彼らは一国の野望に立ち向かうべくその研究所へ侵入した。
恐るべき魔導の力・・・・その力を抽出するために幻獣を捕らえてはここに監禁し、その力を最後まで搾り出す。
力を抽出し尽くされた幻獣たちはそのままゴミのように捨てられて行く。
ここはそんな魔導の力を生み出す。工場のようなものだった。
セリスはここで初めて自分に注入された魔導の力が、どのようにして抽出されていたか知ったのだった。
「こんな・・・・酷い・・・・やり方で・・・?」セリスはいくつも並んでいるガラスの容器に漂う幻獣たちを見つめた。
その体は小刻みに震えていた。エドガーはセリスを支えた。
エドガーが何か言いかけたとき、閃光が走った。
はっと彼らが振り返ると、ガラスの中の幻獣たちが石に変わっていた。
そして石はガラスの容器を割って彼らの手に納まった。
流れる液体は強い薬品のにおいがした。
音を聞きつけて男が一人入ってきた。
「こ、これはどうしたことじゃ・・・幻獣の力は魔石になって初めてその全精力を発揮出来るという。それがこれなのか・・・・」
「シド博士・・・・・・・・」セリスが呟く。
「セリス、セリスじゃないか。敵国の偵察に行っていたという話しだったが・・・・」
「シド博士!」セリスが叫んだとき、そこへケフカが帝国兵とともに入ってきた。
「ほっほっほっ、セリスご苦労だった。もうお芝居は終わりにしていいんだよ、さあ、こっちへおいで」
ケフカが笑いながらセリスに向かって手招きをする。
セリスは首をよこに振りながら後ずさりした。
「ロック・・・・・・」セリスはロックを見た。
ロックは近づいてきたセリスから逃げるように後ろへ下がった。
「ロック!何を迷っている。そんな世迷言はケフカの計略に決まっているじゃないか、セリスを信じろ!」
エドガーは叫んだがロックは身動きもしなかった。
セリスは悲しそうな顔をした。
「ロック・・・・信じて・・・・今私にはこれしか出来ない・・・」
セリスはケフカと帝国兵に覆いかぶさるようにして、テレポの魔法を唱えた。セリスはケフカたちとともに消えてしまった。
「セリスーーーー!」エドガーの叫びもむなしく、セリスたちの姿は掻き消えてしまった。
そのとき、轟音とともに地面が揺れた。
「ここは危険じゃ。そとへ逃げるんじゃ」シド博士がエドガーたちを促す。
「俺たちを助けてくれるのか」マッシュが訊くと
「セリスの姿を見ていて自分のおろかさに気づいたんじゃ。セリスのことは心配するな。わしがうまくやる」
シドはそういってみんなを出口まで案内した。
シドの言葉に一同はセリスのことはひとまず彼に任せてその場を後にする。
あれからどのぐらい時間が過ぎたのだろう。
セリスは闇の中にいた。
「・・・・・うっ・・・・」セリスは首を左右に振った。
「セリス、気がついたか・・・」
誰かの声が聞こえる。懐かしい優しい声・・・・
うっすらと目を開けると、そこは帝国内の兵舎のベッドの上だった。
「・・・レオ将・・軍・・・」覗き込んだ顔は懐かしいレオ将軍だった。
セリスは起き上がろうと頭をもたげたが、少し肩が浮いただけで起き上がることは出来なかった。
恐ろしく体が重かった。
「無理はするな。あんな無茶な魔法を一度に使ったんだ。もうしばらく休んだほうがいい」
レオ将軍の言葉に少し安堵してセリスはまた眠りについた。
次にセリスが目を覚ましたのはそれから2日後だった。
セリスは重い体を起こし、呆然とただ座っていた。
そこへレオ将軍が入ってきた。セリスはベッドの脇に彼が座るまでを黙ってみていた。
「・・・もう、私には帰る場所がなくなってしまいました。帝国にもリターナにも・・・・・・・」
俯くセリスにレオ将軍はその腕を優しく握り、
「セリス・・・・けっして君の悪いようにはしない。実は君が眠っている間に事態が急変したのだ。封魔壁が開いて、幻獣たちがたくさんこちらの世界へ出てきた。そしてこの帝国を攻撃してきた。ベクタはいま壊滅状態だ。そこで皇帝はリターナと和平を結び、幻獣の説得を試みようとしている。その際、君にも尽力して欲しいとのことなのだ」
セリスはレオ将軍の話に驚きを隠せなかった。
あの皇帝がリターナと和平を・・・・・?
俄かには信じがたかったがレオ将軍の言葉に偽りはないようだった。
「・・・私は帝国で戦いの中で生きてきました。それが私のすべてでした。でもあるとき、私は自分のやっていることに疑問を感じてしまったんです。」
セリスは幾分やつれた顔にかかる金色の長い髪を耳に掛けた。
「その疑問は戦えば戦うほどに大きくなって、もう自分の意思で戦うことが出来ないほどになって、ついに私は皇帝に疑問をぶつけたのです。私たちは何の為に戦っているのか。本当に正義の為なのか・・・・・
正義とは何なのか、何の罪も無い人たちが次々と何故死んでゆかなければならないのか・・・・・帝国の意思にそぐわないというだけで。私には人を裁く権利など無かった。私は自分の罪に気づいたんです」
セリスは俯いていた顔を上げレオ将軍を見つめた。
「だから裏切り者として処刑も甘んじて受けるつもりでした。しかし、リターナに助けられた・・・・
彼らと行動をともにして私がやるべきことは何か考えました。
わたしに残された道はひとつしかないのです。この世界から闘いをなくし、平和を取り戻さなければわたしもまた救われないのです」
セリスの瞳には強い意志の光が宿っていた。
レオ将軍はその青い瞳をまっすぐ見据えながら言葉を紡ぐ。
「昔、ドマの国に偉い僧侶がいた。その教えは神に依りてすべてのものは救われる、というものだった。そこである男が訊いた。
罪を犯した者も救われるのかと・・・・僧侶は言った。
罪を犯したものはその罪の重さを知っている。だからこそ救いを求めるのだと、救いを求めるものを神は拒みはしない。僧侶はそう教え諭した。
セリス、君は今自分の罪の大きさを知った。その償いのために生きようというのならそれが君の使命なのかも知れない。今回の皇帝の申し出はその第一歩になるだろう」
セリスはレオ将軍の顔を見つめて大きく頷いた。
その頃、ガストラ皇帝はリターナと和平を結び、幻獣との和解を目指し大三角島へ赴くことを決めた。
船にはセリスとレオ将軍、そして帝国に雇われたシャドウがいた。
リターナ側からはロックとティナが加わることになった。
大三角島へ到着してから、セリスはリターナとともに行動することとなった。
サマサという村で幻獣の聖地があると聞いた一行は、そこへ向かう。
目的地へ着いた一行に幻獣たちは警戒したが、ティナを見て自分たちと同じにおいを感じロックたちの話を聴いてくれた。
幻獣たちは現世界へ出たとたん力の制御が利かなくなり、不用意に力を使ってしまったということだった。彼らもそのことを深く後悔していたので、和解はことのほかスムーズにいった。
帝国軍とリターナ、それに幻獣たちの和解が出来ようとしていたそのとき、不意に、甲高い笑い声が聞こえた。異様に高く耳ざわりなその声はケフカのものだった。
ケフカは幻獣たちの力を魔石に変えることが出来るようになっていた。
ケフカは兵士を使い村を攻撃し、幻獣たちを次々と魔石に変えていった。
とめようとしたレオ将軍はケフカの策略の前に倒れてしまった。
「レオ将軍ーーーー!」セリスの叫びもむなしくレオ将軍は、スローモーションのようにゆっくりとその場へ倒れていった。
セリスは将軍の所へ走り寄っていこうとしたが、ケフカの攻撃によって阻まれた。
ケフカはすべての幻獣の力を手に入れた後、意気揚々と帰っていった。
残されたものたちは呆然と立ち尽くしていた。
セリスはレオ将軍の亡骸にすがっていつまでも泣いた。
ロックたちはレオ将軍の墓を作った。
そこへ、帝国から飛空挺でエドガーたちが飛んできた。
ロックはエドガーたちに現状を話した。
その夜、一行は村の宿へ泊まった。深夜、宿を抜け出した影があった。
セリスだった。セリスはレオ将軍の墓の前で絶望を感じていた。
膝をつき、手で土をつかむ。土の冷たい感触がレオ将軍の亡骸を思い起こさせた。いくら嘆いてももう彼は戻らない。
「セリス、君の悲しみはよくわかる。私も彼を尊敬していた」
聞き覚えのある優しい声・・・・その影はエドガーだった。
「フィガロは帝国と同盟を結んでいたが、その扱いはまるで属国に対するものだった。その中でただひとり私を国王として迎えてくれたのがレオ将軍だった。彼のことは私も尊敬していた。彼は軍人としても人間としても、尊敬に値する帝国で唯一の人だった」
セリスは泣き濡れた顔を上げエドガーを見た。
エドガーはセリスのそばに跪きその震える肩に手を触れた。
セリスはエドガーの胸にすがって号泣した。エドガーはセリスの髪や背中を何度もなでながらセリスが落ち着くのを待った。
セリスの号泣が嗚咽に変わった頃、エドガーはセリスの髪をなでていた手を止め、セリスの肩に手をかけ頬の涙を指でぬぐい、乱れた前髪を手で梳いてやった。セリスはエドガーを見遣って口を開いた。
「私にはもう、標(しるべ)がなくなってしまった・・・・」
セリスは濡れたまつげを伏せる。セリスの頬にはまた新しい筋が出来た。
エドガーはそれをぬぐいながら、
「セリス・・・・・確かに標はなくなってしまったかもしれない。しかし、まだ目的はあるはずだ。レオ将軍は君になんと言った」
「私が贖罪を償おうとするのなら、それが私の使命なのかも知れないと・・・・・・」
エドガーはその言葉に頷き、セリスの濡れた瞳を見つめ、セリスの体を支えながら立ち上がらせた。
「彼がそういったならそれがこれから君が生きる標だ。帝国は彼さえも見限った。ケフカのやったことは決して許されない。その命令をしたのはガストラだ。帝国はもはや君が信じていたようなものではない。だから帝国に対して負い目を感じることはもう無い。私たちが戦っているのは世界を敵に回した者たちだということを覚えておいてほしい。君は私たちについてきてくれるね」
エドガーはセリスの肩に両手を掛け、顔を覗き込み微笑んだ。
セリスはもう泣いてはいなかった。そして強く頷きその瞳は輝きを取り戻した。
エドガーに促され宿へ帰るとき、セリスは一度だけ彼の墓を振り返って・・・「レオ将軍、これから私は新しい使命のために戦います。あなたの教えを思い出しながら・・・・・そして、必ず世界を平和に導いて見せます」と誓った。