王様の機械


フィガロの王は機械作りが趣味だという。
城の宝物庫には先祖伝来の怪しげな機械の設計図が隠されているのだとか、夜中になると城の頂上で油を滴らせた機械が輪になって踊っているのだとか、その手の噂に事欠かない。
まったく根も葉もない噂だとは言い切れないところが、フィガロがフィガロである所以だ。
この国の機械には、どこか風変わりな面がある。
その最たるものが『城ごと砂に潜ってしまう』という、実にスケールの大きなもので。
大層な技術力を駆使した結果であろうに、なぜかその話は聞く者全てに"しかしいったい何のために?"と根本的な疑問を抱かせるものだった。
工夫を凝らしたものほど見る者を落ち着かなくさせる、そんなところがある。



王は朝から上機嫌だ。
朝食をとってからになさいませ、という『ばあや』の忠告も右から左に抜けたようで、新作の最終チェックに余念がない。
実務に支障がない時間帯を選んで趣味に走るのは見上げた心がけだが、王が起きているのに周囲の者が眠りこけているわけにもいかない。
かくて、朝も早くから必要最低限の人数がお供することになる。
「ゆっくり寝ていればよいのに」
いたって気さくに言う我らが王であるが、はいそうですかといって寝床に戻るようでは臣下失格である。
王の思惑とは別の次元で、一国の本拠地としての秩序は保たれていた。
そのあたりが名君の資質であろうか。
「さぁ、これでいい」
王は笑みを湛えて本来の執務に戻る。
扉の隙間から垣間見た新作は、白い布に覆われている。



近衛兵としての務めは四六時中王の側近くに居り、その身を守ること。
とはいえフィガロ一の武人といえば王自身のことであり、また女人と同行しているときなどは、後を追う近衛兵をあっさりと振り切る。
本当は護衛など不要なのかもしれない。
必要とあらば誰よりも優雅に振る舞ってみせる王だが、時に市井の男のような身軽さを見せる。
王も、その友人も。
「よぉ」
額にバンダナを巻いた男は案内も乞わずにやってきて、堂々と王の執務室に入った。
大臣とも神官とも顔見知りらしいこの妙な男は、王の友人らしい。
見るからに怪しげな男だ。
古参の兵に耳打ちされなかったら即刻捕らえて地下牢に叩き込んでいたところだ。
大臣たちは苦笑して席を外したが、王の御身をお守りする身の上としては、断じてこの場を離れるわけにはいかない。
男は怪訝そうな顔をしてこちらを見ると、何のつもりかにやりと笑ってみせた。
さほど気にした風もなく、ぺらぺらとしゃべりはじめる。
「新作?」
「そうだ」
「どうせまた変なものこさえたんだろ」
「ふふん」
「なんだその笑いは」
「会心の出来だぞ。お披露目するからおまえも来い」
「お披露目ぇ?」
バンダナの男の声が裏返る。騒々しい男だ。
「ほら」
王が招待状を差し出す。
一通一通を蝋で封じた、フィガロの紋章の入った正式のものだ。
「ちゃんと正装して来いよ」
「げ……」
当然だ。王の前に出るというのに貴様のその格好はなんだ。
「着るものが無ければ貸すぞ。それと、ひとりで来るなよ。パートナー必須だ」
王が念を押す。
「……そっちが目当てなんじゃないのか」
「何か言ったか?」
「いーや。なんにも」
近衛兵の立場からは今ひとつ推測し難いやりとりのあと、男は去っていった。
いずれにせよ、宴が開かれるのなら城の警備も忙しくなる。



城の一角で新作はお披露目を待っている。
たびたび王が訪れる。
女官を連れてきたり、神官長を呼んできたりもする。
続きの間で控える近衛兵にはその姿は見えない。
知らず知らずのうち、お披露目の日を指折り数えている。



華やかで、しかしあくまで内輪のお披露目だった。
気のきいた料理……暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たい。
警備の兵も第二級の装備を身につけて、目立たぬよう気を配る。
女官たちが、口当たりのいい飲み物を持って軽やかに人々の間を歩く。
「何の集いですの?」
「なんでも面白いものを見せてくれるとか」
「まぁ……」
貴婦人たちのざわめき。
一介の兵には手の届かない世界。
その一角で騒ぎの気配がする。
「わたしはいいの」
「なんでさ」
「いいったらいいの」
場に不似合いなやりとりを交わす男女の片割れは、よくよく見れば先日のバンダナ男だ。
つくづく不作法な男だ。
女の方には見覚えがない。
すらりとした肢体の女だ。
どうやら踊るか踊らないかで揉めているらしい。酔狂なことだ。
広間に流れている曲が変わった。
王の登場だ。
略式ながら正装に身を包んだ王は、しかし傍らに女人を連れていた。
后のいない王にしては異例なことだ。
ざわめきが大きくなり、白いドレスに蒼のリボンを結わえたその姿に人々の注目が集まる。
「どなたかしら……」
貴婦人たちが目配せを交わし、首を降る。
フィガロの王が軽く頷く。
薔薇色に染まった唇が開いた。
とたん響きわたる、豊かな歌声―――。
幾重にも重なり響きあう。
人の子のものとは思えないほどの、その声。
「まさか……?」
例の男がつぶやいた。
歌が途切れたとき、広間に静寂が落ちた。
白いドレスの少女が流れるような動作で一礼する。
人々は息を飲み、広間は割れんばかりの拍手に沸いた。
少女の手を取って王が前に出る。
見る者の視線に嫉妬の色が混じる。
いずれ名のある家の姫か。
年はいかないようだが、もしや王の―――。
少女を伴い、広間を横切って王は進む。
「皆さんにご紹介しましょう」
王の張りのある声が広間に響く。
「わたしの最新作です」
王は歩みを止めない。
中央を過ぎ、周囲を見渡しながらまっすぐに歩いてくる。
白いドレスの少女が小首を傾げてこちらを見た。
真相がようやく理解できた。
この少女は。
この少女こそが。
視線が合った。
美しい……とても美しいガラス細工の瞳。
「この『歌うたい』と―――」
王は手をさしのべる。
一方は少女に。
それから、もう一方は。
「……忠実なる『近衛兵』です」
差し伸べられた手。
全ての答え。
わたしの創造主の手。
どうしてそれに逆らえるだろうか?



幸いなるかな、我が王。
わたしはあなたを裏切りはしない。

2001.9.08 なない様より
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