砂漠の城の王 私は砂漠をさまよっていた… The End
どうしてこうなったのか、すでにわからない。
今までこれほどまでにのどの渇き、いや、体の渇きを憶えたことはない。
感じるのはただひたすら、砂交じりの乾いた空気、そして照りつける太陽の熱・・
そんな太陽でさえも、いとおしく思えてくる。
今度あの寒さが来たら、この苦しみから解放されるのだろう・・
それは喜びであり、この上ない苦しみであった。
やがて何度目かの蜃気楼が巨大な城をかたどったとき、私は意識をなくした…いや、それは意識だったのか…
真っ赤に燃える太陽を背に、悠然とチョコボに跨った紳士を見たのが、私の最後の記憶だった。
「……気がつかれましたね」
私はベッドに横たわっていた。ふかふかとした、実に心地よい場所だ。
私に声をかけた女性は、美しい装飾のほどこされたグラスに水を満たすと、私の上体を軽く起こし、乾いた唇にあてがった。
その冷たさと彼女の柔らかい手のぬくもりを十二分に堪能した私は、その天女のような女性に尋ねた。
「ここは……天国か?私は一体……」
「ここはフィガロ城。空ではなく、砂漠に浮かぶ城ですわ」
そう言うと彼女はクスッと笑った。
フィガロ城…どこかで聞いた名だ。
だが、私はそれを思い出す以前に、自分の名前を思いださなければならなかった。
そんな私の不安を見てとったのか、彼女はにっこりと微笑んで言った。
「あなたの装いを見れば、どこか遠い国の王族であることはわかりますわ。しかし今は何もお考えになさらないで、ゆっくりとお休みください」
その透き通るような声を聞くか聞き終わらないかするうちに、私は深い眠りに落ちていた。
次に目を覚ましたとき、部屋には私の他に、例の女性と、そして彼女と談笑している男がいた。
彼女は終始はにかんだ様子で、それだけで私には、その男がただ者でないことを感じさせた。
「あ・・陛下」
彼女はそう男に言うと、そそくさと、しかし精一杯の気品を保ちながら、一礼をして部屋から出ていった。
「やあ客人、気づかれたようだな」
男はこちらを振り向くと、朗らかに笑った。
「私はここの城主、エドガーです。ようこそおいでくださいました」
あまりに慇懃丁寧な物腰とその気さくさに、私は少々拍子抜けした。
「私は……私は自分が誰かもわからない…気がつくと、ここに…」
エドガーはまるで母親のように、起き上がろうとする私を寝かしつけながら言った。
「空高く舞う竜も、留まり、その羽を休めるときがあるのです。今は傷ついたその羽を、ゆっくりと癒すとよいでしょう」
その言葉に甘えながら、私は幾日もの時を砂漠の城で過ごした。
この城には女官や侍女が多く、私の部屋の窓から女性の見えない日はなかった。
ある日私は、例の看病をしてくれた彼女にそのことを聞いてみた。
「うふふ…陛下は私たちの憧れの的ですのよ。陛下は私たちにとってもっとも近く、そしてもっとも遠い存在なのですわ」
エドガーに対する私のイメージが固まりつつあったころ、城に帝国の使者がやってきた。
彼らはきらびやかな衣装を身にまとい、絢爛豪華な車に乗り、蔑むような視線を撒き散らしながら入城した。
私は密かに、エドガーがどのようにしてこの窮地を切り抜けるのかを期待しつつ、謁見の間でそれを見届けることにした。
きっと抜け目のない彼のこと、彼らを丁重にもてなし、持つものでも持たせ、うまく言いくるめて帰すに違いない……
……ところが、私の予想は早くも裏切られた。
使者はとっくに来ているというのに、待てど暮らせどこの砂漠の国の若き国王は現われなかった。
まさか彼としたことが、おじけづいているのではあるまいな?
そう私が疑いを持ち始めたころ、無礼に腹を立てていた使者も、彼を嘲り始めた。
「まったく、これだから田舎の王様は困るわい。まあ、天下の帝国の使者を目の前にしては、びびるのも仕方あるまいて。アハハハハ…」
およそ公の使者にはふさわしくない卑らしい笑い声がこだましたときだった。
ゆっくりとした荘厳な音楽と共に、奥の帳から、純白のドレスに包まれた美女二人を引き連れて、彼は現われた。
黒を基調としたその衣装は、けっして豪奢ではない。
しかしその前では、帝国の使者は道化に過ぎなかった。
ありとあらゆる感情を集め、そしてそれらをすべて抜き去ったような、美しい表情。
この世の何物も及ばない圧倒的な存在感を持って、エドガーはそこにいた。
それは私が初めて見るフィガロの国王であった。
音楽が止まる。
いや、音楽でさえも、彼の中に溶け込んでしまったかのようだ。
その麗しい唇から彼のメロディが流れ出すのを待つまでもなく、私はこの外交がフィガロの圧倒的優位に終わることを確信した。
おそらくはだまっていないであろう帝国軍の次なる波も、彼はものともしないだろう。
ふと見やると、驚いたことに、エドガーの横にいる美女のひとりは、例の天女のような彼女だった。
いやまさにこの瞬間こそ、彼女は天女だったと言っていい。私の視線に気がつくと、彼女は軽くウインクしてみせた。
ほんの一瞬だけ、いつもの彼女に戻ったように思えて、私はひどく安心したのだった。