神様がくれたバースデイ
ケフカか倒れ、3年の月日が流れた。フィガロに帰還したエドガーとマッシュは、この3年間、ひたすらに政務に励んできた。世界が復興への階段を登り始めているので、寝る暇も無いほどであった。 8月16日 エブリデイよりフィガロ兄弟のバースデイに捧ぐ
ある日、ロックが陣中見舞いに来た。
「忙しそうだな。」
冷やかすような言い方だが、別に他意はない。普段のエドガーならば得意の軽口で応対するのだが、忙しい彼は、
「わざわざ来てくれたのに、すまんな。」
としか言えなかった。
マッシュも同じことで、
「悪りぃな、ロック。出直してくれねぇかな。」
としか言えない。ロックには、何か気の毒に見えた。が、仕方のない面はある。今世界で最も復興が進んでいるのはフィガロなのだから。
しかし、2人も人間である。疲労も溜まるし、辞めたくなる時もある。今3年、丁度そんな時期である。ロックは、何とか2人を労う方法はないかと考えた。ちらりと壁のカレンダーに目をやった。今日は7月15日。
(そうか・・・・後1か月で・・・・、よし!)
何かを思い付いたロックは、手土産を置いて、城を後にした。
翌日、エドガーとマッシュを除くメンバーは、ジドールへと集まった。招集をかけたのは、ロックである。
「みんな、今フィガロがどんな状態か知ってるか?」
ロックの問いにカイエンが答える。
「拙者のドマにも時折使者が訪れるが、かなり忙しいそうでござるな。」
ドマ国は王家の血筋が途絶えてしまっているため、現在はカイエンを国王として国政が機能している。
「そうそう。サマサにもたまに来るよ。物を持ってきてくれるよ。」
続いて口を開いたのはリルムである。サマサは比較的落ち着いており、その周辺は復興が早い。
「モブリズにはよく来てくれるわ。でも、最初の頃はマッシュが来てくれたのが多かったけど、最近、そうねここ1年半くらいは、使者の人が来るわ。」
ティナのいるモブリズは一際被害の大きかった場所である。フィガロはそこに定期的に救援物資を届けている。
「そうなんだよ。今フィガロは忙しいんだ。ハンパじゃなく。だから、オレたちでエドガーとマッシュを労ってやらないか?」
「さんせ〜」
返事をしたのはリルムだけであったが、同意をするように全員が頷く。
「で、具体的にどうすんだ?」
部屋の隅からセッツァーが尋ねた。
「1か月後の2人の誕生日に・・・・で・・・・とかをしようと思ってる。」
「じゃあ早速準備ね。」
結構乗り気なのは、セリスである。そして、9人の行動は始まった。期限は1か月。
一方、フィガロの両名はそんな計画などつゆ知らず。いや、それどころか己らの誕生日すら思い出せないほど忙しかった。
ある夜、エドガーはベッドから這い出して、寝室を出た。眠れない。こんな時、この男は図書館へ行く。この夜も例外ではなかった。
(今日は何を読もうか・・・・)
実は、彼にとってこの時間は密かな楽しみでもあったりする。昨日も行ったのだが、その時は4日前から読んでいた本を1冊読み終えたのであった。つまり、今日からは新しい本ということになる。先代の国王は図書に造詣が深く、蔵書の冊数は5千冊とも1万冊とも言われている。無論、エドガーはそれを全て読破したいと思っている。
図書館へ着くと、彼は明かりを点した。目に見えるだけでも数千冊はある書物が、視界に現れた。
彼の読書の趣味は、実は細かく変遷している。最初に興味を持ったのは、児童向けの小説。やがて難解なテーマの小説へ。
一時、外国のものにも興味を持った。東方ドマの作品やジドール国のものなどを、辞書片手に読んでいた。そして今、彼が最も興味を持っているのは、哲学である。
昨日まで読んでいたのは、約200年前に書かれた『死に向かう生』というものである。彼はジャンル別に区分けされている中の哲学の場所を探り始めた。どれも難解だが、彼にとっては興味が湧いてしょうがない。
やがて、『無からの誕生』という本に目を付け、本棚から引き抜いた。その拍子に、本の右側から何かが落ちた。拾い上げてみると、写真であった。写っているのは見慣れない場所にいる、若かりし日の父である。写真の裏には、父の直筆でこう書かれていた。
『愛する息子に、この写真の・・・・』
あとはかすれていて読めなかった。
翌朝、エドガーは、唯一弟とゆっくり話せる朝食時に、マッシュにそれを見せた。
「へぇ・・・・オヤジがねぇ・・・・。」
「あぁ・・・・。気になってしょうがないよ。この忙しいのにな。」
2人は同時に席を立った。ここからはまた、昨日のような国王と軍参謀の顔である。
その夜、ベッドに潜り込んだエドガーは、枕元の読書灯で写真を眺めた。写真自体には、何の仕掛けもなさそうである。となると、あの文の『写真の・・・・』に続く言葉は、写っているもののこととしか考えられない。
エドガーの脳には、この背景の記憶が朧気ながら蘇って来ていた。昔ロックが見せてくれた写真である。
「ここは、冒険家の聖地って呼ばれてた場所だ。但し、一昔前の話だけどな。今から100年前、リクセンっていう冒険家がこの写真を撮って帰ってきたのが最後の記録だ。最も、リクセンも含めたここに行ったヤツらは皆、場所とか道筋とかの記憶が抜け落ちてるって話だ。だから今じゃあ専門家の中にはここの存在を疑ってるヤツもいる。これはリクセンのトリック写真だ!ってな。」
ロックがそう言って見せてくれた写真に、この場所が写っていた。
(父上は行ったのか?ここに。)
先代の王である彼の父は、実は嫡男ではなかった。正妻との間にできた子には間違いなかったが、三人兄弟の次男だった。
そのためか、比較的奔放に育ち、10代後半から、度々冒険へ乗り出していた。その冒険も、父(エドガーの祖父)と母(エドガーの祖母)の温厚な性格のお陰で、自由にできた。
しかし、彼が24歳の夏、彼の運命を変える大事件が起きた。父の病気の悪化で、近々家督を継ぐ予定だった兄が、不慮の事故で死亡したのである。更に、弟の三男もその事故に巻き込まれて死亡。彼は家督を継ぐことを余儀なくされた。2年後に妻をもらい、更にその4年後にエドガーとマッシュが産まれた。
この写真に写っているのは、二十歳前後。まだ長男も健在で、単なる次男坊であった頃のものである。
(しかし・・・・、この場所には・・・・)
そう。行くことはできない。数多の冒険家が追い求めても辿り着くことができなかった聖地である。簡単に行けようはずもない。
エドガーは読書灯を消し、まどろみに身を委ねた。
8月になっても、フィガロの忙しさは一向に衰える気配がなかった。砂漠の50度を越す暑さの中にあって、2人は尚も忙しく立ち働いていた。
そんな中迎えた16日。その日、2人が目を覚ますと、城内は静まり返っていた。怪訝に思いながらも玉座の間へ足を運ぶと、そこにはカイエンとセッツァーがいた。
「どうしたんだよ、2人して。」
マッシュが尋ねると、カイエンは微笑みながら言った。
「2人共、早く支度をするでござる。出掛けるでござるよ。」
いきなり突拍子もないことを言われ、エドガーもマッシュも呆然となった。
「さあ、早く。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。私とマッシュには仕事が・・・・」
「今日は休みだよ!大臣には話をつけてある。」
「・・・・え?」
「さあ、行くでござるよ。」
半ば強引に支度をさせられ、何がなんだか分からないままに、飛空艇に乗せられた。
飛空艇が着陸したのは、モブリズ近辺であった。2人は、村からかなり離れた所で降ろされた。
「ここからは、案内役の交替でござる。」
カイエンがそう言うが早いか、飛空艇は2人を残して飛び去った。
「ったく・・・・、何なんだよ、一体。」
すると、2人の背後から足音が聞こえた。
「・・・・おい、マッシュ。」
エドガーは声を落として言った。
「この足音、これは女性だ。それも若い。」
「わ、分かんのか?」
「当たり前だ。私を誰だと思っている?」
「別に威張るようなことじゃないと思うけどなぁ・・・・。」
そんな会話を交わしているうちに、背後から声が掛かった。
「そこのお2人さん。」
エドガーの言う通り、若い女の声である。澄んでいて美しい。一斉に振り向くと、この暑いのに全身をマントで覆った女性が立っていた。
「モブリズまで案内して下さらない?」
女の声は相変わらず美しい。エドガーはその華奢な肩を抱き、モブリズへと歩を向けた。が、マッシュはどうも釈然としなかった。確かに美しい声だが、その訛、声質は初めて聞くものではない。
「あっ!」
マッシュは辺り中に響くような声で叫んだ。
「お前・・・・リルムだな!」
その声に前を歩く2人は歩を止めた。エドガーは抱いていた肩をゆっくりと離し、女へと視線を向ける。
「チェッ、ばれちゃった。」
マッシュの予想通り、女はリルムであった。エドガーは絶句した。どう口説き落とそうかということにばかり思案が行き、リルムだとは思いもしない。
「やっぱりお前か。」
「エヘヘ。でも、エドガーを騙せたってことはさ、アタシの演技力もなかなかでしょ。」
その点は、変装を見破ったマッシュも認めた。14歳とは思えぬ色っぽい声であった。
「オマエら、一体何企んでるんだ?」
道中、リルムに尋ねたが、笑うばかりで答えようとはしなかった。
間もなく道は、山窟に入った。大人1人分の足場の下は真っ暗で底が見えない。エドガーとマッシュにとってはさほど苦にならない道だったが、リルムの足下はおぼつかない。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん。平気・・・・キャッ!」
その時、リルムが足場を踏み外し、谷底へと落下した。
「リルム!!」
すぐさまエドガーが後を追った。
「兄貴!!」
「・・・・大丈夫だ。岩がせり出して棚になっている。リルムも無事だ。」
マッシュは安堵して胸を撫で下ろした。
「お前が目一杯手を伸ばせば届くから、まずリルムを。」
マッシュは兄からは見えぬ頷きをし、狭い足場の上から目一杯手を伸ばした。ほどなく、リルムの体の感触が手に伝わってきた。
「よいしょっと。」
マッシュは思い切り引き揚げた。目立った外傷もないし、気絶もしていない。
「ありがとう、マッシュ。」
「大丈夫か・・・・おわっ!」
今度はバランスを崩したマッシュが、谷底へ真っ逆さまに落下した。壁を登り始めていたエドガーを巻き込んで。
「痛ててて・・・・。」
マッシュは左腕の痛みで目を覚ました。見ると、袖に血が滲んでいた。
「気付いたか・・・・。」
傍らにはエドガーがいた。
「ここは・・・・。」
「どうやら底まで来てしまったらしいな。」
この時、マッシュは落ちる寸前のことを思い出した。
「す、済まねぇ、兄貴。オレのせいで・・・・」
「気にするな。それより、何とか上へ登る方法を探さないと。」
2人は立ち上がって歩き始めた。上では仲間が待っている。グズグズしている暇はない。
しばらく歩くと、岩壁の先に一点の光が見えた。2人は急いで駆け寄る。刹那、目もくらむような光が視界を埋め尽くした。そこは、地上のように太陽の降り注ぐ場所であった。
「兄貴・・・・、オレたち登ったのか?」
「いや、そんなはずはないが・・・・。それよりここは・・・・。」
エドガーは急いでポケットへと手を伸ばし、例の写真を取り出した。
「やっぱりか・・・・。」
「え?」
「ここは、冒険家の聖地だ。」
マッシュは何がなんだか分からないような表情を浮かべた。エドガーはそんなマッシュを全く意に介さず、手当たり次第に民家の扉を開け、中へと入る。しかし、何処にも人の気配はなかった。
「お、おい、兄貴。一体何処なんだよ、ここ。まさかオヤジの・・・・?」
「そうだ。父上の写真に写っていた場所だよ。」
エドガーは尚も探索を続ける。呆然と立ち尽くしていたマッシュも、慌てて後を追った。
探索を続けるうち、ある家で日記が見つかった。
「兄貴、これは?」
「・・・・古代文字、多分グローリア文字だ。」
グローリア文字とは、ハシュマリム族の民族文字である。この民族は、一般には魔大戦終結時に絶滅したとされていたが、近年の研究で200年程前までは地上に存在していたことか確認されている。しかし、その強大な力を恐れた当時の帝国は、2千人の兵で彼らの集落を焼き払った。そして地上から完全に絶滅した。と、いうのが通説である。
しかし、中には帝国の民族狩りを逃れたものもいたようで、そのような者たちが移り住んだのが、この地であった。
「ん?兄貴、これ。」
マッシュはその日記の横に、丸い粒が入った小瓶を見つけた。マッシュは蓋を開けてみたが、無臭である。
「飲んでみようか?」
マッシュは唐突に言った。彼からは時々こういう発言が飛び出す。
「毒でも入ってたらどうするんだ?」
「大丈夫だって。それにさ、もしかしたら地上に戻れるかも知れないぜ。」
エドガーは尚も躊躇したが、マッシュは飲んでしまった。
「・・・・あれ?何か眠く・・・・なって・・・・。
」
「おい、マッシュ!」
マッシュは眠り込んでしまい、エドガーがいくら声をかけても目覚めなかった。こうなっては仕方がない。エドガーも飲むことにした。
「うっ・・・・。」
凄まじい睡魔に襲われ、まどろんでしまった。
何時間くらい経ったろうか。辺りからの自分を呼ぶ声に、エドガーは目を覚ました。
「エドガー!」
周囲には仲間の顔があった。横のベッドには、こちらも目を覚ましたマッシュがいる。
「全く。2人して岩棚で気を失っているなんてな。」
エドガーは全く状況が掴めなかった。岩棚?違う、下まで落ちたはずだ。そして、冒険家の聖地へ・・・・。
「ま、何にしても無事で良かったよ。主役がさ。」
「主役?」
「起きられるようになったら、早く上がって来いよ。」
そう言い残し、仲間たちは部屋を出ていった。
「なあ、兄貴。」
「何だ?」
「あれって夢だったのか?」
マッシュの問いに、エドガーはどう答えて良いか分からなかった。夢にしては、あまりにリアル過ぎた。
「でもさ、兄貴。」マッシュは仰向けの姿勢が、エドガーの方へと向き直った。
「見てくれよ、この腕。」
袖をまくりあげた左腕には、真新しい傷があった。
「これもだ・・・・。」
エドガーが懐を探ると、そこには例の日記があった。
「やっぱり・・・・。」
「いいか、マッシュ。誰にも言うなよ。」
「分かった。それより、行こうぜ。」
マッシュはエドガーに手を貸し、ベッドから起こした。脳震盪の余波はまだ残っているが、大したことはない。
ベッドのある地下室を出て、2人は階段を上がった。家の外からは、ザワザワと話し声がする。マッシュが扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。
「誕生日おめでとう!」
一斉に皆が言った。家から出てきたばかりの2人は、何が何だか分からず、呆然とした。
「あれ・・・・今日は・・・・、16日か!」
「そうだよ。忙しくて覚えてもいなかっただろ?」
図星である。2人は互いに顔を見合わせ、頭を掻いた。
「参ったな・・・・。全然覚えてなかったぜ。」
立ち尽くす2人の手を、ロックが引いた。
「主役は真ん中だぜ。」
モブリズの子供たち、そして仲間たちの中心へと導かれた2人は、手厚い祝福を受けた。皆口々に、
「おめでとう。」
と言って、2人のグラスに酒を差す。それは決して派手とは言えないが、楽しいパーティーであった。
「エドガー、飲め!」
セッツァーはしたたかに酩酊しており、上機嫌であった。セッツァーだけではない。カイエンもロックもストラゴスも、ティナやセリスでさえも酔った。皆、自分たちが一番楽しんでいた。城のパーティーであれば、こうはならない。エドガーとマッシュを立てるパーティーである。エドガーとマッシュにとっては、そんな宴よりも何倍も楽しく感じられた。
「これ、プレゼントだよ〜。」
リルムからは似顔絵を渡された。14歳とは思えぬタッチで、共に笑い合う2人の顔が描かれていた。
宴は3時間続いた後、散会となった。城へ帰った2人は、皆がくれたプレゼントを開いた。どのプレゼントも、2人に相応しいものだった。
一通りプレゼントを開いた2人は、最後にあの日記のページをめくった。が、2人は自らの目を疑った。聖地で見た時にはびっしりと書き込まれていたグローリア文字が何処にもないのだ。代わりに、見慣れた文字の一文があった。
ひとしきりそれを眺めた2人は、地下へと向かった。機関室奥の小部屋まで辿り着くと、マッシュはそこに飾られている鎧のオブジェを左に回した。
「これに書いている通りなら・・・・」
2人の眼前に、更に地下へと続く階段が現れた。
2人がそれを下ると、そこは小さな部屋になっていた。置いてあるものは、テーブルが1つ。その上には手紙があった。
『エドガー、マッシュ。よくぞここまで来てくれた。お前たちが見た聖地、あれは幻ではない。紛れもなく存在する。 私はかつてかの地へと行き、そこにあった日記にこの隠し部屋の存在を記した。きっとお前たちが発見してくれると信じていた。
この部屋にあるレバーを、出来ればお前たちの誕生日にでも引いて欲しい。私からの、プレゼントだ。』
妙な偶然というのはあるものだ。今日はその誕生日である。マッシュは壁のレバーを引いた。すると、城が激しく震動し始めた。
「せ、潜航か!?」
そんな感じの震動だった。しかし、そうではなかった。
「エ、エドガー様!し、城が・・・・」
2人が大急ぎで階段を上がり、一階へと戻ると、そこには信じられない光景が待っていた。
「し、城が・・・・」
「と、飛んでる・・・・。」
砂漠の機械城は、星の大海へと舞い上がっていた。
「凄いプレゼントだな・・・・。」
「ああ。それに、今日みたいな誕生日は多分もう二度とないだろうな。神様がくれたみたいだ。」
「見ろよ、兄貴。父上がいるぜ。」
「本当だ・・・・。誕生日おめでとうってさ。」
そう言って2人が見上げた空には、大きな一等星が1つ、静かに瞬いていた。
fin
Wallpaper:トリスの市場様
ブラウザを閉じて、お戻りください