Memory

「ねぇ、ロニ…」
「なぁに? レネー」
 見事な金糸を持った幼い双子はふかふかのベッドで、大きな絹の枕に身を預けながら二人だけの秘密の会話を交わす。
 いつも愛くるしい弟レネーが少し大人びた兄の名を呼ぶ。そこから始まる二人の会話。
「うみってどんないろなの?」
 レネーは生まれつき病弱であるが故に、殆ど王子の寝室から出たことがなかった。対して兄のロニは健やかに育ち、勤勉も兼ねて幼いながらも、父王や側近達に連れられ、城外の世界を垣間見ていた。
「たいようのひかりが、きらきらとかがやいていて……レネーのようにすきとおったひとみのいろをしているよ」
「じゃ、ロニの“め”とも…おなじいろなんだね…」
「レネーがげんきになったら、ぼくがみせてあげるね」
「うん」
 レネーはロニの肌に手を触れると安堵したように静かな寝息をたてる。
 ロニもレネーの手の温もりを感じ、心地よい寝息を聞きながら夜に身を任せた。
 双子の王子は別々の寝室に寝かしつけられる。だが女官や側近が寝室を去るのを見計らって、どちらからともなく片方の王子の寝室へと向う。
 家族しか知らない隠し扉。子供には少々重い扉を開くとその向こうは漆黒の闇であった。何度通っても泣き出しそうなほどに恐ろしい廊下。だがこの廊下を抜けると、掛け替えのない同じ顔を持つ“とも”がいる。その思いだけで、この廊下を潜りぬけるのだ。
 暗闇を抜け出でると軟らかいシルクのシーツを持ち上げている“とも”がいる。それに誘われるようにするりとシーツの谷間へと入る。
 そして幼い二人はふかふかの枕に身を預けながら、眠りに就くまでのほんの一時の会話を楽しむのであった。



 カタン…。
 双子の王子が描かれた肖像画が動く。隠し扉が静かに開かれた音。それは“とも”が訪れた合図であった。
 するりとシーツに忍び込んできたレネー。いつもよりほんの少し体温が熱い気がしたロニであったが。
「ねぇ、ロニ…」
「なぁに? レネー」
「ほしってどんないろなの?」
 ロニは微かに眉間を寄せた。レネーは窓から見える風景しか知らないのだ。
 ロニは暫く黙った。
「ロニ?」
 怪訝な面持ちでロニを見上げるレネー。
「ほしのいろをいまから、みにいこうか!」
「ほんと!!」
 ロニは小さい体のレネーに自身のビロードのガウンを肩にかけてやる。弟の小さな手を取って寝室の扉を開いた。
 静まり返った廊下。ロニの心臓は高鳴る。
 絨毯の敷き詰められた廊下に出て小走りで階段を目指す。誰か大人に出くわすのではないかという不安と好奇心と共に二人の頬は紅潮した。
 礼拝堂を通り抜け最上階の階段を昇り切ると、ロニは重い扉に全体重を預けて前方へと押した。
 扉が開くと冷たい風が双子の頬と瞳を刺す。二人は咄嗟に瞼を閉じる。ロニに至ってはレネーにガウンを着せたので自分は薄手の夜具一枚だ。肌にまで冷たい風が突き刺さっていた。
 しかしレネーはぎゅっと閉じた瞼を開けると、外へと繰り出した。
「わぁーー! きれい!!」
 レネーの声に瞼を開いたロニも中央へと歩んだ。
 そこは満天の星が散りばめられた限り無い空の天井である。
 レネーはきらきらと瞳を輝かせて、初めて見た夜空に興奮していた。
 ロニはそんなレネーの瞳を見て夜空の星に勝るほどに美しいと思った。



 翌日、少し体調を崩していたレネーは夜の冷たい風にあたり高熱で伏せた。
 ベッドでのほんの一時の会話は暫く遠のいた。レネーは立ち上がって隠し通路を抜け、ロニの寝室へ行きたい気持ちは逸るが、体が言う事をきかなかった。
 ロニは無理をさせてしまった為にレネーが再び床へ臥せってしまった事に呵責していた。



 レネーには本物の星を見てから、もう何日が過ぎたかはわからなかった。
 カタン。
 レネーの鼓動が高鳴る。数週間ぶりに聞くその音に。
 おもむろに絹のシーツを持ち上げると、するりとロニが入って来た。
「ごめんね、ロニ。ばあやにおしかりをうけた?」
 レネーの瞳は潤む。
「だいじょうぶさ!」
「うん」
 ロニの笑顔を見てレネーも太陽のような笑顔が戻った。ロニはレネーのこんな顔を見るのが幸せだった。
 レネーは小さな手を伸ばしてロニの長い髪に触れる。指先でその金糸を弄ぶ。
「ロニのかみって、このまくらのなかにある、はねみたいに、やわらかくて、とってもきもちがいいね」
 レネーはロニのほんのり花の香がする髪を弄りながら静に眠りに就いた。



 次の日から、また毎日ほんの一時の会話が再開する。
「ねぇ、ロニ……」
「なぁに? レネー」
「おおきくなったら、おそらを、とべるかな?」
「ぼくが、ひくうていにのせてあげるさ!」



「ねぇ、ロニ……」
「なぁに? レネー」
「ぼく、おおきくなったら、つよくなれるかな?」
「うん。レネーはね、きっとぼくよりもつよくなれるよ」





 ケフカを倒し長い旅を越え、ようやく帰城したフィガロ兄弟。
 十年振りに二人が再会した時のように、二人きりで祝杯をあげた。
 そしてほろ酔いの二人は、王子だった頃に使っていたエドガーの寝室のバルコニーに立っていた。
 プラチナの月が暗い黄金の砂を照らしていた。優しい風が二人の金糸を靡かせる。
「そして、お前は俺が驚く程に強く逞しくなって帰って来た」
「子供の頃の夢だったからな。頑張ったぜ、兄貴!」
「あんなに愛らしかったレネーが、俺よりも随分とでかくなって、おまけにクマみたいになったのには驚きだったがな」
 エドガーは悪戯な笑みをみせた。
「ティナに続き、兄貴まで…クマはないぜ」
 そう言いながらマッシュは照れ隠しで頭の後ろを掻いた。
「兄貴は、予想通り、立派になったな」
「子供の頃の夢だったからな…父上のように立派になるんだって」
 エドガーの瞳は煌いていた。
「俺は飛空挺にも乗せてもらったしな…」
 マッシュは苦笑する。つられてエドガーも。
「俺はお前の夢を叶える手伝いをしたのかな?」
「ああ、多いにな…」
 エドガーは微笑した。
「レネー……お前も俺の夢を叶える手伝いをたくさんしてくれたさ!」
「えっ? 俺が……」
 怪訝そうに首を傾げるマッシュ。
「あは……。いや…何か照れるなぁ……」
 マッシュは月を見上げた。
 彼の視界の隅に映ったエドガーの風に靡く髪。
 ふいにマッシュはその黄金の絹糸に触れたくなった。手を伸ばしエドガーの背中で揺れる髪に触れる。
「変わらないな……」
「何がだ?」
「兄貴の髪は羽根のようにやわらかい」
 生真面目な顔で言うマッシュにエドガーはぷっと吹き出しそうになる。
「フィガロ王の髪は太陽の如く黄金の砂漠の象徴だからね」
 エドガーが他人の前で見せるように気取った姿に、マッシュもぷっと吹き出しそうになる。
 お互い顔を見合わせて笑った。
「改めて……。これからの未来へと」
「これからのフィガロに」
『乾杯!』

The End


あとがき
この短編を書く前日にロニ&レネーの絵を描いていた。
二人がベッドの中で語り合う…図。
このSSはそんな絵のイメージから一気に書き上げたものです。
エドガーとマッシュの幼い頃のストーリーとなると
結構いろいろ浮かんできそうです。
やっぱフィガロ兄弟好きなんだな、私。

2001.5.16 Louis

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