絆
世界を恐怖に陥れた強大な敵をようやく倒すと、その住まいしていた主とともに混沌とした塔は凄まじい震動により断末魔を上げていた。 fin
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そこかしこから崩れ落ちる瓦礫の中で、ともに戦ってきた仲間たちは外を目指して急いだ。
ガラっという音に上を見上げると、壁から大きな岩の塊がエドガー目掛けて落ちてくる。思わず頭の上に両手を翳し身をすくめる。
その時、屈強な腕ががしっと巨大な塊を受け止め、そのままぐいっと持ち上げると向こう側へ放り投げた。
「俺は兄貴に国を押し付けたわけじゃないぜ。兄貴は国を支える。俺はその兄貴を支える。
だから俺は強くなろうとしたんだ」
「マッシュ・・・・・」
その言葉に眩しそうに弟を見上げる兄。双子の兄弟は目と目を見交わし頷き合うと、仲間とともに崩壊から逃げ出した。
天井や両側の壁から落ちてくる土や石の破片を払いながら、外を目指し走っているマッシュの脳裏にはくるくると回転して落ちてくるコインが浮かんでいた。
ーーーまだ幼かったあの頃、父王の命の灯火が消え去ろうとしていたとき、世継ぎが双子であったため城の勢力は2分し、
二人の少年は大人たちの謀略の直中に置かれてしまい、王子たちは城の空気に嫌気がさしていた。
先王が亡くなり兄弟のうちどちらかが王位を継がなければならなくなったとき、城を出ようと提案した弟に、
兄はコインでどちらが求めているものを手にするかを決めようと言った。
月夜の城のバルコニーで兄弟は運命を託す賭けを実行した。
「いいね、いくよ」兄の声にただ頷き、食い入るようにその手に握られたコインを見つめるマッシュ。
高く上げられた金色の父の形見は月の光にきらめき、放物線を描きはじいた人の手へ再び落ちてくる。
ぱっと開いたその手にあった絵柄は表、弟は自由を手に入れた。
あれから10年、あのコインはもともと裏がなかったことをようやく知った。
・・・・結局俺は兄貴に自由を譲ってもらっていたんだな。いつだってそうだった。兄貴は1番に俺のことを考えて自分のことは二の次だった。
俺はあの、城を出た瞬間から、必ず強くなって帰って国を支える兄貴を助けようと決心したんだ・・・・
全員が塔からの脱出に成功し、やっとのことで飛空挺を発進させると、塔は悲鳴を上げながら崩れ去った。
リターナ達はその姿を言いようのない虚脱感とともに見守る。
世界から恐怖は去り、人々の心にやっと希望の灯が燈りはじめ、大地には緑が戻ってきた。
砂漠の国フィガロにもようやく復興の兆しが見えてきて暦は8月、王と弟殿下は誕生日を迎えた。
城では久々に盛大な晩餐会が催されることとなり、城の者たちは準備に追われていた。
エドガーとマッシュもその例に漏れず忙しかったのだが、すっかり準備も整い、あとは賓客を迎えるのみになったとき、兄弟にはぽっかりと時間が空いてしまった。
侍従たちの邪魔にならぬように小部屋に待機することにして、つかの間の兄弟水入らずの時間を過ごした。
ドア越しに女官たちの声や数人の急ぐ足音などが聞こえ、エドガーはティーカップを皿に戻しながら薄く微笑む。
「戦いがはじまった頃にはこんな日が再びくるのか不安だったが、世界に平和が戻って本当によかった」
「ああ、そうだな。俺にとってこの戦いの終わりの何よりの収穫は兄貴とこうして話せることだ。
俺はここを出てから1度だって兄貴のことを思わない日はなかった」
「それは私だって同じだ。特にお前は幼い頃から体が弱かったからな」
「確かにそうだった。でも、だからこそ俺は強くなって今度は兄貴を支えたいと思ったんだ」
「そうか・・・父上が崩御されたとき、まだ少年だった私が父親の死の瞬間にも涙も流さないなんて、
お前は私のことをずいぶん冷たい人間だと思っただろう?あの時お前が素直に悲しんでいたのを見てうらやましく思ったものだ。
・・・私には、父が亡くなった悲しみより自分に降りかかってくる重責が重くのしかかっていたんだ。
すでに王としてどう振舞わなければならないかを徹底的に叩き込まれたあとだったからな。
私はまだ17歳だった・・・・私はお前が城を出ようと言い出す前からお前には自由になって欲しかった。
だから・・・・お前を騙すのは忍びなかったが、あんな方法をとったのだ」
「父上はとうに王位は兄貴に譲ると告げていたんだろう?俺は体が弱かったし、勉強も好きじゃなかったからな。
王位継承のことで権力争いをもろに見てしまった俺は、もう巻き込まれるのはごめんだった。
そんな俺の気持ちを察して俺に負い目を負わせることなく自由にしてくれようとしたんだな」
「そうだ。私は・・・本当はずっとお前に負い目を感じていたんだ」
マッシュは空になった金色の縁取りのある白い陶磁器にそれぞれお茶を注いで、差し出そうとして驚いたようにその手を止め、カップを受け取ろうと手を伸ばすエドガーを見遣る。
「ええ?なぜ・・・・」
「お前は小さい頃からずっと体が弱かった。私が健康でいられるのはお前が私の分まで悪いものを背負っていてくれるからではないかと・・・
だから、お前が・・・ベッドに縛られてきたお前が・・・自由になりたいと願うなら、なんとしてでもかなえてやりたいとそう願ったんだ」
言いながら目の前のお茶を満たされた白磁器を手に取る。
「兄貴・・・・・・・・」
「これでお互いに負い目はなくなった。これからはともにこの国を守るために尽くそう。父上や母上も空の上から見ていてくださるだろう」
「そうだな、兄貴、これからはお互いこれまで以上に支えあって生きていこう」
双子の兄弟はこの砂漠の国の王族独特の青い瞳を見交わして強く頷きあい微笑み合った。
そこへ支度が整ったと侍従が呼びに来て二人は大広間へと向かった。
宴が始まり玉座のエドガーとその隣に座するマッシュに、国の内外からまかり来た貴族たちがお祝いの言葉を口にする。
一通り儀式のような挨拶が終わると、弟君は窮屈な正装の首の辺りに手をやり緩めるようなしぐさをしたり、
重厚な椅子の座りごこちが悪そうにもぞもぞと動き出す。
そのうちにダンスが始まり、ようやくマッシュは中心の座から解放されることができた。
小さな輪になってグラスを傾けながら話し込む人たちやダンスを楽しむ男女の間を抜け、バルコニーを目指すと、
後ろから不意に肩を掴まれ、振り返ると兄の顔がそこにあった。
「お前だけ抜け駆けはずるいぞ」
「兄貴は玉座にいないとまずいと思って・・・・」
「なあにちょっとの間だ」
いたずらっ子のようにウインクをしてみせる兄に苦笑する弟。
二人は静かな場所を求めて月の光が漏れくるバルコニーへ出ようとした。
さわさわとやさしい風にゆれるレースのカーテンを捲ると、そこには先客がいた。
兄弟は顔を見合わせたが、ここまで来ては仕方がないとそのまま外へ出た。
その気配に振り向いた女性たちの顔には見覚えがあった。
「セリス」
「ティナ」
エドガーとマッシュは同時に見知った顔の人物の名を口にした。
しかしその姿はいつもと違い、二人とも豪奢なドレスに高く結い上げた髪、数多の貴族の女性たちを見慣れている二人にとっても、息を呑むほどの美しさであった。
「あら、二人とも遅かったわね。私たちずっと待ってたのよ」
「えっ?待ってたって・・・・・」
その言葉を理解できない男二人は顔を見合わせ首をかしげた。
「私たち神官長さんに言われてあなたたちがここに来るからって・・・・」
「ばあやが?・・・・・」
「私たち招待状を貰ったの。あなたたちの誕生日のお祝いだからって。そしたら来るやいなや女官たちに捕まってあれやこれや着飾らせられて・・・」
「・・・と、言うことは」
「ばあやのやつ、粋なことをしてくれるぜ」
思っても見なかった客人の言葉にすべてが納得いったと、双子の兄弟は頷きあった。
「ばあやが粋な計らいをして俺たちにこの上もないバースディプレゼントをくれたようだ。
ありがたく頂戴しよう。さあ、広間へ。私たちの婚約者として紹介しよう」
「ええっ・・・そんな、急に・・・・」
「嫌なの?・・・・・」
エドガーが困惑した表情で顔を覗き込むと、セリスは戸惑いながらも首を横に振った。
「ティナは?・・・・・」
すでに真っ赤になってうつむいていたティナはこくりとわずかに頷いた。
「よかった・・・・」
こちらも赤面しているマッシュはティナの返事を聞いてほっとしていた。
本当はどうやって相手に告げたものかと思い悩んでいたのだった。
思いもかけず二人は意中の人にその想いを打ち明ける機会を貰って。
宴は二人の生誕を祝うものから王とその弟君の婚約の祝いへと変わり、月がその姿を消そうとする頃まで続いた。
神官長はその頃、祈りの塔にて、二人の兄弟の幸せそうな顔を思い浮かべて微笑み、これからの二人の幸せを考えると己もまた幸せを感じていたのだった。
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