−最後の朝日と最後の涙−
まだ、朝はこない。
もしかしたら、この暗闇から開放される日はもうこないのかも知れない。
そんな絶望を独りで考えながら、ラムザはいつのまにか眠っていたらしい。
――――もう戦わなくてすむかもしれない。
誰も確信した答えなど与えてはくれなかったが、
誰もがどこかで感じていただろう。
もう誰の血も見なくてすむ。
自分の血の温かさを身をもって知らなくてもすむ。
これが本当に最後の戦いになるだろう・・・と。
一体何がこの争いに終止符を打つのか。
一体誰が全ての頂点に立つのか。
そんなことは、それが明かされるべきときに明かされる。
今、自分が考えたってどうしようもない。
自分はただ、自分が信じた道を歩くだけ。
だけど・・・自分がこの争いに終止符を打つのかもしれない。
もしかしたら・・・命を落とすかもしれない。
「夜」も「朝」も・・・最後かもしれない・・・。
色々な想いが、ラムザの中を通りすぎていった。
喜びも悲しみも怒りも憎しみも・・・。
仲間や・・・家族たちや・・・。
そして、いつの間にか眠っていたらしい。
明けないと思っていた絶望の夜も、今は影さえ見当たらない。
朝靄が少しだけ肌に冷たく感じられる。
まだ昇りきらない太陽が、遥か向こうに眩しく見える。
いつもよりも早く目覚めたラムザは、いつものようにやってきた朝なのに
ひどく懐かしく心地よく思えて、また眠るのはやめにした。
まだ、ここまで共に戦ってきた仲間たちは静かに寝息を立て眠っているので
起こさないようにそっと・・・その場をあとにした。
テントを張った近くに、小さな泉があるのを思い出して顔を洗いに行こうと
ラムザは仲間たちを背に歩き出した。
土や花や木や動物・・・・・。
森のにおい。
どうしてこんなに気持ちが安らぐのだろう。
薄く朝靄のかかった森を、ラムザはひとり泉に向かって歩いていた。
そして、泉が遠くに見えると同時に
木に背をあずけているひとりの女性の姿が目に入った。
アグリアスさんだ。
ラムザはひと目でそれが彼女だとわかった。
僕のことを心から信じてくれて、
ずっとここまで戦ってきてくれた仲間のひとり。
気が強くて、僕にもしも姉さんがいたらこんな感じなんだろうな。
ラムザは少し足を速めて、アグリアスに近寄った。
「アグリアスさん。」
声をかけると、彼女はゆっくりとこちらに振り向いた。
「・・・ラムザ。」
重そうなまぶたを上下させながらラムザの名を呼んだ。
起きたばかりだというのに、ひどく透明に聞こえる彼女の声。
「どうしたんですか?こんなに朝早くに。」
「お前こそどうした?いつもは一番遅く起きるくせに。」
「なっ、何言ってっ・・・!!
・・・・・・ひどいじゃないですかぁ・・・アグリアスさん・・・。」
ラムザは頬を赤らめながら言った。
「はははっ。冗談だよ。」
彼女の笑顔。
僕は大好きだ。
笑ってるアグリアスさんが。
「ラムザ・・・ちょっと・・・。」
そう言ってアグリアスは右手でこっちへ来いと手招きをした。
ラムザは素直にアグリアスの隣に移動した。
「? なんですか?」
「ほら、あの岩の向こう・・・。」
アグリアスが指を指した方向には、
もう半分ぐらいまで昇っただろう太陽が、
高くそびえた岩と岩の間からこちらを覗いていた。
その、太陽の光が目の前の泉にきらきら反射してとてもとても美しい。
森が、岩が、太陽が。
僕たちにくれた幸福。
「綺麗だろう?」
「・・・・・・。」
ラムザはそんな綺麗な朝日を見たのが初めてだった。
前に城の窓から朝日を見たことがあったが、
自然が創りだす物とは比べ物にならない。
それに、ここ最近、色々な事がありすぎて
朝日をまじまじと眺める時間も心のゆとりもなかった。
「・・・ラムザ?」
自分の名前を呼ばれて、ハッと我に返ったラムザ。
美しい自然の贈り物に見とれていてアグリアスの声が届いていなかった。
「・・・えっ!?あぁッ・・・。すっ、すいません。
あまりにもこの朝日が綺麗で・・・・・。え、ええと・・・。」
そこまで言って、ラムザは言葉につまった。
「あ、アグリアスさん!?」
アグリアスの頬を伝うひとすじの涙。
泣いている。
「わっ、あのっ、すいませんっ!これからはちゃんと話きいてますからっ!
あのっ!あのっ!ごっ、ごめんなさいアグリアスさん!
泣かないで下さい!」
ラムザはてっきり自分がアグリスのことを泣かしたのだと思い、
混乱する頭を整理しながらとにかく謝った。
しかし、アグリアスは
「綺麗だろう・・・。」
そう言ってアグリスはラムザを抱きしめた。
「!!」
ラムザは一気に耳まで真っ赤になった。
顔が爆発するんじゃないかと思った。
「ああああああああああああああああアグリアスさんんんんんん!!??」
「・・・すまない・・・。迷惑かもしれないが、少しだけ・・・
このままでいさせてくれ・・・・・。」
声がかすれている。
さっきはあんなに透きとおった声だったのに。
左の鎖骨あたりにある彼女の顔。
服が濡れてくるのがわかる。
まだ、彼女の涙は乾いていない。
「そっ、そんな・・・迷惑だなんて・・・。
ちょ、ちょっとビックリしただけです・・・。」
最後の方はもう、空気にそっと消え入りそうに小さな声だった。
それからほんの少しの沈黙が続いた。
先に口を開いたのはラムザだった。
さっきほど顔は赤くない。落ち着いてきた様子だ。
「あの・・・アグリアスさん・・・。」
アグリアスは頭を少しだけ動かして「聞いているよ」という合図をした。
まだ、泣いている事に変わりはなかったが・・・。
「僕も・・・ちょっとだけ甘えちゃってもいいですか?」
そう言ってラムザもアグリアスを抱きしめ返した。
恥かしさなどない、ラムザの素直な気持ち。
「・・・ははっ。おかしいですね。なんだか僕も泣けてきちゃいました。」
ラムザとアグリアスは頬に同じ涙を流しながら、
しばらくの間抱きしめあった。
その涙に意味などなかった。悲しいわけじゃない。もうなにも怖くはない。
だけど、あとからあとから涙があふれ出てくる。
意味の無い涙。
だけどふたりの頬を流れる涙はきっと同じ物だろう。
ここまで共に戦ってきた仲間と仲間の涙。
同じ思いを胸に秘めたラムザとアグリアスの涙。
この一瞬一瞬を確実に自分のものにしようとかたく抱きしめあうふたり。
まるで、自分の存在意義を確かめるかのように・・・。
ふたりはもうわかっていたのかも知れない。
これが、最後の争いになることを。
お互いに醜い理由で流し合った血をもう見なくてすむことを。
もうわかっていたのかも知れない。
この美しい朝日が永遠になることを・・・。
ふたりは・・・。
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