ただ一つの未来図


「ロック。」
 蒸気で和らげられたツンドラ地帯の冷たい空気の中から、よく通る女の声がして、ロックは薄いガスの向こうに声をかけた。
「俺ならここだぜ、セリス。」
 その声を頼りに、夜の冷たい闇の中、彼の側に近づいたセリスは、旅装束ではなく、ごく普通の女の服を着ていて、くつろいだ風情だった。
 この美しい娘が、あの悪名高きガストラ帝国の女将軍だったとは、言わなければ誰も思うまい。
 セリスは裾を乱すこともなく、軽やかな動作で屋根の上に上がると、ロックと並んで腰を下ろした。
「何をしていたの?こんなところで。」
「ぼーっとしていたのさ。」
 答えながら、ロックはガスの向こうに透ける星空を見ている。その目は遙か彼方の方を見ていた。
「……また、旅に出るの?」
「ああ。」
 ロックは頷いた。戦いは終わった。だが、ロックは風のように一カ所には留まってはいられない性格である。一つの旅が終われば、また次の旅を求めて出ていくであろうことは、セリスにも分かっていた。
「セッツァーはまたファルコンでギャンブル場やるっていうし、モグやウーマロもストラゴスもリルムも帰っちまうし、シャドウやゴゴもカイエンもガウも、それにティナも行っちまったし……ここらがこのロック様の旅立ちの時さ。」
 そう言ってロックはニヤリと笑った。
「……今度はどこへ行くの……?」
「地図を作りに行くんだ。」
「地図?」
 ロックは大きく頷いた。
「ああ。これ……。」
 ロックはそう言って、物入れから地図を広げて見せた。それは、旧世界の地図だった。
「もう、今からこいつじゃ役に立たないからな。これから生きていく世界をみんなが知ることが出来るように……俺は地図を作りたいんだ。もちろん、何年もかかるかもしれないし、難しいのは分かっているけど、全ての山、海、川、洞窟、そんなものを書き留めて、また新しい世界でトレジャーハンティングが出来るようになればなあって……へへ、ロマンチックかな?」
「うん、素敵よ。ロックらしいわね。」
 セリスは率直に褒めた。
「よせやい、照れるぜ。」
 そう言ってロックは頭をかき、しばし二人の間に沈黙が降りた。
 ややあって、ロックはらしくもなく遠慮がちに尋ねた。
「なあ、セリス、お前はどうするんだ?」
「え、私……?」
「もう帝国も無くなっちまったし、みんなもばらばらになっちまうだろ?」
「う……ん……」
 セリスはうつむいた。今、本当の気持ちを言わなければならない。だが、まだ戸惑いが邪魔をしている。どうしようかと思っていると、
「えーと……なあ、その、なんだ……」
と、ロックはさんざん逡巡を繰り返した後、ついに思い切ったように彼女に言った。
「えーい!えーと、つまりだな、良かったら俺と一緒に、お前も来ないかってこと!」
「!!」
「……いやか?」
 不安そうに尋ねるロックに、セリスはあわてて首を振った。
「う、ううん!……ねえ、ロック。」
「んっ?」
 セリスはポケットから取り出したものを、ロックに見せた。
 それはあの孤島で、一羽の海鳥の羽に結ばれていたバンダナだった。
 絶望の淵に沈んだあの時、このバンダナが彼女の生きる道を示してくれたのだ。
 だから、ガレキの塔から脱出する際に落としてしまった時、夢中で取りに行ったのだ。
 この時だけではない。死以外の未来は無かったあの地下室から救ってくれたのも彼なら、帝国の道具となる暗黒の道から、世界を救う光の道を示してくれたのも彼だった。
 いつだって、ロックがセリスの未来図だった。
「あなたはいつだって、私の道しるべになってくれた……。だから、あなたが行くところに、私も行く。……絶対よ!」
 言いながら、セリスは涙をあふれさせた。この大切な人が、一緒に行こうと言ってくれた。それだけのことがこんなに幸せだとは、自分でも驚いていた。
「お、おい、泣くなよ、バカだなあ。」
「だって嬉しいんだもん。嬉しい時くらい泣いてもいいでしょ?」
「……そうだな……よし、思いっきり泣いていいぞ!」
 そう言ってロックは笑いながら、笑顔で涙を流しているセリスを抱きしめて、それからふと真剣な表情になると彼女の唇に接吻した。



 『ロック・コールの地図』は後世長く用いられ、その後新たに作られた様々な地図の原型となり、一人のトレジャーハンターとその妻の冒険談と共に人々に親しまれた。
 また、その原本である地図には、ロック自身が書き記したと言われる秘宝の場所が記されていたと言われ、多くのトレジャーハンター達が探し求め続けているが、未だに見つかっていない。



そーゆー方って結構いらっしゃるようですね。

THE END

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