たとえばこんな夏の日のように
『皇太子殿下ギャップ・イヤーをご選択』
『マラリア・コントロール・プロジェクト事務局でインターンをご経験』
ここひと月の新聞報道は、彼の話題で賑わっていた。
昨年の夏、この国、フィガロの皇太子は高等学校を卒業した。彼は王立科学アカデミー工学部への入学許可を得て、ギャップ・イヤーを選択し、国内でのインターンシップに就いたのだった。今年の夏を目前にして、この年ギャップ・イヤーを選択する生徒たちへの資料として、彼の遊学の様子がマスコミ誌上を賑わしていたのだった。
そんな平和な記事の載った新聞を閉じて、セッツァーは朝食の目玉焼きをつついていた。
「セッツァー、おまえはいいのか? ギャップ・イヤーを取るなら、普通の大学へ進学してもいい。そのくらいの蓄えはあるから、構わないぞ」
食卓を挟んで向かいに座る、彼の現在の養育者である彼女は、そう言って入れたてのコーヒーを彼に渡した。
「要らねぇ」
ぶっきらぼうに答える彼に、彼女は「コーヒーが?」と聞き返すが、彼はコーヒーはよこせと手を伸ばす。
「ギャップ・イヤーなんざ、世間知らずのお坊ちゃんお嬢ちゃんが取ってりゃいいんだ」
ダリルからは視線を逸らせて、彼はそう答えた。
「セッツァー、ちゃんとこっちを見て言いなさい」
彼からその手に握られたフォークを奪い取って、彼女は笑いながら、それでも半分は真剣な声で、このへそ曲がりを叱りつけた。
「うるせえな、くそババァ」
めんどうくさそうにそう言うと、ダリルの右手の拳が、彼の頭上に振り下ろされる。
「そういう口は、ひとの質問にちゃんと答えられるようになってから言いな。今言っても、説得力がない」
不敵に笑って、彼女は正面から彼を見る。
「まあ、おまえが言うように、世間知らずの連中にこそ必要な制度かもしれんが、一年手放しで遊べるぞ」
茶化して言うが、ダリルとしては、この早く大人になろうと突っ張る子供にも、気楽に過ごす「子供」でも「大人」でもない時間が必要のような気がしていた。
「………ダリル、ありがと。でも俺、士官学校へ行きたいから、ギャップ・イヤーは要らない」
彼は、まっすぐに問いかけられて、少し居心地が悪そうなそぶりを見せて、しかし彼の養育者に、自分の希望をきちんと伝えたのだった。
士官学校への進学を希望する場合、彼らにはギャップ・イヤーの適用がない。入学許可が下りれば、即入隊ということになる。彼らに、そうした自由な時間は与えられていなかった。
セッツァー自身からすれば、焦りがあった。高校へ行かずに航空学校へ進学した同年齢のパイロット候補生たちは、彼が高校を卒業する翌年にはウイング・マークを獲得して、一人前のパイロットとしてのスタートラインに着くのだ。素行不良で放校寸前で中等学校を卒業した彼がパイロットになる道は、もう士官学校への進学しか残されていない。それでも、約四年の遅れをとるのだ。一線級のパイロットとしての現役期間は、そうそう長くない。三十代中盤までにほとんどが引退か、勇退する。おまけに素行不良というペナルティまでついているのだから、よほど優秀な成績を納め、かつ更正を印象づけなければ、彼にパイロットとしての将来はない。
養父が戦死して、孤児の養育施設に居た時には、周囲に流された。自分の居場所を喪失した子供の心理状態としては無理からぬことだったが、今では無為に過ごしたことを彼は後悔していた。
戦争遺児を軍人家庭で養育する制度が、養子にまで適用になって直ぐ、マッチング・システムのコンピューターは、彼に養母−−−というにはあまりに男勝りな独身女性パイロット−−−を、家族に仕立て上げた。どう考えても、独身の女性が素行不良な少年の養母になるというのが不思議なシステムだったが、割り当てられた彼女は、それを拒否しなかった。彼女に拒否する権利はあったはずだったが、彼女はそれを行使しなかった。
通知を受け取った彼は、どんなおめでたい輩が迎えに来るのかと手ぐすねを引いて待ちかまえていたが、迎えに来た彼女に悪態をついたら、あっけなくぶん殴られた。
「中身が空っぽでいきがってるだけの子供なら、まだ可愛げがあるじゃない。パイロットになりたいんだったら、ウチに来な」
と、だけ、彼女言った。
養父のようなパイロットになりたい、と、養父の墓前で誓った言葉を、彼は不意に思い出した。そして、あの時、自分と一緒に泣いてくれた少年との約束を、反故したくない、と心から願った。
だから、彼女の差しのべた手を、取った。そして、今がある。もうあと数日の後には、士官学校の入学試験の日が来るのだ。
「ちゃんと答えを出してるんなら、それでいいさ」
彼女はそう言って彼にフォークを返して、彼の銀髪をくしゃくしゃと撫でた。
ギャップ・イヤーとはフィガロ独特の制度で、高等学校を卒業後、大学へ進学する前の、一年の遊学期間を指す。端的に言ってしまえばそれは入学延期措置で、入学許可を受けている者がその年の十月に入学せず、次年度の十月に入学することを公に認められているというものだった。統計的には全入学許可者の半数程度が、この制度を利用する。
フィガロにおいて採用されている教育制度では、通常、全ての生徒が十六歳と十八歳で全国統一の試験を受験する。その成績を進学を希望する大学へと提出し、書類による選考と、大学が独自で課す試験とで合否が決定する。早期進学制度を適用されている生徒の場合、十五歳と十七歳とでこの試験を受けることが可能で、エドガーは昨年十七歳でこの試験を受験し、優秀な成績を獲得し、王立科学アカデミーへの進学を決定させていた。
その際、ギャップ・イヤーと呼ばれる遊学期間を選択するか否かは、受験生本人の希望による。特に外国語学部に所属しようとする学生は、最初の半年で国内でアルバイトをして旅費を貯め、後半の半年を外国で過ごすというケースが多い。受験から解放されて遊びほうけて一年を過ごす者もいるが、おおむねうまくいっているため、大学進学前のシンデレラ・リバティのようにこの国の近代学校制度の成立過程でできた制度が、現代にそのまま生き残っているのだった。
その昔、良家の子女しか大学へ進学できなかった時代の名残と言ってしまえばそれまでだが、エドガーのような箱入り中の箱入りには、社会を知る良い機会とも言えたため、彼自身も強く希望していたはが、父親はさらにこれを推奨したのだった。
しかし、彼が外国での遊学を希望するには、解消しなくてはならないいくつもの課題が山積しており、それは宮務庁のみでは済まされず、外務省、総務省といった多くの官僚の手を煩わせることとなるため、早々に諦めざるを得なかった。
だから、という訳ではないが、彼は国内で可能なギャップ・イヤーの過ごし方を、大学の入学試験が終わって入学許可書を手にしてから卒業までの手持ち無沙汰な間、新聞のギャップ・イヤー特集記事に掲載される募集要項を穴が開くほど眺めて、申請書類を出し、研修先を確保したのだった。
民間の航空会社や、軍の補給廠、航空宇宙博物館など応募先は十件ほどにのぼったが、彼への採用通知を発行したのは、国際機関が展開するマラリア・コントロール・プロジェクト事務局と、王立植物園とのわずか二つの機関に過ぎなかった。ただし、これはフィガロにおける平均的な採用状況で、彼がその立場故に特別に扱われた結果か否かは、統計学的には判断が付かなかった。
彼がギャップ・イヤーを選択したことを一番に喜んだのは、彼の弟だった。
彼が全寮制のパブリック・スクールで学齢期を過ごしたのとは違い、弟はずっと王宮から学校へ通学していた。学力や体力的に大きな差異があったわけではなかったが、父親、即ち国王は、兄弟を同じ学校へ通わせることを選択しなかった。そのため、兄弟がともに暮らすのは、学校の休業期間だけで、弟は兄が帰宅するのをいつも指折り数えて待っていたのだった。
おまけに、エドガーが早期進学制度の適用を受けたため、自分よりも一年早く全国統一試験を受けてしまい、彼がギャップ・イヤーを選択しなければ、自分よりも一年早く大学生となってしまうため、同じ大学へ進学しても一緒に通学できる時間が一年短くなってしまうのだった。弟としては、せめて、大学くらい同じ学校へ進学したかったし、一緒に学校へ行くことに淡い夢を抱いていたのだった。
それに、高校を卒業すれば、寄宿舎から帰ってくるわけで、弟からすれば毎日が夏休みのように、兄と過ごす時間ができると期待していた。
おあつらえ向きに、マラリア・コントロール・プロジェクト事務局は東宮から地下鉄で二駅ほど西へ行った所にある。王立植物園にいたっては、王宮に隣接していて、その管理事務所は徒歩で十五分程度のところだ。つまり、兄は、一緒に朝食をとってから「勤務先」へと赴き、自分は学校へ行き、帰ってくれば一緒に夕食をとることができるのだ。
そして今年、自分は同じ王立科学アカデミーの医学部への入学許可を手にした。十月からは工学部の兄と晴れて同級生として同じ校地内で大学生活を満喫できるのだった。
弟がそんな過大な期待をして自分を待っているとは知らず、エドガーは高校を卒業してすぐ、王宮の東宮、即ち皇太子の居城へと、住居を移したのだった。それからというもの、弟は、毎日、彼の部屋のある王宮から、徒歩で十分ほどの東宮へと足繁く通ってきた。
彼にとってはインターンシップによって経験することのできた数々のできごとの、そのひとつひとつがすばらしいものばかりで、そうした弟の心情に気付くことよりも、日々、周囲の行政官やボランティアが教えてくれる情報を整理し、少しでも多くの文献に触れることのほうに気を取られていたのだった。
マラリア・コントロール・プロジェクト事務局での半年の勤務はあっと言う間に終わってしまった。未だこの地上に残る貧困地帯での衛生行政の現状は、彼に国政と国際協調の難しさを実感させたのだったが、彼にとって支援事業に参加できたということは得難い経験だった。
そして、四月から勤務している王立植物園は、時間の経つのを忘れるほど、毎日が楽しかった。十月の新学期からは工学部へと進み、将来は構造工学を専門にして、いつかオービターの設計に参加したいと願うエドガーだったが、植物学には、それと違った感動があった。千年も前の地質から発見された種子が発芽して咲かせた花を温室で見せられた時、彼は、飽きることなくその桃色の花を見つめ続けていたし、王立植物園が推進しているシード・バンク・プロジェクトも、彼の強い興味を引いた。
そして、あっと言う間に、二ヶ月が過ぎていったのだった。
良く晴れた午後、エドガーはその日の課題のために、王立植物園の中を歩き回っていた。
午前中、下草刈りの作業を行った後、昼食を挟んで、午後は、他の研修生たちと同様に、一枚の葉の標本を見せられた。エドガーのようなギャップ・イヤーを過ごす実習生もいれば、この植物園には、国内の大学で植物学を専攻する学生や、学芸員資格の取得を目指す研修生もいた。そうした彼らには時々試験があって、ある時突然に、植物識別の課題が出されるのであった。この日は、その葉の標本の木を、植物園内で探しだすことが課せられた。見事に紅葉した葉の標本を眺めた後、制限時間一時間半のうちに一切の資料を持たずに、広大な園内からそれを見つけだして来なくてはならないのだった。
講義室から屋外へ放り出されて、彼は、途方に暮れていた。実習生同士での情報交換は禁止されていたので、仕方なく、彼らはちりぢりになって、とぼとぼと、当て所もなく園内を歩くことになってしまう。
と、睡蓮池と呼ばれる池の近くまで来ると、ほんの少し暑かったその日、水面を涼やかな風が渡ってきて、エドガーの歩みを止めさせた。
すると、同じように池の岸で歩みを止めた人物と、視線があう。
植物園の職員や管理人だと一目で判るガーデンエプロンをつけた彼を見て、池の岸にいた来園者は、短く「こんにちは」とだけ、挨拶をした。自分と同じくらいの年齢の来園者が居るのを見て、エドガーは、その日、ある高校の校外学習が行われていたことを思い出した。
「クレイトン校の生徒さんですか?」
制服となっているエプロンをしているせいか、自分が皇太子だと判らなかった様子の相手に、少し嬉しくなって、エドガーは声を掛けた。
「そうです」
やや表情の硬い、少し長めの銀色の髪をした、黎明の空の色の瞳の色が印象的な彼は、短く、そう答えた。
「課題は終わられました?」
校外学習で生徒たちに課されていた課題があったことを思い出して、エドガーは問いかけた。自分の課題はもうお手上げで、正直、ヒントが欲しかったというところもあって、普段は園内で行き会う来園者と挨拶を交わすことはあっても、相手が話しかけてこない限り、会話をすることのなかった彼だったが、めずらしく彼から来園者に話しかける。
「終わりました。『食べられるものを五つあげろ』なんて、食って腹をこわした経験のある人間には容易く解ける課題だよ。ここ三十分で見ただけでも十以上は挙げられる」
王立植物園には校外学習を助けるための課題集があって、参加者のレベルに応じていろいろな探索課題があった。
「それはすごい。ねぇ、たとえば何?」
「それ」
彼はエドガーの足下の青々と茂る葉を指さす。
「これ?」
「そう、それ」
彼は、指さして「それ」というだけで、名前が出てこないことに気付いて、エドガーはこっそりと、名前を言う。
「ホスタ、だね。ねえ、どうやって食べるの?」
名前を聞いて、彼は突然エドガーの方を見て、ノートに視線を戻して照れた様子でその名前を書き留める。
「新芽を茹でて。マヨネーズをかけると美味い」
「へえ、来年の春に試してみるよ!」
エドガーは食べ方を知らずにいたので、驚いて目を輝かせる。
「あと他には?」
「あれ」
また指を指すだけで、名前が出てこない。そんな仕草に親近感を覚えて、彼はまた名前を言ってしまう。
「ツワブキ。もしかして、これも新芽が食べられるの?」
「そうだ」
「あと、これも」
彼はポケットから萎れた二種類の草を取りだして、エドガーに差し出す。
「………クレソンと、ペニーロイヤルミントだね。これは、私も食べ方を知ってるよ」
エドガーはころころと笑って、その掌の植物を手にとって香りをかいで、彼に答える。
自分は名前は知っていても食べ方は知らない。彼は食べ方は知っていても名前を知らない。その差異が面白くて、エドガーの心を浮き立たせた。
「タンポポの根も加工すればコーヒーそっくりだし、その足下の草だって食える。さっき向こうにあったイチイの実も桑の実も食える。栗も椎も、バラの花も実も、ここに来るまでに何種類ものベリーの木も見た。百合も食える。アザミも食える。だいたい、足下のイナゴだって食えるし、池の鯉もザリガニも食える。その辺で歩いてたアヒルも鴨も鳩も」
目を輝かせて他に食べられるものを尋ねるエドガーに、ここの職員の制服を着けてるくせに、そんなことも知らないのか、と言わんばかりに挙げる。
「ハコベも食べられたっけ?」
足下の草といわれて、自分の靴へと視線を遣って、その下敷きになった「雑草」に気付き、彼は足の位置を移す。
「腹は壊さない」
「すごい!」
呆れたように答える銀色の髪の彼の反応などお構いなしに、エドガーは嬉しそうに彼の知識を褒めた。
「飢えたことのないヤツには、わかんねえだろうな」
あまりに無邪気に喜ぶエドガーを見て、彼はつい冷たく言い放ってしまう。今朝、皇太子のギャップ・イヤーの記事を見たせいか、皇太子と同じ金髪の、育ちの良さそうな植物園の職員と思しき相手に、つい八つ当たりをしてしまう。
「え………?」
「そんなモノまで、食えるかどうか考えちまうほど、飢えたことないんだろ?」
エドガーの綺麗な青い瞳に戸惑いの色が混じるのを見て、彼は、自分の言ったことを後悔する。
「いや、冗談です。忘れてください。………俺、今度士官学校を受験するんです。山野草の知識とかって、あった方が便利かな、って思って」
だから、言葉遣いを改めて、からかったのだという態度を見せてから、彼は、礼を言った。
「名前がでてこなくていたんで、助かりました。ありがとうございました」
丁寧にそう言って、彼は、集合時間が近いから、と、資料館へ戻る道筋を辿っていったのだった。
その後ろ姿を見送ってしばらく、エドガーは、園内の芝生とそこへと影を落とす木々と、初夏の空をぼんやりと眺めて、ふと記憶の片隅に残る情景が、そこへと重なる。
過去に、こうして銀色の髪の少年の後ろ姿を、どこかで見送った記憶がある。
記憶のその情景は、広い丘だった。白い石が規則正しく並んでいて、所々に木が植えられていて、その木に絡みつく蔓性の植物が、見事に白い花を付けていた。その白さが眩しくて、目に染みたことを思い出す。
「白い花………。あっ!」
白い花を思い出して、彼の課題となっていた葉が、カシワバアジサイのものだと、気付く。
彼は、礼を言いたくなって、見送ったばかりの銀色の髪の彼を追うが、その姿を見つける前に、彼の課題の制限時間が迫ってしまい、それは叶わなかった。
結局、その日の植物識別試験の解答を見つけることができたのは、エドガーただ一人だった。
だから余計に、あの銀色の髪の彼に、一言礼が言えなかったことが心残りだった。
勤務時間を終えて東宮へと戻り、シャワーを浴びて部屋へ戻ると、弟が紅茶を淹れて、彼を待っていてくれた。
「ばあやが、サマープディングを作ってくれたんだよ」
初夏に相応しい、鮮やかな夏色の菓子を見て、エドガーは再び彼を思い出す。
この菓子の香り付けには、ペニーロイヤルミントを用いるのだ。他のミントではなく、小さな葉を這うように広げるペニーロイヤルミントが、最高にベリーの香りを引き立てるのだった。
「確かに、私は、飢えるということを、知らない………」
ぽつり、と呟いた言葉は、幸い弟の耳には届かず、弟は楽しそうに彼のために紅茶を差し出したのだった。
「お帰り! 校外学習、楽しかったかい?」
官舎に辿り着いて、扉を開けると、甘酸っぱい香りが部屋中に漂っていた。
「ただいま。まあ、おもしろかった。ところで、何の匂い?」
「ああ、サマープディングを作ろうと思ってな。いわゆる『おばあちゃんの味』だ、イカスだろう?」
この日非番だったダリルは、珍しくエプロンを掛けて、台所に立っていた。
「今日、買い物に行ったら、ペニーロイヤルミントが売られてたから作ってみた。ベリーも安かったし。今日はパンにジャムが染みないから、明日の午後のおやつって感じだな」
真っ赤なベリーを鍋で煮詰めながら、彼女は笑った。スポンジを焼くような菓子づくりは苦手な彼女は、パンを使う簡単な菓子なら失敗しなさそうだからと、祖母の遺産である料理ノートを本棚の奥底から引きずり出してきて挑戦してみたのだと、楽しそうに言う。
「今日、植物園でペニーロイヤルミントを見つけた。名前が判らなくていたら、変な職員に会って、教えて貰った。人なつこい野郎で、最初はムカついたんだけど、何だか面白い奴だった」
「そっか」
他人にあまり興味を示さない彼が、めずらしく一日のなかで出会った人物についての感想を洩らしたのを聞いて、ダリルは嬉しそうに笑った。
「明日は、サマープディングに、ミントティーだ。乞う、ご期待!」
張り切って再び台所へ向かう彼女の背に、彼は、
「………味見しろよ」
と短く言って、早足にシャワー室へ駆け込む。
「こら! 何だと!? もういっぺん言ってみろ!」
案の定、彼女は彼の背後から言葉尻を取って、楽しそうに笑いながら追いかけて来たのだった。
それは、ある夏のできごと。
アクセスカウンター666(なんて数字でしょう!)を踏んでくださった、ルイさまに捧げます。
リクエストを、ありがとうございました。
記念すべき、初リクSSを、謹呈させて頂きます。
さて、頂いたお題が「6×3ということで、18歳のエドガーとセッツァーの」「二人の友情が生まれるような」お話ということで、時代設定はおまかせ頂いてしまったので、現代設定でやってしまいました。
ゲーム時間設定では、このころ二人が出会う接点がどうしても見つからなかった「腰抜け」砂原を、許してください。(平伏)
現状で公開している「The Qanat」風味な二人の、延長線上にあるお話となってしまいましたが、気に入って頂けましたら幸いです。
あらためまして、ルイさま、この話を書くインスピレーションをくださって、ありがとうございました。
砂原ななえ様のサイト「THE QANAT」は、こちら からどうぞ
Wallpaper:創天様