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砂漠の地方にそびえ立つフィガロ城にも、雨季の時期がやってきた
乾燥地方でめったに降らない雨であるが、今年は例年よりもかなりの量だ
人々の心を揺れ動かす・・・そんなしっとりした雨だ
「雨・・・か、珍しいことだ」
フィガロ国王のエドガーの口から出た言葉だった
執務室にこもったままの生活で何かと忙しいようである
周りには誰もいないので、雨の音が鮮明に聞こえる・・・
水の雫が砂に溶け込む
「兄貴―――っ!」
監禁の部屋に入ってきたのは、彼の双子の弟のマッシュだった
「随分・・・疲れてるみたいだな。休んだらどうだい?」
「そういうわけにもいかないよ。先のことも・・・考えないとね」
「みんな心配してるよ。兄貴が閉じこもっちゃって、まるっきりでてこないからさあ」
「そうか・・・、そうだな。少し休むとするよ」
たまりきった書類をその場に置いて、エドガーは執務室を出た
それに続いて、マッシュが出てきた
「ところで修行はどうしたんだ?」
「そうそう、雨が降ってきてさあ。台無しだよ」
「健康管理も大事だぞ。まあ今の私が言うセリフじゃないが・・・」
そう言ってエドガーは寝室に向かった
マッシュは後を追わなかった。疲れている兄を少しでも休ませたいからだろう
自分にとってはたった一人の家族なのだ。今となっては・・・
「俺は決めたんだ!兄貴を支えると・・・」
少しでも兄のエドガーの役に立ちたいと・・・
小さいころから病弱だったマッシュは外にもあまり出られなく、
寝ていることが多かった。エドガーとは正反対に・・・
(こんな俺が、兄貴の役に立てるだろうか)
マッシュは凍ったかのように立ち尽くしてしまった
そのまま、何かを見つめるかのように、目だけが動いていた
「マッシュ様、いかがなさいましたか?」
通りかかったイロール兵隊長の声に目が覚めたのか、マッシュは
「い・・・いや、なんでもない」と言って、歩き出した
「すまなかったな、いろいろ・・・心配をかけた」
寝室でエドガーは女官と話しをしている
「あまり無理はなさらないでください、お体に悪いですから」
「そうするよ、なんだか眩暈(めまい)がする」
「明日も早いのでしょう?ゆっくり休んでください。それとマッシュ様がとても心配してましたわ」
「ああ、そのようだな」
女官は部屋を出ようとして
「エドガー様、それでは」
「ごくろうだったな」
パタン 部屋のドアが閉まる
女官が出て行ったのと同時にエドガーは上体を起こし
書類の一枚に目を通す
「ふう・・・、今日はやめとこう」
視界がぼんやりしたのか、彼は眠りについたようだ
☆★★☆
「よし、城の者たちは城内に待機だ」
今日のフィガロは晴天で真夏である
気温30℃をゆうに超える一日だった
フィガロ城がコーリンゲンの村の方にくるのだ
フィガロ城は砂漠を潜り山脈をも越えて移動できる
城が浮上したその時
ゴゴゴゴゴゴ
「ねえ、何かゆれなかった?」
「あっ、そうか。今日はフィガロが来るんだよ。エドガーとマッシュが・・・」
コーリンゲンに住むロックは二人のよき仲間だった。
彼と一緒に住むセリスも同じである
「ここに来てくれるかしら」
「あいつら、きっと飲みに来るぞ。酒持ってこないかな」
「いつも酔ってるのはロックだけでしょ?」
トントン ドアを誰かが叩いている。ロックにはすぐに二人だと分かった
「開いてるぜ。入れよ」
「久しぶりだな。相変わらず変わってない」
「エドガー、その髪、切れよ。うっとーしそうだしな」
「何を言うか!これは大切な髪だぞ」
「ったく・・・お前の性格上言うと思ったけどな」
二人はそんな会話のやりとりに飽きなかった
そこへ、かけてきたマッシュが
「おっ?ロック久しぶりだな」
「マッシュ!」
「兄貴、作業は終わったぜ。ついでに酒を持ってきた」
「マッシュ、お前は気が利くな」
ロックは二人を家の中へ入れて、着替えてくると言って二階へ行った
セリスが棚の中から猪口(ちょこ)を4つ取り出してきた
二人が少々やつれているように見えた
「セリス、随分また美しくなったな。特にその金の髪が川のようになびいているよ」
「ふふ・・。私を口説くのはだめだからね」
「分かってる。二人の邪魔はしないさ、ロックとの約束だしな」
「案外するかもね、気をつけたほうがいいよ」
「マッシュ!」
セリスは苦笑した
(たしかに、もうしてるじゃない)
二階からロックが
「さあ、酒だ酒だ。」
と言って降りてきた
「マッシュ、例の酒も持ってきたのか?」
小声でエドガーが言った
「これは俺と兄貴の作戦だぜ、絶対に引っ掛かるさ」
マッシュはかなりやる気満々だ
「じゃ、『フィガロの酒』でも味わってくれよ、ロック君」
「これ、うまいんだよな」
ロックはグラス一杯に酒を注ぎ、一気に飲む。舌がなんだか感電したようにヒリヒリした
「ん・・・?こ、こ・・れ・・・は」
『フィガロの酒』には二種類ある
ひとつは、珍品で味が上品な酒
もう1つはさきほどロックが飲んだモノで
コープスというモンスターが好んで飲む酒だ
それにも気づかず飲み干してしまい、あっという間に寝込んでしまった
「いいの?眠らせちゃって」
セリスがマッシュを見て言った。セリスも自分でいいかげんである
「ちょっとやりすぎたな。ちゃんと起きるから大丈夫だけど」
「まあ、これでゆっくりのめるよ」
エドガーである
「おいしいわ、こんなお酒初めて」
「フィガロの中でも幻の酒といわれるほどでね。『オアシス』と言うんだ」
二十歳になったセリスは初めて酒を口にした
この季節なので冷酒だが、かなり気に入った様子だ
エドガーが少しずつ猪口に注いでやった
飲んでいる姿に、多少顔を赤らめた
「それで、仕事は進んでるの?ロックが言うにはかなりたまっているみたいだけど」
「まあ、嘘ではないな。あと半分くらい残っている」
「手伝おうか?」
セリスのそんな優しさ溢れる言葉に、エドガーは微笑み返す
「お言葉ありがたいけど、せっかくの顔が台無しになるぞ」
「どうして?」
「寝れないぞ、レディは全てが大事だからな」
(ああ、それでやつれてたのね)
今はっきりと分かった
「ねえ、突然だけど・・・二人って小さいころどんなことしてたの?」
二人はドキッとしてお互い顔を見合わせて
「恥ずかしいんだよ。兄貴は特に・・・」
先にマッシュが口を出した
「マッシュ。言わないでくれないか?思い出したくないから」
セリスは意外な答えに戸惑ってしまった
「ごめんなさい」
「いいんだよ・・・」
「マッシュ・・・さっきから変よ。顔が赤い。ひょっとして酔った?」
「・・・・ん?いや・・・なんでもない。ちょっと・・・外へ出るよ」
マッシュは外へ出て行ってしまった
「どうしたのかしら?」
「ん?まさか」
そこに、エドガーも立ち上がって外へ出て行った
「・・・大丈夫か?」
マッシュの横に立っていたエドガーが言った
「・・・兄貴、大丈夫だ。ちょっとクラクラするけど」
「まずいな。とりあえずロックとセリスに言ってから、城に戻ろう。薬を飲んだほうがいいな」
そこに、セリスがロックを起こして外に出てきた
セリスは二人の異変に気づいたようだ。駆け寄って
「マッシュ?」
「大丈夫だ。いつものやつだよ。悪いが今から城に帰るとするよ。
ひきだしたらなかなかおさまらないからな、マッシュのは」
「気をつけろよ。途中でぶっ倒れたら・・・」
「私が支えるからな。安心だろ?」
「そうね」
エドガーはマッシュを手で支えながら歩き出した
マッシュに疲れが見え始めていた
かなりの汗をかいている
「すまなかったな、途中で・・・」
「気にするなよ。マッシュ、早く治せよ」
「ああ、ありが・・・とう」
エドガーはマッシュを支えながら城へ向かって行った
「・・・兄・・貴?」
「うん?どうした?マッシュ」
「・・・ごめん・・迷惑かけちゃって」
「気にするなよ、私がしたことだからな」
「兄貴・・・気にしてるのか?・・・」
「・・・・・」
夕日が二人を赤色に染める・・・
小さく湖に写る二つの身体が今にも消えそうであった
ただ天を飛ぶ鳥が悲しく鳴いているだけだった
☆★★☆
寝室で寝ているマッシュは静かに目を開けた
城に帰る途中に気を失っていたらしい
辺りには静かな空気が漂っていた
隅に、部屋から外を見渡しているエドガーがいた
「ん?起きたのか?」
気づいたエドガーは、マッシュの方に駆け寄ってきた
「兄貴・・・俺何してたんだ?」
「帰る途中に気を失ってただけだ」
「そうだったのか。」
「もうすぐしたら薬師が来るから」
エドガーが部屋のドアを開けて出ようとしたので
「兄貴・・・どこ行くんだ?」
「まだ仕事が残ってるしな。書類を取りに行くよ」
「兄貴」
「すぐ戻るよ」
パタン ドアの閉まる音がした
マッシュは無理やり上体を起こし、右の壁を見た。その瞬間
ドカッ
マッシュの拳が出ていた
威力は弱いものの、その拳は壁を裂いたかのようだった
「・・・・・」
そのままマッシュは座り込んでしまった
自分の胸をみつめたまま・・・
コンコン ドアを叩く音がした
マッシュはとりあえず
「入ってくれ」
と言い部屋に招きいれた
来たのは二人の女の薬師だった
「お薬をお持ちいたしました。お体のほうはどうですか?」
「すまないね。まだちょっと気分が・・・」
「そうですか。それではこのお薬もいっしょにお飲みください」
「ごくろうだったな、さがってよいぞ」
薬師たちが出て行った
マッシュは手渡された薬を飲み、ベッドに腰をおろした
窓から外をみると月が黄金色に輝いている
マッシュの視線は月に魅了されたかのように目が入って離れない
マッシュの心の渇きを潤してくれる
(俺、本当になにやってんだ?)
なんとか月から目を離すと
「ん?何だこれ」
次に目をつけたのは、テーブルの上にある一冊の本だった
所々色が薄くなっていて、字がはっきり見えない
マッシュは本を手に持ってきてパラパラとページをめくった
表を見ると古代文字で題が書いてあった
「・・・?」
古びて字すら読めなかった
「おお!それは先祖のフランクリン様が書かれた本ですね」
部屋に入ってきたのはイロール兵隊長だった
その姿は気高く、まさに『美』そのものだった
「あっ、も、申し訳ありません。合図もなしに入ってしまいました」
「い、いや、気にしないでくれ。それよりこの本は・・・お前が読んでいるのか?」
戸惑いながらも何とか言葉を返すマッシュに、イロール兵隊長は
「いえ、エドガー様が持ち歩いているようで」
「え・・・?」
「その本を読んでいるお姿をよく見かけますが」
たしかに・・・考えることでもない
幼少の時から本にはこだわりのあったエドガ―だからだろうか
だが、マッシュには少々刺激があったようだ
手に取ると、いかにも破けそうなくらい脆いこの本を
兄は大事にしているのか、この・・・本を
「ところでマッシュ様、お体の方はよろしいのですか?」
「え・・・?ああ、薬を飲んだから大丈夫」
「油断禁物ですよ、気をつけて下さい」
「ありがとう」
「それでは、失礼しました」
イロール兵隊長が出て行くと、マッシュはベッドに横たわった
本をテーブルの上に置き、じっと見つめる
天使の絵が描かれたその本から、マッシュに何かが伝わる
「なんだろう・・・この感じ・・妙になつかしい」
一瞬冬眠状態になったが、それも束の間
「入っていいか?」
エドガーの温かい声がしてはっと目が覚めた
左手には仕事残りの書類を持っていた
ひとまず書類を置き、椅子に座るエドガー
二人の蒼い瞳が見つめ合う
「薬飲んだか?・・・まだ・・熱があるみたいだな」
「・・・・・」
視線をそらすマッシュ
冷たい風がどこからか入ってきた
そのまま二人の傍を通り過ぎた
心が・・・落ち着かないマッシュをエドガーが
支えるかのように手を握った
「あの・・さあ」
マッシュがようやく震えた口を開いた
「そこに置いてある本さあ、兄貴が読んでたの?」
「ああ、最初は読む気はなかったけどね、不思議と心が引かれて・・・」
エドガーが静かに目を閉じた
奥底の蒼い瞳を心の中に隠したかのようであった
「ねえ・・・、どんな話なの?」
「そうだな、とりあえず一通り読んだけど・・・、こんな感じだな」
エドガーは再び、閉じていた蒼の瞳を出し、そらを向いて語り始めた
※
「キャロルという名の少女がいて、たしか・・・、孤児だったとあった
キャロルは嫌われ者でさ、いたずらばかりしてたんだ。三人組の少年達に・・・
自分の存在とか、いろいろ認めてもらいたくてしてたとか
それである日、キャロルが狩りをしていたら、男の人が倒れてたんだ
キャロルは、とりあえずほうっておくわけにはいかないから、診療所に運んだんだ
そしたらその男はキャロルに、自分を雇ってくれと言ってね
だけどキャロルは別に物売りじゃないし、雇ったところで何もすることはないと断った
それで終わればよかったんだけど、男がキャロルの後を追うようになったんだ」
「どうして?」
「いわゆる『恩返し』だね。ためになりかったんだ」
「なるほど・・・、それでどうなったんだ?」
「後を追った男が見たものは、キャロルがいたずらされているところだったんだ
キャロルが逆に仕返しされたんだ。いつもいじめてる三人組に・・・。
仕返しというのは、キャロルを橋から落とすことだったんだけど
案の定、踏み板をはずして落ちたんだ。下に真ッ逆さまに・・・」
「死んじゃったの?」
「いや、ここがびっくりで。一部始終を見ていた男の人が
天に向かって両手を掲げて・・・・・・叫んだんだ!
『私の自由の女神よ・・・あの子を助けてくれ』
バカバカしいことかもしれないけどさ、助かったんだよ
男の背中に・・天使の羽が生えて・・・
少女を受け止めて地面に足が立った時、羽はなくなった
その時にキャロルは、その男が天から罰を受けた天使だって分かってさ
自分の恩人のために、何とか店を開いて雇うことにしたんだ
そのうちに罪も無くなることを信じて男は一生懸命働いた
半年経ったころ、男の体が光り始めて・・・銀色の羽が生えたんだ
その男はキャロルに微笑んで銀のロザリオを首にかけた
『大空を駆け巡るといい。君にはそれがお似合いだよ』
それから男は二度と現れなかったらしいけど、その後は字がかすれて読めなかった」
「その話は実際にはないよね?」
「ああ、フィクションってやつだな。実際に天使がいたら怖いよ」
「そうだよな・・・痛っ」
「どうした?」
「ああ、例の傷さ。まだ残ってんだよなあ」
以前にケフカと戦った時の爪の傷が、まだ残っていた
あれから気にとめていなかったのだが、記憶が多少よみがえったようだ
それを気にせず、エドガーが左手を額に当てる。まだ熱かった
先ほどの冷たい風がまだ彷徨っている
「もう寝たほうがいい。悪化したら大変だよ」
エドガーが立ち上がって寝室から出ようとしたので
とっさにマッシュは
「なあ兄貴、答えてくれないか?」
「うん?俺が何に答えるんだ?」
あまりにもあっさりしているので、とぼけているのか
「あれ?忘れたのか?さっき・・・・聞かなかったっけ」
「帰りに言ってたヤツか」
本当は思い出したくないのだろう
自分に関わることなのだから
「正直に言うさ。思い出すと自分が憎くなる」
エドガーは手に拳を作り、今にも自分を殴ろうとしていた
「どうして、俺が生まれたんだろうって」
「やめてくれよ!」
悲しみの声が辺りに散らばる
「俺は・・・俺は兄貴に・・・・そう思って欲しくないんだよ」
マッシュの瞳からダイヤモンドのように輝いた水がおちていた
すくおうともしなかった
エドガーは我慢しきれず、マッシュを抱きしめた
「マッシュ・・・ごめん。でも俺は本当は生まれなかったはずなんだ
いや、自分の存在すらなかったはずだ
なのに突然できた俺が・・・俺が、マッシュからカラダを奪ったんだ
こんなことがあっていいのか?」
「兄貴、俺にはどんな気持ちなのか分からない
だけど、これだけは言わせてくれよ
俺は兄貴がいなきゃ・・・生きていなかったさ
理由は簡単
俺たちは・・・二人で一つだからだ
二人いなきゃ意味ないぜ」
「マッシュ・・・」
エドガーはさらに強く抱きしめた
今度はエドガーからダイヤモンドの水が流れていた
「生きよう。体が・・・・朽ち果てるまで」
「約束だよ・・・、マッシュ」
2
朝日が差し込んでくる
太陽の光に包まれて、エドガーは目を覚ました
ベッドから起きて歩き出すと、女官が気づいたらしく、歩み寄ってくる
「おはようございます。エドガー様」
「おはよう。静かだな・・・、みんな起きていないのか?」
「ただいま七時です。みなさんは、支度で忙しいそうで」
「そうか・・・」
寝起きのエドガーは、まだ頭が働いていない
夏の風がいつも起こしてくれるのだが、あいにく今日はやってこない
窓に耳を傾けると、チョコボの声が威勢良く聞こえる
エドガーには叩き起こされたように思えた
ひとまず、しぶしぶと身支度をする
片隅に置いていたロイヤルクラウンを持ち、寝室を出た
エドガ―の目の前は、黄金の砂漠で埋めつくされていた
嵐があったわけでもないのに、砂は地平線上に並んでいる
穏やかな日差しが、エドガーの眼中に入ってきた
(今日はいい天気になりそうだな)
兵士達にあいさつを交わしながら、マッシュのいる寝室を目指した
昨日の本を置いてきたので取りに行こうと思ったのだ
寝室が閉まっていたので、ドアを叩き
「起きてるか?」
・・・・返事がない・・
しかたなしにエドガーはこっそりとドアを開ける。と
そこには・・・笑いながら寝ているマッシュがいた
(寝てるのか・・・)
ここは・・・二人だけのオアシス
二人だけの場所なのかもしれない
エドガーの心の器に水を満たしてくれた。澄み切った世界が広がる
「起こしちゃまずいな」
エドガーは気分を取り戻して、足音を立てずに出る、が
「兄貴・・・・・?そこに・・・いるの?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、うっすらと見えたから・・・いるのかなって」
「・・・・」
・・・二人の間に沈黙が走る
言葉が出なくなってしまった
糸口を見つけようと何とかマッシュは口を開いた
「今日は・・・どうするの?」
それにまごつきながらもエドガーは言葉を返す
「ナルシェへ行くよ、長老に話があってね。チョコボを一匹連れて行く」
「気をつけてよ、昔の・・・俺みたいにならないようにね」
「マッシュ、私は絶対に落ちないからな。お前は行いが悪かったから落ちたんじゃないのか?」
「そりゃひどいよ・・・兄貴」
「ははは、冗談だって、気にするなよ」
昨日の事も全て忘れようとしていた
一夜経って一回り立派に見える兄を蒼の瞳で見つめた
(ああ、兄貴は燃えているんだな)
「そうだ、この本、よんでも・・・いいか?」
「ん?ああ、かまわないよ」
エドガーが一歩を踏み出し
「じゃあな、お前はゆっくりしてろよ」
「ああ、気をつけて」
エドガーが部屋のドアを開けた、その時
エドガーの視界は暗黒に染まる
空間が張り裂けて、身も心も破壊されたかのように
「く・・・・」
その場で膝をついた
手に持っていたロイヤルクラウンが音を立てる
神が固まる・・・・。血が止まる・・・・
体を流れていた時間が止まる
「兄貴?どうしたんだよ・・・しっかりしてくれよ!」
よろつきながらも立ち上がり、懸命に兄の身体をゆするマッシュ
「どうしたら・・・」
うろたえるしかなかった。どうしようもなかったのだ、だが
「ハッ・・・」
エドガーは目を全開に開き、懸命に息をしていた
身体の中に時間が流れだした
「何だ・・・?今の感じは・・・何か・・・嫌な予感がする・・・・・・」
「え・・・・?」
エドガーの身体はまだ身震いしている
監獄にいるような気分を味わったのだ
マッシュにも、エドガーから思いが伝わる
「兄貴・・・休んだ方がいい」
「・・・・」
「あ・・・兄貴?」
言葉を出せない・・・
膝をついたまま動けないでいるエドガ―
マッシュは部屋を出て、とにかく近くにいる者を呼ぼうとした
幸い近くを通っていた兵士が気づいてくれて、エドガーは寝室に運ばれた
「いったい何があったんですか?」
駆けつけた神官長が大臣に強引に問おうとしていた
「わかりません、エドガ―様自身もよくわからないとおっしゃってますので」
「そんなこと言って、もしエドガーの身に何かあったらどうするおつもりですか!?」
「ばあや!もうやめてくれ」
部屋中にエドガーの怒鳴る声が広がった
誰にも迷惑をかけたくないのだろう。自分が種をまいたのだから・・・
「私は今からナルシェに行く。ロックとは連絡は取れたのか?」
「はい。しかし・・・そのお体では・・・」
「かまわない、動かないよりはマシだ」
エドガーはベッドから上体を起こして、ひとまず近くの椅子に座った
「ありゃりゃ、お前何してんだよ」
そこへ駆けつけたのは、威勢のいいロックだった
バンダナをきっちりと巻いている。ロックのトレードマークだ
ロックはエドガ―に手を差し伸べて
「ナルシェへ行くんだろ?ヘマしないように見張ってやるよ」
「ふ・・・お前もなかなか気が利くじゃないか」
「お前とは長い付き合いじゃないか」
「すまない、チョコボを二羽用意してくれ」
「わかりました!早急に」
ロックとエドガーは城の外に出て、チョコボに乗った
ロックがチョコボを発進させた
「行くぜ、エドガー」
それに続いてエドガーが手綱を引っ張る
「いいですか?くれぐれも無理はしないで下さい」
「分かってる、それからマッシュのこと、たのむぞ」
チョコボが足並みをそろえて走り出した
フィガロ城がだんだん小さくなる
砂漠を越えて寒帯のナルシェを目指す
四十キロとない道のりだが、時間が長く感じられた
「お前どうしたんだ?さっきから・・・」
ロックにはエドガーがあまりにもおかしかったので聞いたのだ
「・・・さっき・・急に感覚がなくなって・・・その・・・はっきり言うと・・・怖かった」
「はあ?」
「おかしいよな・・・私が・・・どうかしているのかもしれない」
あいまいな言葉を交わす
時々涼風が癒してくれたが、エドガーには物足りなかったようだ
「気になるんだ・・・、何か暗示しているような・・・」
「まあ、悪いことは忘れろよ、お前には似合わねえ」
「そうだよな」
オアシスの輝きが見えた
太陽が降り注ぎ、道を示してくれた
森も・・・大地も・・・
小鳥のさえずりも・・・・・
今のエドガーには自分を取り戻す余裕があった
(今は・・・忘れよう。余計なものは)
3
炭鉱都市ナルシェ
未だに古びた町並みではあるが、活発な動きを見せている
最近ではフィガロからの物資が多量に届くようになり、機械を優先的に取り入れていた
職人達が腕を揮う場所としても発展したのだ
外見に寄らないが・・・
日が西に傾きはじめたころ、ロックとエドガーはナルシェに着いた
チョコボを停留場に止めて、長老の家を訪ねた
「おーい、じいさん、ロックだぜ」
「うん?鍵が閉まっているな・・・」
ロックが乱暴にドアをゆする
人々の注目の的になってしまった
「ロック、とりあえずここを離れるぞ」
「馬鹿言え、ここで諦めたらこの俺のプライドに傷がつく」
「お前、この状況で言えるセリフか?」
人々の疑いの視線がとんでくる
「しかたないな・・・聞いてみるか」
エドガーはしぶしぶあたりの人に聞いた
「すまないが、長老はどこにいるんだ?」
問いだしたのはいいが、訪ねた二人の男がひざまずいている
「お、おい・・・見ろよ・・・あの冠!」
「そ、それは・・・ロイヤルクラウン!フィガロ国王のエドガー様ですね」
「ああ、長老にお会いしたいのだが・・・」
二人の男は起立して、敬礼をした
「長老様は谷の方にいますが・・・お呼びしましょうか?」
「いや、自分の足で行くよ。ありがとう」
エドガーはロックをなんとか引っ張って行こうとしたがドアから離れない
「ロック、谷へ行くぞ」
「なんでだよ!」
「長老は谷にいるそうだ、直接会いに行くぞ」
「なんだって?それを早く言えよ」
ロックは手を放して、その場から
ジャンプ!
「エドガー、行くぜ」
「まったく・・・」
足取りが軽いロックに対して、エドガーは重かった
(やはり・・・何か胸騒ぎがする・・・)
心のなかにしまった思いが、再びよみがえる
一歩一歩を踏み出すと、鉛のように重くなっていった
☆★★☆
日が傾きはじめたころのフィガロ城
イロール兵隊長が兵士に指導しているころだ
「ちがーう、もっと足を踏み込め」
どうやら、機械の練習をしているらしい
刃物は不器用に扱うと、大変危険なものである
ましてや、機械でも同じ事と言えるのだ
「盛り上がってるね」
寝室で寝ているマッシュは神官長と二人きりだった
「マッシュ・・・」
俯いて黙っていた神官長が口を開いた
「なあに?・・・ばあや」
「十一年前、マッシュが本気でここを出て行った時、私にはね
どんな気持ちなのかわからなかったよ
あの時は、私はどうすればいいのかわからなかった」
「いいんだよ、俺は・・・あの時は自由を手にしたけど
結局・・・兄貴に頼ってたんだ・・・ずっと
親父から貰った・・・形見のコインは・・・両方表だった
俺は兄貴に重荷をのせたんだ
兄貴は・・・・俺を逃がすつもりで仕組んだんだろうな、と思った
だから・・・今こうしてここにいるのも・・・」
「分かっているわ、『決めるのはあなたの自由』だもの。私は何も言わないわ」
「どうして・・・?」
「あなたが取った自由でしょ?人の自由に愚痴口言う権利はないわ」
マッシュは髪をかきあげ、そらを向いた
光が・・・目に入ってきた
夢でも見ているのだろうか・・・体が浮いているようだった
一時の夢であった
変わらぬ景色が、眼前に戻ってきた
「そういえば、兄貴は・・・・ナルシェへ行ったの?」
「そうですよ、あんなことがあったばかりなのに・・・」
「ばあや・・・兄貴がどういうヒトか・・・分かるだろ?止めろといっても・・・無理だよ」
「そうだけど・・・」
「それに・・・ああやって行動している方が・・・兄貴らしいしね」
わかりきっていることだ
「失礼します。神官長、怪我人がでたんです。手伝ってもらえないでしょうか?」
先ほどまで、外で威勢良く声を出していたイロール兵隊長が、今度は部屋に入ってきた
「マッシュ、ちょっと・・・せきをはずしてもいいかしら?」
「かまわないよ」
神官長はイロール兵隊長と共に出て行った
辺りが静かになったので、物寂しい感じがする
ガシャーン
テーブルに飾られた薔薇が音もなく舞い、花瓶の音だけが激しくうなる
「え・・・・?ビ、ビックリした」
心の蔵に緊張が走る
マッシュは息を呑んだ
とりあえず、気を取り直そうと深呼吸する
息を思い切り吸った・・・目を閉じる
次に息を吐いた・・・目をかすかに開ける・・・と
暗・・・い
「ん?・・・なんだ・・ここは」
それは、一人ぼっちの孤独の世界なのか
天国なのか、地獄なのか定かではなかった
ただ、今マッシュがいるところは、暗く、漆黒の世界だった
「俺は何してんだ?」
暗闇にただ一人放浪するマッシュ
「とりあえず、ここから出ないと・・・でも、どうやって出るんだ?」
宛てもなく、とりあえず歩いてみる
黒の地を歩くのはなんとも奇妙極まりない
歩いている感覚さえ感じられない
これでは宙に舞う操り人形だ
「ん?誰か・・・いる」
目を凝らしてじっと見る
後ろの青いマントと、金の髪の長さで確信した
「兄貴!」
懸命に走る。熱は完全に下がってないのに・・・我を忘れて追いつこうとした・・・が
どんなに懸命に走っても、追いつこうとしても、手を伸ばしても
エドガーには届かない
本当に走っているだけの操り人形だ
「兄貴・・・待ってくれよ。ここは・・・どこなんだい?」
息が切れながらも、問いかけた
「ここは・・・」
エドガーは振り向いた・・・いや、エドガーではなかった
「ワタシの世界だよ」
ケフカだ
「ワタシの世界へ・・・ようこそ」
辺りがなんだか生臭い
足元をよく見ると、地面が深紅に染まっている
「これは・・・まさか・・・」
そう、血の色だった
さらによく見ると、上から滴り落ちている
まっしゅはそっと上を向くと
「う、うわあ」
マッシュの視界に映ったものは、十字架に張り付けられたエドガーだった
身体は青く、あちこちに傷跡がある
マッシュは身動きができなくなった
麻痺して動けない
変わり果てた兄の姿に絶句した
「ウ・・・ソ・・・だろ?兄貴は・・・ナルシェにいるはずだ」
その場で膝をついた
力が入らない
「嘘じゃないよ。ヒヒヒ」
ケフカの笑いがこだまする
「でも、さすがにやばかったね
お前達に、神と化した私がやられるなんてねえ
つけといてよかったな
お前に傷をね・・・」
「そうか・・・この傷に・・・」
「ヒヒヒ―――ッ、そうそう、私の成分がくっついてるからねえ」
「くそ・・・お前のせいで、兄貴が・・・、ゆるさない・・・ゆるさないぞ、ケフカ!」
マッシュの拳がケフカに飛びかかった
しかし、手ごたえがない
「無駄だよ、私は、実体じゃないからねえ」
金の翼を広げ、高々と舞い上がるケフカに、マッシュは手が出せない
「お前は、餌食になるんだぁ――――――」
ケフカの赤く鋭い爪が、一瞬にして眼前に来る・・・・
マッシュは音も立てずに、心臓をエグリ取られた
そのまま、静かによろめいて、倒れていった
薔薇の色と同じ血が、あたりにこぼれ落ちる
闇に染まった漆黒の世界が、今度は、深紅の世界に変わった
赤々と滴り落ちる液体が、水のように流れていった
どこまでも
「そう、私ではなく、お前の兄の餌食になぁ―――――」
☆★★☆
「おい、どうなってんだあ?予定とは全然違うじゃんかよ」
「仕方ないだろ。炭鉱だけあって、モンスターもよくでてくる」
「この状態では、まずいぜ」
谷を目ざしていたエドガーとロックは、すっかりモンスターに囲まれていた
「邪魔だぜ、お前」
とっさにロックが、空いている隙間に入って、持っていたお手製のホークアイで殴りつけた
金属の音が広がる
「ロック!後ろ」
エドガーが、オートボウガンで応戦した
矢が無数に飛び、モンスターもかなりひるんだようだ
既に百匹以上のモンスターに出くわしている
体力も限界ギリギリだ
「しっかし、よくこんだけいるもんだ」
どうもロックはご機嫌斜めのようである
トレジャーハンターが戦いを好むのではなく、単なる内密作業に向いているせいだろうか
特別宝があるわけでもないし
ロックには、避けたいという気持ちがあるのだろう
足の手前にある石を前方へ蹴ろうとして、ふと下を見る
どうもおかしい。自分の影が大きく見える
錯覚だろうかと疑って目を擦ってみる
その影は三メートルは余裕で超えていた
「何だ?」
ロックが振り向くと、獰猛なキングべヒーモスのからだがあった
「マジかよ!」
必死で逃げるロックを、大足で追いかけてくる
足を踏み出すたびに、地面が揺れる
「ロック、逃げろ」
エドガーは肩にかけていたゴールデンスピアで足をねらった
キングベヒーモスは足払いに、引っ掛かって転んだ
苦痛の声が響く
「今のうちに逃げるぞ」
この辺り一帯は一方通行
とにかく道を塞ぐしかない
とっさに考え出したのは、エドガーの持っていたオートボウガン
「こいつを、縄で縛って・・・・」
「何してんだ?」
「おとりだよ、縄を引っ張ると金具につないであるオートボウガンが発射するんだ」
「仕掛けるわけか、たいしたもんだ」
穴の出口付近に仕掛けて懸命に走り続けた
息が続かなくなってきた。足がもたない
なんとか谷に着いたが・・・肝心の長老が見当たらない
「コラーッ、長老、どこにいるんだ?」
すでにブチ切れのロックに余裕はなかった
エドガーはというと、腰をおろして一休み
「お前も探せよ!」
「さっきから、声がでかい。モンスターに見つかるぞ」
「しかし何だ?これだけ探してるのに、どこにいるんだよ」
「誰かね?」
老いた弱々しい声がした
一人の老人が杖を突いて歩み寄ってくる
「長老!探しましたよ」
「おお、エドガー様、よくぞいらっしゃいました」
「よっ、久しぶり」
「相変わらずじゃな、ロックは・・・泥棒生活か?」
「トレジャーハンターだってば」
表情を変えずにエドガーが前へ踊り出た
ロイヤルクラウンがほのかに美しく見える
「長老、これ、例の調査書だ。またいつでもいいから提出してくれ」
「分かりました、つかいの者に」
新鮮な空気に当たっていたロックが、長老に近づいて
「ちょっと、しんどいな」
「そうですな、ひとまず、私の家へ行きましょう。近道もありますので」
裏口から谷までいけるその道は、穴があったりして危険だが
時間はかなり短縮できる
ナルシェにはそんないりこんだ道がいくつもあるのだ
「ひとまず、ここで休んでください」
「ありがとう、すまないね」
エドガーは軽くお辞儀をして、椅子に座り込んだ
「これで、調査書が全部そろうな」
ドンドン
乱暴にドアを叩いている
「誰じゃ」
「こ、こちらに、フィガロ国王エドガー様は、いらっしゃいますか?」
フィガロの兵士が、なにやら忙しそうに尋ねてきた
「どうした?」
「エ、エドガー様、大変です。マッシュ様が・・・」
「マッシュに・・・何かあったのか?」
「とにかく、城にお戻りください、マッシュ様がたいへんなのです」
「・・・・」
「おいエドガー、どうしたんだよ?」
エドガーはロックの言葉に耳も向けずに、外へ駆け出した
チョコボにまたがり、おもいっきり鞭を叩く
周りを気にする余裕もなかった
自分の身だしなみも、髪も乱れたまま、とにかく今は城に戻ることしか頭にはなかった
(さっきから、胸騒ぎがしていたが・・・まさか)
思いたくもなかった
エドガーの中の心ががゆれ動いていた
今にもこぼれそうなところを、懸命にすくい上げていた
4
チョコボをとばしたので、フィガロまで大した時間はかからなかった
城の入り口には兵士も、人影もなかった
一人だけの空間だった
「誰かいないのか?」
エドガーの声に図書室よりに立っていた兵士が気づいた
「エドガ―様」
「マッシュはどこにいるんだ?」
「寝室の方に・・・ですが」
兵士は戸惑った様子で答えた
それにも気を向けず、エドガ―は寝室へ走っていった
(マッシュ・・・)
人がはげしくなってきた
先ほどまでの空間とは、全く想像がつかない
「どいてくれ」
人を払いのけながら、何とか寝室にはいることができた
部屋にはわずかな人しかいなかった
辺りは沈黙が続いている
「マッシュ!」
「エドガー!ダメ・・・今は」
「ばあや、何があったんだ?」
必死で通ろうとしても、神官長がそれを許さなかった
エドガ―の瞳は光を失っていた
だが、エドガ―は、今にも崩れそうな心を必死で支えて
ついに、・・・神官長を払いのけた
「マッシュ・・・・え・・・?」
そこには、マッシュの横たわった姿があった
身体は真っ赤に染められ、動きもしなかった
「そんな・・・そんな馬鹿な。みんな・・・嘘だと言ってくれよ」
空間が張り裂ける。まるで・・・自分の体が溶けてしまいそうだ
エドガ―の中で、心が音を立てて崩れ去った
「マッシュ・・・・目を開けてくれよ・・・俺を・・・おいて行かないで・・・・」
言葉が切れる
水が溢れ出して、止まる気配がない
悲しみをすべて、マッシュにむけて
「オ・・・ネ・・ガ・・・・・イ・・・ア・・・ケ・・・・テ・・・」
力いっぱいマッシュを抱きしめ、こぼれる水を川のように流した
光を失い、すべてを絶望と変えられたエドガー
「しばらく、二人っきりにしましょう・・・」
神官長は、自分もここにいたいが、役には立たないと思い切っていた
「・・・・・」
言葉を失ってしまった
エドガーに、割れた心を治すことはできはしない
粉々に砕かれた破片は、すぐには戻らず、マッシュから離れずに・・・ずっとそばにいた
放浪状態が何日も続いた
自分より大切な弟が、握ろうとしてもいないのだから・・・
蒼い瞳は、何を見つけているのかも・・・どこを見ているのかも分からなかった
ロックとセリスが、花束を持ってやって来た
「エドガー?」
「ダメです。何を言っても、分かっていないようです。それに・・・ずっと離れないんです」
その判断も定かではないが、今はそう言うしかなかった
「おいおい、伝説のフィガロの兄貴が負け犬になってるぜ」
「ロック!」
その時、わずかにエドガーの口が動いた
「・・・誰・・・ダ・・・?」
「すっかり変わっちまったな。まあ俺の話を聞けよ」
ロックは相変わらずマイペースであった
「お前、マッシュがどうなったかは分かると思うけど・・・そいつは見た目だけって奴だ
マッシュは・・・魂を奪われたんだよ
お前の城の奴らに、いろいろ調べてもらってな
そしたら、どうやらケフカが原因だとよ
あいつ、マッシュに最後、傷をつけただろ?
そいつが、魂を奪ったんだ。マッシュが、傷をおさえてたままだったのも
ケフカに会ったんだよ」
「今の話、本当なのか?」
瞬間に固まった心が、エドガーの意志をハッキリさせた
「マッシュは・・・マッシュは、生きているんだ」
「やっぱお前はこうでないとな、俺も気失っちまう」
「ロック、調子に乗らないの」
セリスは、エドガーの手を握ってやった
柔らかい手つきがそっとエドガーにかかる
蒼の輝きを取り戻した
「しかし、奴がどこにいるのかも分からないのでは・・・」
「まあまあ、その続きでね」
セリスがロックに続いて語り始めた
「最近、コルツ山に新種のモンスターが出たらしいわ
大きな空洞から出入りしているとか」
「マッシュがいつも修行していたあの場所・・・」
「そうよ!そこにちがいないわ」
「よし、ケフカに蹴り入れに行こう!」
ロックがエドガーの背中を気合入れてバシッと叩いた
エドガーにかすかに、微笑が浮かんだ
(そうだ・・・。俺が足を引っ張ってどうするんだ)
エドガーが二人の手を強く握った
それは、堅く結ばれた友情の証だった
「あの日も、みんなで手を力一杯にぎりしめたな。すっかり忘れてた」
「ああ、誓い合ったよな。これで最後だって」
「でも、まだ終わっていないのね。今度こそ・・・終わりにしなきゃ」
三人は、それぞれ右手の拳を天へ向かい合わせた
一筋の光が見えた
大地は堂々と唸り、水は優しく流れ落ち
風は暖かく包み込む
それぞれ、思いを抱いて天に向かって声を飛ばした
「ケフカ、お前には絶対に蹴りを入れてやる!」
魂が熱く燃え上がるロック
「終わらせなきゃ!再び・・・戦いがよみがえらないように」
決心を堅く結ぶセリス
「マッシュ・・・、絶対に助けるからな、待ってろよ!」
絶望から希望へと導かれたエドガー
打倒ケフカを目指して、フィガロ城を後にした
☆★★☆
翌日、三人はサウスフィガロで宿をとった
エドガーが個室でなにやら呟いていたのを、セリスが立ち聞きしていた
「エドガー」
「うん?どうしたんだ、眠れないのか?」
「いよいよ明日ね」
当日前だけあって、不安で眠れなかった
相手はあのケフカなのだから、無事に帰ってこれるかも保証がついていない
「この部屋、覚えてるか?」
一見普通の個室である
テーブルの上には、あの本が置いてあった
他はベッドとランプと椅子が置いてあるだけの変哲もない部屋だ
「ジェフの部屋・・・だったわね」
そう、ここは元盗賊のジェフが使った部屋だった
ジェフといっても、エドガーの仮の名であっただけだが・・・
「さっき・・・同じことを言ったんだ。『・・・助けに行く・・・・待ってろよ・・・』って」
「あの時はエドガーは全然見向きもしなかったけど、必死だったの分かってたよ」
「そうなのか?」
「うーん、なんというかその、オーラみたいなのが伝わったの」
「ははは、それは本当に?」
「そりゃ、信じてもらえないわよね」
セリスは辺りを見てベッドに寝転がった
「添い寝しようか?眠れないんだろう?」
「やっぱりそのほうがエドガーらしくていいわ。レディファーストだから」
「答えは?イエス?ノー?」
「あいにく、ノーです」
「まあ、ノーと答えると思ってたけど・・・」
「全てお見通しなわけか」
「そういうこと。じゃ、ロックを探しに行こう」
鍵を厳重にかけて、水車小屋へ流れていった
ロックが水車小屋から見える星が好きなのを知ってて、きっとそこにいると思ったのだ
案の定、ロックは屋根から星を眺めていた
真っ暗な空に浮かんでいたのは『サザンクロス』だった
ここから見える『サザンクロス』はどの場所よりも、光り輝いて見えるのだ
「よう、こっちへ上ってこいよ」
階段から上った屋根上は少々高かった
生まれてはじめて見た『サザンクロス』に、セリスは見とれてしまった
青々しく輝くその光全てにに、景色を預けた
「二人に、言っておきたいことがあるんだ」
まじまじと空を見つめながら、エドガーが口を開いた
「なあに?」
「私と・・・マッシュのことだ」
「それなら、沢山聞いたじゃないか。お前とはよく飲んでたしな」
「ロック・・・、今からいうことはお前にも話していない事だ」
「何だって?」
一瞬セリスとロックの背がビクッと動いた
「出生の事なんだが」
エドガーがまじまじと二人を見つめた
ロックとセリスには、とても真剣な目つきに見えた
「私たちが、この世に生を受けた時、母上のお腹の中には、一つの生命しかなかったんだ」
「それってつまり」
「片方しか存在していなかったんだ
それがマッシュの生命だとわかったのは、生まれた時におできみたいなのがあったかららしい」
「じゃあ、エドガーは?」
「私は・・・」
瞬間に沈黙が走った
神が固まって、緊張している
「私は・・・存在していなかったんだ」
「え・・・?」
「私が生を受けたのは、マッシュが生を受けた日の三ヶ月後
突然変異でできたんだ
精子が二つ入ったわけでもないのに・・・
私が生を受けた時に
『二人ともお腹から出した方がいい、このままでは二人とも障害をもってしまう』
だが母上は、それを承知でしかも自分が犠牲になってまで・・・
私も、マッシュも、母上の記憶は一握りもない」
「お母さん、何か言ってた?」
「死ぬ間際に、『誰にも縛られないような自由を見つけろ』って言ってたと父上から聞いたが」
時は川のようにゆっくり流れ、個別の世界を生み出した
一滴の光をつかみかけた
それは、新たな道筋を作り出していた
「それでエドガーは、自由を見つけたの?」
セリス興味深々の様子である
「正直言って、私は本当の自由なんてわかってない
だけど私にとったら、健康なのが自由の証なのかもしれない
マッシュを見ていると、どうしてもそう思ってしまう」
「そういえば、マッシュは生まれつき病弱だと言ってたけど何か関係でもあるのか?」
「ロック!」
セリスがロックの口を手で押さえた
自分の言った言葉から、反省して
「ごめん」
「いや、いいんだ。私がそうさせたんだから」
遠慮がちになったが、なんとか声を前へ突き出した
「どういうことだ?」
「私が突然できたために、同じお腹の中にいたマッシュに負担をかけた
だから、マッシュが病弱なのもそのため
私がマッシュから健康を・・・いや、カラダを・・・もっと言えば、自由そのものを奪ってしまった
だから、マッシュに自由を握らせたくて
十一年前の王位の後継ぎを決める時に、コインを使って・・・自由にしたんだ」
「そうだったのか。十一年前というと、お前が十五の時か」
「そうだな、お前と知り合ったのはそれから五年後だ」
ありがちな会話に、エドガーの顔に笑顔が戻った
「二人ってどう知り合ったの?」
「あ、それはロックが酒場の娘に・・・・ムグッ」
「エ、エドガ―、それは勘弁してくれよ。お前も人のこと言えないだろう?」
今度はロックがエドガーの口をふさいだ
「わ、わがっだがら、でをはなぜ(わかったから、てをはなせ)」
「・・・・・?」
セリスは疑問形になっていた
だが、奥底まで知ろうという気にはならなかった
二人だけの領域があるんだと思うだけであった
逆に好都合だろうが・・・
そこに威勢良くエドガーが立ち上がって
「・・・・相手はケフカだ。どんなことがあってもおかしくはない
だけど、自分の中で決めたんだ
マッシュを、本当の自由に連れて行くって」
そして、ロックとセリスを見下げて
「絶対にあきらめない!体が朽ち果てるまで」
「そうよ、力の限り戦う!」
「生きて帰るぜ!」
夜の静けさが無くなった
不安を抱いていた者は癒され
足を大地にしっかりと立たせる
『これは、絶望ではない・・・・希望なのだ』と
5
サウスフィガロ北にあるコルツ山は、元はモンク僧の修行場だった
かつて、ダンカンの下にいたマッシュも、この場を借りていた
山頂付近に自分で修行小屋まで作っていたのだ
世界が崩壊してから、その修行小屋は壊れて放置したままだったが
再びマッシュが建て直して見事に綺麗になり、今でもマッシュが最も落ち着く場所であった
「この辺りのはずだが・・・」
翌日、三人は小屋を目指して上っていた
寝坊の多いロックが先頭
セリスが真ん中
エドガーは背後を気にしながら後ろを歩く
「ん?こんなところに、穴なんかあったか?」
先頭を歩いていたロックが大きな空洞を見つけた
高さ数十メートル、先は真っ暗で見えない
「ちょっと怖いけど・・・入ってみましょう。明かりがいるわね」
とりあえず、たいまつを作って中を照らした
見たところ、ただの土色をした壁ばかりだ
奥へ行くほど、色が濃くなっていく
出口の光が一点にしか見えなくなった。かすれていく・・・・
「真っ暗だな、セリス、エドガー、ちゃんといるよな?」
「いるわよ。剣で地面を叩いてるでしょ?」
足の踏み場を確認しながら歩くセリス
わりと地面はがっちりしていて、崩れる心配はなさそうだった
剣で突き刺す地の音がそう思わせたのだ
「エドガー、ちゃんといる?いたら何か言ってよ」
「ああ、いるけど・・・」
「何してるの?」
「目印代わりに矢を置いてるんだ。帰りに迷いたくないからね」
オートボウガンに装備されている矢を一本ずつ置いていった
鉄の落ちる音が響く
かなりの量を歩いたがさきは真っ暗
「?」
「・・・・あのさあ、今誰か何か言わなかったか?」
「何も言ってないけど・・・何か聞こえた?」
「おいおい、それなら先頭を歩いている俺がまず言うセリフだろーが」
たしかに・・・後ろを歩いているエドガーよりもロックが先に気づくはずだ
「・・・・うめき声が聞こえる・・・頭に・・・直接入ってきてる」
エドガーの中に声が響いている
どこか遠くの地から、何かを求めて・・・彷徨う魂の声がする
それは、セリスにもロックにも囁かなかった
「こういうのって、霊感とかに影響するのかな」
少なくとも、お惚けのロックにはありえない話だ
セリスならありえる。元魔導戦士だから・・・・
エドガーは女性の全てを追っかけてるから、そんなものいちいち気にしない
だが、今は確かに聞いているのだ
「お、明かりだ。終点か?」
たいまつの火を消して恐る恐る一歩を踏んだ
靴がすべる・・・よく見ると透明の地面だ
鏡合わせの間だろうか。自分の姿がはっきりと映っている
「綺麗・・・ガラスかな?」
「クリスタル(水晶)だと思う・・・よくできてるな」
ロックがなにやら必死に水晶を取っていた
「持って帰ったら、金になるかな」
「お前なあ、そういうのも泥棒なんだよ」
「じゃあ、トレジャーハンターにはありだよな。泥棒じゃないし・・・」
「勝手にしろ、私はそれが目的ではないのでね」
(わかってるさ)
ロックの考えていることは常にお金ではない
セリスのことも、ここにきた目的も承知の上である
「でも、うれしいよ」
片言で呟くエドガー
それは単なる『うれしい』ではなく二人への感謝の意味をこめる
他人を巻き込みたくない気持ちは人一倍強いエドガー
一国の王としてでは、当たり前かもしれない
国民の命をも支えなくてはならない身である
それは、マッシュに対しても同じなのだ
一人の国民だから・・・
双子の弟として見ずに、人として見るのだと言い聞かせてきた
別にそれは見下しているわけではない。兄と言われるのが嫌なだけだ
数分違いで先に生まれただけの自分が、兄だなんて・・・と
「しかし、何でこんな所にクリスタルが・・・」
「まだ奥に続いてる」
「とにかく進むしかないな」
☆★★☆
クリスタル
その一つ一つから放たれる光が、幻覚を起こさせようとする
輝きは、ダイヤモンドに劣らない
虹のように混じった色をして、七色以上の光を放っていた
周りが全てクリスタルでできている部屋がいくつも連なっていた
「あれ?行き止まりかな?ここで終わってる」
「壇上の上にでっかいクリスタルがあるぞ」
駆けて見ると、蒼い玉が揺らめいて閉じこもっている
クリスタルの中に・・・だ
「マッシュ!」
「あれが・・・?」
「俺にはわかる!マッシュだろ?今助ける!」
エドガーは必死にクリスタルを割ろうとしていた
ロックもそれに応じて、ホークアイで叩き割る
「ねえ、なんだか寒くない?」
セリスは腕を手でこすって防寒対策に気を配る
次第に寒さが増してきた
「ふ・・・吹雪?」
「そうだよ、私が起こしているんだから」
左右二枚ずつはえている金の翼を広げ、ふわりと音もなく着地する
「ケ・・・ケフカ!」
セリスが背を向くと既にケフカの轟々しい姿があった
眼前に手の平を持ってきて
「しつこい奴らだね、カスのくせに・・・眠ってしまえ」
手から放たれた光で、セリスはあっという間に眠りについた
その異変に気づいたロックが
「セリス!しっかりしろ!」
体を抱き起こして揺さぶる
まぶたをしっかり閉じて見開きもしない
声も届かない
「お前も邪魔だ!」
ケフカがロックの襟をつかんで、力一杯投げ捨てた
ロックの体はクリスタルと接触し
パリ―――ン
いくつものクリスタルにぶつかった
血がばらまかれる
「セリス!ロック!」
エドガーは二人を見ながらも、次にねらわれるのは自分しかいないと思う
ゴールデンスピアを胸元に構えた
(私がやるしかない、魔法が使えない今となっては回復もできないし・・・)
ケフカがエドガーの方に近寄ってくる
「さあ、エドガー、お前は特別だ。生かしてやる」
「・・・・?」
「私はお前を待っていた、時が来たんだ」
「どういうことだ?」
「お前は・・・・完全な形になる。そして誰にも束縛されない自由を手にできる
お前の中に眠る力を引き出せば・・・
そのためには・・・マッシュの力も必要だ」
「まさか、そのためにマッシュを・・・」
「マッシュと合体した時、お前は最高の力を手にできる
そのように私が仕組んだからな」
「・・・・え?」
「お前達が生まれる前に、母親の体内に血を混ぜたことで
お前達は双子として生まれた
一人は人間の血を持つマッシュ
もう一人人間の血に加えて私が入れた特殊な血を持つ者」
「それが、お前だ。エドガー」
「・・・馬鹿な、お前も小さかったじゃないか。そんな頃にできるはずがない
第一母上にどうやって入れさせたんだ?」
「私の父に申し出たさ。はっきり言うとあのティナと同じ操りの輪で操っていた
あの男はカスだよ。私をのけ者扱いしやがって
私を人として見なかったんだ
仕返ししたくて、操ってやった。『こいつはもう私だけの人形なんだ』ってな
そしてお前の母親を拉致して、試しに入れてみた
後でその実験が中止されたさ
予想以上の力が出たことが判明した
その血をお前の母親に入れる前に、ある男で試したら世界を破壊する程の力が出た
その男が処刑されて、血が無くなってしまったから
『私の計画がパアか』と思ったが・・・」
「私ができて、好都合だったということか?」
「察しがいいな。そのとおりだ
お前が生まれれば、またあの力が見れる
全てを超える最大の力が!」
ケフカの顔が歪んでいる
自分の欲望に取り付かれたように・・・
ただのアホにしか見えない
そんなものが隠されているなんて思うはずがない
おとぎ話の世界だ
だが、エドガーは考えざるをえなかった
突然変異で生まれた自分
ケフカに真実と思われることを語られ
今、エドガーは自分を見失うくらい混乱していた
「私は何者なんだ?」
この世で最大の問いである
アイデンティティ・・・・つまり自分は何なのかということ
考えるだけで、憎らしくなる言葉だ
誰もが答えられるこの問いに、今のエドガーは答えられないでいる
存在を拒否されたわけではない
むしろケフカは『エドガー』という生き物を欲しがっていたわけだから・・・
「私に・・・何をしろ・・・と?」
「お前の力があれば、この世界の支配者として君臨できる
何者にも負けないその力があれば」
自分の手の平を見て
「私はそんなものは欲しくない!
私がここへきたのは・・・弟を・・・『マッシュ・レーン・フィガロ』を救うため・・・
お前の言うことは、単なる欲望から出る言葉にすぎない
そんなものにはだまされない!」
崩れていた体勢を取り戻す
ゴールデンスピアをしっかりとあつく握る
ケフカに矛先を向けて
「お前だけは・・・絶対に許さない!友を傷つけ、弟を奪ったお前だけは・・・!」
「フン、まあいい。なら、私がお前の力を意地でも引きずり出してやる
その力さえ手に入れば、また神として支配できるんだ」
ケフカの足が動いた
視界に捕らえているエドガーを、まっしぐらに突き進む
マッシュを葬った時と同じ爪が飛びかかってくる
紅色の手を左右に振った
深紅の線
「こんなもの!」
エドガーはゴールデンスピアを垂直に立てて受け流す
ギイン
鈍った音がした
二人ともよろめいて体勢を整える
力と力のぶつかりあい
その中の境界線が、弦となってはじける
相反する光と闇
闇は光に照らされ、光は闇に飲み込まれる
その繰り返し
睨み合い、体力を削っていく
(まだだ・・・生きるんだ!体が・・・朽ち果てるまで・・・)
6
「ぅ・・・いたたた」
「ロック、気がついた?」
セリスが刺さっていたクリスタルを取り除いて、応急処置をする
ロックの視界はまだぼんやりしていた・・・が
頭の回転は冴えていた
「エドガーは?」
「なんだか、この下で音がするの。そこにいるかも・・・」
「行こう!相手はケフカだぜ。無事にいられるわけがない」
開いていた傷口を片方の手で抑えて走り出した
ぽっかり空いた穴に飛び込む
着地は成功したが、傷口から血が吹き出た
「イテ」
布で傷口を塞ぐ
セリスが穴から飛び込んできた
「ここ・・・」
先ほど通った大部屋と同じつくりだが・・・
クリスタルが散乱している
「あ、あああ・・・」
「セリス、どうしたんだ?」
「う、後ろ」
後ろと言われて振り向く
金の翼を抱えるケフカが立っていた
懸命に呼吸している
「し、しつこい奴・・・」
それは、ケフカが出したのではなかった
ケフカを睨み続けている男が言ったのだ
「エ、エドガー?」
「二人とも、大丈夫か?」
「う、うん・・・でも、その姿・・・どうしたの?」
男は・・・金髪ではなく、銀色の澄んだ色をしていた
鎧を捨てて、上半身は裸体だった
「わからないけど・・・こんな風になった
それより、二人とも早くここから出るんだ」
「・・・・・・・・?」
「もう、ここが崩れそうだ。早く脱出しないと、埋められてしまう」
「お前はどうするんだよ?」
「私は・・・逃げない。まだ終わってない。ケフカを倒さなくては」
「馬鹿言うな!お前が死ぬぞ!」
上の天井にヒビが入った
小さな破片が飛び散る
無数の弾が空気上を飛び、地に落ちていく
「エドガー!ロック!早く出ないと」
「分かってる!エドガー、今はそんな事言ってる場合か?
命が無くなってもいいのかよ」
「・・・・分かったよ。幸い、マッシュも助けたわけだしな」
ゴゴ―――――ン
ついに、天井に空が見えるほどの穴ができた
真昼の太陽の光が直接入ってくる
眩しい黄金の光
とにかく今は脱出しなければ、一つもを掴めやしない
オートボウガンの矢を頼りに、もと来た道を逆走する
「・・・・ん?」
ロックは何か聞き取った
素早く通り抜ける音が、道を狂わせる
「待て―――」
後ろからケフカが翼を広げて飛んでくる
追いついてくる。スピードはケフカの方が上だ
「この野郎!」
ロックは抱えていた袋をおもいっきり投げつける
集めたクリスタルが入った袋・・・盗むためだと勘違いしていたが・・・
クリスタルが飛び交う
刃となってケフカに襲いかかった
「フン、こんなもの」
金の翼で自分の体を覆うケフカ
クリスタルは弾かれ、時間稼ぎにはならなかった
「くそお――――」」
後ろを向きながら走っているので、前方など気にしていられない
ケフカはあと三十メートルで追いつくといった感じだ
小人のように見えていたケフカが、だんだんサイズが大きくなる
形もハッキリしてきた
「あ、光!出口みたい」
暗闇から瞬時に白くなったので目がつぶれた
光が交差する
ロックとセリスはなんとか空洞から脱出できた
「ロック!エドガーは?」
「あいつ、もしかしてまだ中にいるのか?」
ロックが空洞の中に駆け出そうとする
「危ない!」
セリスがロックを押し倒して、降ってくる石を避けた
次の瞬間に、押し寄せてくる波のような音が狂乱した
鼓膜がちぎれる位のうねりを生み出す
出入り口が塞がれた
「エドガァ――――!」
セリスが懸命に無事の確認をする
だが、降ってきた岩が壁となって声を反射させる
中には当然聞こえるはずがない
それでもセリスは、声がかれても腹の底から突き出した
「しまったな・・・塞がれた。出. フ?a+.. フ?a+峨
外からは声も届かないから、孤独の世界である
地面を触って土の感触をかみしめる
「く・・・くそ・・・」
背後からケフカの声がした
空気を伝わってエドガーの耳に入ってくる
「まだ生きてる。倒さなければ」
後ろを振り向く
すると暗闇の中をかすかに白く染めるモノに気がついた
エドガーはそのモノに手を触れてみる。かっちりとした堅さ、形
クリスタル
ロックが投げたモノが形を変えずに残っていた
手にしっかりと握って目を瞑った
(感じるんだ・・・暗闇は目が利かない)
「そこだあ――――――」
闘牛のように猛烈に突進した
何か柔らかいモノに突き刺さる。皮膚・・・・だろうか?
「な、何?なぜ私がここにいると分かった?」
それはまぎれもなく、ケフカの声だった
「人間の方がこういうものには優れているのだな。人間離れしたお前にそんな才能はあるか?」
「フフフ・・・なるほどな。たいしたものだ
だが・・・最後に笑うのは私だァ!
お前さえ生きていればなんとでもなる
あの時の操りの輪でやってしまえば、お前は私のオモチャだァ」
「オモチャだと?」
「そうだ!お前は私のオモチャになるんだ!」
「私は・・・・・!」
『ワタシハ、オモチャジャナイ!』
『ソウダヨ・・・ニイサンハ・・・オモチャジャナイ』
飛びまわっていた蒼の玉がエドガーに語りかける
それは確かにマッシュの声だった
「マッシュ・・・待ってて。今、自由にするから・・・」
蒼の玉が優しく、熱くなる
「え?」
エドガーをサポートするかのように、輝きをみせた
「ち、力がみなぎってくる」
今ならいける
空に向かって
手を振りかざして、蒼の閃光を生み出した
ロイヤルショック
「ケフカ!人はな、守るべき者や目標がある時こそ限界まで頑張れるんだ
欲望に全てを賭けたお前に勝ち目はない!」
「くそおー!ならばお前だけでも・・・ぶち壊してやる」
怒り狂ったケフカが、蒼の玉に向かって飛びついた
弱気ながらも、必死にかわす
象とアリの差
「やめろ!」
エドガーはケフカに飛びついて、動きを封じる
もがいているところを懸命に抑えた
その時
ケフカから不気味な光が放たれた
辺りを一瞬にして包み込む
「私と一緒に地獄に落ちろォ――――」
自爆
空洞全てを飲み込む大爆発
山の噴火以上だ
岩が転げ落ちる
草木が下敷きになった
鳥も驚いて、その場を右往左往する
「お、おい・・・まさか」
「・・・・・・・」
セリスは膝をついて、目を堅く閉めた
(仲間が・・・中にいるのに)
「探さなくちゃ・・・・」
素手で岩を起こし始めた
一筋の蒼い光が遠い彼方へ飛んでいくのが見えた
蒼い玉
「マッシュ?」
城の方角を指していた
「マッシュは大丈夫だ。それよりエドガーを・・・」
岩が燃えさかる
灼熱の炎の中で、ぼんやりと岩とは違う何かが見えた
「エドガー?エドガーなの?」
ロックも目をこすって、凝らして見る
「さ・・・錯覚じゃない!エドガーだ!」
エドガーは岩と炎の下敷きになっていた
二人が左右両方の手を片方ずつ持って、引きずり出す
彼は瞬き一つもしなかった
「ねえ・・・エドガー・・・何か言ってよ・・・」
「・・・・嘘だろ?こんな・・・こんなことがあっていいのかよ?」
辺りはまだ煙が立ち込めていた
領域を侵す
それは、悲しみを呼ぶ使者なのかもしれない
「バカヤロ――――――!」
7
乾燥地帯のフィガロ城に、真夏がやって来た
この時期はバカンスの時期でもある
度々訪れる観光客はきまってオアシスで水浴びをする
水しぶきがぶつかりあって、一つのハーモニーをも奏でた
ケフカと戦ってから約一ヶ月たった七月のある日
「大臣!よい知らせがはいりました」
「なんだ?」
「マッシュ様が・・・意識を取り戻されました!」
「!!」
さすがの大臣も驚きである
石化したかのようにほんの一瞬も身動きしなかった彼が・・・
「マッシュ様!」
部屋の中にはセリスが椅子に座って黙っていた
この空間には、オルゴールが波打たれている
小さな鉄琴が奏でる旋律
「・・・大臣。心配をかけてすまなかった」
「そんな、滅相もありません」
「悪いが・・・二人で話がしたいんだ」
「分かりました。何かありましたら、お申し付けください」
大臣は顔を隠して、涙を拭いながら出て行った
「綺麗なオルゴール・・・何ていう曲なの?」
「『月の光』。兄貴もこの曲好きだったな・・・・・!?」
霧がかかっていた部分が晴れた
「そうだ!兄貴は?」
「・・・・・・」
「なんで黙るんだよ!」
「だって・・・」
セリスは俯きながら何やら隠していた物を出した
青いリボン
焼けた今では、ただの黒にしか見えない
「これ、兄貴の髪を束ねてたリボン?」
「エドガーはね、『マッシュを自由にしたい』って、ケフカに立ち向かったわ
本当に、自分以上にマッシュのことを思ってた」
さらにセリスは続ける
「エドガーは、まるで自分の事を『悪魔』みたいに言ってて
私・・・・本当にエドガーなのか疑いたくなった」
「・・・・答えて」
「え?」
マッシュの言葉にセリスは動揺を隠しきれない
「兄貴は・・・・死んじゃったの?」
マッシュがセリスに問いだしたがそれに応じない
セリスは心が小さくなってしまった
次に出す言葉が見つからない
「・・・・」
「どうして・・・・どうして何も言ってくれないんだよ!」
マッシュは発狂したかのように、セリスに飛びかかる
襟元をつかんで首を絞める
二の腕が鋼鉄のような堅さになった
力はセリスの何倍もあるのだから、痛いにきまっている
セリスはマッシュの腕をつかんで必死に抵抗した
そこから生まれた、心のぶつかりあい
「あっ・・・」
マッシュはようやく、自分のしている事が分かって
絞めていた手をゆっくりと放した
「ご・・・ごめん!ごめんなさい!」
「ううん・・・私が悪いのよ。言わなかったから・・・
でも・・・言いたくないの。あなたがつらい思いをする・・・」
「いいんだよ」
セリスはもう一度椅子に座りなおして静かに言った
「エドガー・・・・生きてるわ。あなたより十日ほど早く目覚めたの
だけど・・・怪我がひどくて・・・おまけに・・・
・・・ううん、ここからは自分で確かめてみて」
「・・・・い、い、生きてるの?どこにいるの?」
涙ながらも、マッシュは言葉を返す
「サウスフィガロの診療所・・・ロックもそこにいるわ」
「セリス・・・俺は・・・俺は会いに行くよ。診療所に兄貴がいるんだね?」
「待って!本当にいいの?」
「ここにいたってセリスは教えてくれないんだろ?自分の目で確かめたい。蹴落としてでも行く!」
「・・・分かったわ。私も行く。まだ治ってないでしょ?体に毒よ」
「セリス・・・」
二人の間に、夏風が通り過ぎる
オアシスの水の匂いだ
風に運ばれて、この寝室までやってきたのだ
マッシュはその匂いを嗅いで、逆に誘惑されかけた
自分の事以上に思ってくれている兄に、どうしても会いたいという一心の思いでもあった
それがたとえ、悲惨なことであっても・・・
「でも・・・ばあや達が許してくれないと思う」
「私がなんとかするわよ。とりあえず支度をして」
「・・・何か、考えでもあるのか?」
「ロープを探してくるわ。その間にこれを着て」
セリスは白いマントを渡した
もう一つ手渡されたのは、女の髪でできている鬘(かつら)である
「もしかして・・・俺がセリスになるのか?」
「それしかないわ。私が先にチョコボを借りてくるから、準備して!」
セリスは窓からロープを下ろして降りていった
「・・・まさか俺が女に変装するハメになるなんてな」
しぶしぶ言いながら、マントと鬘をつけた
背が高すぎて、マッシュにはちょっと苦しい
マントの長さが足りなかった
「大丈夫かな・・・」
足が少し見える
しかも筋肉がつきすぎて、とても女の足ではない
「マッシュ」
窓の外から、セリス手で合図する
「降りてきて・・・」
手招きして、安全を確認する
マッシュがゆっくりとロープを伝って降りてきた
セリスが周りの城兵を気にしながらチョコボを走らせる準備に取り掛かり
チョコボにまたがる
「マッシュ・・・大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。行こう!」
二羽のチョコボが威勢良く声を響かせた
「なんだ?向こうからチョコボの声が」
城兵が駆けつけた時には、既に遠くの彼方へ駆けていた
「セリス様が二人?」
「でも、一人はなんか背が高くなかったか?」
「さあ・・・」
「もしかして・・・姉妹?」
「そんなはずは・・・セリス様は姉妹はいないはず」
「上手く出れたな」
「変装してなかったら、バレてたね」
「しかし・・・なんだ?俺を女に変装させようというのは
引っ付き合わせたような考えだな」
フィガロ城から脱出した二人は、甘い夏風に誘われながら
砂漠を駆けていった
セリスには分かっている
これから始まる、切なく、悲しい旋律を
メロディーを・・・
☆★★☆
フィガロ城を出発して四時間
二人はサウスフィガロに着いていた
町並みは何ら変わりもないのに、マッシュには重苦しかった
兄を力で補佐するという思い
たった一つの誓いも守れなかったと責め続けるマッシュ
(俺は兄貴に会う資格があるのか?)
見慣れた風景にも、人々の会話にも目を向けず歩く
「ここよ・・・」
セリスが指した方向を見ると、たしかに診療所だ
自分もよくここを訪れたなと、懐かしみを味わう
診療所・・・というより、病院?にちかい
「マッシュ様!」
「おっさん!久しぶり。変わってないね」
奥から出てきた男が、マッシュに目を向けた
「お知り合い?」
「俺が小さい頃から、世話になってる所長さんだよ」
セリスに説明するマッシュは、まだどことなく明るく見えた
「おっさん・・・兄貴に会いに来た。ここにいるんだろ?」
「エドガー様に会いに来たのですか・・・」
「どうしても、会いたいんだ。だいたいのことはセリスから聞いたけど・・・
自分の目で確かめたいんだ!」
「分かりましたよ。エドガー様はこの上の三号室にいらっしゃいます」
マッシュは階段を見つけると、二段飛ばしで上っていった
角を曲がると、そこは三号室
「ここか?」
ドアの前に札がかかっていた
『エドガー・ロニ・フィガロ』と書かれている。間違いない
(このドアをくぐれば・・・兄貴がいる)
マッシュは、ドアのノブに手をかけたが・・・震えて開かない
(これは・・・俺が兄貴から避けようとしている?)
マッシュは両手でしっかりと握り締めて
(俺は・・・逃げないよ)
ドアが開かれた
眼前に映ったのは、ロックの姿
「マッシュ!」
「ロック!久しぶりだな。いろいろ迷惑かけてごめん」
「気にするなよ。無事でよかった
・・・エドガー・・・・この奥にいる。会いたいか?」
マッシュは静かに頷いた
ロックがカーテンを開き、マッシュを誘った
「あ・・・・」
それは夢でもなく幻でもない
日差しに当たって白く、美しく輝く
金の髪をなびかせ、大事にしていたフランクリン氏の本を抱えた
兄のエドガーが、確かにそこにいるのだ
体には包帯を巻かれ、右目を隠している
マッシュは思わず叫びたくなった
「兄貴――!」
エドガーに駆け寄って、手を握ってやる
「・・・会いたかった。ごめん、もう何処にも行かない。傍にいる」
マッシュがエドガーの方を向くとエドガーが合わせてきた
「・・・・・」
「どうしたんだよ?何か言ってよ・・・・まさか!」
マッシュは強引にエドガーの顔を持ち上げた
「俺が・・・・見えてない?それとも、俺が分からないのか?」
「・・・・・」
「エドガーね・・・マッシュだというの分かってない
先生が・・・『記憶喪失』だって・・・
自分の事も、名前すら覚えてない『赤子』みたいだって」
「・・・・」
(俺の目の前にいる人は間違いなく兄貴のはずなのに)
思わず堅くなる
マッシュの厚い手が、エドガーの手を優しく包んだ
白く、雪のような手
氷の世界
「時間が・・・止まっている。あの時と同じだよ」
手から砂漠の熱が伝わる
エドガーがじっとマッシュの方を見ていた
そして、何かを思い出したかのように軽く微笑んでみせた
「兄貴?」
力を緩め、そのまま静かに目を閉じた
「ぎこちない感じだったけど、笑ってくれた・・・」
「うん・・・」
ロックが籠いっぱいの果実を手に持って
「諦めは早いんじゃないかな?時間はかかるだろうけどさ」
「ゆっくり治せばいいのよ」
セリスもロックの波に合わせる
要は焦らない事
「そうだよな!俺は兄貴が戻ってくる時を待つぜ
その間に、俺がしっかりしねえとな」
8
八月の残暑の始まり
フィガロ城は今日も慌ただしい
マッシュが城で勉強し始めたからだろう
大臣が城の書類の山を片付けるのにも、相当時間がかかる
それを助けるために勉強し始めたわけだ
(俺にも何かできるんじゃないか?)
そんな単純な思いから
今では大臣と同じように手分けして仕事を片付けられるくらいになった
「俺って、こういう事もできるんだな。自分を見直した」
「根気ですね」
手がすらすらと動く
修行で身に付けたスピードが大いに役立った
ざっと一メートルある紙の束を、二十分くらいで片付ける
「ふう、ちょっと休憩しようか?」
マッシュはマントを肩にかけてどこからかワインを持ってきてグラスに注ぐ
「大臣も飲むか?遠慮するなよ」
「ありがとうございます!」
二人はグラスを片手に持ち、軽く乾杯をする
「もうすぐ八月十六日ですな・・・。エドガー様は・・・まだ」
「ああ、あれから変わってない。怪我は良好だから
三日後にこっちに帰ってくると・・・
帰ってきたらいろいろ見せてあげようと思ってる」
「それはまた、どうしてですか?」
「おっさん・・・所長さんがね、
記憶って、その場で思い出しちゃう例がよくあるらしい
どういえばいいのかな
例えば、思い出の品とか・・・
記憶が無くなる前に行ってた場所とか
関係ありそうなものは手当たり次第やってみるけど」
マッシュはコルクをしめて、貯蔵庫にしまう
ワインの香りが、部屋全体から漂う
「マッシュ様?」
「久々に酔った・・・気持ち悪い。禁酒生活がまだ離れてないな
セリスと飲んだ時は、なんともなかったけどなあ」
足ががくがくして今にも倒れそうな勢いである
大臣が肩をもって、椅子に座らせる
「お水を持ってきます」
椅子に座らせると、今度は隣りの部屋から水を持ってきてグラスに注いだ
マッシュは一気に飲み干してしまった
「ありがとう。今思い出したや。三禁の事」
「え・・・?」
「お酒と欲、それから女の子・・・これ三禁って言って、師匠に注意された」
「私も気をつけたほうがいいのでしょうか?」
「大臣は禁酒生活じゃないじゃんか。いいんじゃない?」
そう言ってマッシュは笑ってみせた
つられて、大臣も笑っていた
八月十五日の夜
マッシュは、エドガーに月を見せたくなって最上階へ連れて行った
その夜の月は青々としていて空の象徴といえるほど輝いていた
夜は月が王となる時間である
マッシュは懐からオルゴールを取り出し、ネジを回し続けた
鉄琴が愛らしく軽やかに鳴り響く
神秘とも言える
「この・・・青々とした月が、今の兄貴なのかい?ああ、これかい?
『月の光』っていう曲なんだ。今の光景にピッタリだね
兄貴は俺にいろんな事を教えてくれたよな
この月も、星も、曲も、フランクリン氏の本も全部教えてくれた・・・」
マッシュはオルゴールを止めて
「なあ、兄貴に聞きたい事があるんだ・・・
俺を助けたのは、俺を自由にしたいからって聞いたけど
どうして?
俺はもう自由をたくさん手に入れた
王位継承の時も、俺に自由を与えてくれたじゃないか
だから・・・今度は兄貴の番だ
俺が・・・兄貴の記憶を戻して、自由にさせるって決めたんだ!」
傲慢に映るマッシュの姿を、エドガーは何度も捕らえた
空に輝く月光が反射して、二人の姿を青く染める
その時
エドガーは両手で頭をかかえて
「・・・・・や・・やめろ」
誰に向かって言うでもなく、自分に対して言っているようにも見えない
「邪魔するなァ――――」
突然、腰に身につけていた剣を抜き、マッシュに襲いかかった
「ちょ、ちょっと待てよ!」
マッシュの声に耳も傾けない
ただひたすら戦う戦闘マシーンである
「兄貴!どうしちまったんだよ!」
マッシュがギリギリでかわすと、ランプが乱雑に割れた
剣を上から振りおろして、床の間に挟まった
状況がわかると、マッシュは剣を目掛けて横蹴りを入れる
蹴りは剣の中央に当たり、真っ二つに割れた
「兄貴!何でだよ!何で俺達が敵対しないといけないんだよ!」
「う・・・うるさ・・・い、お前を・・・殺してやる」
『コロシテヤル・・・・』
エドガーの顔が憎しみで溢れている
鬼のように怒り狂っている
マッシュはそんなことより、狂ってしまった兄を止めるしかないと考えた
「殺してやる」などという語を使われたのは、マッシュにとってかなりのショックだろう
それでも自分より、兄の自由を優先させたい
(それには、どうしたらいい?)
考える暇もなく、エドガーはどこからかオートボウガンを持ってきて乱射する
「お前なんか・・・お前なんか死んでしまえ!」
「そうか・・・・そうだったのか」
マッシュはエドガーの言葉にやっと筋がみえた
「ケフカ!そこにいるんだろう?せこいマネしやがって
隠れてないで出てきやがれ!」
「・・・・・フン。オマヌケなお前がよく分かったもんだ
そうだよ。私は今、エドガーだァ」
「てっきりロックから、ケフカは死んだと聞いたからな
生きてるなんて思いもしなかったぜ
兄貴の体を借りて生きようなんて、百年早えんだよ」
マッシュは拳を向ける
「おっと、エドガーを殴るんですか?いいですよ。
奴が傷つくだけだからな・・・・う?」
エドガーはその場で膝をつく
両手で床を押す
「・・・・う・・・マッシュ・・・」
「兄貴?兄貴なのか?」
震える指先でマッシュの顔をつかむ
「マッシュ・・・よく聞いて・・・俺が・・・奴を捕らえて
体から追い出すから・・・トドメを指して・・・」
「そんなことして大丈夫なのか?
第一、追い出せたとしても奴は幽体だから当てられない」
「いや、大丈夫だ・・・俺を・・・・信じて・・く・・・」
再び頭を抱え込む
「お前はぁ、邪魔だ――――」
今度はマッシュに素手で殴りかかる
それにマッシュは抵抗せずに、我慢する
(兄貴・・・・俺は兄貴を信じるよ)
いつか兄が戻ってくると願って、拳の力を緩める
顔を殴られても、蹴られても・・・
(こんなもの修行よりもへっちゃらだ――)
やがて体力が削り取られ、エドガーの体は空っぽになった
「な、何だ?体が・・・・」
体全体から白い靄が出て、ケフカの姿がうつし出された
(今だ!)
マッシュは競走のクラウチングスタートの格好
「これで終わりだぁ――――」
拳が虎のように唸る
「爆裂拳!!!!」
感触は実体のように感じられ
ケフカの体もボコボコになっている
「な・・・私がなぜこんな目にあうのだ――――?」
「あるべき所へ帰れ!もう許さないぞ!」
エドガーが、割れた剣を握りしめてケフカの胸を刺す
「嘘だ・・・・嘘だああ―――」
白い靄は、粉々に砕け散った
そこには、二人の呼吸が激しく響いていた
「兄貴!」
マッシュは我慢しきれずに、エドガーを抱き寄せる
金の髪が風に誘われて、美しく揺れる
弱々しい手がマッシュの腕をつかんだ
「マッシュ・・・ごめん。傍にいてくれたのに・・・
声すらかけられなくて
・・・そうだよな。こんな俺を許してくれるはずがないよな」
「そんなことない。謝るのは俺の方だ
兄貴に助けられてばっかで、俺は・・・何もできなかった」
「マッシュ・・・お前は今も、俺を助けてくれたじゃないか
俺は・・・マッシュが傍にいてくれたから・・・
約束だったよな」
「え・・・?」
「『体が朽ち果てるまで生きよう』って・・・はなれなかったんだ。この言葉は」
「ん?」
はるか彼方から、太陽が見えた
黄金の光がフィガロを包み込む
「あ、そうだ!今日何日か分からないだろ?八月十六日だぜ」
「そんなにも時が経ってたのか・・・って、八月十六日??」
「そうだぜ。忘れてないよな?」
「忘れるもんか」
「今日は祝いだ―――って言いたいけど、最近酒が飲めなくなったんだよ
大臣と飲んだらすぐ酔っちゃったし・・・
セリスと飲んだときは何ともなかったけどなあ」
「へえ、まだ禁酒はとれてないんだな。じゃあ今日の祝いはぬきにするか?」
「それは絶対にヤダ!冗談だろ?」
「もちろん!冗談に決まってるだろ」
八月十六日
二人にとっては、一年で一番好きな日
誕生祝いの日である
歓迎の舞踏会も、食事も、選び抜かれたものが出される
マッシュは食欲旺盛なので、食べ物に没頭する
エドガーは仲間やレディー、客人への挨拶
舞踏会では華麗に踊ってみせた
大臣やイロール兵隊長も参加していた
その踊りように、すっかり名物になってしまった
その夜に、みんなが寝静まった頃
エドガーとマッシュは、王座に座って幻の名酒『オアシス』を飲んでいた
いつもと変わらない景色
この城も何百年も前から変わってはいない
全てが始まりであった
二人の会話の幕開け
「ばあやがさ、こんな事を言ったっけ。兄貴はその時ナルシェにいたから知らないだろうけど
『決めるのは、あなたの自由』だって
俺さあ、今分かるような気がするよ
自分の意見を主張するのも自由だっていうことは」
「どんな生き物でも時間に縛られて生きているけど
生まれた時から、体や言葉が喋れるだけで『できる』という自由がある
自由って結構身近にあるんだな」
「自分が病気で寝込んでて、動けなくても話すことはできるし、瞬きもできる」
「ああ、誰でも自由になれるんだよ。ハードルを越えなくても、最初から自由はあるんだ」
「俺が兄貴を支えるといったのも自由で・・・」
「私が国王になると決めたのも自由なんだな。きっと」
「う・・・酔ってきた」
「もう終わりか?まあ食べすぎ飲みすぎでお腹が膨れたな」
「いや、まだいくぞ!乾杯だ」
きっと二人は朝まで飲み干すのだろう
夜の月がロイヤルクラウンを青く染める
フィガロの象徴
それがロイヤルクラウンでもあり、国旗でもあり、フィガロ兄弟でもあるのだ
そこから伝説は始まった
フィガロ城は今日も黄金の砂漠を踏みしめていた
一陣の風が吹く
砂漠がたとえ荒れようとも
活気は落ちない
そこに国がある限り
兄エドガーの統治力で国を治め
弟マッシュの修行で鍛えた力で兄を補佐する
それを決めたのは運命のコインだとしても
決して後悔はしないだろう
そこに二人の本当の自由があるのだから・・・・
THE END
written by さっきー
Wallpaper:Heaven's Garden様