SYMPATHY



世界崩壊から一年が過ぎようとしていた。散り散りになった仲間たちは呼び合う術も無くそれぞれの行く末を模索していた。この男もその一人だった。
銀色の長い髪、顔にある無数の傷はそれまで踏んできた修羅場の数を物語っていた。
男はセッツァーといった。
この町に流れ着いてから、もうずいぶんの間こうして酒場で飲んだくれる生活をしている。
男は今日も酒場へやってきた。
「もう相棒の飛空挺もなくなっちまった。俺にはもう何も残ってない」
そんなことを考えながら酒をあおっていた。
淀んだ目に映るのは場末の娼婦たちが男に媚を売っている姿だ。



ふと、昔を思い出す。あの汚れたスラム街でゴミのように暮らしていた頃、大人の汚さをいやと言うほど見てきた少年は、いきがって一人でも暮らして行けると家を飛び出した。
少年はまだ16歳になったばかりだった。
浮き草のようにあちこち渡り歩いていたが、ある日街にはびこる荒くれものたちとギャンブルをしたセッツァーはあっさりと負けてしまった。
よせばいいのに少年はいかさまだと相手に食って掛かった。
そしてぼこぼこにリンチされてしまった。
気がつくとベッドの上だった・・・・・・
「・・うっ・・・」うっすら目を開けると体じゅうの痛みに顔をしかめる。
そうだ、あいつらにやられたんだった。
「気がついたかい。あんたも無茶するねぇ」そういってのぞいた女は見事な金髪の、少しきつい印象を受ける美人だった。
「俺、どうしたんだ・・・」女はふっと微笑して「あんたもいい度胸してるねぇ。でもさ、相手が悪いよ。殺されなかっただけでもめっけもんだよ。あいつらがいかさまやってることなんかみんな百も承知だよ。だから真剣勝負なんて誰もやらない。あんたも経験つんで相手を見る目を養うことだね」
そういって女はタバコに火をつける。ふうっと細く煙を吐くその唇が妙に色っぽい。
「それにまだガキのくせに命を張るような賭けをするんじゃない。命を張るのはあんなチンケな野郎たち相手じゃなくてもっと大きなものを相手にしなくちゃね。それまでは自分を大切にしてここ一番というときは命を懸けて戦う。それが本当の男ってもんだ」
女はそういうと少年の白いほほをきゅっとつねった。
「さ、もう気がついたことだし、用は無いね」タバコをもみ消して女が部屋を出ようとすると、
「ま、待ってくれ、俺はセッツァー、セッツァー・ギャッビアーニだ。あんたの名は」
セッツァーは急いで痛みをこらえながら身を起こし女を引き止めた。
女は振り返りセッツァーのほうへ向き直った。
「セッツァー・ギャッビアーニ・・・舌かみそうな名前だね。あたしはダリル、ここの部屋代は貸しにしておくよ2、3日ゆっくりして行きな。じゃあ、縁があったらまた会おう」
ダリルは手を上げて唇の端に笑みをたたえて部屋を出て行った。



それからセッツァーはギャンブルの腕を磨いた。
あれから5年、その間には人に言えないような苦労もしたらしく顔には無数の傷跡が残っている。
だが、セッツァーはいっぱしのギャンブラーとなり、夢だった飛空挺も手に入れていた。
ふと立ち寄った町であの女を酒場で見つけた。
あの時と同じように見事な金色の髪ときりりとした勝気な瞳をしている。
ダリルはしたたかに酔ってご機嫌だった。セッツァーが近づくと怪訝な顔をした。
「あんた誰?・・・あたしを知ってるの・・・」ダリルは髪をかきあげながら男を見上げた。
「俺だよ、セッツァー・ギャッビアーニだ」
「ああ、あのときの・・・・」ダリルはやっと思い出した。
「あの時は世話になったな。礼も言わずにすまなかった」
「そんなこたぁ気にしなくていいよ。あんたも飲む?」
ダリルはグラスをもらってセッツァーに酒を注いだ。
二人はまるで旧知の親友のように意気投合し、遅くまで酒を酌み交した。
翌日、セッツァーはダリルを自分の飛空挺ブラックジャック号に招待した。
中は個室がいくつかと、中央にはギャンブル場があった。
「へぇ、すごいねぇ」ダリルは艇内を見渡して、感嘆の声を上げた。
セッツァーはその声に気をよくして
「そうだろう。こいつは俺のたった一人の相棒さ。こいつを手に入れるのにずいぶん苦労したんだぜ」と壁をなでた。
二人は飛空挺の中でカードをやったが、その日はセッツァーがついていなかったのかダリルのひとり勝ちだった。
「ちぇっ、おかしいなあ。俺はあれからギャンブルには負けたことが無かったのに・・・・」
セッツァーがつぶやくと
「当たり前だよ。あんたにとってあたしは勝利の女神なんだろう?女神に勝てるわけ無いじゃないか」
とダリルが笑っていう。
「けっ、しょってらぁ」とセッツァーが悔しげに言ってグラスの酒をぐいとあおった。
次の日はダリルの飛空挺ファルコン号をセッツァーが見に来た。
ダリルの艇はセッツァーの物とは違いいたってシンプルだった。
というのもダリルの飛空挺は速さを重点的に設計されているからである。
ダリルはセッツァーと飛空挺の速さを競った。
ファルコン号は速かった。ブラックジャック号も速いがダリルの速さにはかなわなかった。
二人はいつも飛空挺を飛ばし、小高い丘に落ち合うことにしていた。
そして酒を酌み交しながらそれぞれの夢を語り合った。



ある日、セッツァーのブラックジャック号で夜の飛行と洒落こんだ。
降るような星空を見上げて、セッツァーは「なあ、星って近づくと太陽みたいに熱いって知っていたか」
「へえ、知らなかったよ。あんた物知りだねぇ」「どッかのインテリが言ってるのを訊いただけさ」
「ダリルは星みたいだな」「はっ・・・・なに馬鹿なこといってんだい」ダリルはこころもち赤くなったように見えた。
「変な意味じゃねぇよ。遠くで見ているとつめたいようだが近くによると熱い・・・」
「ぷっ・・・・笑わせるんじゃないよ」ダリルは吹きだしたが、まんざらでもないようだった。
セッツァーは手すりに凭れて空を見ていたダリルの手をつかんで引き寄せた。
「何するん・・・・・・」セッツァーはダリルの口を唇で塞いだ。
最初は目を見張ったダリルはやがて目を閉じ二人の影は長い間重なっていた。
その夜、二人はひとつになった。セッツァーは初めて人のぬくもりを知ったような気がする。
遠い記憶の中にあるぬくもり・・・・それはまだ胎内にいるときに感じたもの・・・・そんな気がした。
いつしかお互い無くてはならない存在になっていった。
勿論二人は何時も一緒にいたわけではない。どちらかがふらりとどこかへ旅に出てしまうこともあったが、この世の中にだれか自分を待っていてくれる人がいるというのは心癒されることだと知った。
ダリルはセッツァーのセッツァーはダリルの故郷になった。



そうこうしているうちに4年の月日が流れた。
お互いもう一人になるなんて考えられなくなっていた。
ダリルは相変わらず速さにこだわっていた。
飛空挺も改良を重ね、今日はその試運転をすることになっていた。
セッツァーとダリルは空高く飛んだ。2機の飛空挺は並んで飛んでいたが、ダリルの艇はぐんぐんスピードを増していった。
「おそいねぇ、いつもあたしのお尻ばっかり追わないでたまには前に出てみな」とダリルは叫んだ。
セッツァーは首を振って「ダリル、無茶するなよ。俺はもう追いつけねぇ。何時もの丘でまってるぜ」
そういって航路を外れた。そしてセッツァーはいつもの丘で待っていた。
しかし、ダリルはいつまで経ってもこなかった。セッツァーは胸騒ぎを覚えた。
もう日も暮れようとしていた。セッツァーは急いで飛空挺を飛ばし、ダリルの航路を辿った。
「ダリルー!」セッツァーは叫んでみたが、一向に見つからなかった。
日もとっぷり暮れて下が見えなくなったので翌朝探すことにした。
近くの町に宿を取ったが、寝付けるはずも無かった。
夜が明けるのを待ちきれないようにして、宿を飛び出しまた艇を飛ばす。
ダリルが見つかったのはそれからしばらく飛んだ山の中腹辺りだった。
ファルコン号の一部を見つけたセッツァーは飛空挺を着陸させ、ダリルを捜した。
ダリルはファルコンの上にいた。彼女は舵のそばに倒れていた。
最期まで舵を握ろうとしたらしい。
セッツァーは駆け寄ってダリルを抱き上げた。ダリルは安らかな顔で眠っているようだった。
もう冷たくなったその唇にそっと口付けをした。
「ダリルーーーー!」セッツァーの目から熱い涙がこぼれた。
少し硬くなったその体を抱きしめてその胸に顔をうずめる。
もうぬくもりも伝わらない・・・・・・
今まで泣いたことなんか記憶に無かった。自分の中に涙があったことさえ忘れていたセッツァーだった。
だが、今は子供のように泣いている。こんなに悲しいことがあるなんて・・・なぜダリルが死ななければならないんだ。
そんな思いがセッツァーの胸を締め付けるように押し寄せてくる。
ダリルの声もあの皮肉な笑みももう見ることは出来ない。そう思うとセッツァーは自分も死んでしまったような気がした。
そのとき、セッツァーは頭の中に声を聞いた。紛れも無くダリルの声だ。
「何泣いてるんだ。らしくないよ。言ったろう?男はここ一番というときに命を張るもんだって・・・セッツ・・・自分の信じた道を行きな。あたしはあんたをずっと見ているよ・・・・・」
「・・・ダリル・・・・どこだ・・そこにいるのか・・」セッツァーはあたりを見回したが何も無かった。
セッツァーはあれはダリルの言葉だと思った。しっかりしなきゃダリルに笑われてしまう。
それからセッツァーはダリルの飛空挺を修理して、コーリンゲンの近くに大きな墓を作りその地下に飛空挺も眠らせた。



あれからセッツァーはやはりダリルの影を追っていた。
自分ではそう思わなくても似た女を見ると、つい目で追ってしまう。
ジドールでオペラの女優マリアを見たとき、セッツァーはダリルの面影を彼女に見た。
あの女を自分の物にしてしまえば、もうさびしい思いをしなくてもすむかも・・・・・
そんな浅はかな考えがよぎる。
セッツァーは行動に出た。オペラ座に予告状を出した。
予告どおりオペラ座へ忍び込み、マリアを攫うことに成功した。
あまりにあっさりうまく行ったので拍子抜けしたくらいだった。
しかし、飛空挺につれてきたその女はマリアではなかった。
しかも艇内に男が3人も忍び込んでいた。彼らはリターナ、帝国軍の支配に逆らおうとするものたちだった。
偽者のマリアは名をセリスといった。どこかダリルに似て勝気な瞳の奥にさびしさが潜んでいる。
セッツァーは彼らの説得に応じた。ダリルの言った命を張れる大きな勝負がいまだと感じたからであった。
「俺の命、そっくりチップにしてお前たちに賭けるぜ」とセッツァーは笑った。
今まで勝手気ままに生きてきた自分が世界を救う為に戦う。こんなことになるとは誰が想像しただろう。
俺は今から本当に生きる意味をつかむのかも知れない・・・・・そんなことを考えていた。



セッツァーは今までのことに思いを馳せていたが、飛空挺もなくなった今、自暴自棄になっていた。
「もうダリルとの約束も果たせねぇ・・・・・」
下を向いたまま酒のビンに手を伸ばしグラスに注ごうとすると、誰かがビンを取り上げた。
セッツァーは「何しゃがんだ!」と顔を上げると、そこには見事な金髪の女が・・・・・
「・・・ダリル・・・・・・」目をこすってよく見るとそれはセリスだった。
「こんなところで何してんのよ!みんなでケフカを倒すって言ったじゃない。また一緒に行きましょう」
そういってセリスは腕を引っ張る。後ろにはエドガーとマッシュもいた。
セッツァーはセリスの手を振り解いて「もういいんだよ。もうなにもかもいやになっちまったんだ。
俺にはもう何も残っちゃいねぇ。飛空挺もぶっ壊れちまった・・・・」
エドガーが何か言おうとしているのをセリスはさえぎって
「何言ってんのよ!目を覚ましなさい!」そういうと手に持っていた酒をどぼどぼとセッツァーの頭からぶっ掛けた。エドガーたちもあっけにとられた。
セッツァーは呆然として、濡れた髪をかきあげ肩にかかったしずくを払った。
「こんなことで終わっていいの?あなたの夢はそんなにちっぽけなものだったの」
セリスは目に涙をためていた。セッツァーはその目を見たときはっとした。
そうだ、こんなことであきらめていちゃあダリルに笑われちまう。
「すまねぇ、俺が悪かった。俺も一緒に行くぜ。こんなことしていちゃあダリルに愛想つかされるぜ。行こう、もうひとつの飛空挺を使わせてもらおう。今度はダリルと一緒に戦うぜ」
セリスは「マスター、タオル貸して」とうれしそうに言うとマスターはタオルをセリスに投げてよこした。
セリスはぱっと受け取ってセッツァーの髪や方を拭いてやった。
セッツァーは(ダリル、また一緒にきてくれるか)心の中でつぶやくとエドガーたちの後に続こうとした。
そのとき、「・・セッツァー」とセリスが呼び止めた。
振り向くと「さっきはごめんね。早くもとのセッツァーに戻って欲しくて・・・」
「気にするな。おかげで目が覚めたぜ。さあ、早く行こうぜ」そういってセリスの肩に手を置いた。
セリスも微笑みながらこくんと頷いた。
そしてみんなはまた、心をひとつに戦いの場へ向かうのであった

THE END

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