はじまりの冒険者 その年、フィガロの双子を最も喜ばせた誕生日の贈り物は、精緻な作りのカラクリ細工でも宝石で象眼された剣でもなく、二羽の若いチョコボだった。 The End なない様の素晴らしいオリジナルショートストーリーは ブラウザを閉じて、お戻りください
異国からの使者は、ひとしきりそのチョコボの血統の優秀なこと、足の速いこと、毛並みの よいことを歌うように語り、身をかがめると双子にはこう言った。
「この二羽は一緒に生まれた兄弟なのでございます」
僕達と同じだ、とエドガーが笑うと片方のチョコボがクェ、と鳴いた。
このとき答えた方がエドガーの『オランジュ』
もう片方がマッシュの『フレール』
衛兵のチョコボよりもまだ一回り小さなチョコボ達は、双子の格好の遊び相手になった。
双子が嬉々としてチョコボ舎に通うのを、城の者たちは微笑ましくも意外に思っていた。それはフィガロ国王も同様で、ある日、双子の片割れに訊いてみた。
「おまえたちがそんなに生き物に興味があるとは、知らなんだぞ」
マッシュがきょとんと目を開く。
「生き物ですか?」
おや、と国王は首を傾げる。自分の息子はもしやまだおもちゃと生き物の区別がつかないような年頃だったろうか?
「それ、その、先だっての祝いのときの…チョコボだな」
異国風の名前がとっさに出てこない。
「生き物ではありません、父上。フレールもオランジュも、友達です」
マッシュは幼い顔で重々しく宣言した。
「…いやまったく、なんと答えればよいのやら」
フィガロ国王といえども、その素顔はごく普通の父親となんら変わりない。
早くに母親をなくしたことを不憫に思うこともあり、つい甘やかしてしまうのだ。
「確かに、普通は友達をつかまえて生き物、とは呼びませんな」
側に控えた大臣が、妙に感心した風情で頷いている。
「マッシュ様はお優しいですから。…それよりも」
公式には神官職だが双子にとっては『ばあや』が異を唱える。
「またマッシュ様がお熱でも出したらと思うと…転んで頭でも打ちやしないかと…」
不吉なことを言う神官もいたものだが、ばあやの心配は情操教育よりも健康にあるのだ。
「かまわんかまわん。少しくらい暴れた方が、身体も丈夫になるというものよ」
実際、双子は既に擦り傷だらけで果敢に挑戦中だった。
「うっわぁ〜っ??!!」
雲一つない晴天の下、甲高い子供の声でひっきりなしに悲鳴が上がる。
双子は非番の衛兵にチョコボの乗り方を教わっているところだ。警備の者も遠見の見張りもその様子を眺めて笑いをかみ殺している。
大人びたエドガーと病気がちなマッシュがこんな風に声をあげてはしゃぐことはめずらしい。
「お、落ちる〜っ!」
叫んだ次の瞬間には、もう転がり落ちている。
下が砂地なところに体重が軽いのでたいした怪我をするわけではないが、何しろチョコボの背は高い。そしてこれがものすごく揺れる。
「逆らわず、揺れに身体を合わせるのですよ」
若い衛兵が、防具の留め具をはめ直してくれる。
ひっくりかえったエドガーの横にオランジュが回り込んで膝を折り、クェ、と鳴いた。
さあ、もう一度乗って。そう言っているのだ。
「利口なチョコボですね」
もっともそうしてくれないと、子供が自力でその背によじ登るのはまず不可能だったのだが。
「乗れた、乗れた! 見てーっ!」
エドガーが歓声をあげた。
「あー…」
マッシュが擦り傷をさすりながら、うらやましそうな声を出す。フレールが防具で覆われた小さな頭をコツンとつつく。その首をマッシュは撫でてやる。
「エドガー様! あまりしゃべると舌をかみま……ああっ?」
オランジュが身を翻し、エドガーをその背に乗せたまま砂煙を蹴立てて走り去ってゆく。
「オ、オランジュ?! どこへ行く〜っっっ?!」
衛兵が呆然としている間に、オランジュの後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。
後に残された二人は我に返ると、同時に深くため息をついた。
「いいなぁ兄上は。もうあんなに上手に乗れて」
「…マッシュ様、あれは少々違います」
衛兵はマッシュを自分のチョコボの前に乗せ、フレールを先導にオランジュの後を追った。
「マッシュ、起きてるか?」
遠慮がちなノックと一緒に、エドガーはマッシュの寝ている部屋にすべりこむ。
「熱はだいぶ下がった…みたいだな」
エドガーの手におとなしく額を預けてから、マッシュはこくんと頷いた。
熱で紅潮した弟の顔を見るたび、エドガーは少し胸が痛む。一緒に生まれて一緒に育ったのに何故、ここで寝ているのはマッシュの方なのだろう。
結局、爆走オランジュに振り回されたエドガーよりも追いかけたマッシュの方が熱を出して二人ともばあやに念入りに怒られたのだ。もちろん衛兵はもっと激しく怒られたが、双子の猛烈な抗議の結果、クビにも降格にもならず、兵舎の掃除当番一ヶ月の刑という、寛大な処分に留まっている。
ふかふかの枕に埋もれたマッシュが、くすくす笑い出した。
「すごく、面白かった」
「そうだな」
エドガーが少し気を取り直す。
熱は出したがマッシュはいつもより楽しそうに…元気そうに見える。楽しいことがあるならただおとなしく寝ているよりいいじゃないか?
マッシュは少し身体が丈夫でないだけ。大人になったら直ると、主治医も言っていた。
「治ったら、また練習しよう」
「うん」
もっと楽しいことをたくさんしたら、マッシュはもっともっと元気になるだろう。
「そしたら、遠乗りに出よう、二人で」
「うん、二人で。…オランジュと、フレールと一緒に」
フィガロの双子の間には、こんな小さな約束が、星の数ほどあった。
いくつ交わしていくつかなえてきたのか、本人達も忘れるくらいに。
子供は飲み込みが早い。
エドガーもマッシュもすぐにチョコボ乗りのコツをつかみ、早駆けもできるようになった頃。どちらからともなく計画は立てられ、遂行された。
「エドガー様! マッシュ様! どちらにおられます?」
お目付役が伸ばす捜索の手を上手くかわして、双子はそうっと城を抜け出した。
今頃、家庭教師がジリジリしながら双子を待っているはずだ。
チョコボ舎の世話係は、また双子が練習にきたのかと、こころよくチョコボを出してくれた。
衛兵たちにも、いつもの調子で声をかけた。
エドガーが言った通りだ。
「何事もないように振る舞うこと。そうしたら、何事もないってみんな思うものさ」
年の割に大人びた王子様は、悪知恵もよく回るのだった。
城で最も俊足のチョコボに乗るのは城で最軽量の騎手たち。本気で駆ければ衛兵達も追いつけない。その危険に誰も気がつかなかったことは、大人達の失態だった。
砂漠には視界をさえぎるものは何もない。振り返ればそこにフィガロ城が見える。それに安心して、双子はいつもよりも大胆になっていた。
水筒代わりの革袋と、日除けのマント。お弁当がないのが残念だった。
太陽は天にあり、ずっと駆けていると汗ばんでくる。砂漠では一日の寒暖の差が激しく、これで夜になったらとてつもなく寒い。ぐるっと360度の砂の上では、昼間暖まった空気など、さっさとどこかに行ってしまうのだ。
遅くならないようにしないとな。開放感に浸りながらも、エドガーは頭の隅で考えている。
チョコボは速い。足場の悪い砂もしっかりと踏みしめて、ぐんぐん進む。慣れてしまえばこの揺れに身体をまかせるのは、この上なく楽しいことだった。
突然、フレールが足を止めた。
「いてて…。フレール〜?」
マッシュがチョコボの首に鼻をぶつけて、抗議の声を上げた。
フレールは首を伸ばし、空の一点を見据えている。
「どうした?」
オランジュも同様に何かを見ている。
双子は互いに顔を見合わせる。人間の感覚はチョコボに遠く及びはしない。
しかし砂漠で生まれた子供達は、やはり常人よりも早く異常を感じ取った。
何かが。何か黒いものが来る。 雲…? 違う。
「砂嵐…!」
エドガーの顔から血の気が引いた。滅多にないこととはいえ、砂漠は砂漠。年に何度か砂嵐が起こる。そんなときには空と地面の区別もつかない。ただ砂だけが吹き荒れる。直撃を食らえば人も死ぬ。
何の準備のないところに砂嵐に襲われたら、子供などひとたまりもない。
エドガーは城との距離を測った。嵐が来るのと城に帰り着くのと、どちらが先か。
駄目だ。間に合わない。
「…マッシュ、来い!」
エドガーの指示を予想していたかのように、チョコボ達が駆け出した。ささやかな丘陵の、嵐に対して少しでも陰になる位置に身を寄せる。
エドガーはチョコボの背から飛び降り、マッシュが降りるのに手を貸した。
不吉な響きがすぐそこまで来ている。
空が暗くなった。
来る。
エドガーは自分のマントを脱ぐとマッシュを頭から包み、そのまま抱きしめた。
「…兄上っ?」
「しゃべるな! …砂を吸い込んだら、喉をやられる」
命があるかどうかの瀬戸際に、喉の心配をしてどうする。エドガーは自問自答する。
ささいなことを、今自分に出来ることでも何かしないと、叫びだしそうだった。
激しい風の音が耳元に迫る。
二人分の心臓の音と、うなる風の不気味な音がすぐそこで響く。
父上、ばあや、大臣、衛兵達…城のみんなの顔が脳裏に浮かんだ。
こんなだましたような形で、こんなことになるなんて、思っていなかった。
薄いマントの向こうでマッシュが泣いているのがわかる。
「兄上、兄上、ごめんなさい…」
「そこで謝るな、馬鹿!」
物心ついて以来初めて、エドガーは弟を怒鳴りつけた。
城総出の捜索隊が双子を発見したのは、実際にはそのほんの数刻後のことだった。最悪の事態を予想して悲壮な顔で駆けつけた捜索隊が見たのは、正確に言うと二羽のチョコボだった。柔らかい羽毛の下にフィガロの双子を見つけて、息があるのを確認したときには、総員涙を流して天に感謝したものだ。
砂嵐の中、チョコボ達がとべない羽を広げて双子をかばったのだった。
大きな外傷はなかったが、そのままマッシュはしばらく寝込んだ。
心配で発狂寸前になったばあやも今はふせっている。
エドガーは動けるようになると、まっすぐ父のところに謝罪に行った。
広間にぽつんと一人で、フィガロ国王が座っていた。
「父上…」
この数日で急に老け込んだような父の顔を見ると、何と言えばよいのか見当もつかずエドガーは言葉を切った。
「おまえは、たくさんの人に迷惑をかけた」
「申し訳…ありません」
国王は息子を見やった。大人びた瞳を伏せてしまえば、肩も胸もまだ細く、まだほんの幼い子供にしか見えない。国王は深くため息をついた。
「おまえはわかっているようで、わかっていない」
エドガーが顔を上げた。
「一人で背負おうと思うな。国を治める者ならなおさらだ」
困惑に首を傾げる。
「父上…?」
「いや…本当はおまえは、わかっているのだろうな」
下がってよい、と国王は言った。
マッシュが周囲の反対を押し切り寝床を抜け出したのは、それからさらに数日後のことだった。途中でエドガーと合流して、チョコボ舎に飛び込む。
「も、もう起きていいんですか?」
チョコボの世話係がぎょっとして駆け寄る。マッシュがさえぎるように叫んだ。
「フレールは? オランジュは?」
別に囲った小部屋に、二羽ともいた。
「ひどい…」
マッシュの瞳に、大粒の涙が盛り上がる。
砂で痛めたのだろう、二羽とも羽毛がところどころ抜けて、包帯を巻いている。
世話係に飛びついて、揺さぶった。
「ねぇ、どうなるの? フレールは、オランジュは? ヤクサツされちゃうの?」
「ヤクサツ?」
エドガーが眉を寄せる。
「ヤクサツ…薬殺? え、縁起でもない!」
世話係は、いったいどこでそんな言葉を覚えてきたんですかと辟易しながらも、二羽のチョコボの具合を説明してくれた。
「チョコボは足が命ですからね…。それは無事だし、換毛期が来たら元通りですよ」
「よかった…」
マッシュは胸をなで下ろし、自分のチョコボを撫でてやる。チョコボ達は案外元気そうだ。
「フレールも、オランジュも。今度は僕が守ってあげるからね」
マッシュが小声でつぶやき、それからくるりとエドガーの方に向き直って言った。
「兄上も、だよ。覚悟しておいて、今度は僕の番だ!」
高らかな宣言に不意をつかれて、エドガーは目を丸くする。
そしておどけて言った。
「うん、よろしく頼むよ、相棒」
このことだったのかと思うと、突然に悲しくないのに泣きそうになった。そんなエドガーを、マッシュが覗き込んでくる。
「兄上…? どうしたの、どこか痛いの?」
「…嬉しいんだよ、たぶん…。きっとそうだ」
エドガーは曖昧に笑うと、オランジュの頭をそっと撫でた。
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