青い空、白い雲
青い空、白い雲。 fin あとがき
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あそこには自由の風がある。
そこは俺だけの聖域。
よく晴れた日は大人たちの目を盗んで屋敷を抜け、あの場所に行った。
緑の芝生が太陽の光を燦々と浴び、温かくて心地よい。そこに背中を預ければ天空には穢れ一つ知らない青い空と純白の雲。
青い空は憧憬。流れる雲は自由。あの場所は俺だけの世界だった。
とにかく暑い日だった。部屋の窓の外には雲ひとつない青空があった。小さな窓から空を眺めるのは嫌いだった。
大人たちが茶会を始める昼下がり。俺はこっそり屋敷を抜け出し、丘への道のりを全力で走った。後で仕置きを食らうことなど外の風に当たればどうってことはない。
丘を登りきると遠くに小さな城にも見える大きな屋敷があった。高い城壁は鬱蒼とした蔦に覆われている。それには俺だけが知っている小さな穴があった。そこを潜れば俺だけの世界があった。
だが、その日は先客がいた。
新緑の芝生の上で微風が金の糸と真っ白な絹を靡かせている。同じ格好をしている二人は手を繋いで寝そべっていた。
「お前ら、ここで何やってんだよ?」
見知らぬ少年たちが俺の場所をさながら自分たちだけの世界のように占拠していた。
驚き起き上がった二人の瞳に俺は一瞬声を失った。同じく彼らも言葉を詰まらせたようだ。だが俺の姿を確認すると最初に立ち上がった方の少年が笑顔を見せた。
「空を眺めていたんだ。弟に見せたくて」
「こんにちは」
容姿を見れば二人が双子だとわかる。俺に挨拶をしたのは弟のようだ。
二人は俺を訝しげに見ることもない。俺は困惑と驚きでただ突っ立っていた。
「僕はエドガー。こちらは弟のマッシュ。君は?」
真っ直ぐに俺を見詰める瞳は青い空に劣らず澄みきっていて何とも気高い。誰の前でも物怖じしたことのないこの俺が初めて自分のペースを崩された。
「どうしたの?」
「何でもないよ。俺はセッツァー」
「セッツァー。聞きなれない名前だね」
双子の笑顔が眩しい。何でそんな無邪気な表情を曝け出せるのか俺にとっては不思議だった。
「空見に来たって言ったよな。ここによく来てるのか?」
「僕は2度目」
「僕は、初めてだよ。ロニ……兄上が今日連れてきてくれたんだ」
「セッツァーは、よくここに来るの?」
「時々。ここは誰も来ないし、邪魔されずに空を見られるから」
「僕たちがいたら邪魔かな?」
エドガーの問いに俺は戸惑う。
「別に」
俺のぶっきらぼうな口調が特にマッシュに気に障ったのか、優しそうな彼の瞳がうら悲しそうに変化した。
「今日は特別だ。一緒に空見ようぜ」
「うん!」
マッシュは瞬時に笑顔を取り戻すとエドガーも微笑んだ。人嫌いが激しいはずの俺は何故かこいつらを拒めなかった。
俺たちは三角形の形になって芝生に寝転がった。
「空って、ほんとうに大きいんだね」
当たり前なことを感慨深く言うマッシュ。
「変なこと言うな。まるで空見たことねぇみたいに」
「お部屋の窓から見る空とは全然違うよ」
俺も小さな窓から眺める空は嫌いだ。二人もそう思っていたのだろう。
微風が俺らの髪を靡かせ通り過ぎてゆく。真っ青な空に千切れ雲が流れる。
「あそこには、いっぱい自由があるんだぜ」
「自由か……憧れだね」
年の頃は俺と同じくらいだが、エドガーの声は年に相応しくないほどに落ち着いていた。
「俺はいつか、あの空を俺のものにするんだ! 白い雲のように自由に流れるんだ!」
「いいなぁ。僕もそこに行ってみたいな」
そう言ったマッシュが小さく咳き込むとエドガーは半身を起こして心配そうに見やる。
「レネー、大丈夫?」
「なぁ、お前、病気なの?」
「うん。でも、大丈夫だよ。今日はいつもより気分がいいし。それにこんな空見ていたら元気になれるよ!」
俺は久しぶりに笑った。
「青い空には自由だけがあるんだ! お前もそこへ行くと、ずっと元気でいれるよ」
「ほんと!! すごいね!」
マッシュの笑顔は真夏の太陽のように眩しい。
「あと少したったらお前らを空へ連れて行ってやるよ」
「楽しみにしているよ、セッツァー」
小首を傾げて頷いたエドガーの笑みが今でも忘れられない。あんな神々しい笑みを俺は見たことがなかった。
風が少し冷たくなってきたのか、マッシュが何度か咳き込んだ。エドガーは弟の小さな背中を擦った。
「少し風が冷たくなってきたね。それに遠くに来てしまったし。そろそろ戻ろう」
「うん…。もう少し空を見ていたいけど、きっと、またロニがばあやに叱られてしまうね」
「セッツァー、今日は一緒に空を見てくれて、ありがとう」
俺は面食らった。礼など言われたのは初めてだった。
「あ、ああ……」
「レネー歩ける?」
「大丈夫だよ! ロニ」
「セッツァー?」
エドガーが怪訝そうな顔で俺を見る。俺は情けないほど滑稽な表情で突っ立っていたのだろう。
「な、なぁ、お前ら……ここの屋敷の子?」
身形物腰からしてかなり育ちが良さそうなのは判る。俺のように無断で他所の屋敷に侵入してきそうな奴等でないことは確かだ。
「ここは、伯父上の屋敷なんだ」
その当時の俺はこの屋敷の主、即ち双子の伯父がどのような人物かは知らない。だが敷地の規模からして、かなり身分の高い貴族だろうとは思っていた。
「僕たち、明日誕生日なんだ。それで、ここに来ていて。明日、初めてサウスフィガロの街に出るんだ!」
とても嬉しそうに言うマッシュ。
「じゃあ、ここ屋敷にはよく来ているのか?」
「よくは来ないけれども……」
俺は少し落胆する。
「セッツァー。また今度会えたら、一緒に空を見ようね!」
言葉に詰まった俺にマッシュが手を差し伸べた。
「また会おうね」
続いてエドガーも。俺は躊躇しながら、二人の手を握り返した。
「うん。今度逢ったら空へ連れて行ってやるよ!」
「約束だよ! セッツァー」
二人は手を繋いで緩やかな坂を下っていった。小さな肩より少し長めの金の髪が風に靡いていた。
翌日、サウスフィガロの街はお祭り騒ぎですごい人だった。人垣を掻き分けて、いつもの丘へ向かう途中に見たのは、昨日会った双子が天使のような笑みを浮かべて市民に小さな手を振っている姿だった。
「あの時のお前ら、眩しいほどに笑顔が輝いていたぜ」
「何ってこった!」
俺が二人を強引にファルコンに乗せたことで、マッシュはさっきまで悪態を吐いていたが、淀みのない蒼の瞳が大きく見開かれた。
「20年振りの再会だったね、セッツァー」
エドガーの透き通った青い宝石のような瞳はあの頃と変らなかった。
「セリスを囮にして、ブラックジャックに乗り込んできたお前を見た時、すぐにわかった。7歳の大人びたガキがそのまんま年食ったって感じでな。お前、全然変んねぇな、エドガー」
「君は自分以外に興味がなさそうな瞳していた。それに紫水晶の瞳に銀の髪なんて、フィガロでは珍しい少年だったからね。
すぐに判ったよ。君も20年前と全く変っていなかったからね」
エドガーはくすっと笑った。
「で、お前は、随分と変ったな、マッシュ。あんなに華奢な王子様だったのによ」
「セッツァー、勘弁してくれよ。華奢だったなんて」
マッシュは照れ隠しに豪快に笑った。見た目は変ってしまったが、彼の笑顔は真夏の太陽のように眩しい、それはあの頃と全く変ってなかった。
「ごめん。俺、あの子供の頃に会った銀髪の子が、お前だって気付かなかったよ」
「つれねぇな……。
約束は憶えているか?」
「約束?」
「今度会ったら空へ連れて行ってやるって言っただろ。
ほら、行くぜ! しっかり掴まっておけよ」
ほどよく温まったエンジン。レバーを引くと轟音が舵楼にいる俺たちの足元まで伝わってくる。舵を握る手に力を込め、ファルコンを急上昇させた。青い空と白い雲がどんどん俺たちに近付いてくる。強い風が激しく髪を靡かせるのが心地良い。
「すげぇ!」
マッシュは目を細めて声を上げた。あっという間に雲を潜りぬけた。真っ白の雲が眼下に広がり、大きな羽のような雲が俺たちの横を通り過ぎて行く。ゆっくりと速度を落として流れる雲と一緒にファルコンを泳がせる。
「セッツァー!!」
マッシュの言葉にならない高揚が伝わる。俺が初めてこの空を泳いだときと同じだ。
「やっとお前らをここへ連れて来れたぜ! 旅をしていた頃は、ゆっくり空を眺める暇などなかったしな。
ま、“王様”は今もそんな暇はないだろうがな」
ファルコンが地上を離れて暫しエドガーはその間、口を閉ざしたままだ。雲間に映る蒼天のような瞳には流れる白い雲が揺れていた。
「ここは俺だけの聖域。誰もいない、誰にも邪魔されない、縛られない。風を従えて流れる雲と同じ自由がある。果てしなく広がる青い空は限りない希望と自由の宝庫だ」
ファルコンの高度を少し上げると雲がどんどん薄くなり、眼前にはアクアブルーの大海原が広がる。
「この空をお前らに……。一日早いけれど、おめでとうでいいのか? 俺、誕生日なんて祝ってもらった記憶ねぇからな」
「セッツァー……」
マッシュは小さく頭を振って笑みを噛みしめた。
「セッツァー……。ありがとう」
エドガーのアイスブルーの瞳は一滴の雫を垂らしたように微かに揺れた。
「青い空は希望、白い雲は自由。これでまた明日から頑張れるよ」
「兄貴……」
「そうやってまたお前は仕事一筋、城に缶詰だな」
「仕方ないよ。ケフカがめちゃくちゃにしてしまったからね。でも、ここは本当に気持がいい」
「たまには一息ついた方がいいぜ。ここに来たければいつでも俺を呼べ」
「セッツァー!! お前、態度はでかいし口悪いけど、ほんといい奴だ!!」
マッシュの重い腕が俺の肩に圧し掛かった。
「ガキの頃に見たお前らの笑顔がなかったら、この日はなかったな」
マッシュが豪快に笑うとエドガーも小首を傾げて微笑んだ。そうだ、この二人の笑顔こそが俺を動かせた。リターナーに手を貸し、世界が崩壊した後は、亡き友の忘れ形見であるこのファルコンでケフカ討伐への旅に。
ファルコンの下にある厚い雲が所々ほんのり珊瑚色に染まってきた。
「そろそろ戻らねえとな。お前らを拉致してきた俺も“ばあや”に叱られるな」
俺は肩を竦めて笑った。フィガロの双子と出会ってから俺はつられてよく笑うようになった。それまで、あまり笑うことがなかったこの俺が。
旋回したファルコンをフィガロ城の上空へ着け、デッキの後方から梯子を垂らした。
「明日の夜、お前も来いよな! 皆も来るからさ。久々に呑んで騒ごうぜ!」
マッシュが梯子に降り立つとエドガーもそれに続いた。
「気が向いたらな」
マッシュの誘いに気のない返事をした俺にエドガーは苦笑いを向け、「君の好きそうなワインを用意して待っているよ」と言いながら降りていった。
「あ、そうだ! お前、誕生日祝ってもらったことないって言ってたよな」
「この日のお礼に、今度は君の生まれた日を、私たちが…」
「ありがとな! 期待してるぜ!」
俺はエドガーの言葉を遮って礼を言った。目頭が少し熱くなったのは、あの少年の日以来だ。俺が他人に礼を言ったのは初めてだった。“ありがとう”という言葉は妙に照れくさかった。
青い空、白い雲。限りない自由が広がる世界をフィガロの双子に見せたかった。天使のように眩しい笑みを俺は見たことがなかったから。二人の笑顔をずっと見ていたいと思ったからだ。
その笑み、その瞳こそが尊い。俺が焦がれた空の色と同じだった。フィガロ兄弟、お前らは俺にとって憧憬の青い空だ。
Happy Birthday to Dear Edgar & Mash!
セッツァーさん語りでフィガロ兄弟を祝ってみました^^
7歳の時に、何故セッツァーがサウスフィガロにいたかって?(^-^;
随分前に書いたSSでもそうでしたが、
セッツァーは、エドガーと少年の頃に会っていると言うMy設定ですw
(前に書いたSSとは設定変ってるけど(^-^;)
サウスフィガロの丘の上の屋敷は、
エドガー達の伯父さん、フランシス=ラバーンの屋敷です
現在は主不在で閉鎖中。
う〜ん。。。続き書きたい。
続きはセッツァー幼少の頃の生い立ち(My設定w)
ここ1年半ほどで考えていた幼少の頃のセッツァー書きたい^^
キャラって不思議ですね。その人物について書けば書くほど
魅力的になってどんどん掘り下げてみたくなる。
2004.8.16 Louis
Wallpaper:詩とアートチックな写真集様