自由への誓い


 マシアス・レネ・フィガロが城を飛び出して3年。フィガロは平穏な時を送っていた。3年前から国王の座に就いたエドガー・ロニ・フィガロは、マッシュのいなくなった寂しさなどは微塵も感じさせず、王として政務に励んでいた。
 さて、マッシュがいなくなって3年というのは、フィガロが帝国と同盟を結んでから4年ということになる。この同盟は崩御直前に前王が結んだもので、有効期限は50年、半永続的、となっている。
 しかし、同盟を結んだのは良かったが、帝国が期待したほどフィガロは帝国に協力しない。
 例えば、フィガロ領サウスフィガロ問題が挙げられる。軍事拠点としての港湾を確保したい帝国は、サウスフィガロへの軍駐屯を申し出た。が、エドガーが全く譲らない。
「入港は無論許可するが、住民を無視した駐屯には賛成できない。」
 帝国はエドガーの力を見くびっていた。同盟を結んだガストラは、時の王が崩御した後には、フィガロに傀儡政権を樹立しようとさえ考えていた。
「名君の子名君たりえず」という理論の普遍性を考慮すると、造作もないことだと思っていた。
 ところが蓋を開けてみれば、先代に勝るとも劣らぬ名君である。うかつなことをすればこちらが危うい。そう思った帝国はこの1年ほどは目立った行動を控えている。


 さて、一方のフィガロ側である。早くから帝国の不穏な動きを察知していたエドガーは、表面では帝国との同盟保持を装いつつも、裏では密かに反帝国組織リターナーとの接触を始めていた。連絡員は、ロック・コール。
「陛下、危険です!」
 大臣以下の臣下たちは、このリターナーとの接触に難色を示していた。帝国は、エドガーの一挙手一投足にも気を配っている。
 もし、こんな動きを察知されればどんな憂き目に遭うか分からない。しかし、当の本人はあくまで積極的であった。
「ロック、頼むぞ。」
 毎日のように秘密の文書が飛び交う。その内容は、無論、際どい。中身を見られようものなら、一巻の終わりである。
 これだけ危ない橋を渡りながらも彼がリターナーと接触する理由は何なのか。それは、彼の父の死に深い関連がある。
 前述のように、帝国の目指す所はフィガロに傀儡政権を樹立することにあった。そのためには、名君と呼ばれた前王の存在は邪魔以外の何物でもない。
 だから、殺した。と、いう疑いがあるのだ。というのも、死亡確認をした侍医の報告によると、王が死の直前に吐き出した吐瀉物の中に、わずかにだが毒物が検出されたらしいのである。王の苦しみ方にやや不審感を抱いたその侍医が調べたのだが、この事実はその侍医とエドガーしか知らない。
 このような事情から、エドガーは帝国を信用していない。だが、父が譲歩に譲歩を重ねて結んだ同盟を無下には破棄できない。だから、表向きは同盟保持を装っているのだ。




 ある日、およそ半年振りに帝国から使者がフィガロに訪れた。突然の訪問に、フィガロ側は緊張を隠せない。
「サウスフィガロの件でお話が・・・・。」
 使者の頭と思われる男は慇懃に頭を下げた。エドガーは少し安心した。リターナーとの件がばれたのではなさそうである。
「それでは、客間でお待ち下さい。」
「いや、早急に話し合いたい。」
「分かりました。おい、会議室へ御案内しろ。」
 エドガーは従者にそう命じ、自分は大臣と共に玉座の間へと戻った。
「あの件は決着がついたんじゃなかったのか?」
「私共としてはそのつもりだったのですが・・・・。」
「まあいい。行くぞ。」
 エドガーには自信がある。駐屯の要求に応じるつもりはないし、大体どんなことを言われても相手の議論を退けるつもりだ。
 帝国側から派遣されたのは3人。予想通り、先程挨拶をした男がリーダー格である。年齢は、かなり若い。残りの2人の振る舞いから、その男の地位が帝国内でも高い位置にあるのか窺える。
「お待たせいたしました。」
 エドガーの発言に、男は軽い会釈で答えた。
 かくして、サウスフィガロを巡る両国の会談は始まった。帝国側は、一年以上前にもなる前回の時と要求内容を全く変えておらず、無論、エドガーは応じない。しかし、ここからが前回とは違った。帝国側が、転して強気な態度に出始めたのである。
「この要求が受諾されなければ、我々としては同盟破棄も辞さない。」
 刹那、座に緊張が走った。剣の柄に手を掛けようとした近衛兵たちを、エドガーが左手で制した。
 エドガーはこの時、この男に畏敬の念を抱いた。何故、こうまでに強硬な態度が取れるのか。同盟国の使者が殺されることはまずないが、それを差し引いても、相手国に乗り込んできてこうまで強硬な態度には出られない。しかし、目の前の男は一歩も退く気配はない。この男の名は、レオ。後のレオ将軍となるその男である。
 結局会談は双方譲らず、散会となった。帝国側が出した折衷案――サウスフィガロの10%の敷地面積にフィガロの利権を侵害しない範囲で駐屯を認めてほしい――をフィガロ側が蹴ったのも、会議がまとまらい原因となった。結局これといった進展を得られぬまま、レオ一行は帰国していった。




 その訪れの3日後、サウスフィガロには初雪が降った。とは言っても、元来温暖な気候であるので、大して積もりはしない。
 せいぜい子供が喜ぶ程度である。しかしそれは所詮平野部での話で、山間部では、信じられぬ程の積雪量となる。
 格闘家たちの修行場として名高い名峰コルツもその例外ではない。平地に初雪が見えると、山はじきに雪に埋もれる。春から山籠りをしている男たちが、下山を始めていた。
 その中に、周囲の格闘家たちが慌てて道を譲る3人がいた。格闘家ダンカン・ハーコートとその息子バルガス・ハーコート、そして弟子のマシアス・レネ・フィガロである。
「久し振りの下だぁ。」
 バルガスは伸びをしながらそう言った。
「小屋ではなく、サウスフィガロへ戻るぞ。」
 ダンカンがそう言うと、バルガスは待ち切れないといった感じで街へ駆け出した。50kg近い荷物を背負ってよくもまあというような速さだった。
 マッシュは、少し後ろを歩いている。空からは雲が消え、満天の星空へとその表情を変えていた。寒い日に澄んだ星空を見つめていると、3年前のあの日を思い出す。兄がくれた自由。城を飛び出した彼は、強なりたい、と切に願った。強くなっていつか城へ戻って、兄を支える。兄がくれた自由に報いるにはそれしかないと思ってた。
 サウスフィガロに着いた3人は、ダンカンの自宅で眠りについた。マッシュは、何か胸騒ぎがした。何かが起こりそうな予感がする。そうは思いながらも、迫り来る睡魔に、少しづつ意識を沈めていった。




 フィガロを出たレオ一行は、丸一日かけてベクタへと帰り着いた。
「ご苦労さん。」
 帝国城入り口付近にいるケフカが、口許に淫靡な笑みを浮かべながらそう言った。レオは、この男が苦手である。
 そもそも、帝国に入った時から、折り合いは良くなかった。実力のレオ、媚びのケフカといった言葉は、2人の出世の仕方をよく表す言葉としてしばしば用いられる。ケフカは実力のあるレオを妬み、レオは媚て出世していくケフカを軽蔑した。
 普段ならば、ケフカの方から声をかけてくるこどなどは滅多にない。それ故に、レオは少し気になった。何かあるかもしれない、そう思った。
 レオのそんな予感は、すぐに的中した。報告の為にガストラの私室へ赴くと、ガストラは報告もろくに聞かず、レオと共にフィガロを訪ねた2人が持つ会談の要録に目を通した。要録、といっても、エドガーの発言を一言一句逃さずに記したもので、ガストラはそれを穴が空く程にまじまじと眺めた。
 ガストラの目的は、サウスフィガロではなかった。会談の中で、エドガーが同盟に違反するような発言をしたかどうかを調べるのが目的である。だから、レオに強い態度を取らせたのだ。挑発という目的のために。
 違反の発言があれば、それを徹底的に糾弾する。糾弾しつくした上で、同盟破棄をちらつかせて退陣を迫る。エドガーが退陣すれば、フィガロの属国化などは造作もない。したたかすぎる計算がそこにはあった。レオは、この時初めてこの事実を知ったのだった。
「皇帝陛下!私を騙したのですか!?」
「・・・・分かってくれたまえ、レオ君。仕方のないことなのだよ。」
(くっ・・・・)
 レオは下唇を噛み締めた。逆らうことは許されない。皇帝に逆らって消された者たちは、嫌というほど見てきている。引き下がるしかなかった。
 翌朝、ケフカがアルブルグ港へとやって来た。目的は当然、フィガロへ向かうのである。盛大な見送りの中、ケフカを載せた船はゆっくりと岸を離れていった




「何だ?ありゃ。」
 望遠鏡で沖を眺めていたバルガスが素っ頓狂な声をあげた。
「帝国のマークだ。」
 その言葉に、マッシュは今までしていた釣りの手を止め、立ち上がった。バルガスの側へと歩み寄り、彼の手から望遠鏡を取り、覗き込んだ。
「帝国・・・・。」
 マッシュは冷や汗が脇の下に一筋流れるのを感じた。あの、サウスフィガロに帰ってきた夜の妙な胸騒ぎの正体が分かった気がした。帝国がここに来る目的はフィガロしかない。フィガロに何かが起こる。あの悪い予感はこれだった。
 マッシュとバルガスがぼんやりと沖を眺めていると、船が入港してきた。入港した船からは団長格の男がまず降り、辺りをジロリと見回した。
「隠れろ、バルガス。」
 2人は茂みに身を隠した。
「ケフカ様、どうぞ。」
 先程の男が船にそう呼び掛けると、明らかに身なりの良い帝国の幹部らしき男が、帝国兵に手を引かれ桟橋を降りてきた。
「準備完了です!いつでもフィガロへ出発できます!!」
「そうですね。では行きましょうか。」
 ケフカと呼ばれた男はそう言うと、甲高い声で高笑いを上げた。
「ケフカ様。しかし、ガストラ皇帝もお人が悪いですね。こんな計画にあのレオ将軍を参加させるなんて。」
「いえいえ。あのくらい馬鹿正直な男でいいんですよ。あのエドガーを騙すにはね。さて、出発しましょう。あのエドガーを退陣させるために。」
 その言葉を聞いた瞬間、茂みのマッシュは理性を失った。あとでバルガスに聞いた所に拠ると、いきなり茂みを飛び出したらしい。マッシュが我に返った時には、ケフカを殴り倒していた。




「な、何だ!?貴様。」
 周囲の帝国兵たちは、あまりの驚きに動けない。マッシュは肩で息をしていた。心臓の脈打つ音が聞こえる。
「な、何をしている!そいつを捕らえるんですよ!」
 地面に倒れたままケフカが叫んだ。あっけにとられていた兵士たちが一斉に動き始めと同時に、茂みからバルガスも飛び出してきて、マッシュに殺到しようと先頭に立つ帝国兵数名を蹴り倒した。
「バルガス!」
「何も言うなって。・・・・ここは食い止めてやる。オマエはさっさと用を済ましてきな!」
 マッシュは不覚にも涙がこぼれそうになった。兄弟子の、自分へのその思いやりに目頭が熱くなったである。
「ああ!」
 マッシュは街の入り口に向けて走った。背後からケフカの下知が聞こえる。
「殺せ!」
 マッシュは一直線に入り口を目指した。途中、ダンカンと擦れ違った。
「マッシュ、どうしたんだ?」
「おっしょうさま!オレ、その、・・・・。」
 ダンカンは聞かずとも、マッシュの上気した顔と後ろの帝国兵を見て全てを察した。
「何も言うな、行け!生きて帰ってこい!!」
 マッシュはまた熱いものが目からこぼれた。
 ダンカンは、マッシュの背中を見やりながら、帝国兵の前に立った。
「ワシの弟子に何の用じゃ?話なら師のワシが聞いてやるぞ。」
 一歩も通さぬ決意が、その目にはあった。
 マッシュは振り向かずに走った。とめどもなく溢れ出る涙を握り拳で払いながら、フィガロとサウスフィガロを結ぶ洞窟を目指した。
 サウスフィガロを出て1時間、彼は洞窟へと辿り着いた。外気とは違う湿気臭い空気が、冬空の元を走り続けてきたマッシュの体を迎えた。彼は、洞窟に湧く湧き水を一口飲んだ。だが、腰は下ろさない。一刻も早く、フィガロへ。そう思い、洞窟を進んだ。
 この洞窟というのは人工的に掘られたものであるので、本来はそれほど入り組んだ構造にはならないはずなのだが、この辺りは破水帯が多く、それを避けたためにかなり入り組んだ構造になっている。
(変わってねぇなぁ、ここも。)
 3年振りに通り抜けるこの洞窟だが、全く変わっていない。この分だと、城も変わってはいないだろう。そんなことを思いながら、また走り始めた。
 洞窟を抜けるのに2時間ほど要したが、帝国が追ってきている気配はない。太陽の具合から見て、大体正午になろうかとしている。視界に入り始めた懐かしい城が次第に大きくなっていく。砂漠にそびえ立つ雄大な城は、3年前と変わらぬ姿でそこにあった




 城の前に立った彼は、まず年配の番兵に出迎えられた。
「マ、マッシュ様・・・・。な、何故・・・・。」
「時間がないんだ。兄貴、どこにいる?」
「玉座の間におられると思いますが・・・・。」
 マッシュはまた走り始めた。城門から玉座の間までは一直線である。
 走る彼の耳には、従者たちや兵士たちの驚きの声が聞こえる。
「マ、マッシュ様!」
 マッシュはそんな声の中を玉座の間まで駆けていき、荒々しく扉を開けた。正面には、あまりに懐かしすぎるあの顔。その表情は、驚愕に包まれていた。エドガーだけではない。その場の誰もが、驚きを隠せなかた。
 だがマッシュには、再会の驚きや感動はなかった。それどころではない。
「兄貴、帝国のヤツらが来る!兄貴を退陣させるとか言ってやがった!」
 エドガーはしばし驚きの表情を浮かべていたが、それを聞いてすぐにいつもの王の顔に戻り、下知した。
「潜航してやり過ごすぞ!帝国はまだその仕掛けを知らない!」
 すぐに準備が始まった。マッシュもエドガーも何も言わない。目と目で分かる。それで充分だった。


 地中に潜り3時間後、城はひとまずコーリンゲン側に浮上した。しかし、機械の負荷を考慮すると、今日はフィガロへは戻られないらしい。期せずして、マッシュは懐かしい己のベッドで一夜を明かすことになった。
「皆、マッシュ様のお帰りだ!」
 臣下たちは、盛大なパーティーを催した一夜限りとは分かっていても、じっとしてはいられない。パーティーは深夜まで続いた。
 宴もたけなわとなった時、マッシュは密かに抜け出し、あの場所へと向かった。そう、兄から自由をもらったあの場所へ。
 氷点下まで落ち込んだ砂漠の寒気が、彼を温かく迎えた。お帰りなさい。風は、そう言っているようだ。
「やっぱりここか。」
 背後から何者かが彼を呼ぶ。振り向かなくても分かる。1人しかいない。
 2人は並んで立った。照れ臭そうにマッシュが微笑むと、応えるようにエドガーも笑った。帝国がエドガーを退陣させようとしている理由とか明日は何時くらいに城を出るのかとか、そんな野暮なことは互いに一切尋ねない。ただ一言ずつこう言い合った。
「よく帰ってきたな。」
「あぁ。心配かけて済まなかったよ、兄貴。」
 本当に、それで充分だった。


 翌朝、フィガロ側へと戻った城から、マッシュは出ていった。エドガーは朝一番から仕事に取り掛かっており、マッシュを見送ることはしなかった。これを冷たいと受け取った者も中にはいただろう。しかし、マッシュは分かっていた。昨日の夜のあの会話。あれが見送りの言葉だったことを。そして、自分たち兄弟はそれだけで充分なことを・・・・

THE END
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