Overcome a delusion



 自己中心的。その男を形容する言葉としては適当であろう。物事の善悪には一切無頓着。全てを己の好悪のみで決定する孤高の男、セッツァー。この男はまた、フィガロ王エドガーに勝るとも劣らぬ女性好きとしても知られる。が一つ、エドガーとは異なる点がある。それは、女性との付き合いに、それほど深く感情移入しない、ということである。それは、何故か?そこには、とある女性との悲しき恋があった。


 ケフカとの戦いが終わり、帰るべき場所のある者たちはそれぞれの生活へと戻っていった。セッツァーがその全員を送り届けると、最後にセリスが残った。
「何処へ行けばいい?」
 尋ねようとも、セリスは俯いたままである。
「・・・・セッツァーは、どうするの?」
「オレか?オレは空に残る。元の生活に戻るだけさ。」
「そう・・・・。」
 セリスはまた俯いてしまった。そう、彼女には帰るべき場所も、戻るべき生活も無いのである。今更あの島へ戻った所で何になる。シドの遺骸の眠るあの島に、一体何があると言うのか。
「じゃあ、一ヶ所だけオレに付き合ってくれないか。」
 セッツァーはそう言い残し、返事も聞かずに甲板へ上がり、操縦桿を握った。顔を刺す冷たい風が心地好い。飛空艇ファルコン号は、一直線にその場所を目指した。その速度は普段よりも速く感じられる。そう、ファルコン号もまた、その場所へと行きたがっているのだ。
 到着したのは、ダリルの墓であった。
「ここは・・・・。」 
 「報告だよ。ファルコンのお陰で世界は守られたんだ。ここには報告しとかないとな。」
 セッツァーは例のごとく慣れた手付きでその入口を開き、奥へと進んだ。
 ダリル。飛空艇ファルコン号の本来の持ち主であり、また、セッツァーのライバルでもあった女性である。
 セッツァーの女性との付き合いは、この人物から始まった・・・・。




 セッツァーは、ギャンブル王であった。ポーカー、スロット、ブラックジャック・・・・、ありとあらゆるギャンブルで比類無き強さを誇っていた。
「この野郎・・・・、ブッ殺してやる!」
 負かしたヤクザ者に襲いかかられることもしばしばであったが、全て返り討ちににしてやった。勝ってばかりなので、当然金回りも良く、言い寄ってくる女も多い。中には娼婦も交じっていたが、そんな女たちは、金で手籠めにしてやった。が、 (虚しい・・・・。)
 情事の後には、いつもこういう心持ちになる。ギャンブルに勝てば勝つほど、享楽的生活への疑問が、徐々に拡大していった。


 ある日、馴染みのカジノへ愛艇ブラックジャック号で乗り付けると、そこには飛空艇の先客がいた。自分のもの以外の船を見たのは、初めてのことだった。
  店へ入ると、馴染みの仲間が声をかけてきた。
「見たか?外の。」
「ああ。誰のモンなんだ?」
 男は人だかりが出来ている一角を、親指で指し示した。
「あそこにいる女さ。」
「女・・・・?」
「ああ。イイ女だぜ。触ろうとしたら、はたかれたけどな。」
 なるほど、男の頬は大分赤くなっている。
セッツァーはその一角へと歩を進めた。自然、その一角の声が耳へ飛び込んでくる。ポーカーが、行われているようだった。
「オー、すげえ・・・・。また1人チップ切れだ!」
 見ると、件の女性らしき人物の前には大量のチップが積まれていた。始めて何分経ったのかは分からないがハンパな腕前ではない。
「オレァ、もう御免だ!」
 4人でしていたのが、1人がチップ切れ、後の2人は怖じ気づいて降りてしまった。
 セッツァーはその女性をまじまじと見つめた。なるほど、あの男の言うように、かなりの美人である。
「腰抜けばっかりかい!誰かいないの、私を負かしてくれる男は!」
 その声は、口調とは裏腹に高く澄んでいた。
「オレが行こう。」
 セッツァーは自らのチップを持って、その前へと進み出た。
「サシでいいな?」
 セッツァーの問いに、女は小さく頷いた。
「やっちまえ、セッツァー!!」
 周囲のギヤラリーから、大歓声があがる。恐らく、全員この女性に痛い目に合わされたのであろう。




 女性は強かったが、セッツァーにも意地がある。一進一退の状態が続いた。
(くそ・・・・、ラチがあかねぇ。)
 遂にセッツァーは言った。
「アンタ、外の飛空艇の持ち主なんだろ?速さで決着つけようじゃねぇか!」
「私のファルコンと勝負するっていうの?身の程知らずね。」
 2人は表へ出て、各々の飛空艇に乗り込んだ。
「レディ・・・・ゴー!」
 合図と共に一斉スタート!となるはずが、実際はならなかった。ファルコンが飛び立たないのである。しかし、甲板の女性の表情からは、トラブルだとは思えない。
(ハンデのつもりか・・・・。ナメやがって!)
 セッツァーはいつに無いほどムキになってブラックジャック号の操縦桿を握った。
しかし、発進から2分余り、すぐに後ろから何かが迫ってきた。それは、セッツァーにとってかつてない恐怖だった。
「くそっ!」
 夢中で操縦桿を握り直す。こんなはずはない。このブラックジャックが追いつかれるなどということは、あってはならないのだ。
 が、現実は確実にそこにあった。後ろから追いついてきたファルコン号は、あっという間にブラックジャック号の横に並んだ。
「遅いわねぇ!そんな速さじゃ、私には当抵敵わないわよ。」
 女性はそう言うと、セッツァーに向かって紙を一枚投げ付け、飛び去った。紙には、こうあった。
『世界最速の女 ダリル』と。


 セッツァーは何度も挑戦し、その度に敗れた。そして、敗れる度に挑戦した。気付けば、生活のほとんどの時間を、ダリルと共有するようになっていた。
「何だ、セッツァー。あの女と付き合ってんのか?」
 ギャンブラー仲間にそう言われ、はっとした。今までダリルを異性として意識したことなどなかった。しかし、周囲はそうは見てくれない。普段から女と遊び回っている男が女と一緒にいるのを見ると、自然、男女の関係を想像せざるを得ない。




 人間とは不思議なもので、そんな風に言われた途端、セッツァーはダリルを意識するようになった。意識して改めて見ると、かなりの美人である。言い寄って来る男も多いだろう。しかし、ダリルが自分以外の男性と接触している気配はない。彼女もまた、生活時間のほとんどをセッツァーと過ごしているのだから。
(ダリルはオレをどう見ているか。)
 これが気になって、ある時思い切って問いただした。
「なあ、ダリル・・・・、オマエ、オレのことどう思う?」
「え?どういう意味?」
「男として、だ。」
 2人の間には一時の沈黙が訪れた。セッツァーは不思議だった。こんなことを聞いている自分が、本当に不思議だった。今まで女性と付き合う時、相手の気持ちというものをこれほど意識したことはなかった。しかし、今回は違う。どうしても聞きたかった。いや、聞かねばならない気すらした。 ダリルは、しばしの沈黙の後、こう呟いた。
「・・・・愛してる。」
 それっきり、気恥ずかしくなったのか、ファルコンへ帰ってしまった。しかし、それは今のセッツァーにとっては充分すぎる返事だった。
(いつかきっと追い抜いてみせる。今のオレには、オマエを愛する資格はない。)
 その日からセッツァーは、今まで以上にダリルとの勝負に執着するようになった。ただ追い抜くことだけが目的だったのが、変わったからである。
 半年間、毎日のように挑戦し続けた。しかし、抜くことはできなかった。
「クソッ!また負けだ!」
「これで私のちょうど100勝ね!」
 セッツァーとダリルは、いつもの場所まで飛んで行き、そこでいつもの崖の上に腰掛けた。夕焼けがはっきり見える最高の場所、2人しか知らず、2人しか行けぬ秘密の場所。
「ダリル・・・・。」
「何?」
「100勝、おめでとう。」
 セッツァーは隠していたプレゼントを出した。今日のために用意してあった。自身の矛盾した感情が不思議でならなかった。本来、祝うべきものではないはずのライバルの勝利を、祝福したのである。
 ダリルは何も言わず受け取った。セッツァーもまた、何も言わずに手渡した。
 その後、2人の飛空艇がそこを離れたのは、夜が明けきってからのことだった。




 セッツァーは、そんなことを思い出しながら、墓を進んでいた。
(あれからすぐだったな。アイツが逝ったのは・・・・。)
 セッツァーは後悔していた。何故あんな危険な飛行に行かせたのか。あの時無理にでも止めておけば、彼女を失わずに済んだのではないのか。戦いに明け暮れていた時はあまり考えることもなかったが、瓦礫の塔を脱出する時から頭に浮かんで離れない。今回墓に来たのも、無論報告ということもあるが、それ以上にこのモヤモヤの答えを探しに来たのが、メインだった。


 セリスは、全くと言って良いほど自分の方を振り向かないセッツァーの態度に、ただならぬ気配を感じ取っていた。
(きっとダリルさんのことを・・・・。)
 そう考えると、何故か胸中に一抹の嫉妬心を覚えた。
ほとんど会話の無いまま、ダリルの墓石まで辿り着いた。
『ダリル ここに眠る』
 セッツァーは持ってきた花を墓前に捧げた。
(オマエの相棒は、この世界を救ってくれたよ。ありがとう。)
 セッツァーは手を合わせた。これで一応の目的は果たしたが、わだかまりは解けそうにない。




「セリス、帰ろう。」
 恐らく墓に入ってから初めて聞いたセッツァーの言葉に、セリスは少し安心した。
「ええ。」
 しかし、次の瞬間、壁から何かが飛び出して来た。
「変わった臭いがすると思ったら、人間が2匹もいるじゃねぇか。ヘヘヘ・・・・久々の御馳走だぜ!」
 食人型アンデッド。この種は、人間を食うという性質上、体が大きく戦闘能力の高いものが多い。これも、例外なくそうだった。
 2人は武器を構えて距離を取った。今はもはや、魔法が使える世界ではない。頼れるは己の肉体のみ。
「オレと戦おうってのか?身の程知らずが!」
 アンデッド族の基本的な特徴は、不死身ということである。もっともこの特徴こそが、実は一番恐ろしいのであるが。
「行くぞ、セリス!」
 セッツァーは愛用のダーツを投げ付けた。一応全て命中はするが、効いている様子はない。セリスも、塔脱出の際に譲り受けたエクスカリバーで斬り付けるが、魔導の力が消滅した今、アンデッドを浄化する能力は失われていた。
「エサが抵抗するな!」
 一振りで、セリスが吹き飛んだ。
「セリス!」
「人の身の上など気にしている余裕はないぞ!」
 アンデッドは今度はセッツァーに照準を変え、攻撃してきた。
「女はメインディッシュだ。まず、キサマから食ってやるとしよう。」
 セッツァーは抵抗する間もなく、掴まれた。
「セッツァー!」
「セリス・・・・、逃げろ・・・・。」
 セッツァーは自分の体に巻き付く腕を、必死で叩いた。しかしその打撃は、アンデッドの屍肉に阻まれて何らの威力も出さない。
(魔法が使えれば・・・・。)
 セリスは剣を握り直し、アンデッドの腕へ思い切り斬り付けた。すると、今度はいとも簡単に斬れ、セッツァーが解放された。
「ぐあっ!そ、それはエクスカリバーの本来の力。何故今それが・・・・。」
 エクスカリバーに力が戻ったとは思えない。となると、考えられる理由は一つ、セリスの中にまだわずかに残っていた魔力が、エクスカリバーに供給されたのである。
(いける!)
 セリスはもう一度斬り付けた。しかし、今度は最初の鈍い当たりに戻っていた。
「お、驚かせやがって!マグレ当たりだったんだな!」
 マグレ当たりなどではないことは、セリスは分かっていた。しかし、今は魔力がこもらなかった。もはや、剣に込められるほどは残っていないのだ。
(でも、まだあるわ。最後の方法が・・・・。)
 セリスは剣を棄てた。
「セリス!何をする気だ!?」
「最後の魔力でホーリーを撃つわ。きっと倒せる!」
「ムチャだ!」
 セッツァーの言う通りである。普通に魔法が使えた時でさえ、ホーリーは多大な魔力と体力を消耗した。今の状態で撃つと、セリスの命が危ない。いや、十中八九助かるまい。
「どうせこのままだと2人共助からないわ!・・・・皆には上手く言っておいてね。」
 この時、セッツァーは妙な感覚に襲われた。デジャ=ビュの様なもので、今のこの光景をどこかで見たような気がする。いや、違う。デジャ=ビュなどではない。もっとはっきりとした記憶だ。




「今度のテスト飛行は危険かもしれない。」
 ダリルはいつにない神妙な面持ちでそう言った。
「船の限界まで挑戦するなんて、ムチャだ!」
 セッツァーはいきり立った。ダリルの言っていることは、無謀としか思えない。
「私にもしもの事があったらファルコンはよろしく。」
「バカ言え!ファルコンをいただくのはスピードでお前に勝った時だ。それまでは俺の前から逃がさねェ。」
これだ。この時、しっかりダリルを止められなかった。今は、ちょうど同じ状況じゃないか。


「やめろ!セリス!」
 言うが早いか、セッツァーはセリスが棄てた剣を拾ってアンデッドに斬りかかっていた。アンデッドは、真っ二つに斬れた。
「ぐああああ・・・・!」
 断末魔の叫びを残して、動かなくなった。
「・・・・ありがとう、セッツァー。」
 セリスは折り崩れるようにその場に座り込んだ。かなり疲れたらしく、立ち上がることができない。しかし、生きているのは疑いない。
 セッツァーは、そんなセリスの姿を見て、何か目の前がパっと開けたような気がした。ずっと心に居座って動かなかったものが、何処へか行ってしまった。
 そうだ、これでいいのだ。確かにダリルを止めることは出来なかった。が、その経験のおかげでセリスは助かった、と言っても良いのである。
 たとえ過去に悔いがあっても、いつまでもそれを引きずっていた所で、何も始まりはしない。二度とその悔恨を繰り返さぬよう努められれば、その過去の悔いもまた、大いに意味があるじゃないか。
「・・・・セリス。」
 セッツァーは、しゃがみ込んでいるセリスに歩み寄り、その手を握った。
「もし、行くアテが無いのなら、オレと一緒に暮らさないか?」
 セッツァーはそう言った。ダリルを失ってから初めて、女性に入れ込んでみる気持ちになった。
「ええ。」
 そう答えたセリスの顔は、嬉しそうであった。
(オレはお前には何一つしてやれなかった。死さえも、止められなかった。)
 だから、今度は今いる大切な人を命をかけて守る。
(それでお前は納得してくれるか?)
 セッツァーのその問いに、動くはずのない墓石が少し動いたような気がした。
(そうか、ありがとう。)
 何だか、ダリルの口調が蘇ってくるようだ。
「しっかりしなさい!いつまでも、私の事なんて気にしてる場合じゃないでしょう。今いる人を精一杯護りなさい。」
 ダリルにそう言われて、セッツァーは心強くなった。
(オレはきっと、きっとセリスを守ってみせる。)
 墓前にそう誓った。

fin


Wallpaper:Atelier paprika様

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