かった。
しばらくはやられっぱなしだったよ。でも、オレたちの方に後発隊が追いつくと、優劣は逆転した。オレかい?オレはやられるのが怖くて、正面からは飛び掛かれなかった。仲間のやられっぷりを眺めていたよ。
その後すぐに、ゾラの爺さんが逃げた。正面からかかって行けなかったビビリのオレは、背中を見せているゾラの爺さんに襲いかかろうと思って後を追おうとしたけど、あの男はそれを許してくれなかった。見てみろ、その時ソイツに付けられた傷さ。
あまりの不甲斐なさに業を煮やした隊長が、毒矢を撃てと言ってきた。生物を石化させる、恐ろしい毒さ。
オレが撃ったヤツが一番に命中して、あとは次々に10本くらい命中した。あの男の体は、矢の刺さった所から徐々に石へと変わっていった。
ところがだ、あの男は動きを止めなかった。矢が刺さっていたのは胴体ばかりだったから、石になってない腕や脚でいつまでも戦い続けた。そりゃあ、怖かったさ。形相は完全に鬼そのものだったな。
でもやっぱり毒は毒だったから、やがてあの男は動かなくなった。もう戦えないと悟ったあの男は、最後に一声、思い切り遠吠をあげた。生き残りのオレたちの戦意は、完全に喪失させられたな。何故かって?そりゃあ、あの男が遠吠の前にこう言ったからさ。
「オレはこの里で一番弱いぞ。」とな。
一番弱いヤツを倒すのにこんなに手こずったんだから、残りのメンバーだけじゃこの里の攻略は無理だと思って、諦めて引き上げた。今思えば完全に騙されたんだけどよ。
オレが覚えてんのはここまでさ。あとはうろ覚えだ。まあ気が付いたらこの村にいたと言うから、多分引き上げ隊からはぐれて、何処かで倒れていたんだろうな。
何だ?アンタ泣いてんのかい。まあ、初めて聞いて泣かない方が不思議だがな。今のこの里があるのはあの男のおかげさ。敵ながら、尊敬に値する男だったよ。
さあて、オレァ帰るとするか。これじゃ何しに来たのか分かりゃしねぇ。じゃあな、爺さんまた明日出直すわ。
な、分かったろう。今この里がこうしてあるのはアイツのおかげなのさ。
ワシは里へ帰ると、すぐにナナキの所へと向かった。本来なら先に妻と子の所へ行くべきだったんじゃろうが、先にナナキじゃったな。
ナナキの所へ着くと、ワシがもう自分の家に帰る必要はないことを知った。妻と娘の死骸がそこにあったんじゃから。ワシは何がなんだか分からなくなって、とりあえず泣いた。人目も憚らずにな。
「ゾラおじさん、父さんはどうしたの?一緒に逃げたんじゃなかったの?」
よっぽど本当のことを言おうと思ったよ。
だが、言えなかった。アイツとの最後の約束を破棄するわけにはいかなかったからな。
「セトは・・・・、途中で里へ戻ろうとしたオレを置いて、一人で逃げた。」
言うのも辛かった。表情から悟られることを避けるために俯いてしもうた。顔を見ればウソをついていることはすぐに分かったじゃろうな。ワシは泣いていたんじゃから。
その翌日から今日この日までの人生のことは、とんと覚えちゃおらん。抜け殻のように酒ばかり飲んで過ごしてきた。
ナナキか?あの子はやがて里を出ていったよ。はて?理由は分からんな。
そうそう。その後の人生のことで一つだけ覚えとることがあったわい。今から二十五年前じゃ、ナナキが帰って来たんじゃよ。妙な人間共を連れてな。
そうじゃそうじゃ、その後何度かナナキはここを訪れた。ブーゲンハーゲン様を看取ったのも、あの子じゃったな。
ん?そう言えばお前さん、何処かで見た顔じゃな。あの人間共の中に、似たヤツがいたような・・・・。いや、すまん。気のせいじゃな。
さて、話はこれで終わりじゃ。・・・・いやいや、ワシの方こそ、礼を言わねばいかん。こんな闇を抱えたままでは、死んでも成仏なんぞできなかったじゃろうて。酔狂ついでじゃ。さっき見せてくれた名刺とか言うものを置いていってくれんか。死ぬ前の記念じゃ。お前のようなもの好きが来てくれたことのな。
そういえば、名前は見ておらんかったな。ゼフェイン・ストライフか。覚えておこう。ふ〜む・・・・、やっぱり似ておるな、ナナキの連れてきた人間共の誰かに。
いや、スマンスマン、何度も引き止めて。・・・・ところで、頼みがあるんじゃが。お前、雑誌の取材とか言うので来たんじゃろうが、やめてくれんか?お前の心の中にしかと留めておいてくれい。何?取材じゃない?じゃああの名刺は・・・・。
そうか、すっかりだまされた訳じゃな。・・・・なぁに、謝ることはない。本当にありがとうよ。
じゃあ、達者でな・・・・。
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