Le dernier baiser



あの事件から3年が経とうとしている。
世界を破滅へと導いた“魔導師ケフカ”は、すでにこの世からいなくなっている。
その時の戦友は、世界各地に散り散りになってしまった。
ティナはモブリズに。
カイエンはドマに。
ガウは獣ヶ原に。
リルムとストラゴスはサマサに。
ロックはどこかに「ドロボウ」に。   ←オイッ! (ロック談)
セリスはコーリンゲン郊外に。
セッツァーは大空に。
マッシュと私はフィガロに。


皆は今どうしているのだろうか?
そんな事を考えながら執務をこなしていく。
「陛下、セッツァー様がお見えになっています。あとは私がやっておきますので、そろそろお休みください。ここ最近ほとんど休んでおられないじゃないですか・・・。」
 大臣が自嘲気味に言う。
「――――――。そうだな。では後は頼んだぞ。」
そう言い、ペンを置いた。
まだ外は明るかった。
しかし、じきにオレンジ色の太陽が地平線に沈み、夜の張が降りる。

『セッツァーに会うのも久しぶりだな・・・。』
  コツ  コツ  コツ
足音が大理石の壁に反響する。
私室への足取りは、心持ち軽いように見えた。
      ガチャ

「ヨッ! エドガー久しぶり。」
部屋にはセッツァーだけでなく、もう一人見慣れた顔の客人がいた。
もっとも、客人というよりは不法侵入なのだが…
  「またお前は窓から入ってきたのか?」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。俺、正面から入るの苦手なんだよ。」
理由にもならない理由を言うこの男。
ロック・コール 自称トレジャーハンター。
そして、空を駆けるギャンブラー
セッツァー・ギャッビアーニ。
 私の大切な戦友達だ。
机の上にはセツのカードがバラバラと乗っている。
二人でトランプでもしていたのだろう。
「エドガー、サシで勝負しねーか? さっきからこいつにイカサマされてて負けっぱなしなんだよ。」
そしてイスに座るように目で促してきた。
「では勝負させて貰おうかな。ポーカーでいいだろう?」
「ああ。」
セッツァーはカードを慣れた手つきで切りながら、
「俺は最初からイカサマなんてしてねーよ。お前の運が悪いんだ!」
と、ピシャリとロックに言ってやった。
カードが5枚づつ配られた。
「では、ベットを。」
悪くはない手だ。
10ギルチップを5枚ほど積む。
ロックの顔色をチラリと窺うと、渋い顔をしていた。
チップを3枚ほど積んでくる。
「2人共いいですね? カードチェンジを。」
私は2枚、相手は3枚換える。
ロックがこちらを覗いてきて、ニヤリと笑った。
そして、100ギルチップを3枚積んできた。
私も、3枚積む。
「では、オープン。」
「フォーカードだ!」
「ストレートフラッシュ。」
私のカードには、運良くジョーカーが入っていたので勝てた。
「何だよもー、負けっ放しじゃね―か俺・・・。」
「オメ―は、日頃の行いが悪いんだよ、ドロボーさんよ。」
「イカサマギャンブラーに言われたくないね。」
まぁまぁと二人をなだめつつ、紅茶でも用意しようかと思い席を立とうとしたとき、

     クラッ・・・

頭がボーっとする。
地に足がついてる感覚がない、
力がっ 抜けてゆっ・・・ くっ・・・。


ギリギリの所で、セッツァーが抱きかかえた。
「オイッ、大丈夫かよ! エドガー?」
エドガーの体を支えながらセッツァーが呼びかける。 反応が無い。
顔を覗き込むと真っ青だった。
「とりあえず、ベッドまで運んどいた方が良さそうだな。ロック、そこのカーテン開けてくれ。」
寝室とを区切っているレースのカーテンを開けると、豪華なベッドが置いてある。
セッツァーはエドガーを引きずりながら運んできた。
二人で支えてベッドの上に体を乗せると、セッツァーにも顔が見え顔をしかめる。
  「誰かに知らせた方が良いな。俺、行ってくるよ。」
そう一言残して、足早に部屋を後にした。


近くにいた兵士を捕まえて事情を説明すると、慌てて侍医を呼びに行った。
そういえばあの戦いが終わってからも世界各地を転々とはしていたが、多分フィガロには一番多く足を運んだだろう
いつ来てもエドガーは職務に追われていた。
ケフカが破壊したこの世界を復興させる為に。
顔が白いのは元からなのだが、城に戻ってからはさらに白くなった気がする。
正直とても心配だった。
でも俺が言ってもあいつは止めなかった。 責任感と言う奴なのだろうか。
マッシュの部屋の前まで来てから、考えるのを止めた。
「おい、マッシュいるか?」
突然の来客に驚いたのだろう、返事が少しひっくり返っていた。
「!?…! ロックか。入っていいぞ。」
マッシュは部屋で紅茶を飲んでいた様だ。
彼の好むジャスミンの香りが部屋に充満していた。
「どうしたんだよ突然?」
「エドガーが倒れた・・・」
マッシュは飲みかけのカップを落としそうになった。
「ホントか!? 兄貴の奴・・・。 今どこにいるんだ?」
「私室だ。行こう!」
マッシュはカップを置き、ロックと共に部屋を後にした。

その何分後だっただろうか?
エドガーの行く末を暗示するかの如く、カップは真っ二つに割れたのだった。

バタバタという足音が廊下に響く。
足取りは速くても、気持ちは重く沈んでいる。
マッシュは今何を考えているのだろうか?
もしかしたら最悪の事まで・・・


「兄貴っ!!」
マッシュが扉をバタンと開ける。
中にいた大臣や神官長、侍医が一斉にこちらを向く。
侍医が重々しい口調で、
「殿下、もしかしたらと言う事も考えておいて下さい。」 と言った。
一瞬部屋が凍りついた。
壁に寄りかかっていたセッツァーが
「ちょっと話がある・・・。」と廊下に促してきた。
「お前も今の話聞いてたと思うけど、かなりヤバイらしい・・・。城のチョコボ借りてセリス呼んで来い。俺はファルコンで他の奴らを集めてくる。」
言ったか言わなかったかの所でセッツァーは行ってしまった。
俺も気がついたらチョコボを走らせていた。


フィガロ城がコーリンゲン地方に来ていて良かったと思った。
あいつの最愛の人が近くにいるのだ。

  ――俺だってセリスの事を・・・。でもそれは、レイチェルの影を重ねていただけで、あいつの事を見ていたんじゃないんだ。――
セリスはエドガーを選んだ。
エドガーもまた。


俺はあの夜に見てしまった。
あれはちょうどフェニックスでレイチェルの事を復活させた日だった。
人の運命と言うものは変えられないという事を痛感させられた。
その上あいつは終始、笑顔で語っていた。
“あなたの心の中にいる人を愛してあげて”と。
どことなくスッキリしない気持ちを抱えたまま宿屋に戻った。
廊下から誰かの話し声が聞こえてくる、エドガーとセリスのようだ。
反射的に死角へと隠れてしまう。
「やっぱりロックにとって私はレイチェルさんの代わりでしかなかったのかな。」
「いや、やはり人間は生身の人間が必要だ。あいつ頭では解ってたんだろうけど、なかなか行動に移せなかったんだろう。」
「あたしもう解らない。男の人にあんな事言われたの初めてだったから、鵜呑みにしすぎたのかもしれない。」
「セリス・・・。キミの事を思っているのはロックだけではないと言う事を忘れないでくれ。」
「エドガー・・・。」
そこから話し声が途切れてしまった。
気がつくとチラリと覗いてしまっていた。
胸にチクリと棘が刺さった。
月光に照らし出された二人のブロンドの髪が流れるように肩にかかっている様。
セリスの顔に触れているエドガーの白い手。
少し背伸びしている所為で解るセリスの身体のライン。
一枚の絵画を見ているようだった。
慌てて顔を元に戻す。
その一瞬の時点でもうセリスへの思いはふっ切れていたのかも知れない。
次第にセリスの唇から吐息混じりの熱っぽい声が上がってきた。
さすがにこの後の情事を覗き見するほど、自分は無粋ではない。
宿屋で休む事を諦め、飛空挺へと足を運ばせる。
別に嫉妬心でもなんでもない。
自分がレイチェルの事でセリスを傷つけてしまっていたなら・・・。
一人の女もロクに守れないのに、他の女になんて「守る」なんて事いう資格あるのか?
エドガーなら彼女の事を幸せに出来る、そう思ったのに。
このままだとあいつは・・・。
自然とチョコボの綱を持つ手に力が入っていた。
「急いでくれ! 頼む!!」


セリスの家はコーリンゲンの近くにある。
庭には彼女の好む薔薇の花が植えてあった。
空はもう夕刻を示す、飴色の円が現れていた。
「おい。セリス居るか?」
返事がないのでもう一回ノックしてみる。
「おーいセリス! 居ないのか?」
返事がない。
念(!?)のために、ドアノブを回してみた。
      カチャリ
開いた。
『無用心だな、女一人の家なのに。』
中に入ってみると、セリスはリビングのソファで転寝をしていた。
庭と面した窓から入ってくる光が心地良さそうだ。
「うっ…、ううん…。」
寝返りを打った。
白いワンピースから見える肢体。
無防備な寝顔。
桜色の唇。
男のエロティシズムを乱す不埒な体つき。
こんな格好どこかのギャンブラーが見たら襲っちまうよ。
俺も尋常で居られなくなりそうだ。
セリスとは一回だけ夜を共にした事がある。
エドガーとはその前からだったかもしれない。
人のラブシーンを除いた事なんて無いから詳しくは解らないが・・・。
エドガーの前でどんな色っぽい表情(かお)で、どんな淫らな声で鳴いてアイツを受け入れたかを考えると、胸が苦しくなる。
そんな煩悩を消す為にセリスを起こす。
  「おい、セリス起きろ!」
「ん、うん。 ・・・ロッ…ク?」
眠気眼(まなこ)をゆっくり開いてこちらを見る。
「何で家に入ってるの? まさか鍵壊した!?」
「そんな事してないよ。 それより・・・。」
「何かあったの?」
暗い顔をしていると何かを感じ取ったのか、セリスの表情にも陰りが見えた。
「エドガーが倒れた、かなり危ない状態らしい。今からフィガロ城に戻るから、すぐ支度をしてくれ。」
セリスの表情が明らかに変わった。
「わかった・・・。」
声も少し上擦ったまま、ゆっくりと立ち上がる。
俺は外で待ってる事にした。
何分か待っているとカーディガンを羽織って出てきた。鍵を閉めて俺の隣に来ると、
「エドガー、大丈夫だよね?」
「・・・ああ。」
断言なんか出来ないのに肯と応えている自分が嫌だ。
そんな事を言っているのは、自分も信じたいと言う事に他ならないのだが。
セリスをチョコボに乗せてやって、自分も乗る。
「飛ばすからしっかり掴まってろよ!」
クェー!!とチョコボが鳴いて走り出す。
セリスの腕が俺の腰に回ってきて、背中に柔らかい感触が伝わってくる。
そんな事に少しどぎまぎしつつも、手に持ったチョコボの綱に力を入れる。
早く、早く・・・。
セリスをあいつの所に連れて行かなくては。


「ロニ・・・。何でそうやっていつも一人で抱え込んじまうんだよ。」
マッシュはどれだけの間、彼の手を握っていただろう。
彼がこの部屋に来た時に居た大臣や侍医、神官長達は気を利かしてくれたのか、みんな居なくなっていた。
エドガーの寝息以外は何も聞こえない。
部屋にある窓からは西日が差している。
相変わらず外の景色は黄金の砂が見えるだけだった。
 幼い頃から責任感の強かった兄、病弱だった自分。
 そんな自分に嫌悪感を抱いていた。
 いつも兄に守られてばかりの不甲斐無さ、
 自分一人では何も出来ないのだろうか?
前国王で実父であるスチュアートは気付いていたのかも知れない、どちらが自分の跡取りになるかを・・・。
一国の主の跡取りと言う事で、二人は毎日勉強に追われていた。
帝王学やら経済学その他諸々・・・。
しかし病弱と言う体質が邪魔して、圧倒的に兄に遅れをとっていた。
別にそれに対して劣等感があったわけではない。
 兄が痛ましかった。
 自分が情けない。
 いつまでもこのままではいけない。
 兄を守りたい。


「うっ…ん。レネー?」
「ロニ、気がついたか。」
長い眠りから覚めた兄を優しく見守る。
張り詰めていた空気に安堵の色が戻った。
「ロックから倒れたって聞いた時は驚いたよ。あんまり無理すんなって・・・。」
「すまなかった。皆には心配をかけてしまったな。」
繋いだ手からは後悔の念が伝わってくるようだった。
今ではその思いすらも辛くさせられる。
「俺、ロニの事守るって決めて城を出たのに逆にずっと傷つけてた。戦いから戻ってきてからも同じだ。何もしてやれてねぇ。」
「お前を城から出て行かせた事は後悔していない。コインを投げる前から結果は判っていたんだから。別に気にするな、体調管理を怠っただけだから。」
「本当にすまない。」
繋いだ手に力をこめる。


 コンコン
「セリス連れてきたぞ。」
久しぶりにセリスを見た気がした。
昔よりも大人っぽくなったというか艶が増したというか、あの美しさは今も健在だ。
「マッシュも来てたのね。」
二人がベッドの近くに寄ってくる。
「やぁセリス、久しぶり相変わらず美しいね。レディーにこんな姿を見られるとはな。」
どんな時にもレディーファースト。
見上げたもんだぜ兄貴の根性も。
兄の背中を支えながら、上半身を起こしてやる。
以前より少しやつれた様な気がした。
「エドガー・・・。」
今にも泣き出しそうな顔でエドガーに抱きついた。
俺は目でロックに合図を送り、部屋を出るように促した。
「目、覚ましたんだなアイツ。」
「ああ、結構な時間寝てたな。ちょっとバーディンの所に言って詳しい事を聞いてみよう。」

認めたくない現実に刻一刻と近づいてゆく。       “本当にか?”
一歩一歩足を出すにも相当な力を要する。        “俺は信じない”
今、この歩いている方向と逆に歩いたら、        “誰か否定してくれよ”
 また昔の元気な頃の兄に戻る事が出来るだろうか?   “兄貴は絶対死なないって”


廊下を歩いていると、給仕部屋から話し声が聞こえてきた。
「エドガー様、倒れられたそうよ。余命もあとわずかとか・・・。」
「ここ最近の激務がたたられたのかしら?」
「陛下はご結婚なされていないから、後継ぎはいないし・・・。やはり後を継ぐのはマシアス様?」
「マシアス様は十年と少し城を離れてらしたから、職務は当分大臣が手伝うんじゃないかしら?」
「おい、マッシュ!」
俺はロックの静止を振り切って給仕部屋の扉を開けた。
「! 殿下!!」
給仕が一斉にこちらを向く。
「やめろよ、兄貴が死ぬだの後継ぎがどうだのそんな話ばっかり。誰も心のそこから心配なんかしてねぇんじゃないか!!」
怒り任せに言ってしまった。
「申し訳ありません。」
と言って、皆頭を下げた。
「もう止めてくれよ。何でいつもこうなんだよ・・・。」 事の成り行きを見ていたロックは何の事だか分かっていた様で、別に何も聞いてこなかった。
後ろ手で扉を閉め、侍医のいる部屋に向かう。
親父の時もそうだった。
給仕も衛兵もじいやもばあやも、俺と兄貴のどちらが王の座に就くかしか心配していなかった。
今まで鬱積していた物が全部吐き出された感じだった。
  ――城を出る――
この四文字が頭にはっきりと浮かび上がっていた。
そしてあのコイントス。 結果の判りきっていたコイントス。
もし逆の立場だったら、俺はあの時どうしていただろうか?
俺が王様? なんか変な感じだな・・・

「ここか侍医室って。」
ロックの一言でハッと我に返る。
「お待ちしておりました、殿下。」
部屋の中には、骸骨やたくさんの医学書が置いてあった。
近くにあるソファにロックと共に腰をおろす。
「兄貴の様子はどうなんですか?」
「ウム。 まだ詳しくは検査結果が出ていないから断言は出来んのだが、どうも原因は過労だけではないようなんだ。」
「えっ? どういうことだよそれ?」
ふと顔をあげると窓の外が一面、漆黒の闇で塗り潰されていた。
嫌な予感がする。
こんな夜には。
「先生、結果が出ました。」
弟子がバーディンに検査結果の書いてある紙を渡した。
バーディンは一通り目を通して 「やはりな」 と力なく一言言った。
「まったく前例の無いウィルスが入り込んだようです。どういう動きをするかまだ判りませんが、白血球や心臓がかなりのスピードで衰えてきているので、今日明日がヤマでしょう・・・。」
頭の中が真っ白になった。

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TO BE CONTINUED

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