Father あの戦いから2年、戦士たちはそれぞれの生活へと戻っていった。ここ砂漠の国フィガロにも、国王エドガー、その弟マッシュが戻ってきていた。国王エドガーは以前にも増して一層政務に励んでおり、弟マッシュの方も、軍参謀として持てるもの全てを自分の配下の兵に叩き込もうと、毎日激しい調練に精を出している。 fin
「平和でも、強いほうがいいだろ!」
分かりやすい持論である。そう、魔導の力がこの地上から消えた今、最も頼れるものは己の肉体のみ。だから必死で調練を施す。これは兄王も承認済みである。
「いいじゃないか。我が国の方針はこれで。」
この王にして、この弟ありと言った所か。
さてそんなある日の事である。ひょんな客が城を訪れたのは。
「客?」
「はぁ。子供です。マッシュ様か王に会わせろとうるさくて・・・・。」
兄貴に言ってくれ、と言いかけてマッシュは思い出したように「あぁ」と言った。エドガーは今、公用で城にはいないのを思い出した。
「いいよ、通せ。この部屋でいいぞ。」
取次ぎの兵が部屋を出て程なく、その“客”は来た。なるほど、子供である。持っているものはその華奢な体よりも大きく見える鞄と、画板が一枚。
「珍しい、久しぶりだな。あれから2年か・・・・。」
マッシュは思い切り頭を撫でた。少女は、馬鹿にするなとでも言うようにその手を振り解き、勧められてもいないソファに勝手に腰を掛けた。
「ホントに久しぶりだなぁ。今日はどうしたんだ?」
「うん。ちょっとサ、ジジイと揉めちゃってさ・・・・。ウチ飛び出しちゃった。」
「そうか。で、泊めて欲しいのか?」
マッシュは分かっていた。この少女が単にこの城に立ち寄っただけではない事を。また、マッシュは詳しい事情を聞こうとはしなかった。
マッシュの言を聞いて、少女の顔は途端にほころんだ。
「ありがとう!」
「構わんさ。さぁ、来いよ。部屋まで連れてってやるよ。」
2人は席を立ち、部屋を出た。少女はすぐに、画板を忘れている事に気付き慌てて部屋へ戻った。
「何してんだよ。早く来いよ、リルム!」
そう。客とはリルムである。
「リルムが来てる?」
公用から戻ったエドガーは驚いた。自分が城を出た3日後から泊まっているというではないか。
「それで、何故来たんだ?」
「それが・・・・・マッシュ様はご存知だと思うのですが・・・・。」
兵士はそれっきり口篭った。エドガーは城内着に着替え、大臣の部屋へ向かった。有事の際の対策として、大臣とエドガーの部屋は目と鼻の先にある。が、肝心の大臣はいなかった。仕方ない。エドガーは城内をブラついた。1週間ぶりに機械臭い城の匂いを体中に充満させる。
歩いていて気付いた事だが、元々明るい雰囲気であった城の中が、より一層明るくなっている。おそらくリルムであろう。あの純真無垢な少女の存在が、城に活気を与えたのであろう。
「エドガー様、お帰りなさいませ。」
不意に声を掛けられて振り返ると、大臣である。
「いかがでしたか、あの件の首尾の方は?」
「あぁ。まぁ上々だったな。」
公用の内容と言うのは、先代の王の時代からフィガロが国を挙げて取り組んでいた、とある取引のことである。エドガーが政務を離れていた間に、両国の関係がやや悪化してしまったために、今回王である彼が直々に出向く事になった。
「妙な客が来ているそうだな、大臣。」
「はぁ。マッシュ様がご許可なさったので・・・・申し訳ございません。」
エドガーは笑い飛ばしながら言った。
「何故謝る?いいじゃないか別に。それで、今何処にいるか分かるか?」
大臣はすぐに使いを走らせ確認した。こういう仕事は早い男である。
「今朝からマッシュ様とお二人でお出掛けになっています。」
その頃2人は、コルツ山にいた。目的はリルムの写生である。その場所として、フィガロ随一の景観であるこの地が選ばれたのは当然であろう。
「まだ描けねぇのか?」
「もうちょっとだけ。」
マッシュは大きく1つ溜息をついた。こんなやりとりが繰り返されて、もう1時間にもなる。絵の完成に余念が無いリルムをそっとして、マッシュは立ち上がった。
思えば、マッシュにとってこの山は自分の庭みたいなものである。修行でも、何度となく訪れた。
少し辺りを歩き回ると、懐かしいものを見つけた。2つ並んだ椅子状の切り株。父が死んだ10年前、兄から自由をもらったあの日、何故かこの山へと歩いてきた。特に目的があった訳ではない。そのときこの切り株に腰掛けていたのが格闘家ダンカンとその息子バルガスであった。別に慰めてもらおうと思った訳ではないが、自然に歩を止めてしまった。気が付くと、弟子入りを頼んでいた。
10年前のあの日の記憶は、実は断片的にしかない。思い出されるは、父の亡骸と兄とのコイン投げ、そしてダンカンとバルガスの姿の3点のみ。マッシュはその3つを反芻するように何度も思い返した。
(オヤジ・・・・・)
父の亡骸を前にしたときのコトは、強く強く頭にこびりついていて離れない。
「何してんの?」
突然声を掛けられ慌てて振り返ると、リルムの姿があった。リルムはその小さな手で、マッシュの頬を拭った。その手を見る
と涙であった。
「何か思い出してたの?」
「あ、ああ。少しな・・・・。さあ、兄貴も待ってるだろうし、帰ろうか。」
「うん。あ、でもちょっと待って。」
リルムは道端の花を2輪摘み、切り株の上へ置いた。勘の鋭い少女である。マッシュの表情から色々なことを読み取ったのである。2人でその場にしゃがんで手を合わせた。
「やっと帰ったか。」
玉座に腰掛けたエドガーは嬉しそうに2人を出迎えた。
「兄貴、久しぶりだな。」
「それから、リルム。2年ぶりだなぁ。」
「うん。久しぶり、色男!」
周囲に控えていた臣下たちは思わずぎょっとした。無礼な娘だとは分かっていたが、まさかこれほどとは・・・・。
「はっはっは・・・・。相変わらずだな。」
エドガーは怒りもしない。リルムはリルムで、周囲の目を察したのであろう。照れ臭そうに頭を掻きながら、そそくさと何処かへ行ってしまった。
残された2人は、久々の邂逅に嬉しそうに話をした。政務担当は本来王であるエドガーなのだが、いないとなれば話は別で、この1週間はマッシュが軍参謀との兼任で代行していた。エドガーはそれを労い、詳しく話を聞いた。
その話の途中、エドガーは気になる話を思い出した。
「リルムが来たのはいつだった?」
「え?え〜と・・・・4日前・・・・だったよな?」
大臣のほうへ目で合図を送ると、静かに頷いた。
「そうか・・・・。分かった、ご苦労だったな。リルムと遊んでやって、ゆっくり休め。」
マッシュが去った後の部屋で、エドガーが大臣を呼んだ。
「本当に4日前で間違いないんだな?」
「ええ。でも、それが何か?」
「おかしいんだよ・・・・。大三角島からアルブルグへの船は出ているが、二ケアからサウスフィガロヘの交易船は、1週間前に来たのが最後なんだ。」
「はぁ。私もそれは存じておりましたが、特に何事も無さそうなので、敢えて詮索はしませんでした。大丈夫ですよ。」
「・・・・だといいがな。」
エドガーは玉座を立った。真紅の絨毯の上を、颯爽と退室した。
エドガーの前から退出したリルムは、砂漠を眺めていた。どこまでも続くその荒涼とした景色に共感を覚えたのだ。
「・・・・リルム。」
昼間に聞き慣れた声とは似ているが少し違う声が、耳をかすめた。
「あ、エドガー。さっきはゴメン!ちょっと調子乗りすぎちゃった!」
「リルム・・・・。」
まるでそんな声など耳にすら入っていないかのように、もう1度呟く。目は1点、瞬きもせずに少女の目を見据えていた。
「・・・・ここには、どうやって来た?」
「ん、船でだよ?なんで?」
「サウスフィガロに着いたのはいつだ?」
「よ、4日前・・・・。」
リルムの口調は少しずつ、だが確実に怪しくなってくる。彼はその色を読み取ると、大きく一つ溜息をついた。大したタマだ、という考えが一瞬頭をよぎった。エドガーはまた一つ、溜息をついた。その息は、砂嵐に飲み込まれ砂漠へと帰っていった。
エドガーは妙な気分になった。今、自分はこの少女の全てを自己の支配下においており、それでもって少女を追い詰めている。
イヤな気分であった。
「・・・・それならいいんだ。少し聞いておきたかっただけだ。済まなかった。」
好奇心とフェミニズムは決して相容れることはない。そんな当たり前の定義をすらも忘れそうになった自分が怖くなり、逃げるようにそこから去った。
――何をしているんだ、私は。たかが13歳の少女の行動の何を疑う――
自分の行為を悔やみ、壁を拳で殴った。
まっずいよ・・・・。やっぱりエドガーは鋭いや。バレそうだよぉ。う〜ん・・・・、どーして兄弟であんなに勘の鋭さとかって違うかなぁ・・・・。でも、しょうがないよね。今日山で分かったけど、エドガーとマッシュって全然違う人生だった んだもんね。
でもバレるのは良くないなぁ・・・・。どーにかして隠し通さなきゃ。あの2人のことだから、知ったらぜぇ〜〜〜ったい
「手伝ってやる」って言いそうだもんね。
サウスフィガロまで来て、やっと手に入れた情報。その詳しいのがこの城にあるって聞いて、やっと泊まる所までこぎつけたんだから!絶対調べないと・・・・。
「お〜い、リルム。何やってんだ、メシだぞ〜!!」
マッシュが呼びに来た。さぁ戻ろ。きっと、きっと必ず・・・・。
その夜、エドガーはいつまでも眠れなかった。どうも引っかかる。突然のリルムの訪問。船のこと。そして何より、今日夕食の後、あまりに素っ気無い態度で部屋へと帰っていった事。リルムの行動全てが不可解である。頭の中は全てそのことで満たされて、全く眠れそうに無い。何か飲もう。そう思い立ち、ベッドを這い出た。本来ならばベル1つで従者を呼びつける事もできるのだが、今夜はそんな気にもなれない。ひっそりと部屋を出た。
彼の寝室からキッチンのある食堂まではやや距離がある。行くには1度外を通らなければならない。外に出た。氷点下にもなる夜の砂漠の寒気がすかさずその温かみへ噛み付く。こういう夜は、あの日のことを思い出す。もう10年近くも前。遠い昔の話。
――10年前 フィガロ城
その日、世界でも類稀なる名君として名を馳せたフィガロの王は、末期の時を迎えていた・・・・――
「オヤジ、しっかりしてくれよ!!」
フィガロの王が眠るベッドの横では、その名君の息子である双子の弟、マッシュ・レネ・フィガロが20歳という己の年齢も忘れて、激しく泣き叫んでいた。先ほど投与した鎮静剤のせいか、王の表情は硬くこわばって動かない。
「マッシュ様、おやめ下さい。お体に障ります。」
従者の制止にも耳を貸さない。
それとは対照的に、双子の兄、エドガー・ロニ・フィガロは、少し離れた所からその様子を眺めていた。しかし、別に彼が冷たいという訳ではない。下唇をぎゅっと噛み締め必死で涙をこらえていた。
「やめろ、マッシュ。父上の体に障る。」
「・・・・何でだよ、兄貴。何でそんなに冷静なんだよ!?」
兄は弟のその問いに沈黙をもって答えた。その兄の目にもまた、大粒の涙が浮かんでいた。マッシュは耐え切れなくなり、とうとうもう1度ベッドにすがりついた。しかし、もう誰もそれを止める者はいなかった・・・・。
「10年か・・・・」
エドガーは食堂へ向かう足を止め、最上層を目指した。そう、あの日弟と“賭け”をしたあの場所を。
エドガーが階段を上がりきると、目の前には人影が一つ。
「兄貴か・・・・。」
振り返った人影は、見慣れたあの顔であった。
「こんな時間にどうした?」
「いや、今日の昼間リルムとコルツ山に行った時にさ、何か思い出しちまって・・・・。」
マッシュは照れ臭そうに頭を掻いた。
「私も同じさ。眠れないと思っているうちに、自然にここに来ていた。」
「兄貴、まだ、アレ持ってるか?」
弟にそう問われて、エドガーは左ポケットからコインを1枚取り出した。両表の、古ぼけたコイン。それを指で宙へ弾いた。
乾いた金属の音が、砂漠全体を揺り動かすかのように、遠く遥かに響いた。
「どっちだ?マッシュ。」
エドガーは意地悪な質問をした。
「・・・・表だよ。」
エドガーは伏せた手を開いた。
「・・・・また、お前の勝ちだ。」
「はは・・・・あの日と同じだ・・・・。」
マッシュは手の甲で目を拭った。本当に涙もろい。
「じゃあ、私は何か飲んでから部屋へ戻る。お前も早く寝ろよ。」
「あ、待ってくれよ。オレも一緒に行くって。」
二人は再び、食堂へと歩を向けた。
暗い城内は不気味なほど静かで、2人の足音だけが響いた。
「おい、兄貴。アレ、何だろう?」
見ると、図書館に明かりが灯っている。
「どうせ通り道だ。その時見ていこう。」
2人は、程無く図書館に着いた。
「誰・・・・」
誰だ!と叫ぼうとしたマッシュを、エドガーが制した。
「・・・・静かに寄ろう。」
この辺りは、智略のエドガー、豪放なマッシュといった一般的なイメージを物語るエピソードと言える。
2人は足音と息遣いを極限まで殺し、そろそろと忍び寄っていく。目指す方角から聞こえてくるのは、人の息遣いと本のページが繰られる音。
「誰だ!」
今度は思い切り声を掛けた。慌てて逃げようとする人影の腕を、マッシュが思い切り掴んだ。
「リルム・・・・。」
人影の正体は、リルムであった。
「ど、どしたの?こんな時間に2人で・・・・。」
「バカ!聞きてぇのはこっちだよ!」
リルムはそれっきり黙ってしまった。3人の間に不穏とも言える空気が流れた。
「リルム・・・・。」
沈黙する事数分、切り出したのはエドガーである。
「話せるな?何をしていたか。」
再び3人の間には沈黙が訪れた。マッシュは、渇ききった口の中で舌を何度も鳴らした。こういう雰囲気は、好きではない。
そもそも、平素マッシュがこういった場面に居合わせることなど、滅多にない。エドガーの仕事である。そのエドガーは、如何とも表現しがたい感情を帯びた眼差しをリルムに向けている。その目には、昼間にリルムを詰問した時のような色は見受けられない。よっぽど辛いのであろうか、唇を噛み締め、歯を食いしばっている。
「・・・・どうしても調べなきゃいけないことがあったの。」
リルムはその固く閉ざされた小さな唇から、声を絞り出すように言った。
「アタシね、ジジイとケンカしてきたって言ったけど、ホントはそうじゃないの。この1ヶ月くらいね、ず〜っと旅して探してるものがあるの。そしたらね、サウスフィガロでさ、ここの図書館に情報があるって聞いて、それで・・・・。」
薄々感づいていたエドガーと違い、マッシュは驚きを隠せない。微塵も疑っていなかったらしい。
「な、何を探してるんだ?」
「・・・・お父さん。」
リルムはそう言ったきり、走って部屋へと戻ってしまった。
「行かせてやれ。さぁ、我々ももう寝よう。」
エドガーは一見素っ気無いような態度ながらも、その顔にはありありと後悔と悔恨の色が浮かんでいた。
「なぁ、兄貴・・・・。」
部屋へ戻る途中、マッシュはぼそりと言った。先ほどから様子がおかしい。
「何だ?」
「さっきのリルムのオヤジのことだけどさ・・・・。」
エドガーは気付いていた。マッシュは何かを知っている。
「心当たりでもあるのか?」
「実は・・・・」
――2年前――
「マッシュ、話がある・・・・。」
瓦礫の塔へ乗り込むその前日、マッシュとカイエンはその男に呼び出された。
「何でござるか?」
「オレには・・・・、娘がいる。」
マッシュもカイエンも絶句した。娘がいたという事実よりは、むしろ彼が告白した方への驚きである。
「今は10歳だ。・・・・事情があって、もうオレは父と名乗れる存在ではない。そこで、お前たちに頼みがある。」
男はそこで一度言葉を切り、懇願するような目で、2人を見据えた。
「あの子を見守ってもらいたい。無理な頼みとは分かっている。しかし、オレはもうこの塔で死ぬつもりでいる。こんなことを頼めるのは、1番最初から行動を共にしたお前たちしかいない。頼む・・・・。」
男は深々と頭を下げた。慌てたマッシュとカイエンが抱き起こすほどに深々と。
「あの人がそんなことを・・・・。」
エドガーも驚きを隠せない。
「しかし・・・・、リルムとは言わなかったんだろう?」
「まあそれは、うん。でも、何か偶然とは思えなくてさ。」
エドガーも、偶然とは思えない。当時10歳といえばリルムの齢である。
「明日を待とう。」
2人は別れて部屋へ戻った。
部屋へ戻っても、マッシュは迷っていた。リルムにこの事を告げるべきか否かを。言ったところで、もしかしたら何にもならないかも知れない。しかし、あの思いつめたような目がちらつく。恐らく、父親がいないことで相当辛酸をなめてきたのだ ろうという事は想像に難くない。一晩中、寝返りをうって過ごした。
翌朝、リルムは昨夜のことには全く触れなかった。むしろ、無きものにしようとしているようにすら見えた。2人は全てを悟った。リルムは何が何でも、この城を出るわけには行かないのだ。何らかの情報を得るまでは。だから、気まずいことは知らない素振りで押し通さねばならない。ずいぶん昨夜は悩んだのであろう、その小さな瞳は充血していた。だから2人も、何も言わない事にした。
そのまま、とりたてて何事もなく、2週間が経った・・・・。マッシュはまだ言えないでいた。言えば、もしかすると不幸な事を招くやも知れない。それが、ひどく怖い。そうこうしているうちに、リルムは身支度を始めた。
「帰るのか・・・・?」
「うん。1ヶ月近くもホントありがとね。」
出立は、明後日と決まった。
出立が決まったその夜も、マッシュは眠れなかった。リルムに対する漠然とした罪悪感のせいでもある。そう、あの夜の自分と彼女の関係は、どう考えてもホストと客人の関係ではない。まるで刑事と泥棒だった。あの夜の出来事が、自分や兄を信頼してこの城へきたあの少女の心をどれほど深く傷つけたかは、想像に難くない。その罪悪感である。
しかし、彼が眠れない理由はそれだけではない。そう、あのことである。言わねばならない、でも言えない。パラドックスに精神を支配されていた。
2日経ち、出立の朝を迎えた。
「2人共、ホントにありがとう。」
リルムはそう言うと、まるで13歳とは思えぬ手綱捌きで、颯爽とチョコボを走らせた。マッシュは声を掛けようとしたが、声が出ない。
「マッシュ!」
エドガーは、多少の金が入った袋をマッシュに投げた。
「サウスフィガロまで送っていって、土産でも買ってやれ。」
「あ、兄貴・・・・。ありがとう!」
無論送っていく事が本来の目的ではないことは、この2人だけが知っていることである。
「ほら、早く行けよ。ぼさっとしてると、行ってしまうぞ。」
「リルム!」
「マ、マッシュ・・・・。」
「サウスフィガロまで送っていくよ。」
リルムはチョコボを止めた。マッシュは乗っていたチョコボを城へ返し、リルムのそれに飛び乗った。
「しっかり掴まってろよ!!」
マッシュの手綱捌きは流石であった.本来3時間近くかかる道のりを、2時間で行ってのけた。道中、マッシュはあのことを頭の中で何度も反芻していた。何度言い出そうと思ったか分からない。が、まだ言い出せなかった。しかし、確実に言う方向へは向かってきている。そして、いざ!という時にちょうど、チョコボはサウスフィガロへと到着した。
サウスフィガロでは、意外な光景が待っていた。
『本日正午出港予定ニケア行き連絡船 強風のため出港延期日時未定』
折からの強風で、海は信じられないほどに時化ていた。
「あっちゃ〜、ど〜しよ〜・・・・。」
しかしこれはマッシュにとってはある意味好都合だった。
「リルム・・・・。ちょっと話があるんだけどさ。」
2人で入ったパブで、とうとう切り出した。
「・・・・お前がこの間言ってた、お前の父親の話だ。」
刹那、リルムの顔が強張った。
「先に言っておくけど、もしかしたら辛い話になるかも知れない。・・・・それでも、聞くか?」
リルムは即答といった感じで、力強く頷いた。
「分かった・・・・。聞かせて。」
「じゃあ・・・・」
カァーン!
「火事だー!!」
マッシュの決心は、予期せぬ出来事に水を差された。しかし、今はそんなことは言ってはいられない。互いに顔を見合わせて店から出る。火の粉が、その強風に煽られて、すぐ目の前まで飛んできていた。
「うわ、こりゃひでぇ。」
火事を見たマッシュは思わずそう言ってしまった。それくらい、激しい炎だった。屋敷の周囲には、サウスフィガロ常駐のフィガロ兵が、現場の警戒に当たっていた。
「マッシュ様!何故、ここに・・・・」
「兄貴には連絡したのか!?」
「はい。もう間もなく到着なされるかと。」
しかし、彼らにはその到着を悠長に待っている時間は無かった。この家には、取り残された子供がいるのだ。
「行こう、マッシュ!」
そう叫んだのはリルムだった。
「いやしかし、この火じゃ・・・・」
「バカ!何迷ってんのよ!ほら、行くよ!!」
二人は周りの兵たちの制止にも耳を貸さず、勢い良く飛び込んだ。吹きすさぶ風に煽られて、火の勢いは止まる所を知らない。
「クソ、右も左も分からねぇ!」
「マッシュ、こっち!」
リルムに導かれるように奥へ奥へと進んで行く。が、如何せん子供の体である。度胸は人一倍あっても動きが付いて行かない。
マッシュはそんな歯痒さに縛られたこの少女を抱き上げた。
「道案内は頼むぜ。」
そう言って、白い歯を見せて笑った。こうなればもう速い速い。広い屋敷だったが、あっというまに、子供のいる部屋まで、辿り着いた。部屋の中央では年の頃6、7歳の子供がぐったりしていた。
「どう?マッシュ。」
「・・・・大丈夫、気絶しているだけだ。」
ホッと安堵して胸を撫で下ろしたのも束の間、リルムが気付いた。
「マッシュ、あれ・・・・。」
「な・・・・、ウソだろ・・・・。」
視線の先では、たった今くぐったばかりの入り口が、見るも無残な姿に崩れ落ちていた。
「エドガー様!」
その頃、屋敷の外には漸くエドガー以下フィガロの兵士が到着した。
「マッシュ様とリルム様が中に!」
「そうか・・・・。」
エドガーは全く驚かなかった。
(行くに決まっている。あの2人がこんな場面を見過ごせるはずがない。生きて出てこい・・・・。)
そう祈るだけで、後は二人のことなど意にも介していないかのように、自分自らも消火活動にあたった。
中の2人は、追い詰められていた。どれだけ端へ逃げようとも、赤い悪魔は牙を剥いて向かってくる。
(くそっ・・・・、限界か。)
マッシュは子供とリルムを抱きかかえるような格好になって、炎に対して背を向けた。
「どうしたの、マッシュ。やめてよ。それじゃアンタが先に・・・・。」
「もう喋るな!煙を吸い込むだけだぞ。」
マッシュはより力を込めて、2人を抱きしめた。どこかで、大きく崩れる音がした。マッシュの背中は、赤い悪魔の侵食を少しずつ、だが確実に受けつつあった。
「もう・・・・いいよ、マッシュ。やめてよ・・・・。」
リルムは泣いていた。自分の不甲斐なさが、情けなかった。
「どうして、どうしてそんな・・・・。」
リルムは嗚咽を漏らした。それは蚊の鳴くような小さい声であったが、マッシュの耳にははっきりと届いた。
「泣くなって・・・・、こんなの、熱くも何ともねぇからよ。それにな、頼まれたんだよ。だから、オレにはお前を守る義務がある。」
「え・・・・?」
「お前のオヤジにさ。お前を守ってくれと、オレとカイエンに頼んだんだ。いい男だったよ。人にはあんまり理解されないヤツだったけど、それだけは断言できる。だから・・・・、お前は誇りに思っていい。最高のオヤジだったよ。」
また、どこかで大きく崩れる音がした。この部屋の天井すらも軋み始めていた。
「さぁ、顔伏せてろ!崩れるぞ!!」
そ の瞬間、部屋の天井は一気に崩れた。
「マッシューーーーーーー!!」
エドガーは外から叫んだが、その叫びは届かなかった。
「気付いたか・・・・。」
リルムが目を覚ましたのは、フィガロ城の一室であった。夢に思えなくもないが、両手と両足の生々しい火傷の跡が、あれが現実である事を静かに語りかけていた。
「エドガー・・・・、あの日からどのくらい経ったの?」
「4日だ。まだ起き上がっちゃダメだぞ。寝ていろ。」
リルムは小さく頷き、目を天井へと泳がせた。リルムは、あの日の記憶を呼び起こそうとしていた。
「そうだ、マッシュ!マッシュはどうしたの!?」
エドガーは答えなかった。答えずに、黙って横のカーテンを開けた。よこのベッドでは、包帯でぐるぐる巻きになった男が、静かに横たわっていた。
「マッシュ・・・・。」
「心配するな、生きているさ。お前とあの子供をかばう様にかぶさっていた。」
リルムは、自分のケガも省みず、隣のベッドへ駆け寄った。
「マッシュ・・・・、良かった。ホントに、良かった・・・・。」
エドガーは優しく微笑むと、病室から出た。この場面に自分の存在は必要ないことを、自ずから悟った。この辺りは、流石にエドガーである。
リルムは、この城に留まることを決めた。そう、マッシュが目を覚ますその日まで。そしていつか、マッシュと父親の話をしよう。その時には、もう何も尋ねない。代わりにこう言おう。
「私のお父さんは、私のことをずっと思ってくれていた最高のお父さんだよ!」と。
Wallpaper: トリスの市場様
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